表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/168

ナイゴラの滝

「うーん……」


次の日、リネは目を覚ました。隣ではアデラがまだ眠っている。いつも毎朝そうしているように彼に顔を近づけて、その美貌を堪能した。


(今日もとっても美しいです…)


昨日アデラ様に抱きしめていただいて、私すごく幸せでした。


私、アデラ様のことが大好きなんです。それはどうしてかっていうと、アデラ様が美しいからです。


だけど何だか、それだけでは、ないような気がするんです。


『また明日』


ライのことを抱きしめるアデラ様を見て、私はすごく羨ましいなと思いながら、嫉妬をしたんです。生まれて初めて。


私は女王様のことも大好きでしたが、その時の気持ちとは明らかに違うんです。


どうしてでしょうか。


『アデラ様! 向こう岸に着きましたわ!』

『……死ぬかと思った』

『うふふ!』


アデラ様が私にも笑顔を見せてくれた時、心が掴まれるような思いでした。この笑顔が私だけのものになったらいいのになんて、そんなことを思ったんです。


でも私は、魔族…。


彼の憎んでいる、魔族。


彼の言う通り、私は仲間を簡単に見捨てるユニコーン。身体は化けられても、本当の人間のようにはなれない。だってこの心は、私が魔族として生まれた時から、何かが欠けている。


だけど私今、その欠けている何かを、見つけられそうな気がするんです…。


「アデラ様、大好きですわ…」





アデラもようやく目を覚まし、布団をどけて起き上がった。


「おはようございます! アデラ様!」

「……!」


リネが俺の顔を覗き込んでいた。いつものことなのに、今日は心臓が飛び出そうだった。


また昨日みたいな気持ちになりそうなのが怖くて、彼女から離れて顔を背けた。


(目的に集中しよう……俺はエルフを殺しにきたんだ…)


「あれ? いつの間にお着替えに?」

「いや…えっと…」

「やっぱりクモの糸のベトつきが気になっていたんですね! でも予備の服がなくなってしまいましたね」

「また買えばいいだろ…」

「お店はないと思いますよ、アデラ様」

「…?」


俺とリネはまたトロッコに乗って、地下道を進んだ。起きたのが朝の何時だったか知らないけれど、数時間経つと上り坂に突入した。


「もう少しで終点ですわ!」


やがて線路は途絶え、リネはトロッコを停車させた。入ってきた時と同じようなはしごがあった。リネがボタンを押すと、天井の扉が開いていった。眩しい日差しが入り込んできて、俺は一瞬目を瞑った。


「………」


地上に出ると、そこに広がるのは大自然だった。


「海…?」

「湖ですわ」


色濃い緑の木々やゴツゴツした立派な岩の広がる大地の横には、空を鏡のように映す巨大な湖が広がった。遥か向こうには連なる山がそびえていて、その頂は霧で覆われていて姿が見えない。


「あれがナイゴラの滝ですわ」


湖の奥には巨大な滝が見えていた。あれは、滝なんだろうか、と疑うくらい、その幅はあまりに大きかった。まるで巨大な穴のように大きくカーブした絶壁を、轟音をとどろかせながら激しく水流が落ちていく。


リネの言った通り……店はなさそうだ。


崖のこっち側は、自然界だったんだ…。こっちといっても、トロッコで相当進んだから、遥か南の地なんだろうが…。とにかく、人間の手が加わった様子がない。


「……」

「圧巻ですわよね」

「そうだな…」

「私もここに住んで、この高原を駆け回りたいものですわ」

「え…?」

「はっ!(私としたことが、また魔族目線で変なことを!!)」


リネがオロオロしていると、アデラはふっと笑って答えた。


「俺も……」

「ア、アデラ様も…?」

「うん……」


彼の育ちは平原。ケンタウロスの子は、自然の中で、生きてきた。


そしてユニコーンもまた、目を見張るようなこの大自然で暮らしたいと夢を見た。至極当然の願いだ。


人間の暮らしもいいが、自然に触れて生きるのは素晴らしい。


「でもだからこそ、縄張り争いが途絶えなかったのですわ。ここは魔族にとっても、本当に住みよい環境ですからね」

「なるほどな…」


縄張り争いに勝利し、この自然をモノにする強者、それがエルフたちだ。


「行きましょう」

「ふうむ」


2人は湖に沿って、生い茂る草の上を進んでいった。あまりに緑が豊富で、土の色が見えやしない。その地は草が幾層にも重なってふわふわしている。人間の俺たちには、少し歩きにくい。


