次の目的地
「おらァ!」
ベンガルは硬化した腕で、巨大トカゲの魔族リザードマンをなぎ倒していた。
外見はまさに二足歩行をするトカゲだ。人間くらいの大きさをしていて、同じく人間のように武装をしている。身体の鱗の色は赤、緑、青と様々だ。
が、彼らでは硬化したベンガルにダメージを与えられないようだ。
あっという間にリザードマンの群れを倒し切ると、エウラはパチパチと拍手を送った。
「見事なもんだな、ベンガルよ」
「こいつらはそんなに強くないですからね…」
「もうすぐ街に着くが、どうやら装備を買う必要がなさそうだな」
「その辺の武器や鎧より、硬化した拳や身体の方が強いですから」
ベンガルは鍛えられた腕の筋肉をグッと膨らませて、エウラに見せながら自慢げに答えた。
「そういや最近、エーデルという国で、魔族討伐騎士団なんてものが立ち上げられたと噂で聞いたよ」
「へえ……」
「うん? 興味はなさそうだな」
「元々つるむのは好きじゃないんですよ。そいつらはそいつらで好きにやればいい」
「ほう…」
エウラはリザードマンの死体からとれる尻尾を集めていく。
「どうするんですか、それ」
「売るんだよ。リザードマンの尻尾はいい素材だよ。これまでは魔族虐待なんて罵られて、生きた物を殺して採ることなんて出来やしなかったが、今じゃあもう世間は、そんな馬鹿なことを言うやつはいない。魔族討伐ありがとうの時代が始まったのさ」
「なるほど…」
ベンガルもまた、リザードマンの尻尾を集めだした。
「つるむのが好きじゃないのに、復讐したいほど死を悲しむ友達がいるんだね」
「2人は特別ですよ…。1人は俺の大親友の男で、1人は俺が本気で惚れた女だったんです」
ベンガルは苦笑しながらそう言った。
「へえ。どんな友達なんだい。聞かせておくれよ」
「王族様に言われちゃあ、断れませんね」
「あっはは。お前は私を王族だなんて見ているのかい。そんな縁はとっくに捨てた。私はただの、浮浪者のおばさんだよ」
「はは……何ですかそれ」
「それでも良かったら、聞かせてくれないかい。お前の大切な、友達の話さ」
「はは…もちろんいいですよ」
ベンガルはエウラに、リルイットとウルドガーデとの出会いや、思い出話なんかを彼女に話した。
国王のお姉様だなんていうから、最初はびびりはしたが、不思議と彼女からは、いい意味でそんな威厳はまるでなかった。そしてもっと不思議なことに俺は、彼女に自然と何でも話せるんだ。
彼女は他にも、俺の話を聞きたがった。
魔族討伐の旅をしながら、その昔俺がどんな風に育って、どんな出会いをして、どんなことを考えていたのか、俺は話をしたんだ。何でこんなほぼ初対面のおばさんに、ベラベラと自分のことを話したのかは俺もわからなかったけど、彼女の話術なのか人柄なのかしらないが、何だかのせられるように話をしてしまったんだよな。
その反面、エウラさんは自分のことは全く教えてくれなかった。何を聞いても口癖のように企業秘密と言い張るんで、俺ももういい加減彼女のことを聞くのはやめた。
魔族討伐の旅をする途中、素材を取っては商人に売りさばいていたので、金には困らなかった。エウラさんは高級素材の種類やその在り処などにやたら詳しかった。これまでの1人旅もそのようにして、上手いこと金を稼いでいたそうだ。
そして俺たちは、その後も旅を続けている。
「うわ、また君か」
メリアンはベッドの上に寝転んだアデラを見て、呆れたような表情を浮かべる。
メリアンがアデラを治すのはもう5回目だった。
初めてこの人に会った時、全身打撲と骨折でボロボロだったんだよなぁ…。あれは本当酷かったよ。何でこんなケガをしたのか聞いたら、全身金槌で打たれたなんて言ってた。本当に恐ろしいことするよねぇ、魔族って。
その後も魔族討伐に行って帰ってきては、いつもケガをしている。弓使いだと聞いたんだけど、何でそんなに毎度ケガをするんだろう。回避能力が欠けてるに違いないな。
(はぁ、今度は下半身の低温火傷が酷い! この人、僕がいなかったら絶対死んでるよなぁ!)
「さっさと治せ、ガキ」
(おまけに口も悪いんだよなぁ…無愛想だしさ)
「僕の名前はメリアン。いい加減覚えてよ、アデラ君」
「ガキはガキでいいんだよ」
「んもう!」
(ていうか、僕もう18なんだけど! ガキじゃないんだけど!)
メリアンは、アデラの服を脱がすと、その負傷した肌に手をかざした。
その手の平から放出される真っ白い光は、照らした箇所を完全に元通りにする。神業だ。
しかし服の上からでは療術をかけられない。女の子を治す時は結構気を遣うよ…。
そういやアデラ君のことも、最初は女の子かと思ったよ…。治す時に身体をちらっと見て、驚いたもんだ。だってこの顔は、もろ女の子じゃん!
