ロクターニェ、再び(※)
「この速さなら、今夜にはロクターニェに着けそうですわね!」
「ふうむ」
次の日もまた、ライとレイに乗った俺とリネは、エルフの里を目指して足を進めた。
ユニコーンに育てられたという、謎の女、リネ。
魔族に育てられた人間なんてこの世に俺だけだと思っていたから、正直ちょっと、嬉しかった。
だけどリネは、俺よりも断然人間らしい。
彼女はありがとうも使いこなしているし、他の言葉だってすごく詳しい。
「この辺で昼飯にするか」
「はい!」
俺たちは草原の真ん中で足を止めた。
泊まった街で買っておいた、大量のニンジンを袋から出した。もちろん生だ。
「おおお!!」
その山のようなニンジンに、リネだけでなく、ライとレイも食いついた。目を輝かせるように3人揃ってニンジンを覗き込んでいる。
アデラはパンっと手を合わせ、目を閉じた。リネもハっとして同じように手を合わせると、声を出した。
「いただきます! あれ……」
リネがちらっとアデラを見ると、彼はまだ目を閉じたままだった。彼なりに、いただきますの意味を模索している際中なのだ。
「ヒヒン!(早く食べたい!)」
「ヒヒヒン!(ニンジンニンジン!!)」
【駄目ですわよ!! アデラ様が食べてからですわ!!】
(ニンジンを作るのに携わった人に感謝……と言われてもな。誰だ)
ニンジンを畑で育ててくれた誰か、俺は顔も知らない。ニンジンを売ってくれたのは確か、白髪のジジイだったな。まあとりあえず、あいつに感謝するってことでいいか。
アデラの脳内では、早朝ニンジンを売っていたよぼよぼの白髪のお爺さんが、笑顔でこちらに手を振っている。
(あとはニンジンに感謝をすると…)
脳内で出てきたニンジンに顔が現れたかと思うと、そいつはにっこりと微笑んだ。「やあ、僕はニンジン! 僕の命をあげるから、美味しく食べてね!」と言っている。
(ふうむ〜……)
アデラの脳内は、白髪ジジイとニンジン君がぐるぐるまわって迷走状態だったが、何とか「いただきます」と呟いた。
(アデラ様、何て深い感謝なのでしょう! 素敵ですわ!)
(……難しい。感謝……感謝か……ふうむ……)
アデラがようやく食べ始めたのを見て、リネもニンジンを手にとった。
【あなたたちも、食べていいですよ!】
「ヒヒン!!(うおお!! なんてぶっとくてきれいなんだ! いつも泥だらけの残りカスなのに!!)」
「ヒヒヒ〜ン!!(ニンジン大好き!! アデラ様バンザイ!!)」
リネも大好物のニンジンにかじりついた。
(なんて美味しいんでしょう!!)
しかしリネはまたハっとして、彼に尋ねた。
「アデラ様! お昼はニンジンだけでいいのですか?!」
「うん?」
アデラはニンジンを生でかじっている。
(お昼がニンジンだけの人間なんて、見たことありませんわ……)
「うまい」
「そうですわね!」
山のように買ったはずのニンジンだったが、馬2匹とリネにほとんど食われてしまった。
俺は幸せそうにニンジンを頬張るライとレイを見て、何て可愛いんだろうと思いながら、うんうんと頷いた。そしてふと隣のリネを見ると、ライとレイの2匹と楽しそうに、ニンジンを頬張っている。
(こいつも馬みたい……)
「ハッ! すみません! 私としたことが、アデラ様よりもたくさんいただいて…!」
(可愛いな…)
俺は袋にまだ入っている艷やかなリンゴを見た。これは1つしか売っていなかった。
「リネ」
「は、はい!」
俺はそのリンゴを、リネに放り投げた。リネはそれをキャッチすると、目をパアっと輝かせた。
「よ、よろしいのですか?!」
「リネはリンゴが、好きなんだろ…?」
「はい! 大好きです!!」
リネは満面の笑みを浮かべた。
(………)
リネは嬉しそうに、リンゴを両手で握りしめながら言った。
「ありがとうございます!」
(あ……)
まただ…。
この言葉を言われると、何となく、心が掴まれるような気持ちになるんだ。
そのあとリネは、嬉しそうにリンゴを食べていた。
(……)
「行きましょうか!」
「あ…うん」
俺たちはまた草原や山道を駆け抜けた。途中でライとレイの休憩も挟みながら、だけどほぼほぼ休みなく、南を目指した。
ライはすごく速くて、乗り心地もいい。いい馬だ。長年過ごしたアデリアほどはしっくりこないけど、ライが頑張ってくれてるのはよくわかった。
魔族はほぼいなかったが、1匹だけ黒い飛行魔族を見つけたかれ射ってやった。落とせはしなかったが、矢には対魔族用の毒が塗られている。そのあと死んだに違いない。
俺たちは予定通りロクターニェに到着した。
俺のことを覚えていた王族のやつらは、俺達を丁重にもてなしてくれた。
