対戦・サンドゴーレム
「やっと着きましたねぇ〜!」
ゾディアス一行は、ようやくロクターニェに到着した。
馬車は立入禁止と言われ、入り口でポニーから下ろされた3人は、歩いて国の中に入っていった。
「おお〜!!」
ラスコはその国の見事な造形に感嘆の声を漏らした。
建物が石で出来ていると聞いていたから、灰色の化石みたいな街を想像していたが、どうやらそうではないらしい。確かにそれらは石だったが、美しいパステルカラーの色味がついた石なのだ。
桃色、水色、黄緑色に、薄紫…色鮮やかだけれど、柔らかいそのグラデーションの町並みは、それだけで大変美しい。
そしてその美しさを際立たせるのは、その建物のデザイン製だ。そこにある洋風建築物は、全て形が違う。その上で、不思議と統一感がある。国全体が1つの、巨大な宮殿のようだ。
ゾディアスに聞くと、設計図を描いたのは同じ人間らしい。故にそいつが、この国全体を造形したのだ。もうこの世にはいないそうだが、天才的な芸術家だったのだろう。
建物1つ1つはどれも大きくて、窓がたくさんある。近づいてよく見ると、窓のフチには、格子模様をアレンジしたような細やかな彫刻が掘られており、目の届かない場所までもこだわりが強く感じられる。
自然の緑も多く、どこぞの城の庭園のように花や木が植えられ、手入れもしっかり行き届いている。
国全体が一級品の美術品だ。その管理は申し分ない。
故にここに住めるのも、有数の王族と一流貴族、あるいは一流芸術家たちだけだ。
国民全てがこの国の永遠の美しさを望んでおり、そのために一流の庭師や清掃員を大量に雇っているそうだ。
また、観光者が美術品に傷などつけぬように、多数の警備員が各地に立っていて、動向を監視している。
「とっても素敵ですねぇ!」
ラスコは芸術に詳しくはないが、この素晴らしさ、見ただけで感動するというものだ!
すると、どうやら国民であろうやたら芸術家チックな男が出てきて、ラスコの元にやってきた。
「ここの建築には、虹色の鉱石イレーゼストーンが使われているんですよ」
「イレーゼストーン…聞いたこともないです」
「もうこの世界にはないのではと言われている、大変珍しい鉱石です。ですから、ロクターニェの建物は、もし壊れてしまったら、再起不可能なのです。イレーゼストーンでしか、この鮮やかな景観は作ることがかないません」
「そうなんですね。本当に綺麗です!」
ラスコがうんうんと男の話を聞いていると、アデラとゾディアスもやってきた。
「そうか?」
「絵の具で石に色を塗りゃあいい。がーっはっは!」
そう呟いたあとアデラは欠伸をした。ラスコが彼らを睨みつけて脳内で激しく罵倒したのは、もう言う必要もないか。国民の男もアデラとゾディアスを完全に睨んでいたので、ラスコはハっとしてその男に軽く礼をしたあと、アホな男たちを遠ざけた。
「何か見張られてて気が散るな」
警備員は観光者と思われるラスコたちをじっと見ている。
「がっはっは! アデラは芸術に興味はないのか?」
「ない」
「がーっはっは!! 俺もだ! 全くどうでもいい! やはり俺たちは気が合いそうだ!」
「ふん」
その警備員だけでなく、他の観光者や国民たちも、不審そうにラスコたちを見ていた。
「ちょっと! 静かにしてください!」
「さっさと橋に行くぞ」
「がーっはっはっはあ!!」
巨大なパルーヴ神殿の前を通り過ぎて、アデラとゾディアスはサンドゴーレムの出ると言われているサファーヴ橋に向かって駆け出した。
(観光は1人で来ないと無理みたいです……)
美しい街並みを横目に、ラスコは残念そうに彼らの後を追いかけた。
橋は街の最南端にあって、走って20分くらいかかった。
(つ…疲れた……)
「おいラスコ、もうバテたのかぁ〜?」
「す、すみません……」
ラスコはゼェゼェと息をあげながら、だいぶ前に行ってしまった2人を必死で追いかけた。
前方のアデラとゾディアスは、まもなく橋にたどり着く。
「アデラ、お前なかなか体力あるじゃねえか」
「お前も図体の割に足が速いじゃないか」
「がーっはっは!! 言うねえ! いいよぉ! 好きだぜそういうところぉ!!」
「ふん。気持ち悪い奴だな」
サファーヴ橋の前に着くと、2人は一旦足を止めた。
ラスコも遠目からその橋の全貌を目にした。
石で出来たサファーヴ橋もまた、国の建物と同じように鮮やかに色づいていた。国の方が橋を真似たと言っていたっけ。
サファーヴ橋の真ん中は、豪快に崩れている。例のサンドゴーレムの仕業だ。
橋は人間が50人は並べるほど幅が広かった。それほどの巨大橋だ。
聞いていた通り、サファーヴ橋の下は崖である。
深すぎて下がどうなっているのか見えやしない。
アデラは背中の弓を取り出して左手に持った。右手にも矢を持ち、いつでも射てるように準備をする。
「女のくせにそんな大弓が引けるとはなあ!」
ゾディアスは感心したようにアデラを見ていた。
「どれ、俺もいいところ見せねえとな!」
ゾディアスは背負っていた30センチくらいのハンマーを取り出した。打撃部分は両面平たく、黒い。見るかぎり普通のハンマーだ。
「そんな小さな武器で魔族を倒せるのか?」
「ふん! まあ見てろよアデラ、俺の強さを知ったら惚れ直すぜ!」
「そんなわけあるか」
アデラは壊れた橋の上をギリギリまで進んでいくと、崖の下を覗き込んだ。
「!!」
すると、底の見えないその崖の下から、巨人の手がアデラに向かってまっすぐ伸びてきた。アデラがその手に向かって矢を放つと、手の真ん中をサアッと貫いて、その手は砂飛沫をあげて空中に舞った。
「ちっ!」
「出やがったなっ!!」
舞った砂たちはまたひとかたまりになり、手の形を成す。まもなく崖の下からサンドゴーレムが姿を現し、その腕と手は合体した。
(で、でかい!!)
