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入江での奇襲

おいら、トニック・バゼルは、元は村の薬屋の息子だったのさ。だけどある日、おいらの母親が魔族に殺されたんだ。


その後すぐに、魔族討伐騎士団・エーデルナイツってのが立ち上げられた。一般人でもその予備軍に入団できると聞いたおいらは、どうしても母親の仇を討ちたくて、父親の反対など聞く耳も持たずに、その騎士団に入ることを決めて家を出た。


ただの村人だったおいらだけど、魔族を倒すための秘策があった。それは、ドーピングだ。


おいらは薬を作るのが大好きだった。それは病気を治すためのものじゃなくて、身体能力を向上させる類のものだ。


子供の頃、運動音痴とバカにされたことが、その薬を作ろうと思ったきっかけだった。その薬が形になってきた頃にはおいらももう成人していたから、昔おいらをバカにした奴らを見返すことには使えなかった。


まあでもそんなことより、この薬が出来たことの方が明らかに大きな実績だ。いつかこの薬を裏社会で売りさばいてやろうなんて思っていたが、それより先に自分自身が使うことになった。


エーデルナイツ予備軍に入団してまだ1週間ほどだ。なかなか実力を見せつけるいい機会がなく、予備軍をうろついていた。ヒドラ討伐にも参加したが、倒し方がわからずに撤退。薬を使うことはなかった。


知り合いもおらず、他の予備軍の奴らともなかなか打ち解けられないおいらは、いつも1人で食堂にいた。


そんなある日、おいらが食堂で1人ご飯を食べていると、ラッツさんがお盆に料理をのせてやってきた。東軍のリーダーだということは知っていた。話したことなんて、ないけれど。


するとラッツさんが、突然おいらの前にやってきたんだ。


「……」

「ここ、座っていいんだわ?」

「ど、どうぞ……」


その日は時間をずらしたから食堂は空いていた。なのにラッツさんは、わざわざおいらのところに来た。


ラッツさんはおいらの向かいの席に座って、いただきますと手を合わせたあと、食事を始めた。


「あんた、いつも1人でいるんだわね」

「え……」


1人で食事をとっているやつは他にもいるのだが、数人なので確かに目立つ。


「予備軍なんだわよね?」

「そうっす…」

「寮なのに、友達できないんだわ?」

「…できないっす」


(なんなんすか…)


「ふふ! そりゃそうだわ。近寄るなオーラが出てるんだわよ」

「……」


(じゃあ何で近寄ってくるんすか…)


ラッツさんはケラケラ笑いながらご飯を食べていた。


「ラッツさんも1人じゃないっすか…」

「あたしはほら、好きな時に食べたいんだわよ。誰かに合わせたりとかは、あんまり好きじゃないんだわ」

「おいらもっす…」


それからおいらは、ラッツさんと話をした。おいらより明らかに歳下で、話し方も変なんだけど、何となくおいらは、この子のことが気になったんだ。


それからおいらは、気づけばラッツさんのことを目で追うようになって、完全にこの子のことが好きなんだろうなって気づいた。その理由は、顔が可愛いからってだけじゃないはずだ。


そんなある日ケガをしたおいらは、メリアンさんのところに行こうと東軍アジトに向かった。そうしたら、とんでもない事実を聞いてしまった。


『リルイット・メリク! あたしの婚約者なんだわ!』


見慣れないえんじ色の髪の二枚目男の腕に、ラッツさんがぎゅっとしがみついて、シルバさんにそう言ったのを見たんだ。


(な、何すか! あのいけすかねぇ男はぁ!!)


おいらはショックを受けやした…。




(リルイットさん……絶対負けないっすよ…!!)


トニックはやけになって、アリゲイツたちを斬り落としていた。気付けばもうアリゲイツはいなくなっていた。


「た、倒したっす……ハァ……ハァ……」


(俺の方がいっぱい倒したっすよね……?)


トニックはその場にバタリと倒れた。


ドーピングの副作用だ。これを使うと、身体能力を10分間異常に強力にできる代わりに、終わったあと30分間ほど、身動きがとれなくなるほどの激痛に襲われるのだ。


「おい、終わってねえぞ…?!」

「え……?」


すると、どこからともなく巨大化したアリゲイツが、入江に姿を現したのだ。その大きさは通常の10倍くらいのサイズがある。ウガアアア!!と吠え声をあげ、その姿はまるでドラゴンのようだ。


「で、出たんだわ!」


(巨大魔族!! 本当に何の前触れもなく現れたんだわ…! あの人の言った通りなんだわ…!)


