リルイット、物申す
「聞いてくれよウル!!」
リルイットは朝1番でウルドガーデの家へやってきた。
ちなみに今日は非番。リルイットの訓練は休みである。
そしてウルドガーデも、今日のところは仕事はないようだ。
庭の花たちに水をやっている。
リルイットには見えていないが、可愛らしい花の精霊と一緒だった。
「どうしたんですか、血相変えて」
「兄貴が…あの天使と子作りしたんだよぉ!!!」
「まあ、随分早かったのですねえ」
「いや、そこ? そこもだけど、まずはやったという事実だろぉぉ!!!」
「それで、お兄さんは今どうしてるんです?」
「今日は研究所に行ったみたいだ…」
「まあでも、元々そういう話だったではありませんか。お兄さんは研究のために仕方なかったんですよ」
「違うんだよウル! 兄貴の奴さぁ、あの天使に惚れてんだ!!」
「あら!」
リルイットは昨日、フェンモルドの部屋にシェムハザが入っていくのを見て、まさかと思ってドアに聞き耳を立てた。
(まさか兄貴のやつ、これから子作りするつもりかぁ?!?!)
と思って話を聞いていると、既に終わったあとだとわかって衝撃を受ける。
(なあにぃぃいいい?!?! 俺の居ぬ間に終わってただとぉぉおおお?!?!)
そしてリルイットは、フェンモルドがシェムハザに告白するのを聞いてしまった。
「………」
俺は呆然と、2人の話を耳にした。
『ありがとうフェン、だけど私の中には、愛などないんだ』
シェムハザは最後にそう言っていた。
ウルドガーデも、ふむふむといった様子で、リルイットの話を聞いていた。
「許せん! あの天使!」
「え?」
「兄貴をたぶらかして好きにさせたくせに、自分は好きでもなんでもないだと?!」
「うんん?!」
リルイットは何だか物凄く怒っていた。
(おっと……リルさんのお兄さん大好きスイッチが……)
「落ち着いてくださいリルさん」
「落ち着いてるよ! だから冷静にあの天使に物申してやる!」
(ぜ、全然冷静ではなさそうです…)
「だからウル、俺と一緒に来てくれ!」
「い、いいですけど…」
(1人で行かせると喧嘩が始まりそうですし…)
「最悪の状況になったら、あのシェムって奴を精霊の力でめたんこにしてやってくれ!」
「ええええ…?!」
(喧嘩する気満々のようです……。どうか穏便にすませなくては…)
そんなこんなで、リルイットはウルドガーデを連れて、兄の研究所に乗り込んだ。
フェンモルドは2人を見つけると顔をしかめた。
「な、何しに来たんだよリル…」
「あの天使はどうしたんだよ」
すると、黒髪の細い目をした男ヒルカが、リルイットたちの前にやってきては、2人を睨みながら見下ろした。
「おいおい、困るなあ。勝手に入ってこられちゃあさ」
「フェンモルドの弟のリルイットです」
「知ってんよ。ったく、騎士団は随分暇してんだな」
「今日は非番なんで!」
フェンモルドは、ヒルカに食ってかかるリルイットに顔をしかめながら、早く帰れと言い渡す。
間もなくラミュウザがやってきて、睨み合うヒルカとリルイットの間に入った。
「フェンの弟君だよね! どうしたの今日は。ここは危ないよ?」
「天使のシェムハザ、どこにいるんです?」
「ああ〜シェムね、実験の経過見るまで時間がかかるから、自由行動さ。どこか出かけてるんじゃないか? 行き先は知らないけどな!」
「ええ? ていうか、そんなことして、脱走とかしねえの?」
「しないしない! ていうか出来ない。ね、ヒルカ」
リルイットはヒルカと呼ばれたその態度の悪い研究員を見た。
「ヒルカは呪術師だからさ! シェムは脱走しないように、服従されております!」
ラミュウザは呑気な様子で敬礼のポーズをとった。
「…わかりました。失礼しました!」
「ちょ、リルさん〜!」
ウルドガーデは、スタスタと帰っていくリルイットを困ったように見ては、ペコペコとお辞儀を何度もしながら研究所を立ち去った。
その頃シェムハザは、天使の国に来ていた。
「見ておくれよ、すごく可愛いだろう!」
シェムハザは、フェンモルドにもらったハンカチをひらひらと広げて、友達の天使たちに自慢した。
「すごいさ!」
「あ、見て! 桜の花びらがかいてあるぞ!」
「本当だ! 可愛い!」
きゃっきゃとしている天使たちを、遠目から1人の天使がつまらなそうに見ていた。ピンクグレージュの長い髪をした、美しいけれど人相の悪い顔の天使だ。名前をアルテマと言った。
「ああ…平和すぎて退屈だ…」
アルテマに気づいたシェムハザは、アルテマにも笑いかけながらハンカチを自慢する。
「見ておくれよアルテマ! ハンカチというんだよ!」
「シェムお前、何で人間となぞ仲良くしてるんだ?」
「え? そりや楽しいからさ。人間の国はすごいよ! そういや私ね、博物館というところに行ったんだが、これまたすごくって…」
シェムハザは再び友達に人間の国の話をし始めた。
「ふん」
アルテマはシェムハザたちを睨むと、さっさとその場を飛び去った。
