その崖を越える
「こっちですわ、アデラ様!」
リネの先導によって、ライとレイに乗った2人は、ロクターニェのその崖に沿いながらまっすぐ進んでいく。
「どこまで行っても崖だが」
「大丈夫ですわ! ほら、ここです!!」
かなり進んだところで、リネは何もない地面を指さした。
「うん?」
「秘密の抜け道ですのよ!」
リネはその地面を掘り起こし始めた。しばらく掘ると、小さな隠し扉が現れた。
「よいしょっと!」
リネがその重い扉を開けると、地下に向かってはしごが続いていた。鉄で出来たはしごで、少し錆びついている。どうやら結構昔から作られていたもののようだ。
「なんだこれ……」
「うふふ。ここから崖の向こう側に行けますのよ」
アデラは中を覗き込んだが、真っ暗で何も見えない。
「ライとレイは入れそうにないが」
「そうなんです。ですからロクターニェの王族の皆さんに、ライとレイの面倒を見てもらうように、お願いしておきましたわ」
【あなたたち、私達が帰るまで、ロクターニェでいい子で待っているんですよ】
「ヒヒーン!(もちろんですリネ様!)」
「ヒヒン!(どうか気をつけて!)」
「崖の向こうに渡ってからも、エルフの里まで結構距離があるんじゃないのか」
「そうですけど、問題ありません! さあ、アデラ様、行きましょう!」
「ふうむ」
ライとレイと別れると、アデラとリネはそのはしごを降りていった。
5分ほどかけて降りていくと、すぐにその地下の通路にたどり着いた。
その地下空間、何となく見覚えがある。
「ドワーフの住処か…?」
「ご名答ですわ、アデラ様!」
明らかに人工的に作られたその地下空間は、ところどころに灯りがついていて、真っ暗というわけではなかった。天井は気持ち低めで、背の高いアデラは背伸びしたら頭をぶつけそうだ。
はしごを降りたところにボタンがあって、リネがそれを押すと、ガガガガと音がして、自分たちが入ってきた入り口が自動で閉まった。
「あのあと勝手に扉の上に土がかぶさって、隠してくれるんですのよ!」
「すごい仕掛け……」
「ドワーフたちは本当に凄いですわ」
「隠れているのに何で場所がわかったんだ?」
「え? それはもちろん匂いが……」
「うん?」
(し、しまった! 人間の嗅覚でわかるはずがなかった!!)
「えっと、目印! 目印があったんですのよ! アデラ様、気づきませんでした??」
「さあ」
「まあとにかく奥へ進みますよ!」
「ふうむ」
何とか適当にごまかして、リネはその通路を進んでいった。
「誰もいないのか」
「そうですね。今はあまり使われていませんから」
「ふうむ」
その地下通路は、何百年も前にドワーフたちが作ったものだ。橋が作られるよりもその昔、崖を渡る手段がなかった空の飛べないドワーフたちは、何とか向こう岸に行きたいと考えたのだ。あまりにも昔なので、そのドワーフももう生きてはいないんじゃないだろうか。
「地下に潜ってどうやって向こうに渡るんだ」
「大丈夫ですって! ついてきてくださいな」
その通路は、魔族たちの間で噂され、ユニコーンのリネの耳にも偶然入った。とはいえ、この入り口の小ささだ。でかい魔族は地下に入ることもできやしない。リネも馬の姿では入れないが、人間に化ければ何とか来れる。
「これですわ! アデラ様!!」
「何だこれ」
しばらく進むと、茶色い荷台のような乗り物が置いてある。奥の方に予備も何台かあるみたいだ。
その荷台は、線路の上に乗っていた。しかしアデラは線路なんて知らないし見たこともないから、これが何なのか全く持ってわからない。
「トロッコですわ!」
「何だそれ。ポニーの仲間か」
「そんなところですわ! さあ、乗ってくださいアデラ様」
「ふうむ」
何だかわからないけれど、乗り込むしかなく、アデラはその荷台に座った。
その荷台は、木製ではない。鉄製だ。非常に頑丈そうで、座るところは椅子になっているが、詰めても2人しか座れそうにない。無駄に椅子の後ろ側が大きいが、鉄のカバーで覆われていて、中身が何かはわからない。
「では、行きますよ!」
リネはそのトロッコの横にあったレバーを動かした。すると、ガタンガタンと音を立てて、トロッコがひとりでにその格子状の線路の上を、ゆっくりと走り始めた。
「失礼します!」
リネは急いでアデラの隣に飛び乗った。
「狭い」
「すみませんアデラ様。ドワーフ用ですから」
「ふうむ」
(むふふ! アデラ様と密着ですわ〜!)
トロッコはだんだん加速していき、その速さはポニーどころか、ライとレイにも並ぶほどだ。
「随分速いな」
「もっと上がりますわよ」
やがて馬よりも速くなったそのトロッコは、線路に沿って物凄い勢いで駆け抜ける。一体どこを走っているのかも全くわからない。
ガタンガタンガタンガタン!!
