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ノア、誕生

「魔族だ! 魔族がいるぞ!!」

「殺せ! 殺せぇ!!」


人間たちは2匹の魔族を見つけると、武器を手に襲いかかってきた。


「何?!」

「か、身体が……!」


しかし人間たちは、突然身動きがとれなくなった。

足が自分の影に引っ張られているのだ。


「逃げるぞシェム!」

「カルベラっ!!」


カルベラはシェムハザを抱えると、翼を生やして空へ舞い上がった。


「逃がすな!!」

「殺せ! 殺せぇええ!!!」


人間たちは声を荒げながら、その魔族2匹に向かって次々に弓を放った。カルベラは軽やかにそれを避けていく。


「くそ!」

「全然当たんねえ!」


すると、馬に乗った青髪の人間がどこからか現れると、弓矢を構えた。


「だ、誰だお前」

「こいつ、東軍の新人だ!」


その弓使いはその人間たちには目もくれず、矢を持つ右手を離した。

パシュウンンと勢いよく矢は放たれ、悪魔に向かって物凄い勢いで突き進んでいく。


カルベラはその矢を避けようと試みたが、1本の矢は急に進路を変えた。そのように射っていたのだ。恐ろしい技術だ。カルベラも気づいて身体をよじったが、矢はその翼を貫いた。


「ゔっ!!」

「カルベラ?!」


カルベラは痛みに顔を引きつらせながらも飛行を続け、何とかその場から逃げ去った。


「ちっ……」


弓使いは舌打ちをした。黒い大弓を背中に戻した。


「アデラ様〜!」


あとから黒い馬に乗った金髪の美女も駆けつけた。


「逃げられました?」

「遅効性の毒がついている。あの悪魔はいずれ死ぬ」

「流石ですわ!」


青髪の弓使いは、逃げていく悪魔と、抱えられた灰色の翼の天使を睨んでいた。


「魔族は皆殺し」


弓使いはそう呟き、馬を蹴って、また駆け出していった。


「待ってくださいまし〜!」


金髪美女も慌てて彼を追いかけた。





「ハァ…ハァ……」

「カルベラ、大丈夫か……?」


カルベラとシェムハザは、岩山までやってくると、地面に降り立った。


「くそ……」


カルベラは矢で射抜かれたその黒い翼を見た。穴が空いたその部位は、腐敗していた。シェムハザは大きくなったお腹を重そうに抱えて、彼の元にしゃがみこんでは、心配そうに顔を覗き込んだ。


「カルベラ…」

「矢に毒を塗っていやがった…。ハァ…俺じゃなけりゃあ死んでるところさ…ああ、痛い」

「カルベラ…何で私を助けてくれるんだ…?」


赤い目をした真っ黒い悪魔は、シェムハザと目を合わせた。


「俺に助けられるのは嫌かい」

「そんなわけはないだろう。でも魔王様が魔族たちに人間を敵だとすりこませてからもう数カ月…人間もまた、完全に魔族は自分たちの敵だと、その意識を変えたさ。人間に見つかっただけで、こんな風に襲われてしまう世界になってしまった。それもこれも、私のせいなのだ…。私がこの子を、授かったから……」


シェムハザは涙しながら、お腹の子をさすった。


「その子はお前とあの男が作った大切な命だろ。その子にもお前にも、罪なんかない。お前は人間を愛しただけだ。それの何が悪いというのさ。おかしいのは人間を襲わせる魔王様だ…」

「うぅ……っく……」


カルベラは、うつむくシェムハザを、そっと抱きしめた。


「絶対に産め。どんなに邪魔するやつが出てきても、俺が守ってやるから」

「カルベラ……ありがとう……」


しばらくして落ち着きを取り戻すと、シェムハザは言った。


「カルベラよ、お前、何だからしくないが」

「そうかい」

「そもそも君が私を助けることがね、不思議な話だよ」

「そんなに不思議かね」

「ああ、不思議さ。どういう風のふき回しなのかとずっと思っていた。だけれど私1人ではこの子を守りきれない。だから君に甘えてしまったよ」

「甘えておけばいいじゃないか」


カルベラは淡々とした様子で、そう言った。


どうしてなんだい……

どうして君は私を、守ってくれるのかね…


「見ろ! 魔族だ!!」

「!!」


岩山の影から人間たちがぞろぞろとやってくる。


(どうなってやがる……魔族討伐に人間自ら狩り出てるってのか……)


「逃げるぞシェム……」

「カルベラ…まだ羽が……!」


カルベラの翼の一部は腐敗していた。

魔王直系の悪魔、その力で毒死は防いだが、翼の治癒まではまだ行き届いてはいない。

しかし破れた翼をまた大きく広げると、シェムハザを抱きかかえた。


「カルベラ……無理だ……」

「無理じゃないさ」


カルベラは影を使って人間たちを足止めすると、再び空を飛んだ。


「逃がすかよ!」


人間の男は、巨大化したハンマーに乗って、空を飛んだ。


(何だあの武器っ!!)


