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リルイット、シャドウになる

シェムハザは玄関前で、寝ることもなく、ずっと彼を待っていた。

人形のように、微動だにせず、ドアを見つめたまま、ずっとそこに座っていた。


(なんでもいい。話をしたい…フェンと……)



『魔王様、魔族はどうして愛を知らないのですか?』


その昔、シェムハザは魔王ゼクロームにそう尋ねた。


『知る必要がないからだ、シェム。人間は愛なんて持ったばかりに、その愛に溺れては誰かを傷つけ、時には殺す。また、愛のために命を投げ出し、その身を滅ぼす。だから我は作ったのだよ。愛などなくても繁殖できる、至高の存在を』

『それが魔族ですか? 魔王様』

『ああそうだ。間違っても愛なんてものを知ろうとするんじゃないよ。わかったかい、シェム』

『わかりました、魔王様』


シェムハザは、そう言って薄ら笑う魔王ゼクロームの話を、呆然と聞いているのであった。


シェムハザは、魔王がその腹を痛めて産んだ存在だった。

故に魔王も、他の繁殖した天使に比べればシェムハザのことをなかなかに気に入っていた。


魔王の血を色濃く受け継いだシェムハザにとって、魔王は母でもあり、家族でもあり、また神と対を成す存在なのであった。


魔王が愛はいらないというなら、いらないのだ。

そういうものだと、思っていた。

疑問すら、抱かなかった。


人間の国に行くまでは。


シェムハザは今、知りたくてたまらない。

魔王がそこまで毛嫌いしている、愛とは一体何なのか。



その日、フェンモルドは帰ってこなかった。


「げ! まだそこにいたのか?」


朝になって起きてきたリルイットは、玄関前に座っているシェムハザを見て、驚いた声を上げた。


「おはようリルイット」

「……」


リルイットはハァとため息をついた。


「フェンモルドが帰ってこないぞ」

「研究に夢中になってんだろ。よくあるよ! 泊まり込みで研究なんて、しょっちゅうな! お前と過ごすために時間を無駄にしたせいで、やりたいことがたまってたんだよ!」

「研究…」

「そうだよ! 兄貴はお前より研究の方が好きなんだよ! お前と遊んでる暇なんてねえんだ! 研究のために仕方なくお前と子作りしたんだよ! わかったらさっさと家から出てけ! くそ天使!」


リルイットがここぞとばかりにそうシェムハザをけなすと、いつもニコニコしているその天使は、珍しくショックを受けたように顔をしかめた。


「……」


そしてシェムハザは、何も言わずに家を出ていった。


「ふん! 二度とこの家にも来るなってんだ!」


そう言いながらも、リルイットは少し言い過ぎたかなぁとも思っていた。しかし大好きな兄を魔族から守ったと言い聞かせて、仕度をし始めた。




「やっべ、寝ちまった……」


フェンモルドは研究所の机の上で目を覚ました。

研究に夢中になって、そのまま机にうつ伏せて寝てしまったのだ。


目を覚ましたら誰もおらず、もう朝になっていた。


「肩痛え……」


フェンモルドは首をボキボキと鳴らしながら、だるそうに起き上がった。


「朝飯でも買ってシャワー浴びに帰るか……」


と呟きながら、フェンモルドは研究所を出た。


途中で朝ごはん代わりの軽食を買って家に帰ると、リルイットがリビングにいた。


「兄貴! また研究所に泊まったのか?」

「ああ悪い…つい夢中になって」


フェンモルドはボサボサの髪の毛をかきあげながら、キッチンの横を通った。


キッチンが散乱している…。

食べ終わった皿は流し台の中に置かれていた。


「お前料理したのか?」

「え? ああごめん。片付けんの忘れてた」

「皿は水につけとけよ。汚れこびりつくし、色が染みるんだよ…」

「あれ? くっそ、シェムのやつ、洗っとけって言ったのに」

「え…? シェム……?」


フェンモルドは驚いた様子でリルイットを見た。


リルイットはやべえ、言っちまった、というような顔をした。


(さっさとあの天使のことなんて忘れてほしかったのに!)


「俺が帰ったらもういたんだよ。晩飯作れってうるさくってよ!」

「…何作ったの」

「ナポリタンだけど?」

「……」


フェンモルドはなんとなく複雑な気持ちで、弟を見ている。


「うん? どうかした?」

「いや、別に……」

「それじゃ、俺はもう行くぜ。遅刻したらまたレグリーにどやされっからな!」

「あ、ああ…」


そう言ってリルイットはさっさと仕事場に向かった。


(…昨日はリルと2人きりだったのか…)


いや、万が一にも何かあるなんて思わないけれど…。

でもリルはモテるしな……シェムももしかして…、いや、もしかしなくても、俺じゃなくてリルの方が…。


フェンモルドは頭をぶんぶんとふって思考をやめた。


(忘れよう! シェムのことは! 俺はもう振られたんだ!)


