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シルバとイグ

「よっと」


落下するマキを、突如現れた赤髪の男がキャッチして、着地した。


「うおっと」


そのあとすぐにシルバをキャッチしたから、マキとシルバが地面に衝突することは防がれた。


シルバはもう完全に気絶していたが、マキは身体は痺れるものの意識はあった。シルバをそっと地面に下ろす彼の背中を見て、マキは驚いている様子だ。


(この男、まるで気配がなかった。どこから現れた……?!)


すると赤髪の男は振り返って、マキを見ると、言った。


「どうだ? 合格か?」

「!!」


(全く同じ顔? 何だ? 双子か…? )


「なあ、団長さんよ。()、合格でいいか?」

「お、お前は…?」

「また気絶しちまった…。やっぱ駄目かぁ??」

「だから…お前は誰…」


赤髪の男はニヤリと笑うと、背中に背負っている槍を抜くと、左手に持って構えた。マキは見知らぬ彼をキッと睨みつけた。


(左利き……)


「よし。じゃあ、俺と相手してくれよ」

「はあ…?」

「な! ちょっと遊ぼうぜ! 団長さん!」


そう言って、赤髪の男はその槍をくるくると高速で回して構えると、マキに襲いかかった。


「俺が勝ったら()()を合格にしてくれよ!」


(速い!)


マキも刀を抜くと、カキンと彼の槍とかち合わせた。マキは力を込めて、彼の槍を押し返そうとした。


「おっとぉ! 女に力で負けてたまっかよ!」

「ちっ!」


マキは腰にささったもう1本の刀を抜いた。それをブンっと振って、彼を本気で斬りにいったが、あと数センチのところで後ろに飛んで避けられる。驚くような身のこなしだ。赤髪の男は槍をブンブンと音を立てて振るい、再び構えをとった。


「すっげ! 二刀流か!」

「ふん!」


マキはやたらチャラついたその男に、少なからず嫌悪感を抱いていた。


(私はエーデル大国騎士団長…! こんな男に負けるわけには…)


いかない!


マキは2本の刀を見事に使いこなし、赤髪の男に斬りかかった。


「うお!」

「遅い!」


男はマキの2本の刀を、槍の柄と先を駆使して必死で受けた。


カキン カキン カキン


「いいねえ! 術を使わずにこの強さ! だったら俺も…!」


(この槍だけで!!)


赤髪の男は左手に持ったその槍で、2本の刀に立ち向かった。1本で2本を防ぐのは非常に困難だ。避けるので精一杯…!


「こんのっ!!」


男は右から左へと、マキを遠ざけるように横に槍を振り切った。マキは後ろに飛ぶと、その勢いでバク転を2回繰り返す。人間離れした身のこなしは、彼女たち飛術師の一族に昔から備わる身体能力だ。


2人の攻防はしばらく続いていた。


(くっそ…この男……。この私が仕留めきれないなんて…!)

ええ! めっちゃええじゃねえか!!)


「ふん!」


その長い戦闘に終止符をうったのは、マキだった。10分近く続いた攻防の末、男の槍はついにその手から放たれて、回転しながら空中に舞うと、男の遥か後ろの地面に突き刺さった。


「ぅあっ!」


男は尻もちをついて、喉元に刀を突きつけられた。マキはいつもの鬼のような目で彼を睨みつけている。


「ぅ………」


僕が気絶から目を覚ましたのはその時だった。


「えっ…?!」


目の前でマキに剣を突きつけられているのは…


(ご主人様…?!)


髪の毛の色が赤い……けれど間違いない。ご主人様だ…。

何でここに…?! というか、団長さんに殺されそうなんだけど…?!


するとご主人様は突然、マキの服を掴んで自分の方に引き寄せると、マキにキスをしたんだ。


「は?」

「えっ?!」


ご主人様はにんまりと笑って、マキは全力で顔をしかめていた。




そして何故だか僕は、騎士団の入団をマキに言い渡されて、念願の騎士になったんだ。


「お久しぶりですね、ご主人様」


僕の部屋に帰ってくると、数年ぶりにご主人様と話をした。

どうして髪が赤いのかと聞いたら、生みの母親と同じ銀髪が嫌だから染めたんだと言っていた。


僕が孤児院にいた間、彼は自分の両親について調べていたらしい。心当たりはあったんだ。呪術と結界術を使えるご主人様は、その一族をたどっていくうちに、ついに自分の母親が、ティーニア・イグレックだということも、彼女がどうして自分を捨てたかのその理由も全て、突き止めたんだ。


ご主人様がティーニアに恨みを抱いていることはわかっていた。僕にはご主人様と同じ記憶があるから。


ご主人様はティーニアが家族4人で幸せに暮らしているのを見て、心底許せなかったに違いない。


「あの、ご主人様」

「何だ?」

「結界師の一族を殺したの、ご主人様じゃありませんよね?」


ご主人様は、驚いたように僕をじっと見ていた。僕はその時、憎悪に満ちた目で彼を睨んでいた。返答次第じゃ、僕はご主人様を殺そうとしただろう。でも彼は首を横に振って、いつものへらついた口調で答えた。


「俺じゃねえよ。まあでも確かに、ティーニアもその家族も、殺したいほど憎かった。だけど殺したのは別の奴さ。ったく、勘弁してほしいよ。俺が殺そうと思ってたのに、先に殺っちまうなんてさ」

