幼馴染
「アデラ、医者にかかれば、その性器をとることができる」
「え…? そ、そうなのか?」
アデラは目を輝かせていたが、俺は話を続ける。
「今の医学なら、男であっても、女の身体にほとんど近づけることができる」
「…じゃあ、何故さっきは出来ないと…」
「男の性器をとって、女性の性器を作ることができる。豊胸手術で胸だって大きくできる。ホルモン治療で、更により女らしくすることもできる。ものすごく金がいるけど」
「か、金なんていくらかかってもいい! ここで死ぬほど働いて、自分で稼いで用意する」
「まあ、ここの賃金はいいからな。300万ギルくらいだよ。絶対無理って金額じゃない」
「じゃあ……」
「だけどその手術は、本来お前が受けるべきものじゃない。その手術は、生まれた時から、心が自分の性別と違って苦しんでる人たちの、救済手段の1つなんだ」
「……?」
リルイットは、辛そうな表情を浮かべている。
本当は、誰にも言わないと、約束していた。
そして、彼女と約束したあの日から、俺は、そのことももう、忘れようとしたんだ。知らないことにしたんだ。
「俺の友達の話、してもいい?」
「……うん」
だけど、彼女はもうこの世にいない。
そして今、俺の友達があまりに困っているから、話をさせてもらうことにしたんだ。
約束を破ってごめんな、ウル。
そしてリルイットは、話を始めた。
リルイットがまだ子供だった頃の、たった1人の大切な、幼馴染の話だ。
「えい! やあ!」
「それ! うおおお!!」
俺はその時まだ、8歳。
田舎町ダズールの広場で、俺は同い年の男の子たちと、軽い木刀でチャンバラごっこをして遊んでいた。最近、男の子たちの中で流行りだした遊びだったんだ。
「いけいけー! リルー!」
「リルカッコイイ〜!!」
「おらああ!!」
女の子たちはそれを囲んで、応援をしている。彼女もそこにいた。
「それ!」
「うわあ!」
相手の男の子の頭をコンっとたたいて、リルイットは勝利を収めた。
「よっし! 3連勝!」
「ったくもう…たまたまだろ〜?」
「いいから! 負けたやつは下がれって! さ! 次は誰が相手だ〜?」
俺は周りを見渡した。そうしたら、彼女と目が合ったんだ。俺は何となく察したんだ。彼女が、やりたがっていることを。
「じゃ、次はウル!」
俺はビシっと彼女を指さした。ウルはびっくりしていたけど、すごく嬉しそうだった。俺は何でかわからないけど、昔からそういうのを察する能力があるんだ。たまたまかもだけど。
「なーに言ってんのよ! ウルは女の子よ!」
「そうよそうよ! そんな危ない遊びしないわよ!」
他の女の子たちはブーブー言いながらウルを庇っている。子供の頃引っ込み思案だったウルは、何も言えなかった。
「うるせえな。手加減してやるから。ほらよ!」
俺はウルにもう1本の木刀を放り投げた。ウルはそれをキャッチして、わくわくしたように俺の前にやってきた。
「剣を落とすか、頭をたたかれたら負けだぜ」
「わかってます!」
審判代わりの男の子が真ん中にやってきて「はじめ!」と合図をすると、チャンバラが始まった。
「ほーらよ!」
コンっと木刀は音を立てて、ウルが構えた木刀とかち合った。
「えい!」
ウルも負けじと木刀をふるってきた。俺は手加減していなかったけど、いい勝負だった。
「ぐぬぬぬ」
木刀の押し合いになった。まだ8歳だ。男と女はそこまで関係ない。力の差は個人の力だ。
「おおー! ウルすげえ!」
「頑張れウルー!」
皆もウルを応援し始めて、俺はちょっとした悪者気分だったが、まあいい。なんでかって言うと、ウルがすっごく楽しそうにしていたから。
「えい!」
「痛!!」
最後の最後で油断して、俺はウルに頭を叩かれて負けた。
そのあとも男たちのチャンバラは続いていたが、応援に飽きた女の子たちはその中の誰かしらの家で遊ぶと言って、どっかへ行こうとした。
「ウル! もう1回勝負しようぜ!」
「しないわよ! ウルは私たちと遊ぶのー!」
俺はウルに声をかけたが、他の女の子たちに断られて、ウルは連れて行かれた。
「ウルに負けたのがそんなに悔しいのか〜?」
他の男の子の友達が俺をからかったが、俺は悔しくなんてなんともなくて、ただ、ウルがもう少し、やりたそうにしていたのが、気になったんだ。
「ただいま〜」
夕方になって、俺が家に帰ると、リビングにウルがいた。
驚くことじゃない。俺とウルの家は隣同士で、互いの家に行くことはしょっちゅうある。
「今日は親が仕事で帰ってこれなくて、リルさんたちの家に泊まらせてもらうことになったんです」
「ふーん」
