エルフの里にて
「ぅ……」
そこは、エルフの里だった。
「ようやくお目覚めか」
「さあて、拷問の時間だよ、お姉さん」
「ふふ…怖がらせちゃだめですよ」
「大丈夫、少し話を聞くだけですから」
アデラが目を開けると、白髪の魔族たちが並んで自分を取り囲むように見ていた。その特徴は、リネに聞いていたエルフのもので間違いない。
「っ!!」
気づけばアデラは、その里の真ん中で、磔にされていた。
藁で出来た簡易的な家が並ぶ、殺風景な場所だ。だがそもそも自然に生きる魔族は家なんて持たないから、こんな風に住居を建てること自体が珍しい。
(エルフに拉致られた……)
気絶する前まで感じていた激しい身体の痛みはもうない。こいつらが拷問のために解熱剤を俺に飲ませたのか…? あれは、高熱時の眩みだ…。最後に見えた、青い斑点のあった落ち葉…。
(バクト・ツリー……)
ウイルスを撒き散らす人工樹。多く吸い込めば人間なら突然に高熱が出るらしい。ラッツに話を聞いていたのに…油断した。あの辺一帯に生やしていたんだ…。
(リネは……)
アデラはきょろきょろと部屋を見渡すが、リネの姿はない。
(どこに行ったんだ…。無事なのか…?)
すると、サリアーデと呼ばれていた長髪のエルフが近づいて来て、アデラの顎を持ち上げた。
「お姉さん、エーデルナイツでしょう?」
「……」
「サンドゴーレムを殺ったの見ましたよ。凄い腕ですねぇ。まあ、私たちほどじゃありませんけど」
「だったら何だ…」
「そんな怖い顔しないで、仲間の情報教えてくださいよ」
「断る」
「いいんです? そんなこと言って」
「バクト・ツリーを里の周りに生やして、他の種族の侵入を警戒したのか」
「立場がわからないんですか? 仲間の情報を教えなさい」
「断る」
「ああ、そうですか」
サリアーデが、「ロドニーアス」と名前を呼ぶと、呼ばれた短髪のエルフは頷いて、背を向けてアデラから離れていった。
(何する気だ…)
ロドニーアスは50メートルほど離れると、こちらを振り返って弓を構えた。
「拷問を始めましょう!」
サリアーデはニッコリと笑うと、パチンと手を叩いた。
その合図に合わせて、ロドニーアスは弓を射った。
バシュンン!!
「ぃぎっっ」
その矢は、リルを射ったのと同じ、白いフォルムの矢だ。アデラの右肘の真ん中に、その矢は見事に刺さった。
パチパチパチパチ
他のエルフは見物人と化して、面白そうにその様子を見ている。
(まただ…こいつら……)
この前もドワーフに同じように、磔にされて全身を金槌で叩かれた。その時と全く同じ。こいつらは人間を傷つけるのを、ただ楽しんでいる。
(くっそ……)
「何か話す気になりましたか?」
「俺は仲間は売らない」
「そうですか」
サリアーデはもう一度、パチンと手を叩いた。
バシュンン!!!
再びロドニーアスは矢を放ち、今度はアデラの左肘の真ん中に突き刺さった。
「っつぅ!!」
アデラは痛みに顔を引きつらせた。周りのエルフたちはまた盛大な拍手を送って、その娯楽を楽しんでいる。
(大嫌いだ…魔族なんて…!)