話を聞いたところ、橋の復旧はまだ終わっていないようだ。
ライとレイは昨日と同様、馬小屋に預けることになった。リネはレイを預けると、先に小屋の外に出ていった。
ライは小屋の中に入れられて、俺の方を見ている。俺がライに近づくと、昨日のように頬を擦り寄せてきてくれた。
「ヒヒーン!!」
「よしよし…」
ライはアデリアよりも少し細い。背も低めだ。まあ、アデリアは馬の中でもなかなか大きかったからな…。
「また明日…」
「ヒヒーン!!」
俺はライにそう言って、リネのところに戻ると、王族たちが用意してくれた高級ホテルのスイートルームに、無料で泊まった。
「ちょっと、ブスコちゃん!」
リルイットが眠るその部屋に、ラッツがやって来た。看病中のラスコに声をかける。
「どうしたんですか…?」
「リルを襲った犯人がわかったんだわよ」
「え?! 誰なんです?」
ラッツは手で、しっしっとラスコを払いのけ椅子からどかすと、彼女が元々座っていた椅子に座り込んだ。イラっとくるが仕方ない。幼いけれども彼女はラスコの上司……。ラスコはラッツのそばに立って話を聞いた。
「エルフらしいんだわ」
「エ、エルフですか…」
リルイットを襲った白い鉄の矢、エーデル城地下に住むドワーフの中に、それを作ったという奴がいたのだ。
エルフは、敵の体内エネルギーを吸いとる能力があるらしい。術師が術を使うためのエネルギーも、魔族がその特異な力を使うためのエネルギーも、吸い取ることができるのだ。
ドワーフが作ったその矢は、エルフの能力を媒体にできる優れものだ。あの矢で打たれたら、すぐさまエネルギーを吸い取られてしまう。
「エルフたちはケンタウロスと同様、弓うちで狩りを得意とする種族。エルフはあの矢に能力を込めて敵をうち、エネルギー切れになったところを簡単に倒しちゃうって戦法を使ってるんだわよ」
「それでリルもエネルギー切れに…」
(リルもやっぱり、炎の術師なんでしょうか…)
「エルフは厄介だわよ。個体の戦闘能力はさほどでもないけれど、あいつら空も飛べるし、他の魔族に比べて相当頭もいい。仲間同士の連携攻撃も見事らしいんだわ。全部ドワーフの情報だけどね。私も実際には見たことがないんだわ。そして話によると、ずっと南の方にエルフの里があるらしいんだわ」
「そんなところに住んでいるのに、ここまで人間を襲いに…?」
「そのようだわね。確かに遠いけれど、空を飛べれば来れない距離じゃないんだわ」
他にもドワーフのくれた情報は色々あった。
エルフは非常に仲間を大切にする種族で、逆にそれ以外の種族と親交することはあまりない。そのドワーフも、珍しい素材をくれるというから矢を作っただけで、特に仲が良かったわけじゃない。
また、エルフはここ数百年ほど、ずっとその里に住みついている。里に誰かが踏み入れようものなら、人間も魔族も問わず、その弓を用いてすぐに追い払った。エルフの里には魔族の憧れる非常に住みよい大自然界で、おそらく今もそこを縄張りとしているはずだとドワーフは言った。
その里は大きな滝の近くにあるという。名前はナイゴラの滝だ。縄張り争いで色々な魔族とももめたこともあったらしいが、彼らはその里を守り続けている。
「そういや、アデラのやつが見当たらないんだわ」
「アデラさんなら魔族討伐に向かいました…。リルを襲った魔族を見つけ出して、血祭りにしてやるって…」
「うん? あのアホ、犯人がエルフだとわかってるんだわ?」
「さあ…そこまでは」
ラッツは腕を組んで、うーんと考え込んでいた。
「まあ、あのアホはロクターニェの崖を超えられないんだわね。そのうち諦めて帰ってくるのを待つんだわ」
「だといいんですけれど…」
「そもそもエルフとやり合うってなら、こっちも相当な戦力をつんでいかないと難しいんだわね。あたしたち術師もエネルギーが切れたらほとんど使い物にならないんだわ」
「そうですよね…」
「まあでも、準備は進めてるんだわよ。いつあいつらが襲ってきても大丈夫なようにね」
ラッツはリルイットに近寄ると、顔を覗き込んだ。
「さあてと」
(やっぱりイケメンなんだわね!)
「近いですよ! ラッツさん!」
「ふふ! 死んではないようだわね」
「…当たり前です!」
「それじゃ、リルのことは頼んだわよ、ブスコちゃん」
「ラスコです!」
そう言って、ラッツは部屋を出ていった。
(アデラさん、一体どこまで行ったんでしょうか…)
スー……スー……
リルイットは深い眠りについたままだ。
ラスコはアデラの身を案じながら、一向に目覚めないリルイットを、じっと見つめていた。




