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メリアンの療養所

「ったく、散々な出費だぜ!」

「すみません! すみません!!」


ゾディアス一行は再びポニーに乗って道を進んでいた。

ラスコがめちゃめちゃにした店の修理代及び謝罪代には、ゾディアスのポケットマネーがあてがわれた。


「必ず返しますから!!」

「いいよ。アデラの友達だから大目に見てやるよ」

「…すみません」

「まあでも、女同士の喧嘩はすげえな! なかなか見ものだったぜ! がーっはっは!!」

「……」


まるでアデラに借りが出来たかのような感覚だ。何とも理不尽。


いや、私がやりすぎましたか…。


当のアデラはずっと寝ていた。

と思いきや、パっと起き上がると、ポニーの外に向かって嘔吐をし始めた。


「おええ〜!!!」

「えええ!! ちょっとちょっとちょっとぉ!!」

「ぎゃーっはっは! 飲みすぎだぜアデラ! 二日酔いかあ?」

「うおええ〜!!」


ポニーの通ったあとがゲロまみれになっていく…。

さすがに放置できないラスコは、植術を使って土の奥深くにそれを埋めた…。


(自業自得です!!)


と思いながらも、青ざめた表情で辛そうにしているアデラにそっぽを向けるほど、ラスコも心が冷たくはなかった。そうだ、例え馬顔だと馬鹿にされたのだとしてもだ。


「大丈夫ですか…?」

「気持ち悪い。昨日の店で食った物が腐っていたに違いない」

「お酒を飲みすぎただけですよ。二日酔いです」

「何だそれ……うっ! うっ、うっ、お、おえぇ〜っ!!!」

「もう〜!!!」


ここまで酷い二日酔いを見るのは初めてだ。


「おいおい、大丈夫か?」


ゾディアスはアデラの背中をさすった。


「ハァ……ハァ……気安く触るな…」

「何だよ。昨日はあんなに仲良く酒を飲んだじゃねえかよ」

「はあ? 誰がお前なんかと仲良くするか……お、おえ〜!!」


どうやら記憶はないようだ。涙が出るほど笑い上戸になっていた彼の姿を記録して見せてやりたいものだが、そんなことができる道具はこの世にまだ発明されてはいなかった。


「アデラさん、どうぞ」


ラスコが差し出したのは、果物の山だ。


「果物は二日酔いに効きますよ」

「ふうむ」


アデラはわらにもすがる思いで、その果物を頬張った。


(はぁ……)


ラスコは心の中で大きなため息をついた。




その頃、リルイットたちはエーデル大国にたどり着いた。


(バテバテ〜……)


ラッツとシルバを下ろしたリルイットは、人間の姿に戻ると、バタリと地面にうつ伏せた。


【お疲れ様です。リルイット】


ロッソも彼の周りをパタパタ飛んで、脳内に向かって声をかける。


(全身筋肉痛……)

【ゆっくり休んでください】

(はぁ…さすがにまた1ヶ月寝るのはごめんだけどな…)


「イケメンリル、ありがとうなんだわ! あっという間に帰ってこれたんだわよ!」

「すごかったね〜! 乗り心地最高だったよぉ〜!」

「そりゃ良かったよ……」


(呑気な奴らめ……)


「リル、あんたはしばらく休むんだわ。そうだ、メリアンのところに行くといいんだわよ。療術は疲労回復の力もあるんだわよ」

「へぇ……じゃあ行かせてもらうか…」

「それじゃ、あたしは直接団長に報告してくるんだわよ」

「ほんと? よろしく〜!」


ラッツはエーデル本城へと足を進めた。


「リルイット君、本当にお疲れ様! また一緒に遠征に行く機会があるといいね!」

「そうだな…。ロッソにもよろしく」

「うん!」


シルバは挨拶を交わすと、頭にロッソを乗せて北軍アジトへと帰っていった。ロッソはこちらを振り返って、その小さな翼でリルイットに手を振った。


(はぁ、疲れた。まあでもロッソのおかげで何とか耐えられたか)


