送迎
「ラッツさぁ〜ん!」
およそ1時間後、マキと彼女に背負われたメリアンが、大きく手を振ってこちらにやってきた。
マキは着陸し、メリアンはすぐさまリルイットの治療にあたった。傷はすっかり治ったが、リルイットは気絶したままだった。
「お前がそんなにポンコツとはな、ラッツ」
「す、すみません……」
ラッツは心の中ではマキのことを睨んでいたが、実際に睨んだら殺されるかもしれないので顔には出さない。というか、出せない。
「終わったのか」とマキはメリアンに聞く。
「はい。あとは目覚めるのを待つだけかと…」
「ならさっさと帰るぞ」
「は、はいっ!」
マキはメリアンを背負うと、さっさと飛び上がった。
「あ、あたしらはどうしたら…」
「私じゃ背負うのは1人が限界だ。お前らがロッソを駄目にしたからな」
「ぐ……」
「南に1時間ほど歩いたら街がある。そこで馬車でも買え」
「ぐぅっっ」
マキはそう言い放って、メリアンと共にその場を立ち去った。滞在時間僅か3分。マキたちの姿が見えなくなると、ラッツは叫んだ。
「誰が馬車なんて買うかぁああ!! そんな無駄金使うかぁああ!!」
幼い少女は可愛い顔を台無しにして、思いっきり地団駄を踏んだ。カールしたツインテールが、今にも飛んでいきそうな勢いで揺れている。
「リルイットさんが起きるの待った方が早くないっすか」
「こいつはね、気絶したらいつ目覚めるかわかったもんじゃないんだわよ! この前なんて1ヶ月も寝っぱなしだったんだわ」
「え……」
トニックは何の話かわからず、うーんと首をひねった。
「ったく、仕方ないんだわ」
ラッツはチャンネルを変える。通信先はゾディアスだ。
その頃、ポニーで帰還中のゾディアスの無線が鳴った。気分よくグラナディラを食べていたゾディアスは、面倒くさそうにその手を服の袖で拭き取ると、うざそうに無線をつける。ラスコとアデラ、そしてリネも彼の無線に注目した。
「おっさん! おい、おっさん!」
「なんだぁ?!」
「その声は、ラッツさんですか?」
「ふうむ?」
初めて見る無線に、ラスコとリネは大変驚いていた。アデラも無表情のまま首を傾げる。
「アデラ様! あれは何でございますの?!」
「知らん」
「無線っつってな。遠くのやつと連絡がとれるんだよ。すげえだろ」
「すごい技術ですわね、アデラ様!」
リネはあくまでアデラと話している。ゾディアスの方をなるべく見ないように。つまりこの気持ち悪い「男」という生物を、なるべく視界にいれないようにだ。
ラスコはリネの態度にぎょっとしたが、ゾディアスはアホなので特に何も気づいていなかった。
「それもドワーフが作ったんですか?」とラスコ。
「そうだぜ。便利だろ〜」
「おっさん! おい! 聞いてるんだわ?!」
「何だよラッツ。うるせえな」
「そこにブスコちゃんがいるんだわよね? さっさと代わるんだわ」
「ブスコぉ?! 誰だそりゃ」
「ブスコじゃありません! ラスコです!!」
ラスコはゾディアスの持つ無線に向かって、声を荒げた。
(ブスコちゃんて……ぷぷ……)
リネは笑いを堪えるのに必死だった。
「あんたたち、今どこにいるんだわ?」
「どこって…もうエーデル城が見えてきましたけど…」
ポニーの長旅も今日までだ。やっとのことでエーデル大国まで帰還したところだった。夜には着くと思っていたが、まだ夕方前だ。思いの外、早く着いた。
「リルイットがまた気絶したんだわ。これから言う場所にポニーで迎えに来てほしいんだわよ」
「えええええ?!?!」
ラスコ、アデラ、リネがラッツたちの元に到着したのは次の日だった。ポニーも夜通し本気を出したが、馬車ではこれが限界だ。もちろん馬車で一夜を過ごした。そしてもちろん、そんな面倒事にゾディアスを巻き込むことはなかった。
マキたちを見送り、1時間ほど歩いて街までやってきたラッツたちは、そこの1番安い宿屋に泊まった。気絶しているリルイットがすぐそばにいるとはいえ、ラッツと同じ部屋で一夜を明かしたトニックは、全く眠りにつけていなかった。
朝方、街に到着したラスコたちはポニーから降りた。ラスコは真っ先にラッツたちのいる宿屋に向かった。
「ああ! やっと来たんだわね。宿代1日分で済んで良かったんだわ」
ラッツはラスコを見ると、そんなことを言った。彼女の隣には見慣れない黒髪の男がいた。トニックだ。
初めて見る彼に、ラスコは軽く会釈をした。トニックも無愛想に会釈をし返した。
ラスコはラッツに話しかけた。
「リルは大丈夫なんですか?」
「怪我はないんだわ。だけど前と同じ、全く起きる気がしないんだわよ」
「栄養注射、打ちますね」
ラスコは外の土に根を生やすと、宿の部屋の窓からそのツルを伸ばしてリルイットに点滴をした。気のせいかもしれないが、リルイットは目を閉じたまま、安堵したような顔を浮かべた。
ラスコについてきたアデラとリネも、ラスコのあとから部屋に入った。ラッツもまた見知らぬリネを見つけると、うん?という顔を浮かべた。