「大丈夫かこれ」
「問題ありません。そろそろですわよアデラ様。前の手すりにしっかり掴まってくださいね!」
「はあ?」
直進がしばらく進んだかと思うと、前に光が見えてきた。
「っ!!」
「飛びますよ!」
あっという間にトロッコは外に出ると、その絶壁から向こう岸を目指して飛び上がった。
もちろんそこに線路はなく、2人を乗せた荷台は宙に浮いた。
「ぃっ!!」
アデラはその状況に顔を引きつらせた。飛び上がった勢いもつかの間、向こう側は遥かに遠く、荷台は明らかに谷底へと向かっている。
「落ちてないか…?!」
「大丈夫ですわ!!」
すると、トロッコの後ろのカバーが開いたかと思うと、その後ろから強大な火力を吹き出して、凄い勢いで前に進んだ。
「ぃぃっ!!」
「着陸の衝撃があります! 気をつけてくださいね!」
「ど、どうやって…!!」
トロッコは山を下るような綺麗な放物線を描いて、向こう岸の絶壁の遥か下にあった線路の上に着地した。
「痛っ!!」
「はぅっ!」
お尻に激しい衝撃があった。……気をつけようがない。
がしかしその程度で、トロッコは見事に崖をジャンプし、向こう岸の線路へと着地した。しばらく勢いを殺すために進んだあと、トロッコは停止した。
「アデラ様! 向こう岸に着きましたわ!」
「……死ぬかと思った」
「うふふ!」
やつれたアデラを見て、リネが笑った。隣の彼女を見ると、その金髪がトロッコの勢いでボッサボサになっていた。アデラもそれを見て、いつかライに向けていたような笑顔を向けた。
(アデラ様が笑った!! 私にも!!)
リネは自分のボサボサの頭に気づくこともなく、彼の笑顔にその心を完全に持っていかれた。
(美しすぎますわ!!)
リネがトロッコから降りると、アデラがこちらをじっと見つめていた。そして彼は、リネの頭に両手を近づける。
(ア、アデラ様……?!)
リネが顔を真っ赤にして立ち尽くしていると、アデラは何も言わず、リネの髪を手ぐしで整えた。
「っ!!」
まるでたてがみを撫でられているみたい。
アデラ様に触れられている。
何て幸せなんでしょうか。
ああでも、本当の私を撫でてもらいたいなあ……。
無理だとは…わかってますけど……。
リネは目を閉じて、その幸せな数秒間を堪能した。
(柔らかい……)
アデラもまた、彼女の髪に触れては、何だか不思議な気持ちになった。
(……)
人間の髪に触れるのは初めてだった。馬の毛並みを整えるのとは違うんだ。
彼女の髪は柔らかくって、すごく気持ちがよくって、このままずっと触っていたいなんて思ってしまった。
彼女は、俺の胸くらいの背しかない。
腕も足も細くて、小さくて、簡単に折れてしまいそう。
肌が白くって、唇が赤くって、まつ毛がすっごく長いんだ。
(可愛い……)
馬には全然似ていないけれど……この子が、可愛い。
この子だから、そう思うんだろうか…。
俺は気づいたら、彼女の頬に手を触れていた。
「えっ?」
「あ……」
俺はハっとして、その手を離した。
「ごめん」
「いえ……」
無意識だった。自分でもびっくりした。
無意識に……彼女に触れたくなったんだ……。
「髪、直った」
「あっ、ありがとうございます!」
リネは顔を赤くしながら、満面の笑みでお礼を言った。
「……」
アデラもまた、お礼を言う彼女の笑顔や言葉に、心を掴まれる気持ちになる。
(し、心臓が止まりそうでしたわ!!)
リネはバクついた心音をどうにか大人しくさせようと、深呼吸を繰り返した。
2人がその通路を少し行くと、別のトロッコが置いてあった。線路は奥へと続いている。
「これに乗れば、地下を通ってナイゴラの滝にかなり近づけますの。歩いて数時間で、滝が見えますわ」
「ふうむ」
2人はまたその狭いトロッコに乗り込んで、地下空間をドライブした。
ちらっと隣を見ると、リネがこちらをじっと見ている。
「何」
「いえ! 何て美しいお顔だろうと思いまして!」
「はあ?」
(あ、あまりにも美しすぎて声に出てしまいましたわ!)
まあもうこの際いいですわ。褒められて悪い気はしないに違いありませんもの。オープンで行かせていただきますっ!
「アデラ様は本当に美しい女性ですわ!!」
「え…?」
「私の仕えていた女王様も、とてもお美しい方だったのですが、それと同じ…いや、それ以上かも知れません!!」
「いや、俺は…」
「アデラ様! 『俺』なんて野蛮な言葉を使わないでくださいまし。あれは不潔で汚らしい男が使う言葉でございますよ。まあ、ケンタウロスに育てられたので、そう自分を呼ぶことがあるのかもしれませんが、初めて会った時は上手に『私』と言っていましたよ」
「いや、だから……」
「私、実は男が大嫌いなんですの。見ているだけで目が腐りそうになりますわ。男って何で、あんなに臭くてだらしなくて偉そうなんでしょうね!」
「……」
アデラはそのように男を罵るリネを見て唖然とするばかりで、何も言えなかった。
「アデラ様は本当に美しいですわ! お供ができて、私は本当に光栄です!」
ガタンガタンガタン、ガタンガタンガタン
2人を乗せたトロッコは音を立てて、そのあと何時間も進み続けた。




