虹色の谷底
「え?!」
ラスコは唖然としながらそれを見ていた。
「ていうか、落ちてませんか?!?!」
ラスコは焦って橋の手前から、サンドゴーレムの身体をぶった叩きながら落ちていくゾディアスを、覗き込むように目で追った。
後ろからアデラもやってくると、ちっと舌打ちをして、そのまま崖に向かって飛び降りた。
「えええええ?!?! ア、アデラさん?!?!」
ラスコは崖の下を2度見する。
(な、何も見えないっ!!!)
ど、どうしよう…! 助けようにもこれじゃ…。
アデラもゾディアスを追って、真っ逆さまに落ちていく。
(やば……とりあえず追いかけたけど……俺、死んだかもなこれ…)
すると、崖の下から何かよどめきを感じたかと思うと、人間の顔くらいの大きさの、真っ赤な宝石に似た石が、極わずかの砂をまとって、橋の上空まで飛び上がった。
(あれが核か…!)
アデラは落下したままにもかかわらず、すかさずいつもより何倍も強く弓を引き、バシュウウンンと矢を放って、その核を一撃で射止めた。核はパリンといい音を立てて割れ、空中に漂ったかと思うと、消えてしまった。
「た、倒した……」
ラスコは核が矢に射抜かれるのを見て、呆然と立ち尽くした。
「けど…2人は?!」
しかししばらくすると、崖の下から「がーはっはっはぁ!!」とゾディアスの笑い声が聞こえてきた。
「い、生きてる?!」
ラスコは崖の下を覗き込んだ。すると、ハンマーに立ったゾディアスがアデラを抱えて、空中に浮かんでそのまま上がってきた。
「え……?」
そのハンマーからは、ゾディアスの身体をも持ち上げるほどの風圧が発射されているようだ。
ちなみに未来で、水圧で空を飛ぶフライボードという海の遊び器具が開発されるそうだが、言うなればそれの風圧版だった。
もちろんフライボードさえも知らないラスコは、その器具を見て、驚くばかりだ。
「がっはっはっは〜!!」
ゾディアスは呑気に笑って、そのまま橋の手前まで戻ってきた。ハンマーから下りると、彼はアデラを下ろし、そのハンマーは最初彼の持っていた30センチくらいの大きさまで縮んだのだった。
「ゾディアスさん!! アデラさん!!」
「がっはっは! アデラお前、俺を追って飛び降りるとは何考えてんだ」
「ふん…」
「俺を助けに来てくれたってか? やっぱお前、ついに俺に惚れたか」
「だから、そんなわけあるか」
「がっはっは!! まあでもどうだ! サンドゴーレムを仕留めてやったぞ!」
「仕留めたのは私だ」
「んあ? そうだったか? まあそういうことにしといてやろう! がーはっはっはぁ!!!」
ゾディアスはハンマーを背負うと、腰に手を当てて大笑いを続けている。
(大きさも変わって、崖の下から彼を浮かせるほど風圧を放射できるハンマー……あんなもの人間に作れるとは思えません…。それにあの巨大なハンマーを片手で操るあの腕力……凄まじいです……それこそ人外的です…)
ラスコは、ゾディアスの力と、その武器の異様さに驚くばかりだった。
「空を飛べるなら最初から言っておけ」
「はいはい! そんな怒んなって! 可愛い顔が台無しだぜ!」
「ちっ!」
何はともあれ、サンドゴーレムの討伐には成功したようだ…。
(南軍のリーダーゾディアスさん…やはり侮れません!)
というか私、何もしていません!!!
