予備軍の男
「へぇ〜色々依頼があんだな」
ドルムン谷から帰還した次の日、リルイットはエーデル城1階の掲示板の前にやってきていた。
すっからだった東部の依頼も、いつの間にやら増えてやがる…。
新たな魔族出現の情報もあるし、シピアの南部に位置する東南地区の偵察もある。
こりゃあ訓練に比べてやりがいがありそうだ。
そういやラッツが、ラスコとアデラが今夜には帰ってくるかもなんて言ってたな。
「う〜ん」
すると、腕を組んで依頼とにらめっこしている同じくらいの歳の青年を見つけた。ぼろっちい麻服の上に薄茶色のコートを羽織っている。首元には防寒用の深緑のネッグウォーマーをつけて、口元を隠すように覆っている。
「うん?」
俺が横目で彼を見ると、彼も気づいてこちらを見て、会釈をした。
「あ、お疲れ様っす」
「うん?」
(誰だっけ?)
黒髪がだらーんと下がって、顔にもかかった暗めの青年、背は俺よりちょっと低い。その顔はどこにでもいそうな感じで、かっこよくもないがブサイクでもなく、一言で言えば、覚えにくい顔。一重の目は細くて、のっぺり顔だ。何だか常にけだるそうにしていて、第一印象は最悪。
「リルイットさんっすよね。昨日はお疲れ様っした」
「うん?」
男は何となくぶっきらぼうな感じで、俺に挨拶をした。一応敬語なのだが、何となくうざったい話し口調だ。
「…すみません、誰でしたっけ?」
「あ、そうっすよね。他の騎士もいっぱいいましたもんね。顔とかいちいち見てないっすよね」
(……何か感じ悪いな)
「あ〜……すみません。昨日一緒だった西軍の騎士さんですか?」
「いや、一緒にはいましたけど、おいらは予備軍っす」
ああ〜、そういや、エーデルナイツには予備軍がいるとか言ってたような…。
「えっと……名前は?」
「トニック・バゼルっす」
「トニックさん…ね」
「ああ、別にトニックでいいっすよ。敬語もいいっす。本軍の方が偉いっすから」
「……」
(何か知らんが、態度悪いな〜…!)
まあいいや。俺は事は荒立てない主義だ。
「俺はリルイット。リルイット・メリク」
「知ってるっす。有名っすよ。氷山ブルーバーグの魔族を倒したイケメンの炎使いがいるって、女共が噂してるっすから」
「そうなんだ……」
「まあ、噂ほどじゃないっすね。ハードルあげすぎっすね」
トニックはそう言ったあと、その気だるそうな顔でププっと笑いながら俺を見た。
俺は苦笑いしてごまかしていたけど、(何だこいつ、まじくそうぜぇ〜!!)と心では思っていた。(てめぇよりどう見てもイケメンだろうがクソ!)とも思いそうだったがそれは自重しておいた。
「ブルーバーグの魔族、リルイットさんが倒したなんてほんとっすか? 本当はラッツさんが全部倒したすよね? ラッツさんイケメン好きっすもんね。どうせその顔でラッツさんにとりいったんすよね。羨ましいな〜顔がいいってのは」
しかし、そこまで言われると俺も、ヘラヘラする気が失せてきた。
「俺だけど、倒したのは」
「またまた〜。シルバさんが無理だった魔族をどうやって」
「いや、本当だから!」
トニックは眉を釣り上げて、俺を軽蔑の目で見ている。
「イケメンでも嘘は許されないっすよ」
「いや、嘘じゃねえから!!」
「ふーん。じゃあ証明してくださいよ」
トニックは上の方の依頼の紙を背伸びしてペリっと剥がすと、ニヤっと笑いながらリルイットに渡した。
「難易度Aはリーダー同伴か許可証がないと受けられないっすからね。これはBっすけど、リルイットさんの力を見るには充分っす」
「あぁん?!」
リルイットはその依頼の紙をざっと読んだ。
エーデル大国の北東部の入江に生息する、魔族アリゲイツの群れの討伐だ。アリゲイツは今のところ人間に手出しはしていないようだが、その数が半端ないらしく、大群で襲って来られると非常に危険性が高い。
「いいよ。やってやるよ。んで、この紙どうすりゃいいんだ?」
「受けたことないんすか? 貸してください。おいらが受付してくるっすよ」
トニックは俺を小バカにしたようにニヤニヤ笑いながら、その紙を奪い取ると依頼を受けにいった。
(いちいち突っかかるやつだな…)
「じゃ、行きやしょうか」
「お前も来んのかよ」
「当たり前っすよ。依頼こなしていかないと本軍に昇進なんてできないっすからね。それに、リルイットさんがどんだけ強いかこの目で見ないと」
トニックはものすご〜くうざい目つきで、俺を見ては微笑んだ。
(……)
ここまで馬鹿にされちゃあ俺も黙ってねえぞ…! 難易度Bかなんか知らねえが、アリゲイツなんて雑魚だろ? そのくらい俺1人でやってやるっての。
そんなこんなでアリゲイツ討伐に行くことになった俺とトニックは、城の外に出た。
