ドルムン谷とドルムント村(※)
「うわ〜かっこいい〜!」
俺は今や炎のドラゴン、とまでは、でかくする必要もなかったから、メリアンが1人乗れるくらいの鳥になって、空を飛んでいた。
「メリアン、ドルムン谷の場所わかんだろ?」
「うん! このまままーっすぐ!」
その上空で俺は、彼に問いただした。そんなに深い意味はなかったんだけどさ。
「彼女どんな子だったの?」
「え?」
メリアンは一瞬間をおいた。
(あれ。聞いちゃ駄目だったかな…)
「えっと、明るくて、サバサバした子!」
「へぇ〜! そんな子が好きなんだ」
「うん。僕はほら、女の子を引っ張っていくタイプじゃないから…。だから向こうから、ガツガツ来てくれる女の子の方が、僕には合ってたんだ」
「なるほどな〜」
そのあとはメリアンもペラペラ話してくれた。幼なじみで仲が良くって、気づけば両想いだったそうだ。どんな子だったのか、楽しそうに教えてくれたよ。
なんだ、最初の一瞬の間は、気のせいか。
「何で別れちゃったの?」
「……」
まずいこと聞いちゃったか?と思った時には、もう遅かった。
「もう死んだんだ!」
「え……」
「魔族のスコルピオに刺されて、毒でね」
俺はもう言葉もなくなってしまった。だけどメリアンは笑って言った。
「も、もう昔の話だから!」
「いや…ごめん……。本当にごめん……」
「気にしないで! こっちこそ空気重くしてごめんね!」
「いや……だって……」
「僕のはほら、もう何年も前の話だから! それよりも皆の方が、魔族に襲われたばかりで、もっと辛い思いしてるよ」
「……」
「そんな人たちを増やさないためにも、魔族を倒さないとね!」
メリアンは笑っていた。そして言った。
「でもそれ以来僕ね、毒についてはすっごく勉強したんだ! 絶対もう誰も、毒死はさせない!」
「メリアン…」
確かに毒を使う魔族は多いからな…。エーデルナイツにとって、メリアンは最強の医者だ。俺はそう思う。
そして1時間もせぬうちに、ドルムン谷が見えてきた。
「あ、あそこだ!」
やがて西軍の奴らと思われる、騎士団の集まりを見つけた。谷から離れた、街の近くの湿原で、負傷者たちが何人も倒れている。
(本当に戦闘直後って感じだな…)
元気な者も負傷した者も、全部含めて50人くらいはいるだろうか…。騎士が乗っていたであろう馬も、何頭かやられて倒れている。
(あんなにいたのに負けたのか…)
「メリア〜ン!! ロッソ〜!! こっちや、こっち〜!!!」
「ミカケさ〜ん!!」
メリアンを見つけた西軍リーダーのミカケは、こちらに向かって大きく手を振った。
(あれが西軍リーダーのミカケさん…)
彼は橙色の髪の男だった。20代後半といったところか。髪は伸びていて、頭の後ろの高いところで1つに縛っており、額には赤いバンダナを巻いていた。目はちょっと釣り目で、肌は日に焼けたようにこんがりとしていた。
俺たちは彼らのそばに着陸した。
メリアンの姿を見た皆は、安堵して、ほっと胸をなでおろした。
「あれ? ロッソやないな、この鳥」
「リルイットだよ。新人の!」
「ん?」
リルイットは鳥化を解くと、人間の姿に戻った。
「うわ! なんやこいつ!」
「だから、リルイットだって。東軍の」
「何や…見たこともない術師かいな……」
ミカケはリルイットに近寄ると、舐め回すように彼を見ていた。
(何か変な喋り方だな……)
ミカケの言葉は、少し訛っている。あとから聞くと、一族の間に古くからある訛りなんだとわかった。
「そんなことより、ほら、重症の人から教えて!」
「こちらですメリアンさん!」
