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対戦・アラクネー

リネは……男が嫌いらしい……。


それを聞いた俺は、何でかわからないけど、すごくショックを受けた。

こんな気持ちになるなんて初めてだった。自分らしくないって、思うよ、俺だって。


そして俺はその時、自分が男だって言えなかったんだ…。



「今日はここまでにしましょう!」


リネはトロッコを止めた。地下を移動するためのトロッコの中にはブレーキがついている。

ちなみに崖のジャンプ用のトロッコにはついていない。あれは動かしたらもう止められない。向こう岸にジャンプし、火力発射し、着陸してしばらく進んで止まる、それがもう決まった行動パターンとして、どうやら記録されているようなのだ。


そこに広がる地下空間は、簡易的な家のようだった。元々ドワーフたちの寝床だったのだろう。トロッコの道中は長いので、ところどころにこのような寝床スペースが用意されているのだ。


「あれ」


寝床にあったのはふわふわの真っ白な布団だ。

ドワーフが暮らしていたのは何百年も前のはずなのに、こんなに布団が綺麗なんて、どうもおかしい。


しかし、それ以外は非常に汚れていて、確かにかなりの年月を感じさせる。木の椅子は腐っているし、クモの巣が至るところにはられているのだ。


(それにしてもクモの巣が多いような…)


「っ!!」


リネは魔族の匂いを察知した。


「アデラ様! 魔族がいます!」


バシュウウンン!!


「えっ?!」


リネが叫ぶのと同時、いや、彼のほうが少し先だった。


アデラが射った矢が、リネの顔を横を通り過ぎた。リネがハっとして振り返ると、巨大な蜘蛛の腹に矢が刺さっていた。


「アラクネー!!」


リネはその蜘蛛を見て、声を荒げた。

それは人間の顔を持つ蜘蛛の身体の魔族、アラクネーだった。その吐き出す糸で織物をするのが趣味らしい。布団を作ったのはアラクネーに違いない。


それは黒髪の女の顔をしていたが、胸の下からは完全に蜘蛛で、その姿は非常に奇妙である。赤い胴体はまんまるとしていて、上の方には大きな口がついていて、捕食はそれで行う。尖った牙が何本も生えており、ガチンガチンと音を鳴らしている。


「そんなもの、この私には効かぬわァ!!」


アラクネーは下腹部に刺さったその矢を引き抜くと、怒った様子で口を聞いた。


「こんなところに人間がいるとはなァ……。まあでもちょうどいい……魔王様の命令もあったことだし、食い殺してやる!」


アラクネーはその口から、糸を吐き出した。それは粘着性のある真っ白な糸で、大きく放射状に広がり、アデラを襲った。


「アデラ様!」


逃げ場のないアデラは、その網のような糸に覆われ、自由を奪われた。非常に強力なその糸は、ちょっと引っ張ってみてもビクともしない。


「あっはっはァ!! 捕まえたぞ!!」


アラクネーは声高らかに笑い、身動きの取れないアデラを睨みつけた。


「よくも私の身体に傷をつけてくれたな!」


アラクネーはアデラに襲いかかってくる。アデラは動じずに敵を見据えている。


「黙れ。お前はもう死ぬ」

「はぁああ?? 死ぬのはお前だクソ()ァ!!」


すると、リネはアデラを守ろうと、アラクネーの前に立ちはだかった。


「リネ!」

「その汚らしい身体でアデラ様に触れてみなさい! 絶対に許しませんわ!」

「何を言ってんだ人間風情が!! だったらお前から先に食ってやるよ!!」


アラクネーは胴体の口を大きく開くと、リネを飲み込んだ。


「リネ!!」

「あっはは!! 口ほどにもな………ぶぅっっ!!!!」


アラクネーは激しく血を吹き出した。


(ま、間に合ったのか……?)


アデラの矢には、メリアンがくれた対魔族用の毒が塗られている。


アラクネーは、血反吐を吐き終え、悲痛な表情を浮かべている。


アデラには、見えていなかった。リネの額から突き出た角が、アラクネーの身体を貫いたのを。


「お、お前……まさか魔族……ぎゃふっ!!」


リネはアラクネーの喋る口に向かって、再び角を突き刺した。角を出す角度は、自由自在だ。


アラクネーは大きな風穴を2つあけて、その場に倒れた。

リネは冷えいるような瞳で、死んだアラクネーを見下ろした。


「アデラ様! やりましたわ!!」


リネは速やかに角をしまうと、笑顔で振り返って彼を見た。アラクネーの吐き出した血が、リネの全身に降り掛かっていた。


「だ、大丈夫なのか……?」

「もちろんです! 返り血ですわ!」

「……」


(…それとも、リネが殺ったのか)


この子は強い。そして、勇敢だ…。


「それよりアデラ様こそ、お怪我はありませんの?」

「俺は平気……」

「んもう! 俺じゃなくて私ですよ! アデラ様!」

「……私…」

「うふふ!!」


アラクネーが死ぬと、その糸の力も弱まった。リネに手伝ってもらって、何とか抜け出すことができた。糸がくっついていた部分はベトベトするけれど…。


そしてリネは、俺の前でその血みどろの服を脱ぎ始めた。


「っ!!」


俺はとっさに顔を背けた。


(何で……)


