帰還
数日前、凶暴化したアリゲイツの血を調べたトニックは、その薬の構造が自分のドーピング薬と類似することに気づいた。その血液からは、身体を強化する効果とは別に、身体を成長させる効果も検出された。そのことから、そのアリゲイツは2つの薬を打たれたのではないかと、彼は推測した。
アリゲイツは元々繁殖速度の速い魔族だが、あの数は余りにも多かった。そのことも不審に思ったトニックが、念の為に採ってきた雑魚のアリゲイツの血液も調べたところ、身体を成長させる効果の成分を検出した。それを仮に魔族成長促進剤と名付け、解析を行った。
また、身体を強化させる効果の成分は、トニックのドーピング薬と一致しており、これを仮に魔族強化剤と呼ぶことにした。
他にもこのアリゲイツのように大量繁殖し凶暴化している魔族の情報が入っており、それらを討伐した後、試験体として死体を持ち帰り、トニックの研究に使用した。
ただの予備軍だったはずのトニックの活躍に、ラッツたちは目を丸くしたものだ。
エーデル大国の研究員の数名と呪術師のシルバは、元々あった魔族強化剤(=ドーピング薬)を、別に生け捕った魔族に飲ませて実験を行った。魔族強化剤は、魔族を強くするが、その理性もなくなることが成分からもわかっていたようで、その状態をバーサクと名付けた。
ただその程度を知るために、多少の酷い実験も行われた。
『ハーピィ、仲間を攻撃したら、君も死ぬ。命令だよ』
シルバはハーピィを服従すると、彼女を檻の中に閉じ込めた。檻の中には、眠らされた別のハーピィがいる。
『キィイイイ! わかったよ。殺さなけりゃいいんだな。キィイイ』
理性のあるハーピィは確かに仲間を殺さなかったが、魔族強化剤をうった瞬間に凶暴化し、またたく間に隣のハーピィを攻撃して死亡した。
そのような実験を数回繰り返して、強化剤の効力及びバーサク状態について検証付けた。バーサク状態は薬の効果がきれるまで続く。薬の効果は、およそ10分だ。
またその間、トニックは魔族成長促進剤の開発に勤しんでいた。
アデラとリネの行方がわからなかったラスコは、植術で2人の場所を探ったという。
2人がロクターニェの先に進んだことを知ったラスコは、急いでラッツにその事を伝えた。そこでラッツは、トニックに魔族成長促進剤を、早急に開発するように彼に命じた。
『そ、そんなすぐには無理っすよ…ラッツさん…』
『あんたなら出来るんだわ! 成功したら東軍昇進させてやるんだわよ!』
『……!』
トニックはピクんと眉を動かした。
『それ、まじっすか』
トニックは寝る間も惜しんで実験を続け、ついに魔族成長促進剤の開発に成功した。
魔族成長促進剤は、子供の魔族を成人に出来る。それ以上の成長はあまり効果がないようだ。バーサク状態及び他の副作用がないことは、トニックもわかっていたが、念の為に数回別の魔族で実験は行われた。
促進剤の使用に問題がないことをシルバにも確認させた上で許可を取り、ひな鳥のロッソにそれを飲ませた。
ロッソはまたたく間に大きく成長し、元の巨大な鳥の姿を取り戻した。
『ロッソ〜!!』
大きくなったロッソに、シルバは笑顔で抱きついた。
ラッツはしっしと手を払って、シルバをロッソから離れさせ、その背中に飛び乗った。後ろからやってきたミカケとトニックも、ロッソに乗り込んだ。
ラスコの情報で、アデラたちが南の巨大な滝の近くに向かっていることが確認できた。シルバによるとロッソはその場所を知っているようなので、道案内の必要はない。
そこはもうエルフの里の近く。目的はアデラたちの身の安全の確保だが、『せっかくやから里に潜入したるわ』とミカケが言い出し、彼も同行した。またロッソに薬を使用したので、念の為にその知識があるトニックも同行することとなった。