ラッツがここに来たのは、マキに頼まれたからだ。

この前までここに数匹しかいなかったアリゲイツが、突然繁殖しだしたのだと。討伐依頼は前から出ていたが、その数が急激に増えたため、偵察してきてほしいと、マキがラッツに言ったのだ。


アリゲイツは凶暴化して、トニックに襲いかかった。トニックは青ざめた顔でアリゲイツを見上げた。


「う、動けな…」

「ああっと!」


リルイットは急いでトニックを抱えると、空に飛び上がってそれを避けた。


「リ、リルイットさん」

「何やってんだよ!」

「すいません……」


すると、アリゲイツはラッツを標的に変えた。何十本もの鋭利な歯をガチガチと鳴らして、オリジナルより数倍でかい吠え声を上げた。


「ラッツ!」

「ラッツさん!」


ラッツは顔色1つ変えず、そのまま拳法の構えをとった。


「強化結界! 超高速結界!!」


アリゲイツはラッツに向かってその腕を振り下ろしたが、簡単に避けられた。敵は巨大な上に動きも速かったが、それでも超高速状態のラッツの目には止まって見える。


「はああ!!」


ラッツは高く跳び上がると、アリゲイツの顎に向かって大きく蹴り上げた。そのまま逆の足でもう1発蹴り上げたあと、アリゲイツの身体を蹴り飛ばし、その勢いを利用して更に高く飛び上がった後、その巨体のワニにかかと落としを繰り出した。


「まだだわよ!」


ラッツはそのまま1回転して、もう1発蹴り落とすと、アリゲイツは完全にノックダウンした。


「すんげぇ……」


リルイットはラッツを見ながら呟いた。


(ラッツさん……や…やばいっす……)


トニックもまた感極まって、顔を赤くして彼女を見ていた。

ラッツは空中の2人に向かって、ドヤ顔を浮かべて手を振った。


その時だった。


バシュウウウンンン!!!


ラッツに向かって、どこからか矢が飛んできた。すこぶる速い、豪速の矢だ。


「?!」


ラッツは反応し、高くジャンプしてそれを避けた。見たこともない真っ白いフォルムの矢が、ラッツの避けた先にギュウウンと音をたてて突き刺さった。その矢は地面にかなり深くめり込んだ。


「な、何だ?!」


リルイットは矢が飛んできた方向を目で追った。


(ど、どこだ……?!)


入江の先は森が続く。木々の中に紛れているのか、犯人をまるで見つけられない。


バシュウウウンンン!!


「リル!」

「リルイットさん!!」

「え?!」


続いて別方向から飛んできた矢が、リルイットの背中に突き刺さった。


「いっ……」


(や…やられた……)


激しい痛みを感じると共に、リルイットの翼が突然消えてしまった。


(え……?!)


「リルイットさん!!」

「リル?!」


(は、羽が……出せない……?!)


リルイットは愕然として、大きく目を見開いた。トニックを抱えたまま、墜落していく。


「ちょお! 落ちるっすよ?! まじっすか?!」

「ま、まじっす……」


(やっべぇ……まじで出せない! めっちゃ背中痛いし!! 何なんだこれ…!!)


「うわあああ!!! お、落ちるっす!!!」

「そんなこと言われてもぉお!!!」


2人は真っ逆さまに入江に向かって落ちていく。ラッツもそれを見て焦ったように走り出した。


「守護結界!!」


ラッツは結界を張って、2人を範囲内に入れようと試みた。超高速モードで何とか間に合った。バシャアアアンンン!!と水飛沫をあげ、奇跡的にも2人は湖の中に落ちた。鉄のように硬い水面に落ちたが、ラッツの守護結界のおかげで衝突の痛みはほとんどない。


「ううっ!!」

「………」


リルイットはもはや気絶していた。トニックもまた副作用の激痛で身体を動かすのは非常に困難だったが、死ぬものぐるいでリルイットを引きずりながら、陸まで泳ぎきった。


「ハァ……ハァ……ハァ……」

「あんたたち、大丈夫なんだわ?!」

「リルイットさんが…刺されたっす……」


ラッツは2人を引き上げた。リルイットは完全に気を失っている。背中の傷口は矢が刺さったまま、血が大きく滲んでいた。


ラッツは矢の飛んできた先を睨みつけた。


(気配がなくなった…。逃げたんだわね)


