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アデラ様は馬がお好きです!

アデラとリネは、随分大人しくなった黒い馬たちに乗って、エーデル大国の南へと駆け出した。


(アデラ様! さすがは騎士ですわ! 何と見事な馬の乗りこなしでしょう!)


リネは非常に上手く馬を操るアデラを見ては、デレると共に激しく感動していた。


馬たちの名前は、ライとレイ。2匹は兄弟だそうだ。

アデラの乗るライがお兄さん馬、リネの乗るレイが弟の馬だ。


ライに跨がりその道を駆け抜けるアデラを見て、リネはうっとりとしていた。


(私もあんな風に乗っていただけたら、どんなに幸せか……)


ライを自分に置き換えて想像を膨らまして、リネは更にデレついた。


「ヒヒン!(乗り心地はいかがですか? リネ様!)」

「アデラ様、ライの乗り心地はいかがです?」

「遅い」

【遅いですわよ。もう少し速く走れませんの?】

「ヒヒヒン!!(もちろんです! リネ様!!)」

「ヒヒーン!(俺たちの本気をご覧ください!!)」


ライとレイは、唸りを上げて加速した。馬車の何倍もの速さになった。


「ところでアデラ様、どこに向かっているんですの?」

「エルフの里だ」

「エルフ……ですか?」

「リルが射たれた白い矢、あれは恐らくエルフのものだ」


白いフォルムの鉄素材の矢、見たことはないが、話をアデラートに聞いたことがある。


弓使いである自分たちケンタウロスと同じように、弓を使うエルフという種族がいるのだと、アデラートから聞いたことがあった。アデラが生まれるよりも昔、アデラートたちケンタウロスは、縄張り争いをエルフとしたことがあるようだ。その時エルフたちは、白い鉄製の矢を使ってきたという。


アデラートたちはエルフに負け、生き残ったケンタウロスは西に逃げてきたという。今も変わっていなければ、エルフたちの住む国は、アデラが育ったテルーヴ草原の、遥か東。そこはエーデル大国の南側だ。そこには確か、巨大なナイゴラの滝という名の場所が近くにあると、アデラートが言っていた。


「ナイゴラの滝なら、私知っていますわよ」

「本当か?」

「はい。ロクターニェよりも更に南に進んで、少し東に行ったところですわよ」


ロクターニェ国。アデラとリネが出会った草原の近くにある、高貴な王族・貴族や芸術家たちの暮らす虹色の石の造形国だ。そこから南に行くための橋は、サンドゴーレムに壊されてしまって、今は復旧作業中だったはずだ。


「そういえば、橋が壊れているんだった…」

「安心してください! いい抜け道を知っていますわ!」

「ほう」


(そういやリネは、一体どこからやって来たんだろうか)


「でもそのエルフの里に、リルイットさんを襲ったエルフがいるかはわかりませんわよね?」

「エルフは仲間意識の強い種族だと聞いたことがある。里の奴らを皆殺しにすれば、そいつも黙りはしないだろ」

「……」

「どうせ魔族は皆殺しにするんだ。手を出そうが出さまいが関係ない。目に入った奴から殺す」


リネはアデラの放つ殺気に怯え、ゴクリと息をのんだ。


(絶対にアデラ様の前で、変身を解くわけにはいきませんわ…!)


ライとレイは己の限界速度で道を駆け抜けた。南は広いが、その道中、魔族は見当たらない。


エーデル大国を基準として、進軍しやすいよう計画的に魔族討伐を行っている証拠だ。もちろんアホのゾディアスにそんな考えはない。全ては彼の参謀ダルトンのおかげである。


1日かけて、前回ロクターニェに向かった時の半分以上の場所までたどり着くことができた。ポニーももちろん速いが、やはり馬に直接乗って進むのは段違いに速い。荷物もあまり多くは持てないので長期遠征には不向きかもしれないが、これまでに魔族を討伐して稼いだお金がまだまだあるから、必要なものがあれば調達すればいい。問題はなさそうだ。


