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リルとウル

俺とウルは、小さい頃から風呂に一緒に入っていた。

母親は俺たちをいつまでも子供だと思っているから、気にしていなかったけど、本当はこの歳で女友達と風呂に入るのは、変なんだ。


っていうのを、最近知った。男友達と、いつまで親と風呂に入ってるって話になって、そこから何となく察したんだ。


俺はそういうのに、疎かった。なんでかっていうと、女に興味がなかったから。


アデラに性欲処理を教えたけど、本で見て知っていたのを話しただけだ。そういう知識だけはあるよ。ないと馬鹿にされるし。ちなみにそんな本どこにあったのかっていうと、もちろん兄貴の部屋。それを見つけたのは中学生の時だった。だけど俺は、それを見ても、何も感じなかった。だから俺、本当は、自慰なんてしたことないんだ。


まあ、そういうわけで俺は知らなかった。知らずに彼女と、風呂に入っていた。


ウルは大人しくて、なかなか意見も言えないから、嫌だとも言えなかったのかもしれない。悪いことしたかな。なんて思って、俺はその日、ウルに言ったんだ。


「ウル」

「何ですか?」

「もう俺と風呂入るのやめるか」

「え…」


(あれ……)


何故か嫌そう。うん? 俺と入りたい、なんてことあるか?


「いえ……そうですよね。リルさんは男の子ですもんね。女の子の私と入るなんて嫌ですよね」

「嫌……っていうか、ウルだろ? 嫌なのは」

「……」

「いや、俺は別に何とも思ってないけど…ほら、普通はもう入んないんじゃないの? 男の子とは」

「……」


ウルは顎に手を当ててしばらく考えたあと、俺の方を見ていつものように笑って言った。


「わかりました。1人で入ります」

「う、うん……」


それから俺達は、一緒に風呂に入るのをやめた。




「ウル、サッカーやろうぜ〜!」


ある日、女の子たちの輪に入っていくと、ウルをサッカーに誘った。


「もう! 何よリル」

「今皆でお絵かきしてるの! 邪魔しないで!」


女の子たちは俺を邪魔者扱いする。女はいつになっても、どうもつるみたがるんだ。女の集いに男が入れば、イケメンの俺でも歯がたたない。というかまだ小学生だしな。目がハートになるのはもうちょい先よ。


田舎町だから都会の奴らより男女の仲がいいとは思うけど、普段は、男は男、女は女と一緒にいるのが普通なんだ。


俺は彼女たちが書いている絵を覗き込んだ。またあれだ。きゃわいい美少女戦士だ。皆好きなキャラクターの絵でも描いているんだろう。


もちろん、ウルの絵も見た。そういやウルの絵をまともに見たことなんてあったかな。ないかも。


「あ……」

「み、見ないでください!!」


ウルはバっと絵を隠したが、もう遅かった。

俺も人のことは言えないが、ウルの絵は何というか独特…、というか、簡潔に言うと、下手だった。


「あはは!! ウルちゃんて、絵下手くそなんだよ〜」

「何で皆さん、そんなに上手なんですか…」

「えー? だって毎日描いてるもん!」

「ねー! 授業中も描いてる! ほら見て〜!」

「おいおい。授業中に何遊んでんだよ」

「リルだってよく居眠りしてるじゃん」

「あれ、バレてた?」

「あははっ」


ウルは笑っていたけど、何だか作り笑いのように見えた。俺は、それがすごく気になった。


ウルは俺の幼馴染。大事な大事な、幼馴染だ。

彼女のことを心配する理由なんて、それだけでいい。


「ウル、何か悩みがあるなら俺に言えよ」


しかしウルは笑って、「何もありませんよ」と言うだけだった。


俺はこれまで以上にウルのことを気にかけて観察した。何日も、何日も。そしたら俺、やっと気づいたんだ。


ウルは


女の子じゃない。




そして俺は、そのことについて、子供なりにめちゃくちゃ調べた。調べれば調べるほど、ウルに当てはまる気がした。ウルはバレないようにうまくやってるつもりだろうけど、俺にはわかるんだ。俺は君の、わずかにしかめる表情も偽物の笑顔も、見逃さない。ウルは、性同一性障害に違いない。


