驕る少年
その日からマリカは僕の彼女になった。彼女なんて出来たのは生まれて初めてで、舞い上がっておかしくなりそうだったよ。
何で僕なんか好きなの?って聞いたら、一緒にいて楽しいからって言ってた。僕もマリカと一緒にいるのはすごく楽しかった。マリカも同じように思っていてくれたなんて知らなくて、本当に嬉しかった。
僕は何とかマリカに見合う男になりたくって、色々頑張ってみたんだけど、何をやっても空回りしてしまった。
テストでマリカにかなうはずもないし、スポーツでかっこいいところを見せれるはずもない。デートに行っても結局マリカが僕を引っ張ってくれる。
僕は情けなくってそれをマリカに愚痴った日もあったんだけど、マリカは笑って、それがメリアンだからそのままでいいのって、言ってくれたんだ。
「メリアン、将来の夢ある?」
「え?」
ある日、マリカは僕に聞いたんだ。
「ま、まだない…。マリカはあるの?」
「私ね、医者になりたい!」
「え……」
僕は驚いた。確かにマリカは頭が良くって、勉強もよくやっているなと思っていたけど、医者を目指しているなんて全く知らなかった。
「な、何で…?」
「昔メリアンが、トムの怪我を治したでしょう? あの時トムが泣いて喜んでいたのを見てね、私もあんな風に誰かを助けたいって思ったの」
「そ、それで医者に……?」
「うん。メリアンは療術師なんでしょ?」
「……うん」
田舎村の小学生にはピンとこなかっただろうが、僕らはもう中学生。医者を目指しているマリカなら尚更、療術師について知る機会も多かったことだろう。
「どうしてそんなすごい力があるのに隠してるの?」
「それは…僕の両親が療術をよく思っていないから…」
「そっか…。でもメリアンは、誰かが怪我をしていたら治してあげたいって気持ちはあるのよね?」
「え? そ、それは…」
「私の友達が大怪我したら、メリアン治してくれる?」
「も、もちろん…」
それを聞いたマリカは安心したように笑った。
「私が医者になる。私が病気を治して、メリアンが怪我を治す。そうしたら私たち、すっごくたくさんの患者を助けてあげられるよ!!」
「っ!!」
中学生ながらにそんなに大きな夢を語ったマリカを見て、僕は唖然とした。そして物凄く、感動したんだ。
「メリアン、私頑張るから。一緒にたくさんの人たちを助けようよ!」
「う、うん…!」
そして僕は、両親に自分の療術のことを打ち明けた。
意外にも両親は喜んでくれた。
頭も悪くて運動も駄目で引っ込み思案な僕の将来を、結構本気で心配していたみたいだ。療術があればそれだけで人生勝ち組、生活に困ることはないなんて言っていた。いっぱい稼いで自分たちを楽させてくれなんて呑気なことまで言っていた。
僕は気が抜けて、だけどすごく安心して、それからは療術を皆のために使おうと思って、村の怪我人の治療をボランティアで行ったりもした。そんなにしょっちゅう皆、怪我なんてしないけどね。
両親が少しくらいお金もとったほうがいいんじゃないかなんて言い出して、僕は反対したんだけど、結局商売のようになってしまった。もちろん、他の療術師たちに比べたら、すんごく格安だけどね。
それでも僕は、怪我の治った皆が笑顔でお礼を言ってくれるのを見て、すごく嬉しい気持ちになった。でもそれと同じくらい僕は、調子に乗ってしまっていた。
皆は僕をお医者さんなんて呼んでいた。なんの資格も知識もない。だけどどんな怪我でも魔法のように治す、そんな僕のことを、そう呼んだんだ。
僕は浮かれて、お金も稼いで、皆を助けるヒーローのような気分で、これまで使わなかった分を返上するように、存分に力を行使したんだ。
やがて噂を聞きつけて、他の街の患者が僕のところにやってくるようになった。僕はケガ人を治していったけど、たまに病人患者まで来るようになってしまったんだ。
「えっと…治せません…」
「ゴホッゴホッ! え? 何で?! 酷い熱なんだ、治しておくれよ。わざわざここまでやってきたのに!」
「療術で治せるのは怪我だけなんです」
僕が何でも治せる医者だと、いつの間にやら噂が広まっていた。
「こんな病気も治せねえのかよ!」