西軍の騎士たちは、メリアンを連れて、怪我の酷い者から順に治療に当たらせていった。
重症騎士たちは皆前線に出ていた男共だったので、パンツ1丁にしては、さっさと療術で傷を塞いでいく。
「ほんまいつ見ても見事やな…」
「そうですね…」
ミカケが隣で呟いたので、リルイットはふと相づちを打っていた。
「はじめましてやな! 西軍リーダーのミカケ・カタギリやで。今回は新人君に、情けないところ見せてもうたな!」
ミカケは苦笑しながらそう言った。
「いえ……敵はヒドラ…でしたっけ…」
「せや。ドラゴンくらいでかい蛇でなあ! 首を斬ったらそっからまた次の首が生えてきよって! 斬るたびにどんどん顔が増えるんよ! 気づいたら首が9本になってたわ!」
「そんなに…」
(もっと早くに気づいてやめるべきだったんじゃ…)
「せやから燃やしたろうとおもてな、火遁をかけだったんやけど、全然効かへんねん。あいつら地上にでとるけど、元は海蛇や言われてるからな、火には強いんや。でもわいが使える攻撃術は、火遁だけなんよ〜。せやからさっさと撤退したわ! 負傷者はおるけど、死人は出さんですんだ」
ミカケはやれやれといった様子で、手も足も出なかったその戦闘を語った。
「追いかけてきたから、ちょっとやばかったけどな…。何とか撒いたわ…。やっとここまで逃げてきたけど、はぁ…ほんま疲れたわ」
「お疲れ様です…」
そうこう話をしている間、メリアンは着々と騎士たちの傷を治していた。
「匂うな」
ミカケは急に、リルイットに向かって鼻をひくつかせると、そう言った。
「え?」
(何? 俺臭い?!)
俺は自分の身体をくんくんと嗅いだ。うーん、そんな変な匂いするか? 自分の匂いって、よくわかんねえけど。
「わい、鼻が効くんよ。生まれつき」
「えっと…俺、風呂は毎日入ってますけど…」
俺がそう言うと、ミカケさんは笑いだした。
「ちゃうちゃう! 懐かしい匂いがするなあ思て!」
「はあ?」
「昔好きやった子によう似とうわ…なんでやろ。そんなんあり得へんのやけどなあ…」
「はあ……」
(変な人だなあ……喋り方だけじゃなくて)
「あ、そういえば、火遁って何ですか?」
「ああ、わいは術師でな。忍術師いうんよ」
「忍術……?」
「せやで」
ミカケは人差し指と中指をたてて口元に近づけると、ふっと息を吐いた。その息は吐き出されると同時に、炎に変わった。
(あっ!!)
俺と同じ…! まさか俺も、突然遺伝した忍術師ってやつなんじゃねえのか?
「他にも色々あんで。姿消したり、遠くの音拾うたり、壁をすり抜けたり!」
「……」
それはさすがに…出来ないか。
「鳥やドラゴンに姿を変えたりできますか?」
「んあ? そんなんさすがにできひんけど」
「そうですよね……」
忍術……ではないか。俺の炎は。
でも同じ炎使い。ちょっと親近感が沸くな。良い人そうだし。
「リルイットは何の術師なん」
「え?」
「鳥の姿になれる術やろ! 当てたろ。鳥術師やろ!」
(そのままだし…)
「違いますけど…」
「じゃあ何なん? 変身術師か! それとも化け術師かいな!」
「……」
(知らねえ〜……)
「終わりましたよ、ミカケさん!」
メリアンがやってきたので、何の術師か当てるゲームは無事終了した。リルイットはほっと胸をなでおろした。
「ほんまか! えらい早いな!」
「触るだけですから!」
彼の後ろでは、騎士たちがさっさと服と鎧を着始めていた。
「よし、とりあえず最悪の事態にならんでよかったわ…」
「間に合ってよかったです!」
そんな様子をこっそりと見ていた村の少女ルルは、メリアンを見て目を輝かせていた。
(あの人なら……!!)
