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閑やかな思い出

「初めまして。メリアン・ホールミンです」


オスタリアの南にしばらく進むと、ベールスコイッドという田舎の村がある。僕と両親は、療術師たちの暮らす国を離れ、僕が6歳の頃、そこに引っ越してきたのだ。


本当に小さな村だったから、小学校の全校生徒は、僕を入れても10人しかいなかった。学年が違えど、必然的に皆同じクラスだ。


転校初日の僕は、クラスの皆の前に立って、挨拶をした。


「メリアン君、何歳?」

「6歳です」

「おお! 良かったなマリカ! 待望の同学年だぜ!」


クラスの中で明らかに小さな女の子が、僕の方を見ると、パアっと顔を輝かせた。くるんと乱雑にカールした黒髪は、天然なんだとあとで聞いた。ぱっちりとした目で、第一印象からやたら明るい女の子だった。


「あたしマリカ! あたしも6歳! よろしくね!」

「よ、よろしく……」



僕たち家族が引っ越したのは、その国で形見が狭かったから。父も母も、療術師の子供だったけど、術が使えなかった。


使えない者同士意気投合して、両親は結婚に至った。お金が溜まったら、他の場所に引っ越そうと決めていたのだという。それがついに叶ったようだ。


療術師の力は言わずもがな引く手あまただ。どこぞの王族や貴族に雇われたり、あるいはフリーで傷の治療をしたりして、とにかく皆金持ちだ。だから能力もなしにその国で暮らしていくのは、物理的にも精神的にも辛いものがあったのだろう。


なんて、6歳の僕にわかるはずもない。

でも僕は、その頃から親が療術ってやつをすごく嫌っていたのは知っている。


だから僕も、使えないフリをしたんだ。その事を両親が本当はどう思っていたのかは、もはやわからないが、まあでも僕たち3人は普通の人間として、この小さな村で穏やかに暮らしていくことを選んだのだ。


「メリアン、一緒にかーえろ!」

「ああ、うん…」


マリカには同い年の友達がいない。それが本当に寂しかったようだ。だから僕が転入してきたことを誰よりも喜んで、僕と友達になろうと誰よりも構ってきた。


マリカは確かに可愛い子だったけど、最初は苦手だった。

僕は昔から(っていってもまだ6歳だけど)静かに1人で隅っこで遊んでいるタイプで、同じような静かな子とたまに話したり、目立つグループを影から見ているくらいが、ちょうど良かった。


「マリカ! 外で皆でサッカーするぞ!」

「おっけー! メリアンも行こう!」


マリカは僕の手を引っ張って、外に連れて行く。


「え…僕は……」

「いいから! 皆で遊んだら楽しいよ!!」

「ああっ!」


まあ元々10人しかいないのだから、目立つグループもクソもないのだけれど、それでも見ていてわかったことは、マリカは1番年下だけど1番明るくて、誰とでも仲が良くって、皆のムードメーカーだということだ。


「メリアン! パス!」

「え? む、無理だよ…!」


マリカは1人端の方で何も出来ていなかった僕にボールを蹴った。まともにサッカーなんかで遊んだことのない僕は、もちろん誰よりも下手くそだ。僕は運動音痴なんだ。


僕は必死でボールを追いかけたが、まるで届かない。


「何やってんだよ〜」

「サッカーやったことねえのか?」


クラスの皆からバカにされながら、僕はひいひい走りながらボールを追いかけた。


その後も僕は何をすることもなく、いてもいなくても同じようなポジションでそこにいるだけだった。


「おら! こっちだ〜!」

「いけえ! トム! シュートだ!!」


その中で多分6年生だと思われる、トムという名前のがたいのいい男の子が、見事なボールさばきで2人を抜くと、シュートを決めた。


「トム! ナイスシュート!!」

「将来はプロサッカー選手だあ!!」

「へへへっ!!」


トムは指で鼻の頭をこすりながら、はにかんだ笑顔を浮かべていた。


サッカーはこの大陸で最も人気のあるスポーツだ。遥か昔、騎士たちが戦争に勝利する度に、相手の大将の首を斬り落として、それを蹴って遊んでいたという言い伝えがある。恐ろしい話なのだが、そのことがめぐりめぐってサッカーというスポーツになったらしい。今では国ごとにチームを組んでサッカー大会が開かれたり、その観戦チケットがバカ売れするため、サッカーの選手はそれが仕事にできるほどの時代になっていたのだ。


