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水の都ヴォルテーニア

最初は同情だったのかもしれないんだわ。

でもその日からあたしは、シルバのことが気になってしかたなくなったんだわ。


それからあたしは、何年も彼のそばにいた。

本当の兄妹のようだねと、街の皆からも言われていたっけ。


ある日、あたしの家とダドシアン家で、夏の長期休暇を使って、家族旅行ってやつに行くことになった。ベルコィとゴルドは本当に仲良しで、家族ぐるみで旅行に行くのは初めてではなかった。あたしはその時にはもう10歳。シルバは18歳になっていた。


旅行先はエーデル大国から南に馬車で2週間の、水の都ヴォルテーニア。国全体が巨大な湖の上に浮かんでいるという不思議な国だ。歩道ももちろんあるが、運河が道の代わりになっていて、船やボートを使って街中を移動することができる。国で1番大きなリーベノアール橋をボートでくぐった男女は、将来結ばれて幸せになるなんて言い伝えもある。それ故氷山ブルーバーグに並び、有名なハネムーン観光地としても栄えているのだ。


提案したのはあたしの父のベルコィだ。最近ヴォルテーニアの運河に、海の魔族で珍種とされているセイレーンが出現したのだという噂が広まっていた。


セイレーンは上半身が人間の女性で、下半身が魚の姿の美しい魔族だそうで、その姿をひと目見たいと思っている人間たちは大勢いた。

ついでにヴォルテーニアは、ベルコィの今は亡き妻と行った思い出の場所だそうだ。そんな噂を聞いて懐かしさを覚え、久しぶりに行ってみようかという話になったのだ。


大きな馬車を借りて、マクラス家とダドシアン家は向かい合わせに座っては、話をする。


「セイレーンって人魚と違うんだわ?」

「セイレーンには羽が生えている。昔は下半身も鳥だと言われていたようだが、今では魚だという説が強いね」

「説ってことは、本当はどっちかわからないってこと?」

「そのようだ。何といっても珍種だからね。珍種のほとんどは見たことがないとされていてね、昔の人間たちの書物なんかから伝承されてきた情報を受け継いでいるだけなのさ」

「へぇ〜! 見てみたいなぁ、セイレーン」

「そうだねぇ。見れたら相当運がいいよぉ、シルバ君!」


ラッツはセイレーンにはあまり興味はなかったが、父のベルコィの思い出の場所だというヴォルテーニアを観光するのは、かなり楽しみだった。というのも、まず船という乗り物が、この時代すこぶる珍しい乗り物だったからだ。


長旅を経て、ようやくヴォルテーニアにたどり着いた。ここに来るまででもかなりの大旅行をした気分だ。そして相当も金も使っている。貴族ってやつは本当に金があるんだなあとラッツは感心する。しかし、それが自分で働いたお金なんだとすれば、絶対に旅行になど行かないだろうなとラッツは思うのだった。


しばらくヴォルテーニアを観光したあと、シルバは言った。


「ねぇ、ラッツと2人でボート乗ってきてもいい?」


ラッツはびっくりして、顔を赤くしてシルバを見た。


「ああもちろん。いってらっしゃい。私たちはそこのカフェで休んでいるよ」

「うん! それじゃあ行こう! ラッツ!」

「え? あ、え? ええ?!」


シルバはラッツの手を引いて、ボート乗り場に並んだ。


「あんた、何考えてんだわ?!」

「え? 何が?」

「な、何って……」


ボートの言い伝えを気にしていたラッツだったが、恥ずかしくて口にはできなかった。


「ほら、やっぱりセイレーンは水の中にいるでしょう? ボートから探すのが1番いいかなって!」

「………」


そうよね! こいつは言い伝えなんかどうでもいいんだわ。ただセイレーンが見たいだけなんだわよ!


はあ! ドキドキして損したんだわ!


2人の順番になって、ラッツたちはボートに乗り込んだ。

真っ白な無地に金色の模様が描かれたお洒落なボートで、観光用に量産されているものだ。

ボートは夕方16時まで乗り放題。その間は、国の中のどこにでも行っていいとされている。


「よし! セイレーンを見つけるぞ〜!」

「……」


(全く、18にもなって、子供なんだわよ! ったく、普通逆なんだわよ!)


シルバはボートを漕ぎ始めるが、最初のカーブを曲がれずに、ゴンっと壁にぶつかった。


「ちょっと!」

「ごめんごめん!!」


そう、シルバのアホは、何をやらせても、不器用の極みなのだ……。


「すご〜いラッツ! 上手いうまい!」


(何であたしがっ、漕ぐことになるんだわ!! ったく、だからこれも普通逆なんだわよ!)


ラッツはこっそりと強化結界で腕力を上昇させながら、ボートを漕いでいた。シルバはヘラヘラしながらそれを見ている。


(女の子に漕がせて恥ずかしいとか思わないんだわ?!)


この年の差だ。2人ははたからみれば兄妹だろう。ボートを漕ぎたいとはしゃぐ妹を、笑って応援する兄の構図だ。何と屈辱的なことか!


「ねえラッツ! あっちに行ってみよう!」

「うん?」


シルバに先導され、くねくねと運河を進んでいく。

道が細くなってきて街外れにやってくると、突然パシャンと何かが跳ねた音が聞こえた。パッと振り向くと、大きな魚の尾ヒレが湖に潜っていく瞬間が見えた。


「え?!」

「何かいる!!」


シルバは目を輝かせた。


「ラッツ! あっちあっち!」

「わかってるんだわよ!」


ぴょんっと再び魚が跳ねるような水しぶきが上がる。


(ちょ、本当にセイレーンなんだわ?!)


興味がなかったはずのラッツも、実際にそれらしきものを見つけると興奮してきて、ボートを漕ぐ手を速めた。

やがて湖の奥地まで来ると、岩で囲まれた地帯にぶつかってしまった。


「この下を通ってったよ?」

「行き止まりなんだわね…」


しかし、ここまで来て引き下がれない。

ラッツはオールをおいて立ち上がると、その岩に向かって拳を振るった。


「はぁっ!」

「おお!!」


道が開けると、2人はその奥へと進んでいった。


パシャン!


そいつはまだ、近くにいる…!

追いかけていくと、やがて洞窟のような場所にたどり着いた。

洞窟の中は暗く、光はほとんどない。やけに静かで、陸道の他に運河も続いているが、ボートが入るには少し狭い。


「どこなんだわ…?」

「セイレーンの住処かも! 行ってみよう!!」


シルバはわくわくしながらボートから下りると、先に洞窟へと進んでいった。

この男、弱いくせにアホすぎて、恐怖って感情がないのだろうか、無駄に勇敢である。


「ちょっと待ちなさいって!!」


ラッツもほんの少しビビりながらも、シルバの後を追った。



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