そのあとシャワーを浴びて、フェンモルドも研究所に向かった。



1週間ほどが経過した。

あれからシェムハザがフェンモルドの前に姿を見せることはなかった。

リルイットはご満悦といった感じだった。


その日、ラミュウザがフェンモルドのところにやってくると、肩をぽんと叩いた。


「やり直しだ、フェン」

「は?」


ラミュウザは口を閉じ首を横に振った。

フェンモルドは物凄く嫌な予感がして、顔を引きつらせた。


「さっき調べたらさ、妊娠、してなかったんだよ〜! 人間同士より出来る確率はかなり高いんだけどさぁ〜、まあ100%ってわけじゃあないからね。だからもう1回、よろしく! ね?」

「え、ええええ?!?!」


ラミュウザは笑って言う。


「大丈夫! 1回も2回も変わらないだろ?」

「いや、勘弁してくれラミュウザ! 俺はあの子とはもう…」


(俺は振られたんだ…それなのにまたなんて……無理無理! 流石に無理!!) 


フェンモルドはすかさず研究所から逃走した。


「あ! ちょっと! こら! フェン、待てって〜!」


ヒルカはその様子を見て舌打ちをしていた。


「困ったなぁ〜」


ラミュウザは頭をかきながら顔をしかめた。

ヒルカは彼のところにやって来ると言った。


「別の奴を用意したほうがいいんじゃねえの? 1回2回どころか、これからも何度も他の魔族と交配してもらわねえと困るだろ。実験体は何匹あっても足りねえんだからさ。元々フェン1人じゃ無理なんだよ」

「ああ〜まあそうだよねぇ!」

「研究員以外の適合実験、結果出てんだろ」


ヒルカはそう言って、ラミュウザの持っているファイルを奪い取った。


「ああこらこら、勝手に見ないでくれ!」

「あ…」


ヒルカはその結果を見て驚いたあと、ニヤっと笑った。




「はあ? ちょっと何? いきなり!」

「話がある。いいから来い!」


リルイットは訓練を終えると、兄の同僚の研究員2人に待ち伏せられて、研究所に連れていかれた。


(確かこいつ、呪術師の…ヒルカとか言ってたか…? もう1人は兄貴と仲のいい研究者…確かラミュウザさん…だっけ)


リルイットはヒルカを睨みつけながら、彼らについていく。


「兄貴はどうしたんだよ」

「シェムハザと交配を命じて帰らせた」

「ええええ?!?!」


リルイットは苦い表情を浮かべた。


(何でそうなるんだよ! せっかく追い払ったってのに!!)


研究所内の一室に連れて行かれ、ヒルカとラミュウザに話を聞かされる。


そのとんでもない話に、リルイットは目を見開いた。


「は、はああああ?!?!」


リルイットも兄と同じ手術を施した末、研究のために魔族との交配をしてくれと頼まれたのだ。


「な、なんで俺が、そんなこと! それに、俺は騎士団の仕事だってあるし…」

「レグリーは俺のダチでな。研究に必要だっていったら喜んでお前を差し出してくれたぜ」


(んの…レグリーの奴ぅ……!! 勝手なことを……!!)


「金はたんまり出すぜ。俺らの研究所は国から資金が出てるからな」

「他にほしいものがあったら、何でも言っていいよ!」


ヒルカは偉そうに足を組んでリルイットを見据えていた。ラミュウザもにこやかに笑っている。


「いりません! お金なんて!」


断固として断ろうとする様子のリルイットに向かって、ラミュウザは言った。


「俺知ってるよ? 君、お兄さんのこと大好きでしょう? 君が協力してくれなかったら、フェンはたった1人で一体何体の魔族と交配しなきゃいけないんだろうね〜」

「えっ……」

「そうだぜリルイット、…だっけ? お前はモテるって聞くし、その顔だ。経験だって多いだろ? その上金までもらえる。減るもんじゃねえんだし、痛いことするわけじゃねえし! 大したことねえだろ?」

「……」


(言えない…俺が童貞だとは…)


知っているのはウルドガーデだけだ。

他の奴らにバレてみろ、馬鹿にされかねない!!


「わかったよ! やってやるよ! その代わり兄貴にもう実験させんなよ!」

「おお! さすが弟くん! 頼もしいなあ!」

「ふん! だから言っただろ! こいつに頼めばいいって!」


ヒルカとラミュウザは嬉しそうに笑っていた。


(ああ! なんか勢いでとんでもないことを言ってしまった!)


いや、仕方ない。

兄貴を守るためだ!

そのためなら俺は、何でもする!


そうしてリルイットは、手術を受け、兄と同じ、魔族と子を作れる身体になったのだった。


その身体のことを彼らは後にシャドウと名付けたらしい。













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