まだ2人に追いついていないラスコも、彼らの後ろからサンドゴーレムの姿を見上げながら、走っていた。
橋の上に現したサンドゴーレムはほぼ顔だけだが、それだけでも100メートルはある。身体は崖の下に伸び続けているようで、全長が掴めないが、とにかくでかい。
見る限り全てが砂で出来ている。顔には穴が2つあいていて、目のようにそこにある。
バシュウウンンン!!!
アデラが顔面めがけて矢を放った。砂で出来ているその顔を矢は貫き、刺さったところには風穴が空いたが、サラサラと砂たちが穴を埋めていく。何事もなかったかのようにサンドゴーレムは立ち尽くし、その穴の目の形を怒ったように細くした。その表情は、明らかにこちらを睨みつけているようだ。
「効いてねえぞアデラ」
「ちっ」
その様子をラスコも走りながら見ていた。
(やはり砂の身体には、物理攻撃が効かないようです…!)
サンドゴーレムはその巨大な拳を突き出して、アデラを襲ってきた。アデラは矢を射って拳を壊したが、激しい砂埃が舞って目がやられた。
そのスキをつくように、サンドゴーレムはもう片方の拳でアデラを襲う。
「おらぁああ!!!」
すると、ゾディアスはそのハンマーを大きく振りかぶって、ゴーレムの拳に向かって思いっきり振り下ろした。
「っ!!」
その瞬間、ゾディアスのハンマーの柄が、彼の何倍にも長く伸びていく。そしてハンマーの打撃部分も巨大化し、ゾディアスの倍くらいの大きさになった。
ハンマーの平で、サンドゴーレムの拳を思いっきり潰した。
その勢いで、橋にも亀裂が入った。
「何ですかあれ!」
やっと橋の手前まで追いついたラスコは、その超巨大ハンマーを見て、声を荒げた。
まもなくハンマーで打たれた橋の部分が倒壊した。
「やっべえ! 橋壊しちまった!」
「2人共下がってください!! 崩れますよぉ!!」
アデラとゾディアスは急いで橋の手前まで避難した。ゾディアスの攻撃によって、橋は先程の半分くらいの長さにまで崩れた。
サンドゴーレムは再び砂を集めて、やられた両手を元に戻した。
「全然効かねえじゃねえか」
「身体のどこかに心臓と思しき核があるはずです。それさえ壊せればいいのですが、あそこまで大きいとは…」
「やたら詳しいなラスコ」
「植物が教えてくれるので…!」
「そりゃ便利だなぁ!! ついでの核の場所も教えてくんねえかな」
「あの巨体のどこかにあるはずなんですが……」
サンドゴーレムはこちらに向かって、ドシンドシンと歩いてくる。
「まあ、わかんねえなら全部ぶっ潰してやりゃあいい!」
そう言ってゾディアスは、その全長5メートル近くはある巨大ハンマーを何と片手で持って、サンドゴーレムに向かって駆け出した。
「ちょっと、ゾディアスさん!!」
「すごい馬鹿力だな」
ゾディアスは彼らに背を向けたまま「怪力で俺の右に出るものはいねえぜ」と呟いて、そのムキムキの筋肉の腕でハンマーを後ろに向けて走っている。
「死ねよ! サンドゴーレムぅううう!!!」
ゾディアスは、橋の崖から飛び上がると、サンドゴーレムのその頭に向かって、短剣を振るうかのように軽く、そのハンマーを片手で振り切った。
「おらぁアアアア!!!!」
声を荒げ、サンドゴーレムの頭の上から、そのハンマーの平を、全力で打ちつけた。
ハンマーはサンドゴーレムの頭をかち割り、そしてそのまま身体を真っニつに裂きながら、ものすごい速度でゾディアスも谷底へと落下していった。




