2人のシルバ
僕、シルバ・ダドシアンは、シルバ・イグレックの『身代わりの呪人』だった。
そのことを知っている人間はこの世に2人。
ご主人様のシルバ・イグレックと、マキ・ダドシアンだ。
イグレックは、ご主人様であるシルバが、養子になる前の姓だ。
呪人の僕を作ったご主人様はもちろん呪術師で、それと同時に、結界師だった。
1人で2つの術を使えるなんて人間は早々いない。少なくとも僕は会ったことも聞いたこともない。この世にご主人様だけなのかもしれない。
察しの通り、ご主人様は呪術師と結界師の間に生まれた子供だった。だけど彼は、結界師である母親のティーニアと、不倫相手の呪術師の男との間に出来た子供だったみたいだ。
結界師の村に住むティーニア・イグレックは、ご主人様を産んで、その子は旦那との子供だと思って育てていた。だけどご主人様が2歳の時、彼が呪術を使えることに、ティーニアは気づいてしまった。
結界師の一族は、自分たちの力に誇りを持っていた。同じ結界師一族の者と結婚し、その力と血筋を残していくことは、彼らの中で暗黙の了解だった。
だからティーニアが不倫をしたこと、ましてや呪術師との子供を産んだなんてことが知れたら、とんでもないことになるのは目に見えている。ティーニアはご主人様の他に、旦那との子供も既に2人いたし、ご主人様のせいで人生をめちゃくちゃにされるなんてごめんだとティーニアは考えた。そしてティーニアは、ご主人様を捨てたんだ。
さすがのティーニアも、我が子を殺すことはできなかったようだ。孤児院の壁の向こうにまだ2歳のご主人様をこっそり捨て、村の皆には魔族に襲われて殺されたなんて嘘をついた。
その話は、ご主人様が後に自身で確かめて知ったもので、僕も数年前にご主人様から聞いたんだ。
2歳だったご主人様が成長した時にはもう、母親との記憶は消え入るほどかすかだった。母親の顔も、自分が何と呼ばれていたのかも、思い出せない。だからどこぞの誰ともわからぬ捨て子として孤児院に拾われ、そこで育った。
ご主人様の名前はそこでつけてもらったんだ。髪の色にちなんで、シルバと。
ティーニアがご主人様につけた本当の名前が何かは、もう一生わからない。
ご主人様は、自分がどこで生まれ、どうして捨てられたのかを知りたがった。だけどその孤児院から出ることは簡単には出来なかった。だからご主人様は、身代わりとして、自分と同じ記憶を持つ自分そっくりの見た目の呪人を作ったんだ。人間の心を持った、成長する呪人。それが、僕だ。
「お前は今日から俺だ。お前が今日から、シルバだ」
「……僕が、シルバ」
僕は呪人で、人間じゃない。僕はご主人様として今日から生きる。それが僕の全て。僕が生きる意味でもあり、それを否定することは絶対にできない。
「それじゃ、あとはよろしく、シルバ」
「はい……」
そして、ご主人様は孤児院から出ていった。そのあとご主人様が何をしていたのかは、僕は知らない。
孤児院で暮らして数年、僕の引き取り人が見つかった。それが、ゴルド・ダドシアンだ。
僕はその日からシルバ・ダドシアンになった。
僕は、僕を引き取ってくれた父さんと母さんのために、死んだレノン君の代わりを目指して努力した。
僕は1つだけ力を持っている。雷を落とす力だ。その力はある日の夜、突然僕に宿ったんだ。そして僕はそれを使うと、電源が切れたみたいに眠りについてしまう。
それ以外は運動神経もないし、頭もあんまり良くない。ご主人様がわざとそうしたのか、たまたまそうなったのかはわからないけど、呪人の僕がわざわざそんなことをご主人様に尋ねるのは、ナンセンスだ。
僕が父さんに引き取られてから数年経って、1人の女の子が養子として、僕の隣の家にやってきた。それがラッツだった。
すごく可愛い女の子で、びっくりした。仲良くなりたいなって思った。
僕と同じ養子だと聞いて、何か運命的なものを感じたんだ。
ああ、だけど僕は、人間じゃないんだ。そのことを忘れてはいけないんだった。
そして僕はある日、ラッツが養子に来た理由を知った。
彼女の村の結界師が皆、何者かに斬殺されたらしい。
(………)
ラッツは泣きながらその話を僕にした。