俺がまだ子供で、ケンタウロスたちと暮らしていた頃、俺が狩りから帰ってくると、あいつら知らない人間を捕まえていたんだ。
『誰だよそいつ…』
それはみすぼらしい男で、ケンタウロスたちに手足を拘束されて、その馬の足で踏みつけにされていたんだ。
『俺たちの縄張りにいた』
『獲物を盗もうとした』
『だから捕まえた』
ケンタウロスたちは表情を一切変えず、その男をいたぶっている。
『た、助けてくださいっ…!!』
俺を見つけた男は、泣きながら俺に助けを求めた。
『し、知らなかったんです…! 盗った獲物も返します! もう二度とここにもきませんから…! ぃぎっ!』
顔を踏みつけにされて、言葉も発せなくなった。無残な姿で、男は恐怖と痛みに怯え、泣き続けている。
『に、逃してやったら…?』
俺は呟くようにそう言ったけれど、ケンタウロスたちは聞き耳を持たなかった。
『逃しはしない』
『そうだ。こいつはもう終わりだ』
『殺す』
『いたぶったあと、殺す』
『何でそんなことするんだよ! 殺さなくたって…!』
ケンタウロスは、俺が狩って手に持っていた鳥の死骸を指さした。
『お前も殺してる』
『それと同じ』
『同じじゃない! これは俺が食べるんだ! 生きるためだ! お前らは人間なんて食わないだろ?!』
『食わなくても殺す』
『こいつはもう終わりだ』
ケンタウロスはその両前足を大きく上げると、勢いづけてその男の顔をぐしゃっと潰した。
『あっ!!』
俺はその時初めて、人間が死ぬ瞬間を見た。
『死んだ』
『殺した。こいつは終わった』
『な……何で殺すんだよ……』
ケンタウロスたちは平然とした態度で、何も言わずにその場を去った。
『ぅう……』
俺はその死体を見ながら、涙を流した。
『どうしたアデラ』
『ア、アデラート…』
その場にいなかった俺の親のアデラートが、俺の前に現れた俺は震えながら言った。
『この人…殺された…』
『縄張りに入ったんだ。当然さ』
『……』
当たり前なんだ。ケンタウロスにとっては。
大したことじゃないんだ。誰かが死ぬのも、殺すのも。
理解しなければいけないと思った。
俺もケンタウロスの仲間になりたかったから。
魔族の心は、いつだって無慈悲で、冷たい。
俺は手に持っている鳥の死骸をじっと見た。
この鳥を殺すのに、俺は何も感じはしなかった。
(何だ、俺も同じだ……)
『命をいただいて、自分の命にしていることに、感謝をするのです』
(だから俺は、いただきますも、うまく言えなかったんだ…)
あの日から俺は、ケンタウロスに仲間だと認めてもらいたくて、彼らを理解し始めた。彼らと話し、彼らと行動するうちに、俺の心も彼らに近づいた。何かを殺すことに躊躇はない。思いやりもいらない。自分が1番大切で、他の奴らに興味はない。関心がないから、何を言われても怒りは沸かない。そして自分の言葉が、誰かを怒らせていることにも気づけないんだ。
『命あるものを食べるから、私たちは生きていけるのですよ』
(リネ……)
だけど、あいつらがアデラートを殺した時、俺は怒った。
ケンタウロスたちに矢を向けられた時、俺は彼らの仲間になれなかったんだって知って、傷ついたんだ。
『感謝の気持ちが沸かねえのか?』
だけどやっぱりお礼も言えない俺の心はきっと、魔族のものに染まっている。
皆俺を、変わっていると言った。魔族に育てられたからだろうって、言ったんだ。
(………)
どうしたら良かったんだろう。
どうしたら、皆と同じ風に、なれたのかな…。
「ぃぎっっ!!」
ロドニーアスはその後も何本も矢を放った。
右膝、左膝、右手のひらに、左手のひら、右足に、左足。弓の技術を自慢するかのように、ピンポイントで関節や末端の真ん中に矢を射ってくる。釘でさされるみたいに、バシュンバシュンと音をたてて、俺の身体はその磔の木に打ち込まれていく。
(絶対言わない…! 死んでも…!!)
『俺たちの仲間になってくれよ!』
『一緒に戦いましょう、アデラさん!』
リル…ラスコ……
『何言ってるんだわ! 私は仲間を見捨てたりしないんだわよ!!』
ラッツ……
俺は皆を怒らせるようなことしか言えなくて……
よく笑う皆のそばで、俺は1人うまく笑えもしなくって……
だけど皆、俺のことを受け入れてくれようとしていた……。
『アデラ様!』
魔族に育てられたのは同じなのに、リネは俺とはまるで違う。
羨ましかった。
人間だけが知る言葉の意味を、使い方を、
俺も、知りたかった……
彼女みたいに…なりたかった……
その後もロドニーアスは何本も矢を射った。
腕と足には矢が整列して並び、射つ場所がなくなると、今度は腹部を射抜かれた。
俺はもうあまりの痛みにもう意識がなくなった。
「何も喋りませんね、サリアーデさん」
「よほど口が堅いのか」
「何も知らないだけかもしれませんよ」
エルフたちは口々に言葉を発する。
「もういいです。殺しましょう」
サリアーデはそう呟いて、ロドニーアスを見ると、自分の心臓をとんと叩いて合図した。ロドニーアスは頷いて、再び弓を構えた。
アデラの心臓に向かって矢が放たれた。
キン!!
突如現れたユニコーンの角に、矢が弾かれた。
「なっ、何だ?!」
「ユニコーン?!」
アデラをかばうように現れたその珍種の魔族に、エルフたちは驚くばかりだった。
「アデラ様に手を出すなァっ!!!」
ユニコーンは非常に怒った様子で、エルフたちを睨みつけた。