「馬借りてくるっすか? 走らせりゃ2日でつきやすよ」
「要らねえよ」
リルイットは背中からバサァっと翼を生やした。悪魔のものに似た、真っ赤な翼だ。
「日帰りだ」
「へーぇ」
すると、東軍アジトからラッツが出てくるのが見えた。
「ちょっと待つんだわ〜!!」
「ラッツ?!」
「ラッツさん…!」
ラッツはこちらに走ってくると、リルイットの背中にどんっと乗り込んだ。
「どうしたんすか…?」
「入江の依頼を受けたんだわよね。あたしも連れてくんだわ」
「ラッツさんも一緒に…?」
「いいからほら! さっさと行くんだわよ」
リルイットの背中に乗り込んだラッツは、げじげじとリルイットの太ももを蹴った。
「わかったから一旦降りろよ」
「さっさと鳥になるんだわよ」
「ったく…」
何故だかわからないが、ラッツも一緒に行くことになった。
仕方ないので俺は大きな鳥に姿を変え、トニックとラッツを改めて乗せて飛び上がった。
「そういやあんた、リルと知り合いだったんだわ?」
「昨日のヒドラ討伐に俺も行ってたんす。リルイットさんは俺のこと覚えてなかったっすけど」
「しょうがねえだろ。西軍の騎士たち50人くらいいたんだからよ!」
「まあいいんだわ。トニック・バゼル君!」
「よく覚えてるっすね…」
「まあね! よろしくなんだわ!」
ラッツは彼に笑いかけたが、彼はラッツと目を合わせようとはしなかった。
飛ぶこと1時間弱、あっという間にアリゲイツの群れの住む入江までやってきた。
「いたいた。大量なんだわね」
空から見ると、驚くほどの数のアリゲイツがうようよいる。水色のワニの姿の魔族で、二足歩行で歩き、人間と同じように武装をしている。その武器は鉄の棒だったり、錆びた剣だったりと、拾いものばかりだ。ちなみに陸にはリザードマンという二足歩行の武装トカゲがいて、そいつらとセットで覚えることが多い。
「あれかよ……」
100……いや200……300……?! とてもじゃないけど数え切れねえ。近くに人の住む村はねえが、確かにこの大群に狙われたらやばいだろうな…。
「びびっちまったんすか?」
「誰がびびるかよ!!」
俺たちは入江の少し手前に着陸した。2人をおろすと、リルイットは人間に姿を戻した。
「さて、やりますか」
俺は右拳を左手のひらにパチンと当てて、気合を入れる。
「ラ、ラッツさん……」
「なんなんだわ?」
「おいらがリルイットさんよりも敵を多く倒したら、おいらを東軍に推薦してくれやせんか…?」
トニックはそんな条件をラッツに持ちかけた。するとラッツはニヤっと笑って「いいんだわよ」と答えた。
「ほ、ほんとっすか…」
「リルより強かったら、本軍昇進なんて当然なんだわ」
「よし…負けないっすよリルイットさん」
トニックは腰の剣を抜くと、足早にアリゲイツの群れに飛び込んでいった。アリゲイツたちもそれに気づいて、トニックの方をぎろりと睨んだ。
「ああっ! ずりぃぞ!」
「リル、手加減なしだわよ」
「当たり前だっ!」
(あんなうぜえやつに負けてたまるかよ!)
リルイットもトニックの後を追った。ラッツは腕を組んで俺たちのことを傍観している。
(そういや、何でラッツはついてきたんだ? ……まあいいか)
リルイットも剣を抜いて、入江の中に飛び込んだ。
「うわ」
既にアリゲイツが山のように駆逐されている。トニックの奴が倒しているのだ。
(ほぉ〜)
ラッツもまた、腕を組んでその様子を見ていた。
トニックが剣を振るうと、アリゲイツたちは激しくふっ飛ばされていく。
(あいつ……!!)
アリゲイツたちはうじゃうじゃとトニックにたかってくるのだが、次々に何匹もふっ飛ばされて、入江の湖に落ちていく。
さっきまでのだるそうな顔つきではなく、真剣な表情だ。
(昇進がかかってんすよ…それに……)
トニックはちらりとラッツの方を向いた。
(ラッツさんが……見てくれてるっすからね……)
あっという間にトニックは、アリゲイツの死体を山積みにしていった。
それを見たリルイットも負けてはいられないと、翼を生やして飛び上がった。
リルイットはその剣に大きな炎を纏わせた。剣は元の長さの何倍にも太く長くなり、巨大な炎剣に姿を変えた。
「燃えろぉおお!!」
リルイットはその剣を、アリゲイツの塊に向かって振り下ろした。激しい炎が燃え上がり、アリゲイツたちが大量に燃え尽きていく。
「燃やしたら死体数えられないっすよ。ノーカウントっす」
「はぁ〜?! 殺したもん勝ちだろうがこんなもん!!」
「何でもいいから早く倒すんだわよ! まだ半分以上残ってるんだわ」
「わかってんよ!」
「まあ、ラッツさんに判断してもらうっす」
その後も2人はアリゲイツの駆逐を続けた。