リルイットは全身筋肉痛を引きずりながら、アジトの塔へと入っていった。


メリアンの部屋兼療養所は1階にある。誰でもすぐに入れるようにするためだ。


(療術師メリアン…。気絶した時は世話になったみたいだが、ちゃんと話をするのは初めてだったか)


トントン とメリアンの部屋のドアをノックする。


「はーい! すみません。ちょっとそこで待っててください!」


メリアンであろう声がして、リルイットはそのドアの前で待機した。


「ああ! ちょっと!」


すると、ガチャっとドアが開いて、リルイットは1歩後ろに下がった。


(うん…?)


そのドアの向こうにいたのはメリアンではなく、リルイットが見上げるほど背の高い、灰色の長い髪の女だった。サラサラのストレートだ。


(だ…誰だ……)


女はやたら威圧的な表情を浮かべていた。怒っているのか通常運転なのかわからないが、とにかく顔が怖い…。

腰には剣が刺さっていた。いや、やけに細い。刀か? それも、右と左、両方だ。この女も騎士なんだろうが…。


「どけ」

「はいっ!」


リルイットはハっとして彼女に道を開けた。彼女はリルイットを睨みつけながら廊下を歩いていく。


(こっわ〜…何だありゃ…)


すると、療養所からメリアンが出てきて、彼女に声をかけた。


「マキさん! もう少し休まなくていいんですか?」

「帰ってきたようだから、一度会いに戻る」

「そうですか。お疲れ様でした!」


マキと呼ばれた女は、メリアンの声に振り向くことなく、さっさと歩いて東軍アジトを出ていった。


「……」


リルイットは呆然とそこに立ち尽くしていた。メリアンは療養所のドアに手をやって、立ち去るマキにペコリとお辞儀をした。


「えっと…メリアン…さん…?」

「え? ああ! ごめんごめん! あ! 君は確か、僕と同じ東軍のリルイット君だよね! お疲れ様! ああ、だからマキさん戻ってったのか」

「……?」

「ごめんね! どうぞ入って!」


メリアンに促されて、リルイットは療養所に入った。


入ったことはあるに違いないが、その時の記憶はない。故に彼の部屋を見るのは初めてだ。


そこは療養所兼メリアンの個室になっている。


入ってすぐのところには、白いシーツのベッドが3つほど並んでいる。メリアンに言われて、その中の1つにリルイットも寝転んだ。


簡単に言えば病院の診察室みたいだ。だがその診察は基本的に全てベッドの上で行われる。ここに来る奴らは皆ケガ人だと決まっているからだ。


奥の彼の部屋もちょろっと見えた。何やら薬の異臭が漂っているし、蒸気が沸いている…。何かの実験中なのだろうか。

そういえばメリアンは、薬の知識があって、対魔族用の毒なんかも作っているんだっけ?


