ユニコーン・リネ
(やぁ〜ばぁ〜いぃ〜ですわ〜〜!!!!!)
1匹のユニコーンは、非常に焦っていた。名前をリネと言った。
白い毛並みをした馬の魔族で、額には白色の長い立派な角が生えている。普通の馬よりも少し大きい。
リネは草原の中をひたすら逃げ回っていた。
何故なら、先程サンドゴーレムを仕留めていた弓使いが、自分を狙っているからだ。
リネは最近この草原に迷い込んだばかりだった。
元々は群れで生活していたのだが、魔王様に人間を殺すよう命令されてから、仲間たちとバラバラになってしまった。
ユニコーンという生き物は珍種で、魔族の中でも強いはずなのだが、何というか小心者だった。温厚な性格とも言える。なので人間たちに手を出すことなんてしなかった。
ところが人間たちは、手を出さずとも、ユニコーンを襲ってきた。
襲いくる人間たちから逃げ続けること数週間。
仲間とははぐれてしまったが、リネは何とかこの草原にたどり着いた。この草原にはダイアウルフが住んでいる。そのため足を踏み入れる人間はほとんどいないようだったので、リネはこの辺りを自分の縄張りに決めた。
先ほど人間たちが、サンドゴーレムのいるサファーヴ橋に向かっていくのを見て、面白いもの見たさでその戦いを見物しようかと近くまで行き、こっそり覗いていたところ、何と人間たちが勝ってしまった。
サンドゴーレムが負けるはずないと思っていたリネは、心底驚いた。
弓使いは落下体制から、サンドゴーレムの核を一撃で仕留めた。
(まじですのっ?!)
リネは急いで草原へと逃げ去った。
(やばいですわ! 完全に狙われておりますわ!!)
距離を広げても、草原はそこまで広くない。ここ一帯は弓の射程圏。見つかったら終わりだ。
しばらく走ったリネだったが、どうやら逃げ切れそうもないと悟ったリネは、能力を行使した。
ユニコーンは、その角で触れたことのある人間の姿に変身することができる。人間たちが魔族を襲う前、ある女の身体に触れたことがあったリネは、その姿になろうと試みた。
ボンっと音をたてて、すかさずその姿になった。
金色の髪のなかなか美人な女だ。薬草を採りにノコノコと、ユニコーンの縄張りにやってきたその女の後ろからこっそり近づいて、ちょんっと身体を触れたあと逃走した。
(よしっ! これで大丈夫なはずですわ!)
どこからどう見ても人間の女ですわよ!
人間の姿でいると今度は魔族に襲われるから、うまいこと使い分けながらここまで生きたというものだ。
(ぐあああっ!!!)
しかし、ほんの少し遅すぎたようだ。
完全に彼の矢で、腹を射抜かれた……。
(死ん……だ……ですわ……)
リネはその姿のまま、バタリと倒れた。
「……死んだのか?」
アデラは顔色1つ変えぬまま、血みどろの女に近づいた。
「うん?」
アデラはその女の頭を乱雑に持ち上げると、顔を覗き見た。
(どこかで見たことあったか?)
リネは目を閉じていたが、意識があった。
(ぃ痛〜ってぇえ〜〜〜!!!!!)
人間の姿になったとはいえ、リネは珍種のユニコーンだ。角には聖水を作る力もあるし、本体も自然治癒の力を秘めている。そう簡単に死にはしない。もちろん痛みはあるけれど。
(はい、生きてますよぉ〜! 生きてますともぉ〜!! ていうかもっと焦ったらいかがぁ?! あんたと同じ人間怪我さしてますけどぉ?! とりあえず早く下ろしてくださいましぃ〜??)
「ふうむ」
アデラはその手をパっと離すと、リネはそのままガンっと顔と身体を地面に打ちつけた。
「痛っ!!!」
リネは思わず声を上げてしまった。
「何だ、まだ生きてるのか」
「くぅぅ〜……」
こいつ……人間攻撃しといて何の負い目もなしなんですの……
くそ冷血人間ですわ……
腹も痛いけど、顔も痛い……もろ顎打ったんですけども?! こん畜生っ……!!