ラッツはリルイットの背中に刺さった白い鉄製の矢を目にした。見たこともないフォルムで、非常に重く、また硬そうだ。


「抜いちゃ駄目っすよ…」

「え? そうなんだわ?」

「抜いたら出血して危険っす…。応急処置としてはこれ以上傷をえぐらないように柄を折るくらいっすよ」

「やけに詳しいんだわね」

「元々薬屋の息子っすから……ある程度でしたら…」


ラッツは手に力を込めると、その矢の柄を短く折った。非常に太く硬い筒だ。強化したラッツでなければ、これを素手で折ることは難しかっただろう。


ラッツは無線を繋いだ。




各リーダーは、無線を所持している。チャンネルは各無線機にバラバラに割り振られてあって、着信するとブルブルと振動がきて、相手先のチャンネル番号のランプが光るという、ハイテクな仕組みだ。


「うん?」


マキの無線が振動して、チャンネルを合わした。


「何だ」

「マキさん…! その…例の入江に行ったら、リルイットが矢に刺されたんだわ!」

「お前がついていて何やってる」

「いや、そうなんですけど……すみません……」

「そこで待ってろ。この能なし」


ブチっと無線が切られた。


「……」


ラッツはその無線を握りしめて、わなわなと震えた。


「くぅ〜!!」

「マキさんすか……」

「このラッツ様を能なしだとぉ……」

「そんなことないっすよ。ラッツさんあのアリゲイツを倒したじゃないすか」

「ふんぬぬぬ」


トニックも仰向けに転んだまま、何とか口だけを動かした。


「というかトニック、あんたは何で動けないんだわ? ケガしてないんだわよ?」

「おいらはドーピングの副作用っす…」

「ドーピングぅ?!」


ラッツは顔をしかめて彼を見た。


「あんたそれ、インチキじゃないのよ」

「何言ってるんすか…。スポーツ選手じゃないんすよ…。ラッツさんだって結界で強化してるじゃないっすか。それと同じっす」

「う……まあそうかもしれないんだわね。というか、そんな薬、この世にあったんだわ?」

「おいらが作ったんすよ…。ここまでの効能を持った薬は、恐らく世界初っすよ」

「……」


トニックはその後ベラベラと、自分の薬自慢をし始めた。


飲めば10分身体能力が急上昇。しかしその後30分激痛におそわれダウンするというデメリット付きだ。


どうやって作ったかうんぬんも話していたが、ラッツには何を言っているかわからなかったので半分スルーしていた。


マキが会議で言っていたことを思い出す。魔族の成長を促進させ、力を増強する薬を敵が持っているのではないかと。


「さっきのアリゲイツの巨大化、まさかあんたの薬じゃないでしょうね」

「何でおいらがそんなことするんすか…。ガチで死にかけたんすよ…」

「そりゃそうなんだわ」

「まあでも……魔族に飲ませたことはないんで、わかんないっす」

「……」


(こりゃあ検証する必要があるんだわね…)


「ラ、ラッツさん…」

「何なんだわ?」

「おいらの方が……多く倒したっすよね…?」

「……」

「おいら昇進できるっすかね…」

「あんたこの期に及んでまだそんなこと言ってるんだわ?」

「大事なことっすから……」

「まあ、考えとくんだわよ」

「ほんとっすか!」


トニックは目を輝かせて身体を起こした。


「何なんだわよ! もう動けるんだわ?!」

「ちょっとマシになってきたっす…。まだ痛いっすけど」

「何なんだわほんとに!」


トニックはふとラッツと目が合うと、すぐに目線をそらした。


(まじ可愛すぎっすよ……)

(さっきから変な子なんだわね!)


「リルイットさんと結婚するってほんとっすか……」

「えっ?!」

「いや……婚約者だって言ってたの聞いたんで……」


トニックはラッツと2人きりになったのをいいことに、そんなことを聞いた。


「しないんだわよ」

「えっ?!」

「あれは嘘なんだわ。適当に言っただけなんだわ」

「ま、まじっすか!!」


興奮して更に身体を前のめりにすると、激痛を感じて顔を引きつらせた。


「ぐぅ……」

「あはは。何やってんだわよ」


ラッツは笑ってトニックを見た。その笑顔に完全にノックアウトされたトニックは、ますますラッツへの片想いを募らせるのであった。




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