まあそこはそんなに重要な話じゃないんだけど…。ただトムという少年がサッカー選手を目指していること、それだけわかってくれればいいんだ。


「すご〜い」


僕も彼を見て、思わずそう呟いた。それを聞いていたマリカも、にっこりと笑って僕に話しかけた。


「トム、すごいよね! 小さい時からずーっと練習してたんだって!! トムなら本当にプロになれるかも!」


僕もそう思ったよ。トムは本当にサッカーがうまいんだ。


転入してから、僕はクラスの皆にもだんだん馴染んでいった。


サッカーもよくやったし、他の遊びもした。

10人で遊ぶことは、僕にとってはかなりの大人数で、慣れるまでだいぶ時間がかかったよ。でも慣れてくると、皆で遊ぶのってすごく楽しいんだって気づいたんだ。


でもある日、事件が起こった。

トムが風車小屋に上って掃除をしていたんだけど、降りるときに老朽化していたはしごが崩れて、足を骨折したんだ。


その村には医者はいないから、隣町まで運ばれていって治療を受けたらしいんだけど、お医者さんにもうサッカーは出来ないって言われたんだって。


「うう……うわーん!! あーん!」


トムは村に帰ってきてからずっと泣いていた。

トムの親もトムを抱きしめながらすっごく泣いていた。


トムは学校に来なくなった。


だから僕は数日後、トムの家にお見舞いにいったんだ。そうしたらマリカもついてくるというんで、彼女と2人で彼の家に行った。


「ごめんね…トムは今、誰にも会いたくないって言ってるの」


母親に門前払いされそうになったが、マリカは強気に押し切って、家に上がり込んだ。


「トム?! いつ学校に来るの!」

「うわ! 勝手に入ってくんなよ! 馬鹿マリカ!!」


マリカはズカズカとトムの部屋まで入っていった。僕もマリカの後ろからついていった。


トムの足は、挿し木と共に、包帯をぐるぐる巻にされていた。


そういやあの風車小屋って、だいぶ高いよな…。あそこから落ちたんだ。足のケガで済んだことも、なかなか奇跡的だ。


「メリアンまで…ったく、何しに来たんだよ…」

「お見舞いに決まってるでしょ!」

「そんなのいらねえよ! 帰ってくれよ!」


トムは声を荒げていたが、僕は構わず彼の包帯を取っていった。


「おいこら! 何やってんだよメリアン! まだ折れたままなんだぞ!」

「治しに来たんだ。トムの足」

「メリアン?!」

「はあ? そんなの無理に決まって…」


僕は包帯を全部外すと、骨の折れた彼の足に手を触れた。白い光が僕の手のひらから放たれる。


「え…?」

「っ!!」


トムとメリアンは目を丸くした。


「終わり」


それが終わったあと、トムは物凄く驚いていた。


「足が…動かせる…!」


トムは完全に元通りになった自分の足をバタバタ動かしながら、興奮しながら泣いて喜んだ。


「すごいメリアン!」

「一体何したんだ?!」


僕はトムが喜んでくれたのがすごく嬉しくて仕方なかった。僕は生まれて初めて、この力で誰かの怪我を治して、その笑顔を見ることができたんだ。


「今日のことは、誰にも言わないでくれる…?」

「メリアンがそう言うなら…」

「ああ。3人の秘密にしよう!」


僕の力については詳しく話はしなかった。トムとマリカと僕だけの秘密になった。


とはいっても、いきなりトムの足が治ったら僕とマリカが何かしたんだとトムのお母さんにも疑われるから、まだ治っていないフリをして僕らは外に出た。その後、村に訪れた旅の療術師に好意で治してもらったって、嘘をついた。村の皆もそうだけど、トムのお母さんも療術の存在なんて知らなかったみたい。でもよく調べたら、その存在を知ったみたいで、納得したようだ。そしてトムと同じように、泣いて喜んで、見知らぬ旅の療術師に心底感謝していた。


そしてそれから僕が、その力を使うことはなかった。




数年経って、僕らは中学生になった。村には中学校はなくって、隣町まで通っていたよ。隣町はベールスコイッドよりは明らかに都会だったから、僕ら2人は最初バカにされていたんだけど、マリカったら何とも果敢にクラスの奴らと張り合って、気づいたらクラスのリーダーになっていた。


「マリカはすごいね」

「うん? 何が?」

「いや……」


僕は背もあんまり伸びなくて小柄で、ひょろひょろしていたままだったけど、マリカは随分女の子らしくなった。黒髪も伸びて、天然パーマもすごく似合っていた。

性格は相変わらずで、明るくて、サバサバしていて、皆の人気者だった。


それに加えて頭が良くって、クラスで1番成績もいい。それに比べて僕は後ろから数えたほうが早くって、運動も出来ない、頭も悪いの駄目人間だった。


そんな僕だったけど、マリカのことが好きだった。

僕なんかじゃマリカにふさわしくないってわかっていたけど、好きになってしまった。


いつからかは、わからない。


マリカは幼なじみで、ずっとそばにいて、頼もしくて、かっこよくて、憧れていた。それがいつの間にか、マリカが気になるようになって、気づいたらずっとマリカのことを考えてしまっていて、僕はマリカのことが好きなんだってわかった。


「先輩に告白されちゃった」

「え…」


僕は突然のマリカの報告に完全に固まった。


そりゃそうか…こんなに可愛くて頭がいいんだもん…モテるよね。


「でも断った!」

「え? 何で…?」


するとマリカは、僕の方を見て言ったんだ。


「だって私、メリアンのことが好きだから!」

「え……」


僕は更に固まって、顔が真っ赤になって、そのまま倒れそうになった。













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