仕方無しにリネは目を開けて、その弓使いを見上げた。
「え?!」
リネの目の前にいた青髪の弓使い、彼女のその顔の美しさったら………
(目玉とびでそおおお!!!!ですわ!!)
ユニコーンは、綺麗な女が世界で1番大好きだった。特に処女が大好きだった。もちろんリネも例外ではない。
興奮したリネはもはや痛みも忘れて起き上がった。
まあ、その頃にはだいぶ自然治癒していたのだ。顎はじんじんするけど。
「あ、あなた、お名前はっ?!?!」
「お前から名乗れよ」
「わ、私はリネと申しますっ!!」
「私はアデラ」
「あ、アデラ様っっ!!!!!」
遠征のノリで、アデラの一人称は私だった。そのことにリネが疑問を持つはずもなかった。そして何の疑問もなく、彼女の名前に「様」を付ける。
リネは目を輝かせてアデラを見つめた。アデラは首を傾げた。
(こ、こんなに可愛い女見たことありませんん!!! やばい!! 超超超絶タイプですわぁ!!! 一生この目に焼き付けたいですぅうう!!!)
ユニコーンは、女を愛でるのが好きだ。美しい女を見ているだけで満足する。そういう生き物なのだ。
「ここに四足の動物がいた気がしたんだが」
「ぃいっ! さ、さあ〜…見ておりませんわ……」
「そうか。腹が減って限界なんだがな」
「え? お腹? お腹が空いてるんですの?」
「うむ」
リネは目をギラリと輝かせた。
「そんなことなら!! こちらに来てくださいまし、アデラ様!!」
「ふうむ」
リネはアデラを草原の奥の自分の住処まで連れて行った。そこには木の実や果物が山のように積まれている。全てリネの集めた食料だ。
「存分に召し上がってくださいませ! アデラ様!!!」
「ふむ」
アデラは喉をゴクリと鳴らして、その果物を食べ漁った。
(あら〜豪快に食べる姿もお美しい〜!!!)
リネはアデラを見つめて非常にご満悦だった。
「美味い」
「そうですか! 良かったですわぁ!!!」
そしてあっという間に食料は底をつきた。
(大食いなんですのね〜〜!! 死ぬ気で集めた食材全部食べられたけど、それでも構いませんわっ!! アデラ様を見るだけでお腹いっぱいですぅう!!!)
「それじゃ、腹が満ちたからもう行く」
「ええええ!!!! もう行ってしまわれるんですかあ?!?!?!」
アデラはさっさとその住処を出て、リネに一瞥もくれず、ロクターニェに向かって歩き出した。
(ごちそうさまもお礼も何もありませんの〜!!)
美しいけど礼儀知らずな人間だなと、ちょっとリネは思った。まあそのくらい目をつぶろう。リネは、アデラのことが気になってしまって仕方がないのだ。
「ま、待ってくださいまし〜!!」
そしてストーカーのように、アデラを後ろから追いかけていった。
気づけば夜になっており、辺りも薄暗くなってきてきた。
しばらく草原を進み、間もなく塀にたどり着くところで、リネは後ろから殺気を感じた。
(うん?)
振り返ると、グレイウルフがリネに襲いかかってきていた。
狼の姿の魔族グレイウルフは夜行性で、暗くなると活動を始め、草原に住む動物を狩る。もちろん人間もだ。
(やっば!! 私今、人間でしたの!!)
ちなみにグレイウルフは魔族は食わない。魔族にとっての魔族は、異種であっても共食いと同じだった。たまに共食いする魔族も見受けられるが、グレイウルフはそうではない。
人間の姿になったリネの臭いは、人間そのものだった。
(ひぃいいい!!!)