「……」 

「それよりシルバ、お前今、俺に殺気を向けたな?」

「……すみません」

「何でそんなに怒る? どうでもいいことだろ、お前には」


そしてそのあと僕は、ご主人様にラッツの話をした。


「…呪人の分際で人間の女を好きになるんじゃねえよ」

「好きになったなんて言ってないですよ。ただ僕は、彼女の一族を抹殺した犯人を、殺したいだけです」

「……」


ご主人様はその時、哀れむように僕を見ていた。




その年騎士団に入団できたのは僕とご主人様だけだった。といっても、僕らは2人で1人の扱いだった。何故ならご主人様は、僕とマキの前でしか姿を現さないからだ。


マキとご主人様と3人で、その手続きも含めて話をしていた日のことだった。


ご主人様の本名は、ある意味シルバ・イグレックだ。僕はマキに、僕が呪人であることを教えた。僕がご主人様の身代わりとして生まれたことも、シルバという名前を僕にくれたことも。それを話すのを、ご主人様が許可してくれたからだ。


「まあでも、結局2人ともシルバなんだろ。紛らわしいな」

「いんや、こいつがシルバだ。俺はほら、もう銀色じゃねえから」


ご主人様は赤く染め上げたその髪を、少し掴んで僕らに見せた。深い深い、綺麗な赤だ。


「じゃあお前のことはなんて呼べばいい」

「イグレックだから、イグでいいよ」

「え……」


(ご主人様、嫌じゃないのかな…。殺したいほど嫌いな親の姓なのに)


「わかったよ。じゃあお前がイグ、お前がシルバだな」

「あいよ」

「は、はい…」


マキはご主人様と僕を順に指さしながら、名前を呼んで確認をした。その日から、ご主人様はイグで、僕はシルバと、彼女に呼ばれることになった。


「なあ、マキ」

「馴れ馴れしい奴だな。お前は私の部下だぞ。『さん』を付けろ、『さん』を…」

「俺と結婚しよ!」


僕はぎょっとしながらご主人様を見ていた。そのあとマキを見たら、もっともっとぎょっとした顔で、ご主人様を見ていた。


「結婚しようぜ」

「誰がするか!!」


マキをよく知る今じゃあ考えられないんだけど、その時の彼女は明らかに冷静さを欠いていた。最初からマキは、ご主人様にペースを狂わされていたのかもしれない。




僕の知らないうちに、ご主人様はマキの心を掴んで、気がついたら…


「け、結婚?!」

「おう!」

「ほ、本気で言ってます?! ご主人様」

「何で嘘つくんだよ! まあでもあれな、俺は籍がねえから、お前が代わりに皆の前で結婚しといてくれ」

「はいい?!」


ご主人様は、僕とマキの前でしか、絶対に姿を現さない。彼の意志は頑なで、彼はもう、この世にいない人間として生きていくことを決めたかのようだ。


ご主人様がいつも使っているのは、透過結界というやつらしい。姿も匂いも気配もまるでなくなる魔法の術だ。ラッツも使えるみたいだけど、すごく集中力がいるっていっていた。ご主人様にそんな集中力があるとは思えないんだけどな…。それとも多術師であるご主人様だからこその、才能ってやつなんだろうか。


だけど呪人の僕だけは、姿を隠していても、ご主人様がそこにいるのがわかる。ご主人様はあの日から、ずっと僕のそばにいる。雷をうてる僕は、騎士団たちに呪術師だと説明してもらっている。弱い僕がリーダーに選ばれたのは、影でご主人様が僕をフォローしてくれているからだ。呪術で服従の紋を使う時もまた、ご主人様がこっそりと術をかけている。



ご主人様は、名前も保有する籍も、全てを僕にくれると言った。シルバ・ダドシアンとして、人間と同じようにこれまで通りに生きろと言った。


僕の身体は、人間と全く同じなんだ。そういう風に、ご主人様が僕を作ったんだ。人間と違うところは、心臓の代わりが核ということくらいだ。あとは食べなくても生きていけることくらいかなあ…。


僕はご主人様の代わりとして生きるように命令されている。それが守れないなら僕はもう死ぬしかない。だから僕はもう、シルバ・ダドシアンという人間になるしかないんだ。


結婚相手をマキさんと呼ぶのも敬語で話すのもおかしいと言うんで、彼女をマキと呼び、タメ口で話すことを強要された。違和感だらけだったけど、ご主人様の命令だからすぐに対応した。今では平気だけれど、昔は無茶苦茶怖い人だと思ってやまなかったからね!


「マキは…どうしてご主人様と結婚するの?」


僕はある日、彼女に聞いた。


「振るのが面倒になったから」


僕は苦笑いして彼女の話を聞いた。毎日毎日結婚してくれだのお前に惚れただの、ど直球で愛を伝えるご主人様に、根負けした…んだろうか。面倒くさいからとこの時は言ったけど、でも2人を見ているとね、いつかそうなる気はしたんだ。でも実際そうなると、すごく驚いたけどね。


「『俺が幸せにしてやるから』って」


マキは呟いた。


「……」

「彼に乗っかってしまった」


マキはそう言ったあと、少しせつなそうに笑った。僕は首を傾げたが、深くは気にしなかった。



マキは、この世に姿をさらさないご主人様を人生のパートナーに選んで、呪人の僕と名目上結婚することも受け入れて、そしてマキは、マキ・ダドシアンになったんだ。


「すまないな、シルバ」

「え? 何が?」

「お前も好きな子がいたんじゃないのか?」


マキにバレているとは、驚いたよ。だけど僕は、首を横に振った。


「僕はただの呪人だよ、マキ」


そうして僕は、事実上マキの夫になったんだ。

僕の左手の薬指には、結婚指輪がはまっている。


そして今、マキのお腹の中には、ご主人様との子供がいるんだ。







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