ナイゴラの滝、その近くにエルフの里があるというが、詳細な場所は不明だ。


見渡す限り、人間はもちろん、魔族1匹見当たらない。エルフが支配しているこの理想郷に、よもや他の魔族は寄り付きもしないのだろうか。


やがて、滝の近くまでやってきた。高さは50メートルを越えるだろうか…。その大きさに感服する他ない。激しい水飛沫は真っ白な霧のように、滝壺の何メートルも上まで、その落水を覆い隠した。


「あれ……」


突然のことだった。

何だか頭が、クラクラする……。


(熱い……)


そうだ、リネは……?!


俺が後ろを振り向いた時、そこには誰もいなかった。


「リネ…? ぅう……」


酷い目眩が襲ってきて、俺はその場にしゃがみこんだ。立っていられない、それくらい……頭が重くて…


(何なんだ…これ……)


リネは……どこに………


クラっとして、アデラはその場に倒れた。顔が真っ赤になって、汗が吹き出していた。


熱い。


節々の痛みが身体を襲う。意識はあるけれど、だんだん朦朧としてくる。数ミリ空いた彼の片目の中に、誰かがやってくるのが見える。


ザッ ザッ


「人間だ。珍しい」

「どうします? サリアーデさん。殺します?」


見知らぬ声だ。彼らの足だけが視界にうっすらと映った。何だかものすごく、真っ白な肌だ。


1人…2人……


「連れて行け。何か吐くかもしれん」


3人……


ふと目の前の葉っぱを見ると、青い斑点がたくさんついていた。


(こ、これは……)


気づけば視界に入る葉は全て、それと同じだった。


(やられた……)


駄目だ……思考出来ない……。


アデラはそのまま気を失って、どこからか現れたその謎の3人のうちの1人に背負われた。3人は皆、バサっと自身の透明な羽を広げると、滝の上まで飛び上がっていった。




「はぁ…はぁ……出来たっすよ……ラッツさん……」


トニックの目の下には、真っ黒いクマが出来ている。想いを寄せるラッツの頼み事を果たすため、この数日まともに寝ていない。


(ぅう…ドピンク……)


ラッツにその品を届けにやってきた彼は、彼女のピンク1色の部屋を見て、目が痛くなった。


「おお! さすがなんだわね!」

「当たり前っすよ…おいらが本気を出したらこのくらい…」


ラッツはトニックから、さっさとその薬を奪い取った。


「じゃあ、さっさと試してみるんだわ」

「わかってるっす…」


2人は部屋から出ると、北軍のアジトへ向かった。




(やぁ〜ばぁ〜いぃ〜ですわ〜〜!!!!!)


ナイゴラの滝に向かっている最中のことだった。るんるんと足早に進むアデラのあとをついていくリネだったが、突然変身が解けて、人間からユニコーンに戻ってしまったのだ。


とにかくパニックになって、その場から全速力で離れた。


ある程度距離をとったあと、大きな岩の影からアデラの様子を伺った。


(良かった………バレてはいないですわ……)


しかし、安心したのもつかの間、アデラが頭を抱えてしゃがみこんだかと思うと、クラっとその場に倒れてしまったのだ。


(アデラ様…?!)


すると、滝の上から3匹のエルフが降りて来るのが見えた。遠目だったが、よく見ると皆、鼻から顎までをがっちりと守った、見慣れぬ黒いマスクをつけている。しかしあの尖った耳に、白髪の頭、そして透明な羽は、エルフのものに間違いない。


(そうか…滝の近くの木はバクト・ツリー! 魔族である私は、しばらく能力が使えなくなったんですわね…)


その3匹はアデラを滝の上まで連れて行ってしまった。


(アデラ様!!)


私1人で、ここを牛耳るエルフに敵うはずがない…。


「……」


『俺は仲間を見捨てない。絶対に』


だけど私も……あなたみたいになりたいから。

あなたに認めてもらいたいから。


(見捨てません…絶対!!)


リネの前には巨大な絶壁がそびえ立つ。ユニコーンは、空は飛べない。このまま登ることは難しいだろう。


(待っていてください! アデラ様!)


リネは絶壁に沿って駆け出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