ルルは彼らの前に姿を現すと、メリアンの元に走っていった。彼の腕をその小さな腕で力強く握りしめると、彼女は言った。
「先生! 私のお母さんを助けてください!」
「え?」
「早く! こっちです!!」
「ちょ、ちょっと…!」
メリアンはルルに連れられて、1人村へと入っていった。
「なんやなんや?」
「……」
仕方なくリルイットたちもメリアンを追って、村に入った。
「ちょ、ちょっと、君は誰?」
「私はルル! この村に住んでるの! 先生早く!!」
「いや、だから先生って…? ああっ!」
ルルに引っ張られて、村の中を早足で抜けていく。
小さな村だ。名前はドルムント。家も簡易な木製だ。穏やかな雰囲気の村で、家のそばには皆小さな畑がある。料理をするための薪や土鍋なんかが外に置いてあって、料理中の村人たちの横も通り過ぎた。
村の真ん中には広場があって、たくさんの木々がそれを囲っている。
ルルの家に向う途中、話を聞いた。
「何があったの…?」
「お母さんが毒にやられたの! すごく苦しそうなの!!」
「毒……?! 魔族…?」
「うん。早朝、弟が熱を出したの…。最近この村で突然高熱が出る病気が流行ってて…、クコの花の実を食べると解熱できるんだけどね。弟はまだ生まれたばかりだったから、お母さんすっごく焦って」
(流行り病……)
確かに乳児の高熱は致命傷だ…。
「でもお店にはもうないって。流行り病のせいでクコの実が大量に使われたの。ドルムン谷のクコの実も取り尽くして、もうほとんど残ってないって」
「……」
「だけどお母さん、谷までクコの実を採りに行ったの。まだ残ってるかもしれないって。何とか1つ見つけて、それを持って帰ったの。でもその時、ヒドラの子供に襲われて、噛まれたって…」
メリアンは顔をしかめた。
「帰ってきた時は元気そうだったの。弟の熱もクコの実を飲ませて何とか下がったよ。でもしばらくしたら、お母さんが苦しみだして…」
「どこを噛まれたの?」
「左肩…」
「わかった。僕が診る!」
ルルはパアっと顔を輝かせた。
やがてルルの家にたどり着いて、中に入った。
そこでは彼女の母親と思しき女性が、布団に寝転んでいる。
「っ!」
彼女の顔は、見たこともないような真っ青な色をしていた。
「先生お願い、お母さんを治して…」
ルルは泣きそうになりながら、すがるようにメリアンに頼み込んだ。
メリアンが女性の服をめくって肩を出すと、青白い大きな水疱が、噛まれた箇所に膨れ上がっていた。その周りの皮膚も、顔と同じく青ざめている。
(これは……)
遅効性の毒だ。ここにきて活性化を始めている。
「早く薬を…」
メリアンはガサガサとカバンの中を焦って、持っていた解毒剤を彼女に飲ませた。しかし顔色は一向に良くならない。
(嘘……)
これが効かないのか…? これ以上の解毒剤はないってのに…。ヒドラの毒って……一体どんな…。
「先生、どんな怪我でも治せるんでしょう? 触るだけで治せるんでしょう?」
「え…?」
「さっき兵士たちを治してたじゃない! あの時みたいに治してよ!」
「な、治せないよ……」
ルルは愕然とした表情を浮かべる。
その時リルイットたちも、メリアンに追いついて、その家にたどり着いたところだった。
「何で?! さっき治してたじゃない! 私見てたんだから!
お金なら私これから働いて、いくらでも払うから! お願い!」
「おいおい、どうした?」
リルイットは荒ぶっている少女と横たわる母親を見つけた。その容態を見て、顔をしかめた。メリアンでなくても、その母親が非常事態だということは見ればわかった。
「治せないものは治せない!」
「何で?! お医者さんなんでしょう?! お母さんを助けてよお!!」
『こんな病気も治せねえのかよ!』
『何が療術だよ。役立たず!!』
リルイットがふとメリアンを見ると、彼は肩を震わせていた。
「メリアン……?」
「僕は…医者じゃないから!!」
メリアンが初めて声を荒げたのを聞いて、リルイットも驚いた。
「うわーん!!!」
ルルは大声を上げて泣き出した。
「お母さん、お母さぁあん!!! うわーん!!!」
「……」
リルイットも呆然としたまま、その場に立ち尽くした。




