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子年

俺が話くらいなら聞いてやるって言うと、ラッツはベラベラ話し出した。

シルバとの思い出話だ。


「あたしがシルバと初めて会ったのは、あたしがまだ5歳の時なんだわ」


ラッツ・マクラス、5歳。

彼女はシピア帝国の貴族の子供の養子となった。


その貴族の姓がマクラスだったから、ラッツはその日からマクラスを名乗っている。その前の姓がなんだったんだとかいう話は、特にしていない。


田舎の小さな村で生まれたラッツは、エーデル大国のその都会ぶりにたいそう驚いた。だけれど、興奮よりも不安の方が甚だ大きかった。


ラッツを受け入れてくれた主人のベルコィ・マクラスは、とっても優しくていい人だ。早くに妻を亡くし、子供もおらず、お金は山ほどあったが、1人で寂しく暮らしていたという。ベルコィはラッツが養子に来てくれることを、たいそう喜んでいた。


しかし、ラッツが初めてその家に来た日は、彼女は何というか、突っ張っていた。養子なんかに来たくもないのに、仕方なくやってきたんだという思いだったのだ。ベルコィが彼女に話しかけても、ふん!と無視ばかりしていた。


そしてベルコィの古くからの友人が、ゴルド・ダドシアン。シルバの父親だ。


家も隣だったので、ラッツが養子としてやってきたその日に、ダドシアン家まで挨拶に行った。


「ほう! こりゃ可愛い娘さんだ!」

「ははは! そうだろう。名前はラッツだ」

「……」


ベルコィとゴルドが話している後ろで、ラッツは腕を組んで立ち、ゴルドのことも睨みつけていた。


「はっは! 怖がらなくてもいいよ。私はラッツの新しいお父さんのお友達だ」

「ふん!」


ラッツはそっぽを向いた。


「おい、ラッツ…」

「はは! いいんだ。ラッツさん、私にも子供がいるから仲良くしてやってほしい。おい、シルバ〜」


ゴルドが家の中に向かってシルバの名前を呼ぶと、「何〜?」と柔らかな少年の声が聞こえた。

少年はドタドタと家の廊下を走ってきて、玄関までやってきた。


銀色の髪の、穏やかそうな少年だった。ラッツよりもだいぶ歳上だ。


「ベルコィの家に、養子の娘さんが来たんだよ。ラッツという名前だそうだ」

「ん〜?」


ラッツは父親の影から顔を出して、少年を睨みつけた。

すると、少年はラッツに、にこやかに笑いかけた。


「シルバだよ! よろしくね、ラッツ!」

「ふん!」


ラッツはそっぽを向いて、どこかへ走り去った。


「こらラッツ! どこ行くんだ!」

「いいよ、ベルコィおじさん! 僕が追いかけるから!」


シルバは笑ってそう言うと、ラッツを追いかけた。


「大丈夫かのう……」

「はっは! シルバがすぐに捕まえるよ。それに街の外には騎士が立っとる。ここからは出られはせん」

「ハァ……せっかく娘ができたのだが、ずっとあの調子でなぁ…」

「はっはっは! 大丈夫、最初はそんなもん。すぐに慣れるさ。どれ、シルバに任せてみようじゃないか。あの子ならきっとうまくやってくれる」

「ふうむ…確かにそうだなぁ。シルバ君に任せよう」


ラッツは初めてやって来たエーデル大国の街中を、宛もなく走っていた。後ろから、さっきのシルバとかいう男が追いかけてくる。


「ラッツ〜! 待ってよ〜〜!」


(んもう、何で追いかけてくるんだわ…!)


ラッツは後ろをチラチラ気にしながら、彼から逃げようと走っていた。


「ひゃっ!」

「ラッツ!」


前をよく見ていなかったラッツは、階段から落ちそうになった。既のところでシルバに手を引かれ、落ちずに済んだ。


「危ない危ない〜! 前見ないと〜!」

「あんたが追いかけてくるからなんだわ! あんたのせいなんだわよ!!」

「え〜!! ごめんごめん! でもラッツが逃げるからだよ〜?」


シルバの手は大きくて、ラッツの小柄な手をすっぽりと覆っていた。


「んもう!」


ラッツはその握られていた手を思いっきり振り下ろして、彼の手を離した。

ラッツがどんなにイライラしているといったオーラを出そうと、シルバはお構いなしだ。ずーっとニコニコと笑っている。


(本当に呑気な奴なんだわよ! 見てるだけでムカつくんだわ!!)


すると、ラッツのお腹がぐーっと鳴った。


(げっ!)


ラッツは恥ずかしさのあまり赤面した。


「そっか! お腹が空いてるから怒ってるんだね!」

「ち、違うんだわ! そんなにガキじゃないんだわよ!!」

「うーんそうだなぁ…。あ、あそこにパン屋さんがある! 一緒に行こ!」

(こいつ話聞いてないんだわ!)


