フェネクスに乗って
「フェネクスって……魔族じゃ……」
「そうなんだよ〜。でもこの子は、僕の友達だから! 名前はロッソって言うんだ!」
「グワグワ!」
シルバはニコニコとしながらそう言った。
ロッソは優雅に青空を舞って進んでいる。
馬車の何倍…? いや、何十倍? わかんねえけど…こりゃ今夜にはシピアに着くぞ…。
「本来なら魔族は皆殺し、があたしたちエーデルナイツのモットーなんだわ」
「そんなこと言ってたな」
「というのもねぇ、あたしらの団長は魔族が大嫌いなんだわよ。だからシルバの友達だからって、特例は認められないんだわ」
「じゃあなんで無事なんだ?」
「服従しているんだわ。もし人間を襲ったら、この鳥は死ぬんだわ」
「し、死ぬ……そこまで……? 気絶させるんじゃ駄目なのか?」
「駄目なんだわ。一度でも裏切ったら命はない。ロッソもそれをわかってるんだわよ」
ロッソは穏やかな表情を浮かべて、空を飛んでいく。
「ロッソは人を襲ったりしないよ。とっても優しいんだ〜」
シルバはロッソの茶色い背中を優しく撫でた。
「グワッグワーっグワァ!」
ロッソもなんだか嬉しそうな声を上げている。
街は小さくなってもう見えない。雲に手が届きそうだ。
ロッソの羽はすごく柔らかくて、心地がいい。まるでシルクみたいな肌触りで、すごく暖かい。
フェネクスは、珍種と言われていた。ゆえに俺も、見るのは初めてだ。
シルバから少しだけロッソの話を聞いた。
フェネクスってやつは、不死鳥なんだという。
と言っても、それは寿命の話だ。彼らはその身が全て炎に覆われると、いつどんな時でもひな鳥に戻るそうだ。だから寿命が尽きる前に、自ら炎に身を投じるらしい。
人間とは違って、彼らには寿命が尽きるタイミングってやつがわかるみたいだ。だから死ぬ前に炎に飛び込むことができるんだと。
更に炎に触れた箇所は、どんな傷を負っていても治るそうだ。しかし命が尽きてしまっては生き返ることはできない。ゆえに死ぬほどの傷をおえばもちろん死ぬ。服従の紋でも、もちろん死ぬというわけだ。
「フェネクスは人間の言葉を話せるんだっけ?」
「ううん。話せないよ」
「じゃあどうして、そんなに詳しく…?」
「僕とロッソはね、お互いの考えてることがわかるんだ。脳内で会話ができる……テレパシーっていうやつかな」
「へえ…」
そんなことができるのか…。
人間の姿に似た魔族は言葉を話すのも得意だが、そうじゃない魔族は大概話せはしないからな。
「そんな芸当が出来るのはシルバだけなんだわ。グワグワ言ってるだけで、何言ってるかまるでわかりゃしないんだわよ」
「だって僕とロッソは一心同体だから〜!」
シルバはロッソを抱きしめるように、その鳥の背中にごろんとうつ伏せになった。
「本当気持ち悪いんだわよ」
「あはは〜。そんなこと言わないでよ〜!」
「グワッグワッ、グーワッ」
(確かに何言ってっかわかんねえな…)
この鳥、何か会ったことがある気がしたんだけど、気のせいか。
「そういえばラッツ、団長ってどんな人?」
「ああ、ものすごーく強くて、ものすごーく怖い人!」
「あはは。そんなに怖いかな〜」
「あんただけよ! 団長を怖がらないのわね! エーデルナイツは、団長とあたしとアホシルバ、それから西軍リーダーのミカケと、南軍リーダーのゾディアスの5人で立ち上げたんだわよ」
「へえ……5人は皆、エーデル大国の出身なの?」
「いや、あたしとミカケは違うんだわ。団長と縁があってね、立ち上げに協力することになったんだわよ。団長とシルバとゾディアスは、元々エーデル大国の騎士団だったんだわよ」
何かいっぱいいて覚えらんねえけど…まあいいか。
「そのうち会うこともあるかもなんだわ。すっごく怖いから覚悟するんだわよ」
「ふうん…」
エーデルナイツの頭か…。ラッツが言うなら相当強い奴なんだろうが。
「それよりさ、リルイット君。あの狼人間、どうやって倒したの?」
「え?」
「めちゃくちゃ速かったでしょ?! 北軍誰も攻撃当てられなくってさ〜! とっとと撤退しちゃった!」
「アホシルバ。あんたが戦ったのなんて第1形態なんだわよ。イケメンリルが倒したのは第3形態よ!」
「ええ?!?!」
「リルイットは最強の炎の剣士なんだわ!」
ラッツはリルイットの腕をぎゅうっと掴むと、ベラベラと彼の自慢をした。
「そうなんだ〜!」
シルバは俺のことを輝かしい目で見ては、うんうんとにこやかな笑顔を浮かべるだけだ。それを見てラッツは、何だか口を尖らせているようだった。
「グワッグワァ!」
「ロッソも火の鳥だからね。リルイット君とは仲良くできそうだってさ!」
「そりゃ良かった…」
俺たちはそれから他愛もない話をしていた。
ラッツとシルバが俺のわからない話をしだすと、俺は何だかぼーっとしてきて、ブルーバーグでのことを思い出していた。
あそこで俺は、スコルとハティを倒した。身体が炎にでもなるような、あの感覚…。
記憶はある。俺の姿は、まるで魔族みたいに変わっていた。