「誰なんだわよ、その金髪美女は」
「リネだ。ラッツ、こいつを東軍に……」
「か、か、かぁ〜んわいい〜!!!!」
リネはラッツを見るなり、目を輝かせた。目に見えるデロデロのオーラが漂った。
「やぁ〜ばぁ〜い〜ですわ! 超可愛いんですわ!! お人形さんみたいなんですわ!!!」
「え…そ、そう……? ふふ、あんたはそこのアホと違って、まともな目をしているみたいだわね」
「将来有望すぎなんですわよ!! 可愛すぎますわ〜!!」
リネは両手を組んで、ラッツをひたすら褒めちぎった。ラッツは非常に有頂天だ。
「リネはすごく強いんだ。東軍に入れてくれ」
「アデラ、あんたがそんなに持ち上げるなんて意外なんだわね。まあその子がいいなら、とりあえず予備軍に入りなさいな」
「予備軍…ですか……?」
「そうだわよ。んじゃあま、とりあえずアジトに帰るんだわよ」
宿のチェックアウトに向かった。トニックは自分が払うと言ったが、さすがに予備軍の子におごってもらえないんだわと、泣く泣く支払いを済ませた。
ラスコが頼むと、ポニーはいつもよりも大きく形を変え始めた。
「すごいっすね…」
「えっと…そう言えばあなたは…」
「俺はトニック・バゼル。予備軍っす…」
「そうだったんですね。私はラスコ・ペリオット。植術師なんです。この子はポニーです」
ポニーは腕をはやし、グッドポーズをした。
「かっこいいっすね」
ポニーは腕を2本生やし、グーグーっと親指もどきをトニックに向け、ノリに乗っている。トニックはそのしかめっ面は変えなかったが、おんなじようにグーっと親指をたててポニーに答えた。
「そっちの弓使いさんは?」
「アデラ」
アデラは言った。無愛想な人っすね…とトニックは思った。自分のことは棚に上げている。
「それで、リネさんっすね」
リネは彼の声など聞こえてないかのようにガン無視した。トニックは男だ。しかも予備軍だと聞いた。話す義務は皆無だとリネは判断した。
(ひでえっす……)
皆はポニーに乗り込んで、エーデル大国への帰路についた。
「リルはどうして気絶を?」
「アリゲイツを討伐してたら、この矢が飛んできたんだわよ」
ラッツは白いフォルムの矢を見せた。避けて刺さった矢を拝借しておいたのだ。
「何ですか? 矢ですか?
ラスコは珍しそうにその矢を見ている。アデラの矢と比べると、2回りくらいも大きい。ラスコはそれを持ってまじまじと見た。鉄製とあって、重みもまたすごい。
「……」
アデラはその矢を見たあと、気絶したリルイットをじっと見ていた。
(アデラ様?)
リネもそんなアデラを黙って見ていた。
「そういや、あんたたちにも情報を伝えておくとするんだわ」
その後ラッツは、バクト・ツリーとヒドラ襲撃の情報を皆に共有した。ラスコたちもまた、ロクターニェのサンドゴーレム討伐からリネをスカウトするまでの経緯などをラッツたちに話した。
その夜、ポニーはエーデル城に到着した。
リルイットは部屋に運ばれ、ラスコは栄養注射を打つため、彼に付き添った。植術はラスコが離れてしまうと作動しないのだ。24時間打つ必要はないが、可能な限りラスコはリルイットに付き添った。
ラッツはリネを予備軍寮に案内したあと、トニックを連れ、例の薬の話を聞きに行った。ラッツの頼みとあって、トニックはその薬についてペラペラと話しをした。
アデラが部屋に入ると、既にリネが彼のベッドに座っていた。足をばたつかせて、にこにこと笑っている。
「何でいる。お前は予備軍、個室はない。寮に案内してもらったろ」
「寮なんてごめんですわ!! 同じ部屋の女は好みではありませんの! 私はアデラ様のおそばにいるために、入団したんですのよ!」
「はあ?」
「だから常に、アデラ様にお供しますわ! 寝る時も一緒ですわ!!」
「ふうん……」
アデラは馬車の長旅が続いて疲れていたので、あんまり気にせずにベッドに入ると、秒で眠った。
リネはアデラの寝顔をじいっと見つめていた。
(やぁ〜ばぁ〜いぃ〜ですわ! 超美しい〜ですわ!!!! 一生見てられますわァァ!!!)
グーー ガーーー
アデラはやがてうるさいイビキをかきはじめたが、リネは気にせずにアデラを全力で見つめていた。
美女をその目に焼き付ける、それがユニコーンであるリネの、何よりの娯楽だ。快楽だ。
グーー ガーーー
ユニコーンの耳の作りは馬と似ていた。
人間の聞こえない超音波も聞こえるほど耳は良いのだが、逆に低い周波数は聞き取りづらい。よってアデラのいびきは、あんまり気にならないようだ。
(うふふぅ!!)
リネはアデラの隣にすすっと入り込んだ。彼の腕をぎゅうっと抱き枕のように掴んだ。
(魔族討伐騎士団だろうがなんだろうが、構いませんわ! アデラ様の美貌、ずぅーっとおそばで見続けさせてもらいますわぁ!!)
グーー ガーー ンガっっ グゥーーー
リネは美しきアデラの横顔を間近で見つめながら、幸せな心地で眠りについた。




