女になりたい男
リルイットたちが食堂にいる間、本部では今回の情報を元にリーダー会議が行われていた。
「研究者たちに確認したんだわ。間違いなくレシピは原本だったそうよ」
「レシピを盗んで悪用しているのはエルフだったのか…」
研究者たちが作った対魔族用のバクト・ツリー。どうやって研究所に潜り込んだのかは不明だが、エルフがそのレシピを盗み、種を大量生産している。
人間の村にバクト・ツリーを生やして、病気を流行らせた。そのためにクコの実をとらせ、ヒドラが人間を襲うようにも仕向けていた。
里の周りにはバクト・ツリーを大量に巡らせ、他の人間及び魔族の侵入を防いでいる模様だ。
ミカケが盗んできたエルフの黒いマスクは、バクト・ツリーのウイルスを防ぐ特別製だと、研究者たちから検証結果が届いた。
トントン
本部の部屋のドアがノックされた。
「どーうぞ!」
シルバがドアを開くと、トニックが立っていた。
「結果、わかったっす」
部屋の中にいた団長マキと各軍リーダーたちはトニックに注目した。ミカケが持ち帰った赤ピンクの薬の中身を調べていた。
「どうだったんだわ?」
「ほぼほぼ魔族強化剤っす。ただ…」
「他に何か違うのか?」
「血が入ってるんすよ…魔族の…」
「?」
トニックは続けた。
「どの魔族のものなのかは不明っす。ただその血が入ることで、更に強くなるみたいっす」
「子供ヒドラやアリゲイツに飲ませてたのもそれと同じなんだわ?」
「いえ…それとは別っす。アリゲイツたちが飲んでたのはおいらのドーピング薬と同じ成分。血は入ってないっす」
「そうか。報告ご苦労」
「…っす」
トニックはその部屋から去った。
(マキさん、マジ怖え……)
何であんな鬼と結婚したんすかね、シルバさん…。
(そういやラッツさん、おいらを東軍にする約束覚えてるんすかね…)
でもあんまりしつこくして嫌われたら本末転倒っすからね…。エルフ討伐が終わるまで様子みるっす…。
「ふわぁ……」
ここ数日まともに寝てなかった…。寝よう…。
トニックは予備軍寮へ戻った。他の予備軍の騎士たちと挨拶すら交わさず、1人さっさと眠りについた。
「ど、どうしたんですか…?」
「う〜〜〜!!」
ラスコが自分の部屋にいると、コンコンとドアをノックされた。ドアを開くと、リネが泣きながらラスコの部屋に入ってきた。
「アデラさんと一緒だったのでは?」
「一緒に寝ようと思ったら、追い出されたんですの。う〜〜〜」
「ええ?」
リネはアデラとの食事を終え、いつものように彼の部屋に着いていったところ、うまくあしらわれて門前払いを食らわされた。
『ア、アデラ様?! どうしたんですの? 部屋に入れてくださいまし!』
『1人で寝たい』
『そ、そんな! お邪魔しませんから! 同じお部屋に入れてください! お願いします!』
リネはそのあとも声を荒げたが、しまいに『うるさい!』と怒られて、諦めて隣のラスコの部屋に転がり込んだというわけだ。
食堂の時からアデラ様は、様子が変でした。私と目も合わせてくれないし、話かけてもぼうっとしているし、挙げ句の果てに追い出されました。私は完全に嫌われたんです。
その理由ならわかっています。私がナイゴラの滝の前で、アデラ様を見捨てたからに決まっていますわ。
(はぁ…でも仕方ないじゃないですか。本当の姿をさらしたら、もっともっと嫌われてしまいますもの)
(まあ、同じ部屋で寝たら男だとバレますか…。逆にこれまでよくバレなかったものですね…)
ラスコも別解釈で納得し、それ以上そのことを、互いに聞くことも話すこともなかった。
リネはラスコの布団にどーんと転がった。
「自分の部屋で寝てくださいよ」
「そんな冷たいことを言わないでくださいな。少しでもアデラ様のおそばにいたいんですのよ!」
「はぁ……」
(この子、すっごくアデラさんのことが好きみたいですけど……。本当に男だと嫌なんでしょうか…)
「ブスコにはそんな方はいないんですの?」
「ラスコですよ!」
「あれ? ラッツさんがそう呼んでいたので…間違えました!」
「もう!」
リネはテヘっと笑ってごまかした。天然のミスかわざとなのかも、もはやわからなかった。
「それで、ラスコはいないんですの?」
「いませんよ、そんなの!」
ラスコはほんの少し口を尖らせながら答えた。
「そうなんですねぇ」
「リネさんは、アデラさんが好きなんでしょう?」
ラスコが聞くと、リネは優しく綻んで、言うのだった。