ウルは本を読んでいた。女の子が魔法使いに変身して敵を倒すシリーズの本だ。俺は興味ないから、本の名前は忘れたけど。
「ウルもそれ好きなの?」
俺はウルの隣の椅子に座って、本をのぞきながら、話しかけた。
「えっと……友達が皆読んでるので」
「あー、流行ってるもんな、女の子の中で」
「はい!」
ウルはその日もいつも通りだ。いつも通り可愛くて、人形みたいなフリルのワンピースを着ている。さっきのチャンバラで、ちょっと汚れてしまっていた。
すると、俺の母親が、晩御飯を作りながら、ウルに話しかけてきた。
「ねえウルちゃん! その服、お母さんが作ってくれたんですって?」
「はい! そうなんです!」
「素敵ね〜!! ほら、うちは男2人じゃな〜い? ウルちゃんみたいな可愛い女の子がいて、羨ましいわ〜!」
「ま〜た言ってるよ」
「うふふ」
ウルの親は精術師で、仕事が忙しいことも多くて、ウルはよく俺の家に来る。泊まることもある。俺が1ミリの記憶もないような小さい時からそうしている。
俺の母親とウルの母親もめちゃくちゃ仲がいいから、喜んで引き受ける。俺の母親は、ウルを自分の娘のように可愛がっている。
「晩ごはんまだー?」
「まだよ〜。カレーにしたの。今から煮込むからあと20分〜!」
「え〜? そんなに?」
「ウルちゃんと遊んでたらすぐよ〜!」
「ふぁ〜い」
俺はウルの本を覗き込んだ。桃色の髪の女の子が、きゃわいいコスチュームに変身しているシーンだ。うん、すこぶる興味がない。
「なあそれ、面白い?」
「はい!」
ウルは笑ってそう言いながら、本を読んでいた。
「チャンバラの方が楽しいぜ?」
「男の子はそうですよね!」
「ウルもチャンバラしてる時のほうが楽しそうだったぜ?」
「え……」
ウルはびっくりしたように俺を見ていた。
「な! もう1回庭で俺とチャンバラやろうぜ!」
「え…」
「こーらリル。ウルちゃんはそんなのやらないわよ。可愛いお洋服が汚れるじゃない!」
「ウル! こっち来いって!」
「あ……」
俺はウルを自分の部屋に連れ込んだ。といっても、兄貴と共同の子供部屋だ。兄貴はいつものように机に突っ伏して、カリカリ何かを書いている。俺たちが部屋に入ってきても、ガン無視だ。というか、自分の世界に入っているから、そもそも気づいてもいない。
「服貸してやるよ」
「え…」
「汚したらほら、俺が怒られるし!」
「……」
俺はウルに自分の服を貸してやった。ただの黒いトレーナーと青いズボンだ。もうよれよれだし、どんなに汚してもいいっていう雰囲気が漂っている、そんな感じのどうでもいい服だ。
ウルは洗面所で着替えを済ますと、俺の服を着てそこから出てきた。美少女が絶対着ないような、ましていつも可愛いワンピースやスカートを履いているウルには全く似合わないような、かっけー服なんだ。
「…似合いませんよね」
「いいじゃん! それならどんなに汚しても平気だぜ!」
俺はウルを庭に連れていって、木刀を渡した。
狭い庭だけど、父の趣味で変な池があって、そこにはめだかが泳いでる。雑草が生えてきてるな。また草むしりをしろと命令される日も近い。
「俺も買ってもらったんだ〜! 兄貴の分もって2本買ったのに、全然兄貴は遊んでくんね」
「うふふ。お兄さんはチャンバラなんてやらなそうですね」
「そうなんだよ! だからほら! 俺の相手してくれ! ウル!」
「わかりました!」
俺とウルは、再びチャンバラで戦った。
「おーらぁ!!」
「えい!!」
「痛ってー!!」
またまたウルに負けて、俺は自分の頭を擦った。
「女の子だからって、手加減しなくていいですよ、リルさん」
「いや、してねえからそんなの! もう1回だ!」
「はい!」
俺も今度こそはと思って、ウルに全力で攻め込んだ。
「それええ!!」
「わっ!!」
ウルは俺の攻撃を避けたが、その拍子に足を滑らせた。
「あっ!!」
「っ!!」
ドボーン!!と、ウルは池の中に落ちた。めだかがびっくりしたように逃げ回っていく。
「ウル! 大丈夫?!」
ウルは目を丸くして、パチパチと瞬きをして、しばらく固まっていた。
「だ、大丈夫…?」
「あははっ」
「え…?」
すると、ウルは見たこともないような顔で笑いだしたんだ。
「あはははは!!!」
それを見た俺もおかしくなって、笑っちまった。
「ああ!!! どうしたのウルちゃあん!! こら! リルぅ!!!」
「違いますおばさん! 私が勝手に転んで…」
母親に怒られたけど、なんてことはない。
「そのままお風呂に先に入っちゃいなさい」と言われ、風呂が沸いたのを見計らって、俺たちは風呂場に向かった。