「ウル!」


学校帰り、女の子たちと一緒にいるウルの腕を掴んで、彼女を呼び止めた。


「ちょっとリル! 何なのよー?」

「あんたウルちゃんのこと好きなんでしょー!」


女の子たちはまた俺を邪魔者扱いするが、そんなことはどうでもいい。


「うるさい。ウルは俺と帰る。お前らどっかいけ」

「はあ〜? 意味わかんないリル!」

「イケメンだからって調子のんないでよね〜」

「ほっといて行こう! ウルちゃん」

「あ、えっと……」


ウルはおろおろしていた。俺は彼女の腕を強く引っ張った。


「帰るぞ」

「あ……ご、ごめんなさい皆さん…!」


俺は無理矢理彼女と2人で、学校を出た。村外れに彼女を連れて行く。そこにはもう、誰もいない。


「リルさん…家はこっちじゃ」

「ウル…話がある」

「え……」


ウルは驚いた様子で、何故か気まずそうな顔をし始めた。


「ウル、俺……」

「ご、ごめんなさい! リルさん!!」

「は?」


一瞬の沈黙が、2人を襲う。


(何が?)


「私、リルさんのことをそういう風には…」

「は? お前、何言ってんの?」

「え……あ……すみません。告白をさえぎって」

「は?」

「え? 告白ですよね?」


俺は、ずっこけた。心の中で。


「ちげえよ! バカ!」

「えっ……じゃあ何なんですか?」

「何なんですかじゃねえよ! もう! 真面目な話しようとしてんのに、調子狂うなあ!」

「す、すみません…!」


銀髪の美少女は、ぺこぺこと俺に頭を下げた。


そして俺は、言った。


「なあウル、俺は、何があってもお前の友達だから」

「は、はい…」

「だから聞いてもいい?」

「はい…」

「ウルは、性同一性障害なんだろ?」

「……」


ウルはその可愛らしい目をぱちぱちして、俺を見ていた。


「……」

「……」

「……」

「え? 違うの?」

「それ、何ですか?」


・・・


はい! 2回目のずっこけぇ!!!

じゃなくって!


「何ですか?じゃねえよ! 俺にはわかってんだよ! ウル、お前、本当は心は男なんだろ?!」

「ほえ」

「俺には本当のこと言ってくれよ! ウルが無理してるとこ、俺は見てられないんだよ!!」

「はぁ」


(何だよ! 何でそんなぽけーっとしてんだよ!! 俺がこんなに必死だってのにっ!!!)


ウルはただ目を丸くして、不思議なものを見るように俺を見ている。


「ふふ!」


突然彼女は笑い出す。俺はもう、何が何だか、よくわからない。


「私、病気なんですか?」

「病気っていうか…うんと……そういう……体質? 状態?」

「ふふ!」

「笑うなよ! お前の話だよ!」

「リルさん、私のためにそんなことまで調べてくれたんですか」

「そりゃだって……ウルを助けられるなら……」


ウルはずっと笑っていて、俺は拍子抜けしたよ。

そして彼女は、言ったんだ。


「ああ、リルさんがいてくれてよかった」


その時の彼女のはにかんだ顔は、忘れられない。

その時俺は何故か、彼女が、男に見えたんだ。


世界一綺麗な顔をした、男の子だよ。




そのあと2人で、俺の部屋にいった。今日はウルの親も仕事じゃなかったけど、俺の家に泊まるって言ってきたんだ。


「どうしてそう思ったんですか。私の心が男だと。私、一生懸命、女として生きていたんですけどね」

「それだよ。その一生懸命が、俺には無理してるように見えたんだ」

「あらまあ……」


もっと幼い頃は、わからなかったよ。最近だから、わかったのは。


思えば4、5歳くらいの頃は、俺とよく遊んでいたんだ。車のおもちゃも、ヒーローごっこも、全部俺がやろうって誘って、ウルは何でも楽しそうにやってくれた。成長するにつれて、女の子の友達のところに行っちまって、そいつらとおままごととか人形遊びとかやってて、ああ、そんな遊びも付き合ってやれば良かったなあ、なんて思ったことはあったよ。