「はい、完治したよ!」
「ふうむ」
(この人、お礼も言ってくれたことないんだよな…。鼻で返事するばっかりで)
アデラは肩を鳴らしながら起き上がった。
「腹減った」
先ほどのケガなどまるで嘘のように、アデラの身体は完治した。メリアンに一瞥もくれず、さっさと彼の療養室から出ていった。
「はぁ…」
メリアンは無駄に細い彼の後ろ姿を見ながら、ため息をついた。
食堂はエーデル城の1階にある。王族御用達のシェフたちが、いつ食堂に訪れても、エーデルナイツの騎士たちのために料理を振る舞ってくれる。
食堂には東軍の他に、北、西、南の軍の騎士たち、それに予備軍の者もやってくるから、ご飯時の時間にくればなかなかに賑わっている。料理は予備軍たちにもまかなわれていた。ここの料理を毎食無料で食べられるというだけでも、予備軍とはいえ入団する価値はありそうだ。
アデラは仕事の時以外、いつもこの食堂にやって来ていた。エーデルナイツに所属してまだ数週間ほどだが、シェフたちに顔も覚えてもらうほどにもう常連である。
今は時間がずれているから、そんなに利用者はいないみたいだ。
ちなみにここの食事は、バイキング形式だ。
常に並べられているたくさんのおかずから、好きなものをとって食べられる。
「おう! アデラ!」
先に食堂にいたリルイットとラスコが、アデラを見つけて手を振った。
「ふうむ」
アデラは料理を山盛りに積んだ皿をお盆に乗せて運ぶと、彼らのテーブルまでやってきた。
「おいおい、パスタの上にプリンを置くんじゃねえ」
「食べられれば何でもいい」
「よくねえよ。見ろよ俺のプレートを!」
どうやらリルイットたちもさっき来たところらしい。レストランばりに美しく盛り付けた皿を、アデラに自慢した。
「そんなに綺麗に盛り付ける暇があるなら、さっさと食いたい」
「うるせえな。見かけが綺麗な方が美味さも増すんだよ! お前の皿なあ、無茶苦茶なんだよ。山盛りすぎなんだよ。乗せりゃいいってもんじゃねえ」
「何度も取りにいくなんて面倒くさいだろ」
「うふふ」
ラスコも笑って2人の様子を見ていた。ラスコの皿を覗いたアデラは言った。
「ラスコの皿は、肉と魚ばかりだな」
「野菜と果実はいつでも食べられますから!」
「ふうむ。野菜を食ってるほうが可愛いのに」
「え?」
「うああ! いいからさっさと食うぞ!」
「ふうむ」
リルイットは焦って食事を促した。案の定ラスコは頭にはてなを浮かべている。
(どういう意味なんでしょう…?)
(だから、ラスコは馬じゃねえっての…)
そしてアデラは、プリンのせパスタをぺろりと平らげた。
「イケメンリルー!!」
「ラッツ…!」
ラッツがリルイットのところに駆け寄ってくると、彼にぎゅうっと抱きついた。ラスコはいつもの怪訝な顔を浮かべている。
「報告は終わったのか?」
「当たり前なんだわ! ふふ! それより、次の遠征に向かうんだわよ、イケメンリル」
「え? もうですか?」とラスコ。
「あんたは来なくていいんだわ、ブスコちゃん」
ラッツは眉を上にあげては、ふふんとラスコを見下していた。
「ど、どこに行くんですか……」
「シピア帝国なんだわ」
「え?!」
「うん?!」
リルイットは驚いた様子だった。
「デスイーターを倒しに行くんだわよ」
「え…まじかよ……」
「リルの炎なら簡単に殺せるんだわ。あたしも聖結界をずっと張るのはしんどいんだわよ。本当ならシルバに行ってもらうって話だったんだけど、あいつ1人じゃどうも頼りないってんで、団長に頼まれて、あたしたちも着いていくことになったんだわ」
「……」
(シピア帝国……)
一体どんな大惨事になってんだろう…。
しかし、元々この目で見るつもりだった。これはいい機会だ。デスイーターなんてぶっ飛ばしてやる。
「わかったよ。行こう」
「さすがイケメンリルなんだわ! じゃ、食べ終わったら、あたしの部屋に来るんだわよ」
「わかったよ」
「ラッツさん、その間私達は…?」
「シルバが東部の魔族をほとんど倒しきっちゃって、まだ出現情報がないんだわ。ブスコちゃんたちも疲れてるでしょうし、しばらく休養してていいんだわよ」
「わかりました……」
「うふふ! それじゃあリル、またあとでなんだわ!」
ラッツはるんるんとスキップしながら、食堂を去っていった。
「リル……」
「シピア帝国は俺の祖国だ。ちゃんとこの目で見てくる」
「気をつけてくださいね…」
「うん。ありがとう」
ラスコは心配そうにリルイットを見ていた。アデラはケチャップのついたショートケーキを食べるのに夢中だ。
(はぁ……)
しばらくこいつらともお別れか。ていうか、こっからシピア帝国まで結構かかるよな。確かミルガン国からここまで馬車で2週間って言ってたからな…長旅になるぞ…。