途中の街に到着すると、馬小屋にライとレイを預けることになった。リネはレイから降りると、頭を撫でなでして笑いかけた。


【いい走りでしたわ! レイ!】

「ヒヒーン!(もったいないお言葉で!)」


そのあと、リネはライにも声をかけようとすると、ハっとした。


「あ……」


ライの背中を優しくさすっているアデラの姿を見た。


(アデラ様……)


その時のアデラの表情は、これまでに見たことのないほど柔らかかった。ライもまた嬉しそうに、彼の顔に頬を擦り寄せると、彼は笑っていた。


(アデラ様が笑ってる……)


お酒に酔って笑っている姿は見たことがあるけれど、それ以外で笑っているのを見たことなんて一度もなかった。


アデラはそのあと、ぎゅうっとライを抱きしめて、「また明日」と声をかけた。


(………)


リネはそんな彼の姿から、目が離せなかった。


(いいなぁ………)


リネはユニコーンの姿の自分が、彼にあんな風に可愛がられる姿を想像しては、非常に羨ましいという気持ちになった。


そして2人はライとレイを預けると、宿屋に泊まった。その部屋の中で、リネは彼に尋ねた。


「アデラ様は…馬が好きなんですか?」

「好きとはなんだ」

「えっ…」


アデラはきょとんとした表情でリネに聞き返した。


「この前リルに聞いたら、よくわからないといって、意味を教えてもらえなかった」


(リルイット……やはりあの男、魔族なのでは…)


「えっと…そうですね…」


リネはかつて自分がその言葉を教わった時のことを思い出して、話し始めた。




『女王様、好きとはなんですか?』


その昔、リネが仕える女王にその意味を尋ねた。

リネが女王に尋ねたのはそれだけではなかった。


いただきますも、ありがとうも、リネの知らないその言葉の意味を、女王は彼女を馬鹿になどすることなく、彼女なりの解釈で答えてくれた。


女王は立ち上がって、机の上にあったフルーツのかごを持ってくると、リネの前にそれを並べた。オレンジ、メロン、パイナップル、ナシ、バナナ、それから、リンゴだ。


『1つだけ食べていいですよ。リネはどれを食べますか?』


そう言われ、リネはリンゴを手にとった。


『リンゴですわ! 女王様!』

『そうですか。なら、リネはリンゴが好きなんだと思いますよ』

『ほぉ……』


リネは両手に握られた赤いリンゴを見ながら、ゴクリと喉を鳴らした。


女王はそのあとも、色々な物をリネの前に出しては、好きなものを選ばせた。何回かやるうちに、リネは『好き』とは『欲しいもの』なんだと解釈していった。


『好きの意味がわかりましたわ! 女王様!』


しばらくすると外に出かける時間になって、リネも女王について外に出た。城の庭は花がたくさん咲いていて、太陽の日差しが暖かい。ユニコーンに戻れたらこの広い庭を駆け回りたいものだなあ〜といつも思っていた。