「えっと、どこかケガとかある?」


メリアンはクリクリとした大きな目をしていて、可愛らしい感じの顔の、白髪の青年だ。声も結構高めで、体型も細くて小柄だ。


「ケガはないんだけど、全身筋肉痛みたいな痛みで……」

「そうか! なら疲労回復の療術をかけてあげるね!」

「頼みます……」


療術ってのは、肌に直接触れないと効かないらしい。

ってなもんで、俺はパンツ1丁にさせられたわけだが、あんまりにも疲れすぎてもうどうでもいい。こいつも男だしな。


「ふぅ……」


メリアンはリルイットの腕や足など、全身を触っていく。

数秒触れると、じんじんしていた身体の痛みがとれていくし、すぅっと疲労が引いていく感じがする。

なるほど、これが療術か。


それにしても彼は小さな細い手をしていて、何となく女の子にやってもらっているような気分だ…。もちろん変な気を起こしたりはしないけど。


「メリアンさんていくつなんですか?」

「え? 僕? 僕は18歳だよ!」

「ん! 同い年?」

「え? そうなんだ! 若いのに騎士だなんて凄いねえ」

「そうなんですね。まあラッツほどじゃないですけど」

「あはは!」

「メリアンさんも若い医者ですね」


するとメリアンは、苦笑して言った。


「僕は医者じゃないから…。ケガしか治せないからさ」

「うーん。それでもすごいですけど」

「あはは。そんなこと言ってくれるのはリルイット君だけだよぉ〜! あ、ていうか、同い年なんだし、敬語やめるってのはどう?」

「ああ、うん。もちろん! せっかくだし、仲良くしようぜ! これからはリルって呼んでくれよ」


すると、メリアンは嬉しそうに笑って、うん!と頷いた。


療術をかけてもらいながら、俺はメリアンと話をした。歳が同じだとわかって、ほんの少し親近感を得た。


元々オスタリアの南部の国ベールスコイッドに住んでいたメリアンは、ラッツにスカウトされてエーデルナイツに加入したそうだ。


エーデルナイツもまだ立ち上がって2ヶ月も経っていない。元々エーデル大国の騎士団だった者たち以外は、新人のようなものだ。


希少な療術師で騎士たちの御用達なもんで、顔も名前も皆に覚えてもらってはいるが、遠征に行くこともあまりなく、基本この部屋に待機して、薬や何かを作っているそうだ。



メリアンが療術をかけ終わったあとも、俺はそのままベッドにごろーんと転がってくつろいだまま、彼と話をしていた。


「シピア帝国出身なんだよね…」

「うん…」

「壊滅……したって……」

「うん。この目で見てきたよ。跡形もなかったよ」

「……」


メリアンは何となく気まずそうにその話を聞いた。


(リルの家族も…友達も…皆…死んでしまったに違いない……)


「でもさ、不思議なんだよ」

「え?」

「俺以外皆死んで、すごく辛くて悲しくて、仕方ないんだけどさ…」

「リル……?」


リルイットは、顔を上げるとせつなそうに笑って言った。


「涙が1回も出ないんだ……」

「え……」


メリアンは呆然と、彼を見ている。


滅んだシピア帝国を見て、俺は帝国の終わりも、国の皆の死も、理解した。

たくさんの大切な人が、皆命を落として、それがすごく辛くて、怒りが溢れて、仕方がないというのに。


どうしてか俺は、涙が出なかったんだ…。



ずっと前、親友のベンガルが、自分の父親が死んで、ボロボロ泣いていたのを思い出した。

大切な人の死って、普通そのぐらい悲しくてしょうがないことで、俺もそうなると思っていた。けど実際の俺はそうじゃなくって、そのことがすごく、物凄く、驚いたんだ。


「俺って本当は心が冷たい人間なのかも…」

「え? そ、そんなことないよ! だってリルはエーデルナイツに入って、魔族を倒そうと頑張ってるじゃない!」

「まあ、ねぇ……」


入ったのは成り行きだけどな。まあでも、魔族を恨んでるってのは間違いない。最後に国を滅ぼしたという橙色の羽の天使、そいつは俺が、必ず殺す。


まあ、それにしても、療術ってのはすごいな。筋肉痛が完全になくなったじゃねえか。


「ラスコとアデラにも帰ってきたって報告しないとな」

「ああ。2人ならロクターニェの魔族討伐に向かってますよ」

「うん? 東軍はしばらく仕事がないって…」

「いや、それが色々あって…」


メリアンはアデラたちが南のリーダーゾディアスと共にロクターニェに向かったその経緯を話した。


「ま、まじ…? 大丈夫なのか…あいつら…」

「さぁ……」

「いや、絶対男だってバレるだろ…あいつアホだし、絶対どっかでうっかり口を滑らすぜ…」

「僕もそんな気がするんですよ…」


2人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。



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