『じゃ、借りてくんだわよ、アホシルバ』
『何かええ情報も仕入れてきたるわ〜!』
『うん! 皆、気をつけてね〜!』
シルバはいつもの笑顔で、呑気に手を振りながら彼女たちを見送った。
リネはロッソに乗った空の旅の間、そんな話を聞かされた。可愛いラッツの話だけに耳を傾け、トニックとミカケが何か言っても無視を決め込んだ。そんなリネを見て、トニックもミカケも苦笑するしかなかった。
その途中、ロクターニェに置いてきたライとレイも拾って、皆はエーデル城へと帰還した。
「っ!!」
アデラは東軍アジトの自分の部屋のベッドの上で、ようやく目を覚ました。
「大丈夫か〜?」
目の前にいたのはリルイット。目をパチパチさせながらアデラの顔を覗き込んでいる。
「リル……大丈夫なのか……」
「ん? まあな。今朝目が覚めたよ。さすがに今回は、1ヶ月は寝込まなかったみたいだ!」
リルイットはニコっと笑って言った。
「話も聞いた。お前こそ、無事でよかったな」
「え……」
アデラはハっとして、自分の身体を覗きこんだ。
(傷1つない……。またメリアンが治してくれたのか…)
「何で俺、アジトに……」
「ラッツたちが助けに行ったんだよ。お前も無茶すんなよ。エルフってすっげー頭良くて強いらしいぜ。お前が強いのもわかるけど、さすがに1人で乗りこむなんて…」
「リ、リネは…?!」
「うん? ああ、あの金髪の? ラッツたちに事情聴取で連れて行かれてる」
「……」
(無事だった……良かった……)
ふとアデラは、自分の着ている服を見た。血だらけだったあの服から着替えさせられている。それはだらんとした水色のパジャマで、胸元が大きく開いている。
「服……」
「ああ、帰ってきたって聞いたから、俺が着替えさせてやったぞ!」
「そ、そうか……」
アデラが何となく挙動不審なので、リルイットもうん?と首を傾げていた。
「アデラ様っっ!! お目覚めですか???!!!」
バンっと勢いよくドアが開いて、リネが部屋に入ってきた。アデラは咄嗟に襟元をぎゅっと引き寄せるように掴んで、胸元を隠した。
リネはリルイットなどいないもののように、アデラの肩に手を置いてガシっと掴んだ。
「リネ…」
「やっと目が覚めたんですね! 本当に良かったですわ!!」
(いつもと同じ……)
俺が男だとは……バレていない……。
アデラは襟元を抑えたまま、安堵した。
「大丈夫ですか? 痛いところはありませんか?」
「だ、大丈夫…」
「本当に良かったですわ!! どうします? 食堂に行きますか?」
「い、行くから…。その…着替えるから……先に行ってて」
「わかりましたわ! ではアデラ様の料理もお皿にとって、お待ちしていますね!」
「う、うん……」
リネはにっこりと微笑んだあと、リルイットを睨みつけた。
「あなた! アデラ様にそんなに近づかないでくださいまし!!」
「は…?」
「しっしっ! アデラ様はお着替えになるのです! 用が済んだらさっさと早く部屋から出なさい! 汚らわしい!」
「えっ……」
「ではアデラ様! すぐにいらしてくださいね!」
リネは最後にもう一度リルイットを睨みつけると、るんるんと鼻歌を歌いながら部屋から出ていった。
リルイットは顔をしかめながら、アデラの方をバっと見た。
「な! 何あいつ! 何なの?!」
そもそもリネを見たのも初めてだったリルイットは、わけもわからずアデラに説明を求めた。
「………」
しかしアデラは未だに襟元を掴んだまま、顔を赤くしてリネが去ったあとを見ていた。放心状態ってやつだ。
「は?」
リルイットは何かを察したようだ。微動だにしないアデラと、リネが去ったドアの先を、二度見、いや、三度見した。
「はぁああああ?!?!?!」
リルイットの叫び声は、部屋の外の廊下に大きく響き渡った。