『リネは、外は好きですか』

『えっ? 外は手に入りませんよ、女王様』


女王は優しい表情で笑っていた。


『外で過ごすことと、中で過ごすこと、どちらがいいですか?』

『外です! 女王様!』

『リネはやっぱり、外が好きなんだと思いますわ』

『ほぁ……』

『外に出ると、いつも楽しそうにしていますからね』


『好き』イコール『欲しいもの』というわけではなさそうだ。好きの対象は、ものだけではなさそうだからだ。


その後も女王は、思いつくたびにリネに質問を繰り返した。

それを何度もやるうちに、リネは彼女なりに、『好き』の意味を理解した。


『女王様、私、好きの意味がわかりました』

『そうですか。それは良かったです』


『好き』はきっと、感情の1つだ。リネには好きなものがたくさんある。ニンジンも、リンゴも、外にでて走り回ることも、大好きだ。


『女王様!』


そしてリネは、気づいた。それは、『ありがとう』や『いただきます』のように、その気持ちを伝えたい時にも、使うことができる言葉なんだと。


『どうしました?』

『私、女王様が大好きですわ!』


リネが満面の笑みでそう言うと、女王もにっこりと微笑んだ。



だけれどリネは、知らなかった。

その『好き』は『愛』ではないということを。


魔族のリネは、愛を知らない。

リネの『好き』は、ニンジンも、外で遊ぶことも、女王様への想いも、全て同列の、『好き』なのだ。





リネは女王の話をしながら、アデラに自分が『好き』の意味を知った経緯を教えた。


「アデラ様、おわかりになりましたか?」

「ふうむ」

「難しいですわよね」

「まあでもその理論なら、馬は好きだ」

「そうなんですね!」


リネは嬉しさが全面に溢れ出していた。


「まあでも、何となくしかわからないけど」

「そうですよね。私もわかるまでに時間がかかりましたから。でも人間は、不思議とすぐに理解できるそうですね」


ポロっとリネはそんなことを言ってしまって、アデラと目があった彼女は、やばい!バレたかも!と思った。こんな思考をするのは、そもそも魔族だけだ。


「リネ…お前もしかして、魔族…」

「ま、魔族じゃありませんわよ?! 私は正真正銘人間の……」

「魔族に育てられたのか?」

「え……」


リネは一瞬思考が止まったが、すぐに「そうですわ!」と答えた。すると、アデラはほんの少し嬉しそうな表情で答えた。


「俺もなんだ……」

「そ、そうなんですのね……」


(あ、危なかったですわ……)


「アデラ様は、一体誰に育てられたんですの?」

「ケンタウロス」

「な、なるほど……」


(よりによって、あのアホで野蛮な……)


「でも、ならアデラ様は、どうして魔族を殺そうと…?」

「そのケンタウロスに、殺されかけた」

「……」

「あいつらは俺の、本当の仲間じゃなかった。魔王に命令されて、すぐに俺を殺そうとしたし、俺を守ろうとした親代わりのケンタウロスを殺したんだ」

「……」


(やりかねません。ケンタウロスなら…)


いや、ほとんどの魔族が、そうなのかもしれませんわ。

私たちユニコーンも、自分が生きるために、人間に襲われている仲間も躊躇なく見捨てて逃げましたもの。


「俺はあいつらみたいにはなりたくない…。仲間を大切にしない奴には…」

「(ぐっ!)」


リネは心に矢が刺さったような感じがした。酷く痛い。

自分は魔族で、彼が嫌っている存在なんだと再確認した。


アデラ様は無愛想で、思いやりなんてまるでないように見えますけど、本当は違うんですね。私にはわかりますの。

アデラ様は人間ですわ。それも、めっぽう仲間思いの…。


「リネは誰に育てられたんだ」

「わ、私は…ユニコーンに……」


嘘を考える間もなく、リネはそう答えた。


「あの馬に似た魔族か」

「そ、そうですわ! アデラ様、確か馬は好きだと…」

「ユニコーンは魔族だ。魔族は皆殺し」

「(うっ!!)」


リネは再びグサっと心に矢が刺さる思いだった。次はさっきよりも深く刺さった。


(やっぱりバレたら……殺されますわ……)


アデラ様を愛でたいばかりにノコノコついてきてしまったけれど、そばにいるのは相当にリスキーなことだとリネは悟った。

しかしリネは、どうしても彼のそばにいたいのだ。

それがユニコーンの思考で、人間に理解できるはずもない。


いつか自分に跨ってもらえたらなんて、そんな妄想は夢のまた夢だ。


(あれ、そう言えばアデラ様、また自分を俺と…)


グーー ガーーー


知らぬ間に彼は眠りについていた。


「ふわぁぁ……」


リネも大きな欠伸をした。


(まあいいですわ。それより私も、眠いですわ…)


「ふふっ」


リネは自分のベッドを他所に、アデラのベッドに潜り込んだ。抱き枕のように彼の腕にしがみついて、彼の顔を凝視する。


(これこれ! この寝顔ですのよ! これを見るだけで、命がけで貴方についてきた意味があるってものですわ!)


グーー、ンガガーー


その日もまた、幸せな気持ちで、リネは眠りについた。











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