「おぉらあぁああ!!!」


男は風圧発射するハンマーを操りながら、別の巨大化したハンマーを片手に持って、カルベラに向かって振り回した。


「喰らえぇ! 2本目ぇええ!!!」


カルベラは顔を引きつらせながら、その攻撃を避けると、無事な方の翼でそいつをはたき落とした。


「くぅっ!!」


男は、顔をしかめた。地面に落ちる前に体制を立て直した。男の真下に現れた影を操作して、男の首を絞めた。


「カルベラ、殺さないで!」

「わかってる!」


カルベラはそのままシェムを抱えて逃げきったのを確認すると、影の術をといた。

男は息を荒げながらその場に倒れ込んだ。他の仲間の人間たちが彼に駆け寄っていく。


「大丈夫か?!」

「ハァ…ハァ…ハァ…」

「くそ魔族め……絶対許さねえぞおお……!」


男は地団駄を踏んで、怒りに声を上げて叫んだ。




カルベラたちがしばらく飛行していると、雨が降ってきた。カルベラはシェムハザが濡れないようにと、その腕で彼女を抱きかかえて空を飛んだ。


(ちぃ…こんな時に……)


そのまま人気のなさそうな荒野に降り立った。

荒野の真ん中には古びた廃墟があって、誰もいないことを確認すると、その中に入って休んだ。


「シェム…大丈夫か……」

「私は平気だよ。カルベラ…本当にすまない……」

「別に……謝ることじゃない……ハァ…ハァ…ハァ……」


何とか雨は凌げた。助かった…。


人間たちから逃げ続ける毎日。人間を愛したシェムハザは、例え自分たちを襲う人間であっても、彼らを殺すことを許しはしない。


大陸内部までやってきたが、なかなか落ち着ける場所にたどり着けない。こんなに人間が多いとは…。


カルベラは疲弊していた。


(さすがに術を使いすぎか……毒もダメージがないわけじゃない…)


だからって、俺がやられるわけにはいかない。

シェムとこの子を守れるのは、俺しかいない…。


カルベラは目を閉じて、身体を休めた。


びしょ濡れになったカルベラを、シェムハザは辛そうに見ている。


「カルベラ……どうしてなんだ……」

「だから、何がさ……」

「何でそこまでしてくれるんだ……」

「……」


2人は目を見合わせた。


カルベラは呼吸を整える音だけが響いて、しばらく沈黙が続いた。


そして、カルベラは言った。


「シェム、君があの男を愛していたように、俺もお前を愛しているからさ…」

「え……?!」


シェムハザは非常に驚いたような顔で、カルベラを見ていた。


「愛しているよシェム。だから守りたいのさ」

「カルベラ……嘘さ、そんなの…。だって君は、愛なんて知らないと……」


(そうさ…いつもの嘘に違いない。彼は愛なんて知らないと言っていたし、ましてこの私を好きなんてこと、あるはずがないさ…)


しかしシェムには、カルベラがにっこりと微笑んだように見えた。


「俺も今は、嘘はつかない。シェム。好きだよ」

「カル…ベラ……」


シェムハザは多くの涙を流した。


愛していると、言ってもらった。

こんなに嬉しいことはない。


だけど私は、カルベラを愛していない。

彼に答えてあげられない。


「すまないカルベラ……私はフェンのことが……」

「うん。わかってるさ。謝るな、シェム。君は何も悪いことはしていないんだからさ」

「……」

「…これが俺が君を守りたい理由。そばにいたい理由さ…。いけないかい…?」


シェムハザは泣きながら首を横に振った。


「ありがとう……カルベラ……」


カルベラはうんと頷いた。


シェム、人間たちはさ、叶わない恋のことを失恋というらしいよ。

俺は生まれて初めて、愛ってものを理解したんだけれど、どうやらこの恋が叶うことはないようだよ。


魔王様は、叶わない恋をした人間は嫉妬に苦しんでは、理性を失ってその憎悪を撒き散らすと言っていた。酷い時には、好きな人を奪った人間や、はたまた好きになったその人間さえも殺める者だっているんだと。だから愛など必要ないと。叶いもしない夢を持って苦しむくらいなら、最初から好きにならないほうがいいだろうと。


だけど俺はね、そうは思わないさ…。

俺は確かに悲しいけれど、シェムを殺すなんてあり得ないし、そのフェンとかいう男が生きていたからって、シェムからそいつを奪うようなことはしないよ。


だって俺が見たいのは、幸せなシェムの姿だからね……。



その廃墟には、しばらくの間、誰もやって来なかった。

俺も完全に元気になったし、シェムもマナさえ食べていれば生きていけたから、食べ物にだって困らない。

マナってほら、天使の食べ物で、空気みたいにその辺にあるらしいよ。俺は食べたことがないけれど。


そうしてついに、シェムは出産した。

俺は立ち合ったけれど、出産なんて見たこともしたこともないから、右も左もわからなくって、シェムよりパニックになっていたかもしれない。


シェムのやつは、思ったよりも冷静だった。

母親ってやつは、俺なんかじゃ知り得ない、本当に強い力を持っている…。


産まれたその子は、女の子だった。

元気な産声を上げているその子を、俺はシェムよりも先に抱きかかえた。


「シェム、おめでとう……」

「ありがとう……カルベラ……」


その子の名前はノア。

シェムとシェムの愛した人間の子供だ。


そして俺も、この子のことを、シェムと同じくらい愛していたんだ。







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