「何が療術だよ。役立たず!!」
療術師は王族や貴族に買収されていたし、金儲けにしか目が行かない彼らも、見合うお金がないと療術を使おうとしなかった。
だからそもそも療術ってのは、世間でもあんまり知られていないもので、病気が治せると勘違いしている人も多かったんだ。
罵声を浴びせられることも増えて、僕は結構参っていた。
「皆、僕を医者だと勘違いしてるんだ。病人なんて連れてこられても困るのに!」
「メリアン……」
「僕は怪我しか治せないのに…」
すると、マリカは僕の手を握って言った。
「私、早く医者になるから!」
「マリカ…」
「メリアンが助けられない患者は、私が助けるから!」
マリカは笑っていた。
でも毎日必死に勉強していたマリカの努力が、報われることはなかったんだ。
「マリカ! マリカ!!」
ある日、薬の研究素材を集めるために、森に行っていたマリカが、魔族のスコルピオに刺されたという知らせが僕の耳に入った。村に運ばれた時にはもう、マリカの顔は真っ青になっていた。
猛毒を持つサソリの姿の魔族だ。出産間近で気が立っていたらしい。即効性の毒だ。僕はもうパニックになってしまって、どうしようもなかった。
「メリアン! マリカを助けて!!」
村には医者はいない。
マリカの母親は僕に助けを乞うのだが、当然僕の力では毒を治すことなんてできない。
「僕は治せません…! 早く隣町の医者のところに連れていってください!!」
「どうして治せないの! あなた医者でしょう!!」
「僕は医者じゃない!!」
僕はもう、そんなことしか言えなくって。
マリカはそのまま急いで隣町まで運ばれたけど、その途中で息絶えた。
僕は絶望した。
僕の力は、大したものじゃない。
なのに生まれ持ったこの力を過信して、それ以上のことは何もしなかった。
僕が助けられる人なんて、本当に限られている。
「マリカ……」
『私ね、医者になりたい!』
「………」
それから僕は、勉強を始めた。
僕は昔から頭が悪かった。だけど死にものぐるいで、勉強をしたんだ。
マリカが特に頑張っていた薬学を、必死で学ぼうとしたんだ。
マリカはもう死んでしまったけど、僕はマリカの分まで1人でも多くの命を助けたいって、そう思ったんだ。
あの時いたのが今の僕だったら、マリカを助けてあげられたかもしれない。そのくらいには、僕は知識をつけたよ。
それから数年経って、僕は今はエーデルナイツの療術師として仕事をしている。
魔族には毒を使う奴も多いから、僕の得た知識はとっても役に立った。
だけど…
「わいらと戦ってる時は、毒なんて使ってこんかったけどな…」
「子供には毒があるんです」
「なんや詳しいな、リル」
「子供の頃は他の動物に襲われる危険が高い。だから身を守るために毒を持っているんだと、騎士の講習で教わりました」
リルイットがそんなことを言っているのを、僕はぼぅっと聞いていた。
「メリアン、本当にお前でも無理なのか?」
リルイットに声をかけられて、僕はハっとした。
「ヒドラの生体を…調べたことなんてないから……。さっきの解毒剤が効かないんじゃもう……」
「わかった」
するとリルは、その家を出ていこうとした。
「ど、どこに行くの?」
「ヒドラの子を捕まえてくる」
それを聞いたミカケさんたちも、びっくりしたように彼を見たんだ。
「ちょお待たんか! ヒドラに襲われるに決まってるやろ! わいらが総出で行ってもあかんかってんで? 対策はあるんか?!」
「ない」
「そんなん無茶やて!」
ミカケさんが止めるのも聞かないで、リルは家の外に出ると、背中から真っ赤な羽を生やした。悪魔のような翼だ。
「リル……」
リルは僕の方を振り向くと、言ったんだ。
「諦めんなよ、メリアン。ヒドラの身体を調べたら、解毒剤を作れるかもしれないんだろ?」
「だからって…リル1人でヒドラを倒せるわけ…」
「毒死は絶対させないんだろ」
『絶対誰も、毒死はさせない!』
リルイットは飛び上がった。
「リル!!」
リルは最後に僕の方を振り向いて、にっこりと笑っていた。
あっという間に彼の姿は見えなくなってしまった…。