リルイットは食後のコーヒーを一飲みして息をつくと、立ち上がった。
「んじゃ、行ってくるか。ボスのところに」
「いってらっしゃい、リル」
「ふん」
ラスコとアデラに見送られ、というかアデラは見送ってくれてはないが、俺はラッツの部屋へ向かった。
ここで初めて目を覚ました日、ラスコに騎士団アジトの大体の場所は案内してもらった。東軍アジトの塔の最上階に、ラッツの部屋がある。
塔には自動で稼働する螺旋階段がある。誰かが乗って移動している間は乗り込めない仕様だ。俺が乗ってきたやつの他に2台もあるから、渋滞するってことはあんまりない。
入り口の手前に階を指定するボタンがついているから、俺は最上階のボタン「20」を押した。階段の前の透明な扉がウイーンと開けば、準備が整って乗り込んでいい合図だ。
乗り込んで数秒すれば、勝手に階段が動き出し、そこまで連れて行ってくれる。階段はかなりの速度で上に進んでいった。一番下から最上階まででも、数秒でたどり着ける。
(やっぱ科学が発展してんな…。シピアも相当進んでると思っていたが…こりゃあ負けた。世界は広いってか…)
最上階に到着し、廊下を進むと、ラッツの部屋の前までやってきた。扉の前に「ラッツの部屋」と書かれた、可愛らしいハートのドアプレートが飾ってあったので、すぐにわかった。他にもいくつか部屋があるが、何の部屋かは不明だ。
(ここか…)
リルイットが扉をノックしようとすると、後ろから声をかけられた。
「あ、ラッツの婚約者のリルイット君!」
「え?」
リルイットが振り向くと、先ほど会ったシルバという名の男が、別の螺旋階段から上がってきたところだった。
「シルバ……さん……」
「いやいや〜、シルバでいいよ?」
「いや、そういうわけには……」
「いいからいいから。北軍の皆も、僕のことシルバって呼び捨ててるよ! ああ、でもアホはつけないでね〜ラッツみたいにさ」
「つけませんけど……」
「敬語もいいから〜! 堅苦しいのは苦手なんだよね」
「努力しま……努力する……」
「うん! それじゃあ部屋に入ろっか!」
本当にリーダーっぽくないよなぁ…。北軍の騎士たちにもなめられてんだろうな…。
シルバは終始ニコニコとしている。笑っていなくても元々目が細いようで、よく見たら釣り目みたいだ。
デスイーター殺しにシルバを行かせるってことは、俺の炎みたいに、物理攻撃じゃない何かの技を使えるってことなんだろうか。
シルバは俺の横に来ると、ラッツの部屋のドアをノックした。隣に並ぶと彼は背が高くって、俺も低い方じゃないけど、見上げてしまう。
下に目をやると、左腰には剣がついていた。この人も剣士なんだろうか。
(あ……)
彼の左手の薬指には、指輪がはまっていた。
(既婚者だったのか…)
「ラッツ、はいるよ」
「どうぞなんだわ〜」
シルバはドアを開けた。俺もラッツの部屋を覗き込んだ。
(げっ…)
「あら! イケメンリルも一緒だったんだわね!」
「……」
ラッツの部屋は、気持ち悪いほどピンク一色だ。ハートのドアプレートを見て、彼女の部屋の雰囲気は察していたが、予想以上だ…。
壁も天井もピンク、ソファもピンク、机もピンク、お姫様ベッドもドピンクだ。
(寝付き悪そう〜……)
まあアデラのイビキ付きの宿屋とどっこいだな。
それにしても、目が痛くなるぜ…。
ここまで統一できるなんて凄いな。というか、エーデルナイツも割りかし立ち上げたばっかだろ。どんだけ自分のテリトリーを構築してんだ。
「それじゃあさっさと向かうんだわよ」
「え? もう行くのか?」
「当たり前なんだわよ。シルバ、さっさと呼ぶんだわ」
「うん! 任せて!」
(呼ぶって……何をだ?)
シルバが口笛を吹くと、窓の向こうの空から何かが飛んでくるのがわかる。
そしてリルイットは、その何かの気配を、ゾクゾクと感じた。
(あ……)
「ふふ…イケメンリル、見たら驚くんだわよ」
何かはその姿を現していく。
(鳥だ……)
それは茶色い羽の、巨大な…ものすごく巨大な、鳥だった。
真っ青な瞳をした鳥は、リルイットと目を合わせた。
(知ってる……この鳥……)
初めて見るはずなのに。どうしてだ。
「こいつは一体……」
「シルバのペットのフェネクスなんだわ。さ、乗り込むんだわよ」
「え…」
ラッツは窓からその鳥の背中に飛び乗った。
「大丈夫だよ。おとなしいから。ほら、リルイット君も乗って」
「あ、ああ……」
流されるように、リルイットもその茶色の鳥フェネクスに飛び乗った。フェネクスはにっこりと微笑んでいる。
ここは塔の最上階、下にいる人間たちはつまめそうなほど小さく見える。そのくらいの高さだ。
最後にシルバも乗り込むと、フェネクスはその巨大な羽をはばたかせて、空へ飛び立った。




