精霊の国
「ほらほら、こっちだよウルちゃぁん!」
クロノスはウルドガーデを先導し、丘を下り、森を抜け、精霊の国リルフランスにたどり着いた。
「さあ、ここだよウルちゃん!」
「まあ!」
そこにはまるでシピア帝国にそっくりの街が存在していた。
遠くに見える城もまた倒壊したシピア城にそっくりで、ウルドガーデは目を丸くする。
「シピア帝国……」
「違うよウルちゃん! リルフランスだよぉ!」
「いや、でも……そっくりですよ…」
「そりゃそうさ。真似して作ったんだもん!」
「!」
ウルドガーデは複雑な気持ちで、その街の中を歩いていく。
「よぉ! ウル!!」
「サラマンダー!」
炎の精霊サラマンダーは、ウルドガーデを見つけると大きく手を振って彼女を呼んだ。
「何でここにいんだ? あれ? クロノスも一緒って…」
「あはは! ウルちゃんは選ばれし者だからねぇ! ほらほら、どいたどいた! 僕らは城に行く途中なのさ!」
「うん?」
サラマンダーも何のことかはわからず、頭にはてなを浮かべている。
クロノスはウルドガーデの手を引くと、城に向かって歩き出す。
「え、選ばれし者って、何のことなんですか?!」
「そうだったそうだった! 何も話していなかったねえ! 実はねウルちゃん、魔王が人間を滅ぼそうと企んでいるというわけなのさ」
「ま、魔王ですか…?」
ウルドガーデは眉をひそめながら、クロノスの話をただ聞いた。
「魔族を生んだのが魔王だってのは知っているかい?」
「は、はい……」
(と言っても、魔王が本当にいるなんて知りませんでしたが…)
「神様にたてつこうとする野蛮で最低な奴だよ! 僕たち精霊は皆揃って、魔王と魔族が大嫌いなのさ!」
(精霊は神様の絶対的信者…神様にたてつく魔王を心底嫌っているという噂は本当のようですね…)
「僕は時の精霊。遙か未来で魔王は生界に君臨し、人間を滅ぼそうとするんだ。大切な神様の子供である人間を、魔王なんかにみすみす滅ぼされるわけにはいかない。魔王の好き勝手になんかさせるもんか! こうなりゃ神様と協力して、魔王を殺そう!! と言うわけさ」
「は、はぁ……」
「しかし神様自身は手を下せないし、僕たちも精霊界でしか生きられない」
「あれ? でも私が呼べば、皆さん生界に来てくださいますが…」
「それはウルちゃんのエネルギーを媒体にして、生界にいる僕たちの根源を借りて、力を働かせているだけにすぎない。サラマンダーなら炎、シルフなら風、ね? それらをこっちの世界から操っているだけなのさ。だからウルちゃんにしか、僕たちの姿は見えていないでしょう?」
「た、確かに……」
(私が見ていた姿は元々、実態ではなかったということなんでしょう……。確かに触れませんでしたからね)
「まあとにかく、僕らは君みたいな精術師を通してじゃないと、生界で力を貸してあげられないからさ、僕の言いたいことわかるよね?」
「私に魔王を倒してくれということですか?」
「そうそう! 察しがいいねウルちゃん!」
「……」
魔族の長、いや、魔族の神様、魔王。
彼が未来で人間を滅ぼす……?
私が魔王を倒す……?
いくら精霊たちが力を貸してくれるとはいえ、そんなこと、本当に出来るというのでしょうか…?
「自信がないのかな? ウルちゃん」
「!」
クロノスは彼女の心を覗くことができるかのように、そう言った。
「…私は、魔王どころか、魔族のロキにすら負けたんです…。私なんかが、そんな器であるはずが…」
「ウルちゃん。人間が滅んじゃってもいいの? 君の国は魔族に無茶苦茶にされたんだよねぇ? そんな奴らのこと許せるの?」
「そ、それは……」
クロノスは、困った様子のウルドガーデを、眉をひそめて見つめた。ウルドガーデはハっとして彼から目をそらした。
(やっぱりな。この子は優しすぎる…。でもだからこそ、この子にしか無理なんだ!)