「そういや、崖の底にはこれがたんまりあったぜ」
と、ゾディアスは懐から虹色の鉱石を取り出した。
「これってもしかして…イレーゼストーンじゃないですか?!」
「んあ? 何だっけそれ」
虹色の鉱石は、様々な淡い色合いを映し出し、美しく艶めいていた。
ゾディアス一行は、依頼を出したロクターニェの王族たちに、サンドゴーレム討伐の旨を伝えた。それと同時に崖の下で見つけた虹色の鉱石を差し出すと、王族たちは目を輝かせた。
「これは間違いなくイレーゼストーンじゃ!!」
「素晴らしい!!」
「崖の下に山ほどありましたぜ」
「誠か?!」
「何ということじゃ! これがあれば橋の再建築も可能じゃぞ!!」
王族たちは激しく万歳したり、誰彼かまわず抱き合ったりと、大盛り上がりとなった。
その後ゾディアスたちは王族たちと、それに雇われた採掘人たちと共に、サファーヴ橋に向かった。
ゾディアスはラスコを連れて、そのハンマーで崖の底まで降り立った。イレーゼストーンの山が広がるその光景に、ラスコは目を輝かせた。
ラスコはその地面から植術を使って、橋の上までツタを太く巨大に絡ませた滑り台を作った。ゾディアスとラスコの先導の元、マトックを持った採掘人たちがその滑り台で崖の底まで下りると、イレーゼストーンの採掘を始めた。
採れたイレーゼストーンは、別に作ったツタのコンベアーもどきに乗せて、橋の上まで運んでいった。
ラスコとゾディアスもそれらの手伝いをしていた。
「すげえな〜植術ってのは」
「いえいえ。ゾディアスさんこそ、そのハンマー、一体どこで…」
「ああ、これな。これは作らせたんだ、ドワーフに」
「ド、ドワーフ?!?!」
イレーゼストーンを運びながら、2人は話をする。
「エーデル大国には元々ドワーフが住んでてな。がしかし、魔族が人間を襲うようになった今、彼らがこの国で生きていく条件は1つ、呪術師が扱える服従の紋をはめることだけだ。北軍のリーダーが呪術師でな。知ってるか? 服従の紋」
「いえ…私の国には植術師しかいませんでしたから…」
「一度その術をかけられたら、絶対に主の命令を聞かないといけなくなる呪いの術さ。命令を破ると激しい痛みに侵され、最悪死ぬ。そのドワーフたちは殺されることよりも、人間に服従することを選んだのさ」
「……」
(術師に服従させる呪術……まさに奴隷のようですね…)
「とはいえ、素材がねえとあいつらも何も作れねえからな。魔族討伐のついでにいい素材を見つけて、あいつらに提供していったんだ。俺が要望したこのハンマーも、見事に作ってくれたぜ」
「そうだったんですね…」
ドワーフ…。ミルガン国の地下に住んでいたドワーフたちは、リルが全滅させたようですが、なるほど、この国にも住んでいたんですね。
そういえば、北軍のリーダーはシルバさんという名前だと、ラッツさんが言っていましたっけ。ブルーバーグから帰還したあと、ちらっとお顔を見ました。優しそうな人でしたけど、あの人は呪術師なんですね…。呪いの術……ですか…。
一方その頃、橋の手前で待機していたアデラは、その採掘作業をろくに手伝おうとはしなかった。
お腹が空いてきたことを思い出したが、この遠征中はラスコが奢ってくれると言うんで、金は持ってこなかった。なのでそこから勝手に離れ、ロクターニェの街を南東に歩いていると、高くそびえる塀の向こうに草原を見つけた。
(何か狩るか)
「おい、そっちの草原は危ないぞ。グレイウルフが生息してる」
国民の男がアデラに声をかけ、そのままどこかへ行った。
「ふうむ」
アデラはその塀を軽々と登ると、向こう側の草原に出た。そこの草はなかなかに長くて多量に生えている。しゃがめば前が見えなくなりそうなほど生い茂っていた。
「ふうむ」
アデラは草原をキョロキョロと見回して、食べる物をさがしていた。
食用植物、果実、きのこ、彼は何でも食べる。動物を見つけた矢先には、鳥でも鹿でもトラでも何でも狩る。そして焼いて、食らう。
「うん……?」
アデラは草原の遥か向こうに、動物の気配を察した。
そいつもアデラに気づいたようで、ハっとしたようにそこから逃げた。
(獲物だ)
アデラは草の中に身を隠すと、その動物に近づいた。
野生児のアデラ、野生の感なのかわからないが、とにかく獲物を見つけるのは得意だ。そして気配を消すことも。
ザッ
獲物もまた、狩られるのを察してか、逃げ回っている。
しかしアデラの位置は掴めないようだ。
(足はかなりの速さだ…だけど…射程圏)
バシュウウンンン
まもなくアデラの射抜いた矢が、獲物を捕らえた。
「さて、何が狩れたか」
アデラが草をかき分けて、獲物を仕留めたと思われるその場所までたどり着いた。最後にその手前の草をかき分けると、そこで倒れている獲物の姿を目にする。
「あ……」
そこに倒れているのは、腹を射抜かれ血を流している、金髪の長い髪の女だった。