シルバは再び彼女の手を握りしめると、すぐそこの小さなパン屋に向かって走り出した。


「ちょ、ちょっとぉ!!」


ラッツは手を振りほどくこともできずに、パン屋の中まで来てしまった。


「うわ〜! いい匂い!」


お店の中に入ると、喉を鳴らすようなパンの美味しそうな匂いが充満していた。ラッツは再びお腹が鳴りそうだったのを、必死で堪えた。


「ねぇ、どれがいい?」

「どれって…言われても……」


ラッツが食べたことのあるパンは、食パンとコッペパンだけだ。小さな田舎村だった。だからそれ以外はなかった。


(パンってこんなにいっぱい種類があるんだわね…)


ラッツはパンを1つ1つ凝視した。とはいえ5歳の彼女は背が低いので、1番下の段しか見えなかったけれど。


(カレーパンにクリームパン…、うん? クロワッサンってなんなんだわ。これはメロンパン? メロンが入ってるんだわ? しかし、どのパンも高級なんだわ…!)


村で暮らしていたラッツにとっては、エーデル大国の商品はどれも高く感じた。まだ子供とはいえ、金銭感覚はしっかりと備わっている。そしてラッツは、ことごとくケチだ。


「何かいいのあった?」

「……」

「ああ、メロンパンか…」

「美味しいんだわ?」

「うーん。僕はあんまり好きじゃないんだ」

「……」


(何なんだわ。メロンが嫌いなんて、贅沢なやつなんだわよ)


2人はそれぞれパンの棚を眺めている。


「ラッツ〜! これなんていいよ〜!!」


シルバは奥の上の棚に置かれたパンを指さした。


「見えないんだわよ!」

「ほら〜!」


シルバはトレイにそのパンを1つとって、ラッツに見せようとした。


「ちょっと! 取っちゃったら買わなきゃなんだわよ!」


シルバは気にもせず、そのパンをラッツに見せた。

それは、ネズミの形をしたパンだった。丸い顔に、丸い耳がちぎりパンのようにくっついている。チョコペンで可愛らしい顔が描かれていた。


「何なんだわこれ」

「干支パンだよ〜! 可愛すぎるよね! これ買ってあげるね〜!!」

「んもう! 取っちゃったら買うしかないんだわよ!!」


シルバはヘラヘラとしたまま、パンをレジに持っていった。


「400ギルでございます」

「は〜い!」


(よ、よんひゃくぅ?!?! メロンの入ったメロンパンでさえ250ギルなのにィ?! 何なんだわ?! 高すぎるんだわ! 中に何が入ってるというんだわ!!)


自分が払うわけでもないというのに、ラッツは脳内で叫び続けていた。


会計を済ませたシルバは、パン屋の外の丸椅子に座ると、ラッツに袋に入ったネズミのパンを渡した。


「どうぞ!」

「あ……ありがとうなんだわ…」


(こんな高級なものを買ってもらっちゃったんだわ……)


貴族は金持ちだと聞いてたけど…、こんな高いパンを惜しみなく買うなんて、金があってもあたしには一生無理なんだわ。


「何でこのパン買ったんだわ。他のパンでも十分高いってのに…」

「え?」


やば……貧乏性丸出し発言しちゃったんだわ……

このアホは貴族……バカにされるっっ……!!


ラッツは恥ずかしさで目をつぶった。しかし予想外の反応が返ってくる。


「高いよね〜! でもネズミだったから! どうしてもこれ買ってあげたくって!」

「な、何でネズミがいいんだわ…?」

「だって()()()って、エイ語でネズミって意味でしょう?」


シルバが笑顔でそう尋ねたので、ラッツは一瞬氷のように固まった。

がすぐに噴火し、氷は溶けた。


「そんなわけないんだわよぉぉ!! 誰が子供にネズミなんて名前つけるんだわぁアア!!」

「ええ?! じゃあ何でラッツなの?!」

「ラッツはグラッツのラッツ! おめでとうって意味なんだわよ!」

「ええ〜! そうだったんだ! ネズミかと思ってた〜!!」

「全く失礼な奴なんだわね!!」

「あははは〜!」


シルバは、ずっと笑っている。

何がそんなに面白いと言うんだろうか。


まあいい。せっかく買った高級パンだ。冷める前に食べるとするんだわよ。


さあ、そんなに高級なパンの中には、一体何が入っているというんだわ…?


「ああ、ネズミさんが!!」

「うるさいんだわよ!!」


ラッツはパンを半分に割った。


「なっ!!」

「うわ〜! ふわふわだねっ!」


(空っぽだとぉ〜?!?!)


ラッツは中に何もないネズミパンを凝視した。


(何なんだわ?! まさか造形代だというんだわ?!?!)


「ラッツ、食べないの?」

「さ、詐欺なんだわ!! こんなの!!」

「うん?」

「あのパン詐欺屋なんだわよーっっ!!!」


ラッツが叫びだしたので、シルバもさすがに笑ってはいられなくなった。


「ちょ、ちょっと何言ってんの! お店の前で!」

「メロンが入ってるメロンパンよりネズミパンの方が高いなんておかしいんだわぁあ!!」

「ラ、ラッツぅぅ?!」


シルバは何とかラッツをなだめ、その後ネズミパンを美味しく頂いた。

中身は空っぽだったが、パンはキャラメル味と新鮮で、驚くほど美味しかった。














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