皆を抱えてエーデル大国にたどり着いたあと、俺は不思議とその姿を元に戻すことができた。ただ、またあの姿になれと言われても、やり方がわからない。あんまりなりたくもないし…。
だけど、きっと初めてじゃないんだと思う。
あの姿になったのは。
その時の記憶はないのだけれど……。
(スルト……)
俺の記憶か、はたまた夢か、知らない魔族が何度も俺のことをそう呼んでいた。あのドワーフのオルゾノって奴もだ。
(くそ……思い出せない………)
俺は一体…何者なんだ……。
スルトって……誰なんだ……。
「イケメンリル!」
「へっ?!」
「何ぼーっとしてるんだわ。ミルガンに着くんだわよ」
「えっ?! もう?!」
「グワァグワッ!」
ロッソは降下していくと、ミルガン国の手前に着陸した。
気づけばもう、夜になっていた。
夜の戦闘は危険だ。デスイーターは暗闇にも強い。
俺たちはミルガンの宿屋に泊まることになった。
ロッソは俺たちを届けると、シルバと目で挨拶を交わし、どこかへ飛んでいってしまった。
近くの定食屋で、3人で夕食を食べた。
「あれ? シルバ……左利き…?」
シルバが左手でご飯を食べているのを見て、リルイットは驚いた。
「うん、そうだけど? 何で?」
「いや、だって、剣が左腰に……」
シルバの左腰の鞘には剣が刺さっている。
「あはは! この剣はフェイクだから!」
「え?!」
「アホなんだわよ、こいつは。わざわざ使えもしない重い剣なんて持って、格好つけてんだわ」
「いやいや! 作戦なんだって! これを持ってるとね、敵が僕のこと剣士なんじゃないかって警戒してくるんだよ〜! そう言えばこの前なんかね…」
シルバはケラケラ笑いながら、フェイクの剣が役に立った話なんかをしだした。
(剣士じゃねえのか…? じゃあ何で戦うんだ…?)
リルイットは疑問に思ったがその事は聞きそびれてしまって、夕食を済ませた3人は、宿屋にやってきた。
「宿を2部屋とったんだわ!」
部屋の鍵を2本まわしながら、ラッツがやってくる。
「なんだ、ケチのラッツが珍しいじゃねえか」
「うるさいんだわよ! さあリル! あたしと一緒に寝るんだわ〜!」
「はあ?! 何でそうなんだよ! お前が1人で寝りゃいいだろ」
「何でそんなこと言うんだわ! 一緒にくるんだわよーっ!!」
ラッツは1本の鍵をシルバに渡すと、リルイットの腕を引っ張って部屋へ連れて行く。
「僕のことは気にしないで〜! 結婚するんだから当然だよ! ラブラブしてきてねぇ〜!」
シルバはにこやかに手を振っている。
「ちょっ! シルバ! 違うんだって!」
「何も違わないんだわ! 行くわよリル〜!」
「おい! あの! ああっ! ちょっとぉ〜!!」
ラッツは無理矢理リルイットを連れ込んでは、バタンと宿の扉を閉めた。
「何なんだよもう…。俺はお前の婚約者になった覚えはねえんだよ…」
「わかってるんだわ……」
ラッツはベッドに座ると、俯いた。
いつもと何だか様子が違う。そしてその理由を俺は、察していた。
「お前、シルバのこと好きだろ」
「ぎくっ!」
ぎくって言ったし……。
「やっぱりな〜」
「な、な、なんでわかったんだわ?!」
「俺は他人のそういうのには敏感なんだよ」
自分は鈍感だ…というか、無関心なんだけど。
「イケメンリル…やっぱりあんたはイケメンね。恋愛経験が違うんだわね!」
悪いが経験は皆無だぜ…? ごめんなラッツ。
「シルバって、既婚者だろ」
「ぐぅ……そうなんだわよ…この前結婚したばかりなんだわ」
「そうなんだ。ていうか、あいつ何歳なの?」
「今年23になるんだわよ」
へぇ…結構歳上だったのか。まあ、する奴はする年頃だよな。
相手もいない俺には夢のまた夢か…。
「だからもう諦めたんだわ。不倫なんてごめんだしね」
「不倫て…お前まだ15だろ?」
「そうだわよ。だからせめて、かっこよくて素敵な彼氏を見つけて結婚して、シルバに見せつけたかったんだわ」
「それで俺と婚約してるなんて適当なことを言いやがったのか」
「ごめんなんだわ…。でも全く効果がないんだわよ。見た? あのヘラヘラした顔! あたしになんてまるで興味がないんだわよ!」
ラッツはそう言いながら、泣きそうになっていた。
「おいおい、泣くなよ…」
「うぅっ! ぐぅぅっ!! くーっっ!!」
「おいおいおい……」
「リ〜ル〜〜!!」
ラッツはリルイットに抱きついて、彼の胸元であんあん泣き出した。
はぁ……。
リルイットは仕方なく彼女の背中をさすった。
「結婚じゃしょうがねえよ。もう忘れろ」
「うわーん!! 忘れられないんだわ〜!! うーぇええ〜ん!!」
「歳が離れすぎなんだ。しょうがねえ」
「うわぁぁ〜ん!! 何で何でえ〜?? 何で駄目なんだわ〜!! あたしの方が昔から知ってたのにィ〜!! うわ〜ん!!」
「そら残念だな。よしよし……」
「うわぁぁ〜ん!!」
エーデルナイツ東軍リーダー、ラッツ・マクラス、15歳。
俺のボスはめちゃくちゃ強いが、失恋傷心中の乙女ちゃんだった。