「まあとにかく、城まで来て? ウルちゃん」
「は、はい……」
ウルドガーデは困惑しながらも、クロノスについて城を目指した。
「どうしてシピア帝国を真似したんですか?」
「うん? 人間の国って住み心地がいいっていうじゃない? 色んな食べ物があって、色んな物が売っていて、お城があって、家があって、空があって雲があって空気もあって!」
「は、はぁ……」
「だから僕たちもね、何もなかったこの精霊界を、生界みたいにしたら楽しいんじゃないかって! あ、いくら精霊たちが力を出し合ったといってもね、そう簡単じゃなかったよ? ここまで作るのはさぁ!」
そうでしょうね…。ここまでの再現度は、まるで複製ですもの。住んでいるのは精霊ばかりのようですが…。
「シピア帝国を真似したのはね、ウルちゃんがそこに住んでいたからさ!」
「え…?」
「精霊たちは、皆ウルちゃんが大好きなんだよ!」
ウルドガーデはびっくりしたようにクロノスを見た。
「そ、そんな…恐れ多いです、クロノスさん。私なんて…呼び出せる精霊も数えるほどですし、エネルギーも少なくてすぐに底をつきますし…」
「んも〜! ウルちゃん、そんなに自信がないんだなぁ! ロキに負けたのが本当に悔しかったんだ? ね? そうなんでしょう?」
「……」
ウルドガーデは、唇を噛み締めてはうつむいた。
そうだ、私は…自分の力を過信しすぎていた…。
強い魔族を前に、歯が立たなかった。その事が本当は悔しくて、でもそんな風に思うなんて私らしくないって、何を綺麗事を言おうとしていたんだろう…。
「ほら、着いたよ、ウルちゃん」
「!」
ウルドガーデは目の前にそびえ立つ精霊界の城を見上げた。
シピア城とまるで同じ形と大きさのその城は、精霊の禍々しい強い力をひしひしと感じる。
「クロノスさん、精霊王とは……?」
「精霊界の精霊を束ねる王様さ。ってそのままなんだけどね! 精霊王は、生界の何かの精霊ってわけじゃないんだ。精霊の精霊、とでも言ったらいいのかな? とにかく精霊界で最強の精霊というわけだよ!」
「そ、そんなに凄い方が……」
名前さえも…いや、存在さえも知らなかった……。
クロノスさんでさえ、伝説の最強の精霊だと聞いていたのに、そんな彼が誇る精霊王とは、どれだけ凄い精霊だというのか…。
ウルドガーデは心臓をバクつかせながら、城の中に入っていった。
赤いカーペットの上を通って、精霊王のいる王座の間へと進んでいく。
剣の精霊、盾の精霊、その他数々の武器の精霊が、シピア帝国の騎士たちと同じ姿をして、それぞれの武器を持って、向かい合って並んでいる。
ウルドガーデはそんな彼らの真ん中を進んでいった。
やがて、王座の間の入り口までやってきた。
「それじゃ、入るよウルちゃん」
「はい…」
クロノスがギィーっとその扉をあけると、その先には精霊王と思しき人物が、王様の椅子に座っている。
それは、腰まで届く白髪の長い髪をした、大変威厳ある精霊だった。
肌は色白で、鼻が高く、済んだグリーンの瞳をしている。
その瞳はどこか冷たく、未来を見据えるように遠くを見ている。
(こ、この人が精霊王……)
クロノスが片膝をたたんで精霊王にお辞儀をすると、ウルドガーデもハっとして深々と頭を下げた。
「ウルドガーデ」
「は、はい!!」
突然精霊王に名前を呼ばれ、ウルドガーデはびっくりしたように返事をした。
「私の力を手にするエネルギーが、お前にはまだ足りないようだ」
「へ……」
精霊王がそう言ったので、ウルドガーデはぎょっとした。
「ウルドガーデ」
「はい!」
「10万を越える精霊と、その心を通わせるのだ」
「!」
(じゅ、10万?!?! そ、それって一体どれだけ……? 想像もつかないですが…)
「お前にそれができないと言うなら、その未来で人間が生きていくことはできない」
「!!」
ウルドガーデは愕然とした。
すると、クロノスは言った。
「ウルちゃんなら出来るよ! 魔王が君臨して人間をほろぼすまでには、まだまだ時間があるんだから!」
「い、一体どのくらいの時間が…?」
「んーとね、確か魔王が襲ってくるのは、500年くらいあとかなぁ! はっきりとは忘れちゃったけど! 確かそのくらいだったねぇ!」
「ご、500年……」
「それまではねぇ、人間と魔族が敵対する時代が続くよぉ!」
「そ、そんなに長い間…」
「そうだよ。地獄のような時代だよ! 人間と魔族、目が合ったらもう即刻殺し合いさ! まあ四六時中戦争してるってわけじゃあないらしいけどさ。人間は術師を筆頭に連合を組んで、力をつけていくよ。魔族は長寿と繁殖を武器に、群れごとに国を襲っていくけど、やがては人間が優勢となるんだ」
「だ、だったら…」
とウルドガーデが安堵したような声をあげたので、クロノスは言った。
「だから魔王が直接手を下しに来るんだよ。可愛い子供の魔族たちを、滅ぼさせないためにね!」
「……」
なるほど…それが500年後ということ…。
すると、精霊王は言った。
「クロノスの見た500年後の未来では、神様は魔王を倒すために、その力を貸してくださる。しかし神の力はあまりにも大きく、その力は4つに分かれてこの世に散らばってしまうのだ」
「え……」
「その力は、それぞれ媒体とする武器に身を宿すという。そしてその武器は、自身の意思で持ち主を選ぶそうだ」
すると、精霊王は1本の杖を取り出した。
「その力の1つであるケリオンは、私の持つこの聖杖を媒体に選ぶことが、既に予知されている。4つのうち1つでも欠ければ、魔王は倒せないこともわかっている」
「!」
ウルドガーデはそれを聞いて、全てを察した。
「だから私を、精霊王様を呼び出せる器に今から育てるということなのですね」
「そうだ」
(何ということなんでしょう……)
「ウルちゃん、僕は君がケリオンを手にする未来を知っている。だから連れてきたんだ。お願いだよウルちゃん。未来の人間たちを救ってほしいんだ」
クロノスは言った。
ウルドガーデは、覚悟を決めて、頷いた。