僕はこれまでに感じたのことのない怒りを覚えて、絶対にそいつを見つけ出して、僕が殺してやると心に決めた。
ラッツも前を向くことに決めたみたいだ。まだ幼い彼女は街の道場で拳法を習い始めた。長年にわたってそれを身につけた彼女が、結界の力を使った時、彼女は最強になった。
僕も負けていられないと思って、騎士団を目指して稽古をしていた。だけど才能のない僕は、相変わらずラッツに馬鹿にされていた。
「シルバ、もうレノン君の真似はやめるんだわよ」
「ううん。僕自身が強くなりたいんだ」
だって…ラッツの仇をとりたいから。絶対。
だから僕は、今度の騎士団の入団試験を受けることを決めていた。
「騎士団に入るから! 絶対!」
「ったくもう……わざわざ恥かきに行く必要なんてないんだわよ」
「あはは」
ラッツはため息をついて、やれやれと言った様子だ。でも僕は彼女に何と言われたって、才能が全くなくたって、騎士になりたかった。
だって僕は、それを生きる目標にしたんだ。僕の生きる意味にしたかった。生きる意味が、欲しかったんだ。
その年の騎士団の入団希望者は、すごく少なかった。だからその試験は、当時から騎士団長だったマキが入団希望者と直接相手をして、それで入団させるかどうかを決めるなんていう一戦勝負になったんだ。
エーデル城の保持する広い訓練場を貸し切って、入団希望者たちは順番にマキと戦いを始めた。
「全く、どいつもこいつも弱すぎる」
マキは数人の希望者を、既にねじ伏せた挙げ句、戦意喪失させた。才能はもちろんだけど、それより根気とやる気、将来性を見ているだけだから、マキに敵わないなんて当たり前なんだ。でもそうだとしても、彼女は容赦がなさすぎて、戦いが終わった希望者たちは魂が抜けたように皆気絶していた。
そうして最後、やっと僕の番になった。
試験は真剣で行われた。用意された真剣を手にとって、「お願いします!」と僕が構えると、マキは言った。
「お前は失格だ」
「え…? まだ勝負してないですよね?」
「構えを見ればわかる。相手する価値もない。お前には剣を持つ才能はない。帰れ」
「ま、待ってください! 僕はどうしても騎士になりたいんです! せめて勝負を…」
「何度も言わせるな。お前に騎士は向いていない。早く帰れ」
僕はマキにそう言われて、剣を握っていたその手を震わせながら、強く力を込めた。
「?!」
マキはそれを見て、表情を変えた。
僕の真剣は、僕の心に反応するように、目に見えるような電気を纏っていた。稲光は激しくバチバチと音を鳴らして、それが真剣を伝って僕の身体中に駆け巡った。
「っ!!」
身体が勝手に動き出したと思ったら、もう止まらなかった。足が地面を踏み込むより速く、僕の身体は加速して、気づいたらマキの後ろをとっていて、僕はもう身体を止めることなんてできずに、そのまま流れるように彼女に斬りかかった。
「!!」
マキは間一髪のところで、飛術を使って飛び上がった。僕の動きに反応出来たマキは、やっぱり凄い。相手がマキじゃなかったら、僕は人間を殺すところだったかもしれない。
「っ!!」
僕が剣を振り下ろすと、その先から稲妻が放たれて、地面に風穴を開けた。だけどそれを見た僕は目を丸くする暇もなく、いつ身体が動いたのかも気づかないうちに、またマキの後ろをとった。
(飛んでる?!)
空中高くに飛んでいたマキの後ろにいるということは、僕もそれくらい飛んだということだ。その考えが及ぶよりも、僕の腕が剣を振り下ろす方が速い。だけどマキにまた避けられて、剣が放散する雷は、本物が空から落ちたように音を上げると、地上にぶつかって大きなインパクトを起こした。
「お前…」
「っ!!」
僕はもう1回マキの後ろを取って、思いっきり剣を振り下ろすと、かわそうとしたマキの左翼を、ざっくりと斬り落としたんだ。
「っ!!」
剣が纏う電流は彼女の羽を伝って、彼女の身体を強く感電させる。マキは痛みに顔をしかめ、そのまま飛び上がることができず、落下していった。
「あ……」
そして僕も、落下していった。いつも雷を落とした時みたいに、エネルギーが切れるのがわかった。
いつも、プツンと切れるんだ。前兆もなく、突然に。
僕はそのまま、目を閉じた。