「聞いてください、ラスコ。私、生まれて初めてなんですの。誰かを愛したことなんて……」
「……」
(だって私、彼が男だとわかっているのに、気持ちが変わらないんですのよ)
ラスコは呆然と、金髪美人が愛を呟くのを聞いた。愛してるなんて言葉、使ったこともない。そんなの照れくさくって早々口にも出来ない。まして私みたいな、ブスが、そんな言葉…恥ずかしくって、絶対使えない。
この子はいいなあ、可愛くて。私だってこの子みたいに、ううん、そんな贅沢言いません。もう少しだけでいいから、自信が持てたら…私だって…。
「アデラ様にも、私のことを好きになっていただきたいんですけれど、うまくいきません」
「え? 2人は両思いじゃないですか」
リネはううんと首を横に振った。
「アデラ様は、私が嫌いなんです」
「?」
どうしてそんなことを言うのか、ラスコはよくわからずにいた。しかしリネはせつなそうな表情を浮かべるばかりで、何も話しはしない。
「……」
2人を見ているのが、ラスコはただもどかしい。
(うーん…)
「ふわ〜眠いですわ!」とリネは布団を深く被った。
「あ! 私のベッドですよ!」
「ラスコも一緒に寝ましょう! 女の子同士なんだからいいでしょう」
「あ、あなたレズでしょう?!」
「はい?(レズって…なんですの?)」
「あ(しまった…口がすべってしまいました…! デリケートなところを…)」
リネはよくわからなかったが、彼女なりに答えた。
「ラスコはブスですけど、女の子だからいいですよ」
「ど、どういう意味ですか!」
「? いいからもう、寝ますわよ。明日の朝アデラ様のお部屋にお出迎えに行かなくては」
「はぁ……そう…ですか」
ラスコは仕方なく、彼女の隣に寝転んだ。リネは疲れていたのか、すぐに寝入ってしまった。寝付けなかったラスコは眠り花のつぼみを作り出して、無理矢理眠りについた。
一方、アデラはリルイットのところに夜這い……ではなく、ただ彼の部屋の前にくるとドアをノックした。
リルイットがドアを開けると、アデラが助けを求めるように入ってくると、ベッドに転がり込んだ。
「なんだよこんな遅くに…」
「リル! どうしよう」
こいつは俺の友達。とんでもない……友達。
アデラは俺の部屋にやってきては、俺に助けを請う。恋愛経験のない俺じゃ何も力になれないだろうと思ったが、最初に俺が教えたのは性欲処理の方法だった…。
まあ確かに、文字も読めないから独学は無理だし、男同士じゃないと教えるのは無理か…。ってこいつ、何で俺の前で堂々と終わらせちゃってるわけ。あんまり人に見せるもんじゃないと教えてやったが、リルの前なら平気、なんてわけのわからないことを言っている。悪いけど、俺はもうごめんだ…。
「落ち着いた」
「そりゃ良かった…」
「じゃあ、本題に入る」
「えっ…」
何事もなかったかのように彼は話を始める。
(何すっきりした顔しちゃってんの! うぜえな!)
「女になるにはどうしたらいい」
「だから、さっきも言っただろ。お前は男、女にはなれないの」
「男と女は、何が違う」
「だから……」
男と女は、何が違うんだ。
いや、違うところは……いっぱいあるはずだ。
結構前の話だけど、思いつく限り、俺は彼に違いを教えたことがある。
ブルーバーグに向かう途中、どこぞの宿屋の風呂が浴場だったから、そこに一緒に行っては、わざわざこいつに教えてやったんだ。女にはまず、その性器がついていないんだと。
雷が落ちたように驚いたアデラは俺に尋ねた。
『…じゃあ、女は排尿をしないのか?!』
『いや、そうじゃなくて…』
『ふうむ。そこは魔族と似ているんだな…』
『ていうか魔族はしないんだ…』
(知らねえ…どうでもいい…)
『じゃなくて、排尿は女もするから!』
(いや、何の話だっけ!!)
まあとにかく、その他にも、声が比較的高いとか、おっぱいが膨らんでるとか、適当に教えておいたけど。
正直、難しいんだよ。
「じゃあ、これを切り落としたらいいのか」
「は?」
「女はこれがないんだろう。じゃあ私もいらない」
「おい。何言ってんの…」
「私は女になりたい。そのためなら、何でもする」
「落ち着け、アデラ。よく聞けよ……」
俺の友達は血迷っているのか、それとも誰かを愛するとはそれほどまでに盲目になることなのか。誰かを愛したこともない俺には、わかるはずもない。でも俺は、知っていることがある。
男が女になることは、簡単じゃない。
そして、その逆もだ。