ラスコの時は何とも思わなかったのに……


「アデラ様?」

「うわあっ!!!」


リネが下着姿でアデラに顔を近付けたので、彼は顔を真っ赤にして後ずさった。


「どうしたんですの?」

「い、いきなり着替えるから…」

「この服はもう駄目ですねぇ。途中の街でアデラ様に買ってもらった予備の服があって、助かりました!」

「……」


リネのことをまともに見ていられない自分に驚いた。何でかっていうと、俺は生まれて初めて、欲情しそうだったんだ。


得体のしれないその気持ちに俺は、頭がおかしくなりそうで、正直怖かった。


「もう寝る!!」

「え? アデラ様も着替えないんですか? そんなにベトベトで」

「必要ない!」

「ご飯は?」

「必要ない!」

「あら……そうですか…」


アデラは死んだ人面蜘蛛が作ったそのふかふかの布団の中に潜り込んだ。


(……)


男と女。同じ人間だけど、2ついるっていうのは知ってた。


これまで俺は、その違いがよくわからなかった。

自分が男だってことは、リルたちがそう言うから、ああ、そうなんだなって、実はあの時知ったんだ。


俺がケンタウロスに育てられたと聞いたリルとラスコは、その他にも俺に色々教えてくれた。リルは男で、ラスコが女。ラッツも女で、メリアンは男。リネは……女。


何が違うんだとリルたちに聞いたら、身体が違うんだと言われた。じゃあラスコの身体を見せてって言ったら、ラスコのツタが俺をぶっ叩いた。


まあとにかく俺は男で、女じゃない。

身体を見なくても、その外見で、そいつが男か女かは、大体わかるようになった。難しいけど、喋り方とか、声の高さとか、顔つきとか、身体付きとか、色々総合して、判断するみたいだ。


それをふまえて、俺は改めて鏡で自分の姿を見た。皆が俺を女と間違えるのも頷けた。別に自分の姿に興味なんてなかった。皆の姿にも、興味はない。


だけど俺は、女であるこの子に、すごく興味がある。


じゃあこの子が男だったら興味はないのかって聞かれると、それはなってみないとよくわからない。


さっき、リネの肌がたくさん見えて、俺は本当は気になって、もっと見てみたいと思ったのだけど、何だか見てはいけないようなものを見た気がして、顔をそむけた。


(知らないうちに、この子は俺の中で、特別になっている)


らしい……。


この気持ちが何なのか、この子に教えてもらいたいんだけれど、うまく説明できる気もしなかった。


(………寝れない)


すると、もぞもぞ…と、背後から、自分の布団に何かが潜り込んでくるのを感じた。


「アデラ様!」

「っ!!」


リネはアデラの腕をぎゅっと掴んだ。


「何?!」


アデラはびっくりして声が裏返った。


「あれ? まだ起きてたんですの? いつも布団に入ったらすぐに寝てしまうのに」

「お前…いつもそうやって寝てたのか…?」

「はい! あれ? 気づいていなかったのですか? 何もおっしゃらなかったので、やってもいいものだとばかり!」

「……」


いつもは秒で爆睡して、リネの方が先に起きているから、全く気づかなかった。


(何もおっしゃってくれません! オープン作戦失敗です!! もしかして、引いてるんでしょうか?!?! ああ! 私としたことが!!!)


「や、やっぱり嫌ですよね! 寝づらいですもんね! すみませんアデラ様! 離れますわ…」


リネは彼の腕から手を離して、すっと布団から身を引こうとした。


「っ!!」


リネは自分の腕を強く掴まれた。かと思うと、布団の中に引っ張り込まれた。


(ア、アデラ様?!)


リネは後ろから、彼に抱きしめられて、顔を真っ赤にしていた。彼の体温を背中に感じた。これは、あれですわ! 念願のハグ!!


(さ、作戦…成功でした…?)


「アデラ様…?」


スー…スー……


「ね、寝たんでしょうか…」


スー…スー……


(私は幸せです…アデラ様……)


こんなに美しいあなた様に触れていただけるなんて、私、幸せの極みですわ。


(そういえば今日は…いびきをたてませんのね…)


「ふわぁ……」


ああ、本当に幸せな心地ですわ……。いい夢が見られそうです。


スー……スー……


リネはそのあとすぐに、眠りについた。


「………」


彼女が寝入ったのがわかった俺は、ゆっくりと目を開けた。


俺は寝ていない。…寝られるわけがない。


身体がほてって、我慢が、出来ない…。


俺は身体を起こして、眠りについた彼女を見つめていた。静かな吐息を立てて眠る彼女を見て、俺はもう完全に気づいてしまった。


(俺……この子が………好き………)


使い方が合っているか…自信がないけど…それしかこの気持ちを表せそうな言葉を知らない。


俺は男で、リネは女。自分とは違う、もう1つの人間。

俺が彼女を求めるのは、動物学的な何かなんだろうか。


(触りたい…)


俺はまた、彼女の頬に手を当てて、自分の方に顔を向けた。彼女はすやすやと眠っていて、俺に触れられていることなんか気づいていないんだろう。俺もこれまで全然、気が付かなかった…。


(………)


その後俺は、寝入っている彼女の隣で、自分の中に溜まっていたものを全部吐き出した。そんなことをしたのは、生まれて初めて。


(何だ…これ……)


確かにすっきりとした気持ちだったんだけど、モヤっとしたものがずっと俺を襲っている。


『私、男が大嫌いなんですの』


「………はぁ…」


俺は混乱する頭の他所、虚無感もふつふつわいてきて、安堵と寂寥が混じったようなため息をついた。

自分の服がベトベトだったから、俺もこっそりと着替えを済ませた。


「寝れない……」


眠れなかったのも、はじめて。


ああ、そういえば、俺のいびきがうるさくて寝れないって、いつもリルが怒っていたっけ。


(リルが起きたら…謝ろう……)


その夜、眠りにつくまでに随分かかった。


ここは薄暗いから、いつまで経っても夜みたい。

もし朝がやって来たって、わかりそうにもない。


「………」


考えるのはやめにしよう。俺は目を閉じて、ひたすら瞼の裏の闇を追った。



























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