しばらくして話を終えたシェムハザは、友達の天使に手を振りながら、再び人間の国に降りていった。
「シェムは本当フットワークが軽いさ」
「ねぇ! 人間の国なあ。興味はあるが、ここにいた方が安全で幸せだ」
「そうさねえ! 人間には良い奴と悪い奴とたくさんいて、見分けもつかないというのだからねぇ!」
シェムハザの友達の天使たちはそんなことを話しながら、おやつのマナを頬張っていた。
(1週間は様子を見ないと、子供が出来たかはわからないと言っていたな! それまでは自由行動をしていいとラミュウザはいうが、さて、どこに行こうか)
シェムは再びシピアの城下町にやってきては、散策していた。
すると、甘くていい匂いに釣られて、屋台の前にやってきた。
「何だねこれは!」
屋台のお姉さんに話しかけると、「チュロスだよ。1本200ギルさ」と言われた。
(ふうむ。すごく美味しそうなのだが、お金を持ってはいないからなぁ…残念だ)
シェムが屋台の前に立ち尽くしていると、リルイットとウルドガーデに偶然出くわした。
「あああ!!! いたぁぁああ!!!!」
「やあリルイット! ちょうどよかった! このチュロスとやらを奢っとくれ」
「はぁああああ?!?!?!」
まあでも結局、リルイットはこの図々しい天使に、自分と話をするという条件の元、チュロスを奢った。3人並んで屋台の傍のベンチに腰掛けた。シェムハザは嬉しそうにチュロスを頬張った。
「何と不思議な食感なのかね!」
「くそ天使……」
リルイットの隣ではウルドガーデもチュロスを食べていた。
「おいしいですねぇ〜! すみません、私まで奢っていただいて!」
「いいよ別に。ついてきてもらってるわけだし」
「そうですか? ほら、リルさんも一口どうぞ?」
ウルドガーデはリルイットに食べかけのチュロスを差し出した。
リルイットはそのチュロスをパクっとかじった。
その様子を、シェムは黙って見ていた。
「うん…うまい! やっぱ出来たてが最高だな」
「そうですねぇ〜!」
5分ほどしてチュロスを食べ終わると、リルイットはシェムハザに尋ねた。
「お前、兄貴のこと好きじゃねえのかよ」
「もちろん好きさ!」
「ええ?!」
「リルイットのことも好きさ! カレーも好きさ! ナポリタンも、チュロスも好きさ!」
リルイットは顔を引きつらせた。
「そういうことじゃなくってさ…」
「うん?」
「兄貴はお前のことが本気で好きなんだよ。それに対してお前はどうなんだってきいてんだ」
「もしかして、愛というやつか?」
「ああそうだよ。お前昨日、兄貴のことは愛してないって言ってたろ。実験だか何だか知らねえけどな、子作りってのは愛し合う2人がやるもんなんだよ!」
「そ、そうなのか?!」
「そうに決まってんだろ!!」
(リルさん…!!)
ウルドガーデはリルイットを微笑ましそうに見ていた。
リルイットは、初体験は結婚相手しかあり得ないと思い込んでいるような、純粋な心の青年だった。彼はイケメンで女の子にモテるのだが、女の子と付き合ったことすら、実は一度もなかった。そういうところは、兄弟共通していた。
ウルドガーデはリルイットの幼馴染で、彼のそういう純情で兄想いなところを、昔からよく知っていた。
しかしリルイットとウルドガーデが恋仲になることなどは、昔も今もこれからも、ないのだった。
「兄貴のこと好きでもないくせに、兄貴をたぶらかしやがって! ちょっと可愛いからって調子にのんじゃねえぞ! 兄貴がお前に本気になるわけねえ! 子作りしたからそんな気になっちまっただけだ! ったく、二度と兄貴の前にその面見せんじゃねえ!」
シェムハザはフェンモルドの弟に怒鳴り散らされて、口をぽかんと開けて呆然としていた。
「んだよ…やり合うってのか? 俺は騎士だぞ? 強いぞ? それにこっちには、世界最強の精術師、ウルドガーデまでいんだぞ?!」
リルイットはウルドガーデをびしっと指さした。
(最強になった覚えはないのですが…)
シェムは笑顔になると言った。
「私がフェンの弟とやり合うわけがないだろう」
「じゃあ二度と面見せんなよ!」
「それは断ろう」
「何ぃ?!」
「私はフェンともっと話をしたり、美味しいものを食べさせてもらったり、したいことがたくさんあるのさ!」
「はぁああ?!?! 兄貴の好意をてめえ…、まじふっざけんなよ!!!」
リルイットは腰にささった剣を抜いた。
(リ、リルさん?!)
突然のことにウルドガーデも何も出来ず、その様子を見ているだけだった。
「きゃあああ!!!!」
街行く人が、剣を抜いたリルイットを見て悲鳴を上げた。
リルイットは、シェムハザの首元に剣先を当てた。そこからうっすらと血が滲んでいる。
シェムハザは動じずにリルイットを見上げている。
(くそ……微動だにもしねえ…)
「リルイット、私は知らないんだよ」
「え……?」
「だったら君が教えておくれよ、リルイット。愛とは一体何なのさ」
リルイットはその真紅の瞳に吸い込まれそうになりながら、しばらくその天使から目が離せなかった。