「でも本当は、俺と遊ぶ方が楽しかったんだろ?」

「はい! すっごく楽しかったです!」

「ままごとは?」

「つまんなかったです!」


ウルがそんなことを言ったから、俺は声を出して笑ったよ。


「あの美少女戦士の本は?」

「ああ、女の子が全部同じに見えて、全然名前が覚えられないんですよ!」

「授業中も頑張って、ノートに絵描いてた時期あったよな」

「本当ですよ! 全然うまくならないし、そもそも絵を描くの嫌いですし、成績も悪くなったし、最悪ですよ!」

「あはは!!」


ウルの親も可愛い服を手作りで用意したりする。それを着るとものすごく喜んで、かわいいかわいいと彼女をほめる。ウルも昔は嫌だと思っていたみたいだが、今ではもう慣れたし、特に嫌でもないと言っていた。


「似合いますもんね! こっちのほうが!」


ウルは自分の着ているピンクの花柄のワンピースを、モデルみたいに俺に見せて、あははと笑っていた。


自分が男か女かわからなくて、混乱したことも確かにあったらしい。だけど身体は完全に女の子で、周りも自分を女の子と認めているから、もう女として生きるしかないんだと、半ば諦めていたようだ。


ウルはそもそも病気の存在も知らなかったし、自分でも心が男だってことを、はっきり自覚していたわけではなかった。


何なら俺に言われて、それだ!なんて思ったみたいだ。


「この前やったチャンバラが、すっごく楽しかったです」

「ウルは結構強かったよな」

「本当ですか? 嬉しいです! 美少女戦士は興味ないんですけど、ヒーローにはなりたいですから!」

「あはは! だよな。俺もそう。やっぱ男向けと女向けがあるよな」

「ふふ!」


そして俺は教えた。手術をして、男になる方法だってあるんだと。それはすごく大変で、痛くて、お金もかかるんだけど、ウルが望むなら応援するって言った。今はまだ子供だけど、将来に向けてお金も一緒に貯めてやるって言った。そうしたらウルは、ちょっと考えてみますって、言ったよ。


「リルー。ウルちゃーん。そろそろお風呂入ったらー? 沸いたわよーん」

「あーい」


呑気な俺の母親の声が聞こえて、俺も適当な返事をした。


「行こうぜ、ウル」

「はい!」


そうしてそのあと、俺たちは一緒に風呂に入った。


俺は何とも思わないよ。男友達と風呂に入るだけだから。

まあ元々何とも思ってないんだけどな。


「リルさん! 見てください!」


風呂から上がったウルは、俺のパジャマを着やがった。

お泊り常連さんだ。ウルの可愛いパジャマは俺の家に常備されているのだ。


「おい! 何やってんの!」

「うふふ! 交換しましょうよ! 今日だけ!」

「はあ〜?」

「ふふふ!!」


ウルはとっとと出ていってしまって、俺はその可愛い美少女戦士のついたピンクのパジャマを着るしかなくなった。


「ちょっとリル! あんた何やってんの! ウルちゃんのパジャマじゃないの!」

「今日はウルと交換したんだよ〜! 可愛いだろ!」

「お前、馬鹿じゃねえの」

「はいはい! 兄貴よりは馬鹿ですよ〜! ガリ勉野郎!」

「ちっ」


リビングで晩ごはんを食べたあと、俺たちは部屋にいった。ウルが泊まるときは、兄貴は気を遣って母さんたちの部屋に行って寝てくれるんだ。


俺たちは隣同士に布団を並べて、寝っ転がりながら話をした。


「ウル、思ったより、元気だよな」

「はい?」

「いや、症例とか患者の声とかも読んだらさ、もっともっと辛そうだった。ウルは強いな…」

「そんなことありませんよ。でも私には…」


そして、ウルは言った。


「リルさんがいてくれますから」


ウルは微笑んで、俺も同じように彼女に微笑み返した。


ウルドガーデ・ダルティネは、俺の幼馴染。

俺の大親友。


彼女の心は、男の子である。


そして、それは俺が絶対に彼女を好きにならない理由。

彼女も俺を絶対に好きにならない理由だ。






















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