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彼が騎士になりたい理由

翌日の朝、ラッツは早起きした。初めての家のベッドだったから、なかなかぐっすりとは眠れなかった。

ふと窓の外を覗くと、ダドシアン家の庭が見えた。


(あれ……)


その庭では、昨日パンを奢ってもらったシルバが、木刀で素振りをしていた。


(……)


のだが、その素振りのセンスのなさが、甚だしい!!!


(下手くそすぎなんだわっ!!!)


見かねたラッツはガラっと音を立てて窓を開けた。シルバもそれに気づいて、ラッツに手を振った。


「あ、ラッツ! おはよう〜!」

「おはようじゃないんだわよ! 朝から何やってんだわ!」

「え? 何って、素振りだよ〜!」

「それのどこが素振りなんだわよ!!」


シルバの剣の振りと言ったら、それはそれは下手くそだった。幼稚園児のスイカ割りの方が断然に上手い。


身体はしまっていない。筋はブレブレ。逆にどうすればそんなに下手に振れるのか、といった具合だった。


「さっさとやめるんだわよ! みっともないんだわ!」

「ええ〜! そんなこと言ったって、練習しないと上手くはならないよ〜」

「あんたそれ、練習してどうなるレベルじゃないんだわよ! 全く見ていられないんだわ! 見てるとムカムカしてくるんだわよ!」

「ええ〜! そんなにかな? ごめんごめーん!!」

「……」


隣に住んでるダドシアン家の1人息子シルバは、本当に変な奴だ。アホだし、ヘタれてるし、何だかしらないが、ずぅっとヘラヘラ笑っているのだ。


まあどうでもいい。こんな隣人のことなど。


ラッツは5歳。ベルコィのコネで貴族の幼稚園に編入し、そこに通い始めた。父親のベルコィとの生活にも何とか慣れてきた。


隣人のシルバはというと、毎朝に限らず毎晩、剣の腕を磨いている。がしかし、全く進歩していない。


するわけない。あんな下手な素振りを、いくら毎日続けたって無駄だ。5歳のラッツにだってわかるのに、それがわからないなんて、本当の本当にアホなのだ。


とはいえ、家族同士の付き合いってやつもあって、よくご飯も一緒に食べたり出かけたりなんかもした。だからシルバと関わらないってわけにはいかなかった。


シルバの家族はとっても仲が良くて、いつも賑やかだった。彼の周りには、いつだって笑顔が溢れていた。


そんなシルバを、心底嫌いとまでは思わない。変なやつではあるけど、悪いやつではないのは確かだ。

シルバはあたしのことを妹みたいに思っているようで、あたしを無性に可愛がろうとする。


だけどあたしは子供扱いされるのが嫌だった。何かと理由をつけてシルバと勝負をしては、楽々勝利してみせた。かけっこでも計算対決でも木刀試合でもパンの種類当てゲームでも、何でもいい。自分の方が凄いんだということを見せつけた。


シルバは何をやらせても不器用で、彼に勝つことなんて余裕だった。今思えば幼い私にシルバはわざと勝たせてくれていたのかもしれないが、どっちが正しいのかはもう記憶にない。


いつの間にやらあたしも、シルバと過ごす日々が楽しいなんて思ってしまっていた。まあでもただの、近所の仲良しのお兄さんっていうくらいだった。


しかしある日、あたしはシルバの秘密を知ってしまった。



シルバの母親が、1人で買い物に行こうとするシルバを見送ろうと、家の外に出てきていたところだった。あたしはちょうど父のベルコィと家に帰るところで、本当に偶然、その瞬間を目撃してしまったのだ。


「気をつけるのよ」

「大丈夫だよ。もう13歳なんだから! 財布もメモもほら、ちゃんと持ってるから!」

「うん…それじゃあ、いってらっしゃい、レノン」


(え…?)


ラッツは一瞬耳を疑った。


「……じゃなかったわ。ごめんなさい、シルバ」

「ううん! 行ってくるね! 母さん!」


シルバはいつものにこやかな笑顔を浮かべて、出発した。

家を出たところで、彼はあたしとベルコィに鉢合わせる。


「あ! ラッツ! ベルコィおじさん!」

「買い物かい?」

「うん!」


シルバは笑顔を絶やさない。ラッツは何も言えずに、笑っている彼を見ていた。


「気をつけるんだよ、シルバ君」

「うん! 大丈夫だよ! いってきま〜す!」

「いってらっしゃい」


ベルコィは手を振って、彼を見送った。


シルバの姿が見えなくなると、ラッツは不安そうにベルコィに尋ねた。


「ねえ父さん、レノンって……」

「ああ、シルバに聞いていないのかい?」

「え…?」

「シルバもラッツと同じ、養子なのさ」

「……」

「ダドシアン家には息子がいたが、数年前に事故で死んでしまったんだ。名前をレノン君と言った。シルバ君が養子にやってきたのはその後の話だ」


ラッツは目を見開いた。


ラッツはいてもたってもいられなくなって、1人シルバを追いかけた。


「ラッツ!」


父親はラッツを追いかけるのだが、見失ってしまった。



(養子って……何なんだわよ…!!)