リネはすかさず振り返ると、その額から角を生やし、グレイウルフにその角を突き刺した。
「グワアアアア!!!」
ユニコーンの強靭な角の威力に、グレイウルフは一撃でのされた。
「おお」
アデラはその瞬間をバッチリ捉えていた。しかし、リネは背を向けていたので、アデラからはリネがあたかも頭突きを食らわしたように見えていたのだった。
1匹倒したのもつかの間、後ろから別のグレイウルフの群れがこちらに向かってやってきていた。その数1、2、3…うん! 数えきれない!!
「これはやばいですわっ!!!」
リネが焦っていると、
バシュウウンンン!!
とアデラの矢が飛んできて、グレイウルフを撃ち抜いた。
バシュウン バシュウンン!
アデラは驚くほどの速さで矢を放つ。矢を構えてから狙いを定める瞬間がゼロに等しい。それなのに、その矢はグレイウルフを一撃で仕留められる箇所を、見事に射ち抜くのだった。
(この射ち方…ケンタウロスの零射ち……?)
「魔族は皆殺し」
「ひぃっ!!」
(ユニコーンだとバレたらやばいですわ!! バレないように、私も殺りませんと!!)
リネもまた、グレイウルフが襲いくる瞬間を狙って角を生やして突き刺した。見事なリネの頭突きで、グレイウルフは倒れていく。
何とか2人がかりで、グレイウルフの群れを倒しきった。
リネは息切れしながら、アデラに駆け寄った。
「あ、アデラ様……」
「何だ」
「ありがとうございます!!」
リネは満面の笑みでそう言った。
「あ……」
その笑顔を見たアデラは、彼女のことを思い出した。
そうだ、昔、俺たちケンタウロスの縄張りに、薬草を採りに入ってきた女だ。薬草の場所を教えたら、こんな風にありがとうと言われたんだっけ……。
「お前、あの時の女か」
「え?!」
リネは首を傾げた。
「私のこと、覚えてないか?」
「いや……えっと……」
(だ、誰なんですのー??? いや、この身体の女がアデラさんに会ったことがあるんですわね! 何だそういうことですの
! ひぇ〜それって何か運命っぽくありません〜?? そんなような、違うような〜〜!!)
「お、お久しぶり…です…わ?」
「ふうむ」
適当にそう答えたが、どうやら納得したようだ。
自己紹介はさっきしたばかりですものね! ふむふむ、この女の顔は知っているようですが、名前を知るほどの知り合いではないということですね!
「見事な頭突きだな」
「ふふふ……」
リネは苦笑しながら、角の存在がバレていないことに安堵した。
「ちょっと! アデラさ〜ん!!」
塀の反対側から、ラスコがツタに乗って上がってくると、こちらに向かって声をかけた。
「何だ」
「何だじゃないですよ! ろくに採掘の手伝いもしないで!」
「知るかそんなこと」
ラスコは、アデラの隣にいる金髪の女に気がついた。
女もまた顔を上げては、ラスコのことをまじまじと見ていた。
(あいつはブスですわね! しかし、アデラ様の連れのもよう!!)
「誰ですかその子は!」とラスコ。
「リネ」
「リネ…さん……?」
ラスコが会釈をしたので、リネも会釈をやり返した。
「とにかく、こっち側に来てくださいよ!」
「ふうむ」
アデラはリネを放置して、自力でその高い塀を登ると、反対側に飛び降りて着地した。
「リネさんも! そちらは魔族がいて危ないですから!」
そう言ってラスコはリネの方にツタを下ろした。
ブランコのように座るところをつくり、リネがそれに座ると、スルスルと持ち上げ、彼女もこちら側に連れてきた。
「ありがとうございます…」
(この女はブスですが、礼儀正しくてとっても優しそうですわ)
「いえいえ! あれ? それよりそのお腹、どうしたんですか?!」
「え?!」
リネの服はお腹のところが破れていて、血が滲んでいた。傷口はもうほぼ治っていたのだが、汚れは一度変身をし直さなければ元には戻らないのだった。
「まさか魔族に?!」
「いや、えっと…」
「私がやった。矢で射った」
「ええええええ?!?!?!」
アデラは何故かドヤ顔で答えていたが、ラスコは顔を思いっきりしかめながら大声を出した。