全くそうとは思えなかった。だってシルバ、本当にあの家の子に見えたもの。そのぐらいとっても仲良しで、幸せそうな家族だったもの。


ラッツは懸命に走ると、シルバに追いついた。


「シルバ!!」

「あれ? ラッツ〜?」


シルバの手を引いて、彼を人気のない公園に連れて行った。

ハァハァと息切れしながら、ラッツは顔を上げた。


「ちょっとちょっと、どうしたの?」

「シルバあんた…養子って……」

「ああ、やっぱり母さんが名前間違えるの、聞かれてたか〜」

「……」

「しょっちゅう間違えるんだよ、母さん」


シルバは呑気に笑っている。


「な、何で笑ってんのよ!! 何なんだわよ、あんた!!」

「何って……。僕はシルバだよ。レノン君の代わりに、あの家にきたんだ」

「な、何言ってるんだわ……」

「レノン君はね、いつも笑ってる子だったんだって。どんな時もニコニコしていてね、その笑顔が大好きだったんだって、母さんが言ってたよ。レノン君は将来、騎士団に入りたかったんだって。だから毎日朝と夜、そのための訓練をしていたんだって!」

「え……」

「だから僕も……レノン君みたいになりたいんだ……」

「シルバ……?」


シルバはいつものように笑いたかったようだが、上手くできなかった。泣いていたからだ。


あたしはシルバが泣くところなんて初めて見たから、ものすごく驚いた。


「僕はずっと孤児院にいてね、里親が見つかったって聞いて、すごく嬉しかった……。僕みたいな子供を、引き取ってくれる人がいるなんてって、感謝しかなかった。そして僕はある日父さんに、どうして僕を引き取ったのかって理由を聞いたんだ。なんて言ったかわかる?」

「……」

「僕はね、似ているんだってさ……レノン君に……」


そう言ったシルバは、涙を流しながら微笑んでいた。


「父さんはそう言いながら、僕にすごく謝ったよ。でもその時母さんは心が病んでいて、どうしようもなかったんだ。それを聞いてね、僕は心に決めたよ。僕はレノン君の代わりになろうって」


それを聞いたラッツもまた、涙を浮かべた。

シルバがいつもニコニコしている理由も、毎日下手くそな素振りをしている理由も、やっとわかったからだ。


シルバは涙を拭った。しばらくして落ち着いてくると、また話しだした。


「母さんの心もね、僕のおかげかはわからないけど、元に戻っていったんだ。今は僕がレノンじゃなくてシルバだって受け入れている。それでいて本当の息子みたいに接してくれるよ。たまに名前は間違えちゃうけどね」


そう言って、彼はまた、笑ってみせた。


「うう……」

「うん? どうしたの? ラッツ…」

「うっ、うっ、うぅっ」

「え……」

「うわーーーん!!!!」

「ええええ?!?!」


あたしはその後、声を大きく上げてひたすら泣いた。

彼を慰める言葉なんてわからなかったんだわ。だってその時あたし、あまりにも幼かったから。


「うわあーーーん!!!!」

「ちょっとちょっと……ほら……よしよし……」


シルバは泣きじゃくるラッツの頭を撫でて、彼女は不覚にも彼の胸元によりかかっては、涙と鼻水で彼の服を汚した。


あたしは目を真っ赤に腫らして、シルバと手を繋ぎながら街を歩いた。


「またパン買ってあげようか」

「いらない……無駄な買い物はしなくていいんだわ」

「無駄じゃないよ。ラッツが喜ぶ顔が見れるからね」

「……」


シルバは初めて2人で入ったあのパン屋さんに行って、メロンパンを1つ買った。


「僕ね、本当はメロンパン好きなんだ。嫌いなのはレノン君なんだ」

「ふうん……」

「でもメロンパンって、1人で食べるには結構大きいんだよね。はい」


シルバはそれを半分にちぎって、彼女に渡した。


「メロンが入ってないんだわ」

「あはは。メロンパンにメロンは入ってないよ」

「ふうん……変なの……」


ラッツはそう呟きながら、メロンパンを一口かじった。


「でも美味しい」


それを見てシルバも、にっこりと笑ってみせた。















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