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広がる深青

喫茶店を出たあと、ふと俺は思い立って、城下町の裏の錆びれた商店街にシェムハザを連れて行った。


「おお! お店がたくさんだよフェン」

「一応商店街だからな…」


最先端の流行りを抑えた栄えている商店街も城下町の方にはあるのだが、フェンモルドは人がたくさんいて賑わっているところはあんまり得意ではなかった。だから何か買う時には、いつもこの人通りの少ない裏側の商店街にやってくるのだった。


フェンモルドは、シェムハザを染め物の店に連れて行った。

伝統ある染め物の布地・衣料店だ。


「シェムは何色が好きなんだ?」

「好きな色などないが!」

「ふうむ…」


フェンモルドは白地に淡い桃色の染柄の入った、四角い布のハンカチを選ぶと、シェムハザに尋ねた。


「これでいいかい」

「うん? 私に買ってくれるのかい?」

「ああ、そうだよ…」


フェンモルドはそれを買うと、シェムハザに渡した。


「汚れたら今度からこれで拭くんだよ。スカートではなくね」

「おお! ハンカチとやらか!」


シェムハザは目を輝かせてそれを受け取った。

よく見ると薄い桜の花びらの絵が小さく散りばめられていた。


「人間からプレゼントをもらったのは初めてだ!」

「そうか…。初めてのプレゼントがこんなもので悪かった…」

「何を言っている! 私は喜んでいるのだよフェン!」


シェムハザは満面の笑みを浮かべ、ハンカチを大きく広げて空にかざしていた。


「……」


その様子をフェンモルドはぼーっと見ていた。


(この子はいい子だ……天使シェムハザ……)


「他のお店も見物したいが!」

「ああ、いいよ」


そのあと俺とシェムハザは、その商店街をしばらく歩きまわった。


屋台に出ていた安っちい団子を買って食べたり、古着屋で変わった服を見つけて身体にあててみては笑ったり、レコードショップで気になった曲を試し聞きしたりした。


なんというか、俺がイメージしていた、デートみたいだった。


シェムハザは知らないものも多くて、俺はそれを教えるのも楽しくて、なんというか、この子といる俺は、珍しくよく笑っていたんだ。


あっという間に夕方になったので、もうそろそろ帰ろうかという話になって、俺たちは家に戻った。

リルはまだ帰ってきていなかった。


シェムは家に着くなり、2人用のソファの上にどーんと座り込んだ。俺もシェムの隣に座った。


「ああ! 今日はなんて楽しい1日だったんだろうか!」

「……」


シェムが自然とそんなことを口にしてくれたことが、俺はすごく嬉しくかった。

俺なんかと2人で出かけて、楽しいなんて言ってくれる人がいることに、驚いたんだ。


「なあフェンよ」

「なんだ?」

「私はフェンと仲良くなれたかね」

「…まあ、昨日よりはな」

「そうか! では子供はいつ作るのか?」

「……」


そうだ、シェムハザは、人間との子供がほしいだけ。

別に俺じゃなくてもいいんだ。


何だろう。

何だか寂しい気分。


いや、俺だって、人間と魔族の子供を実験体にしたいだけじゃないか。

なんならその子供がどんな目に合うのかも知っている。


そうだ…。

ヒルカの言った通りだ、感情移入なんてしないうちに、済ませたほうがいいのかもしれない。


やっぱり昨日、無理矢理やればやかった。


だって俺、この子のこと……


好きになりそうなんだよ……。



だけどもフェンモルドにはシェムハザと交配する勇気もなかった。


「お腹が空いてきたなフェンよ! 夜ご飯はカレーかい?」

「……カレーはしばらく作らないよ」


シェムのことを見ているだけで胸がいっぱいになる…。


生まれて初めてのデートはものすごく楽しくて、今でも心が高揚している。

頭が全く回らなくって、何を作ったのかも覚えていない。

シェムは美味しいと食べていたが、カレーの方が美味かったなんて言っていたから、きっとその程度のしょうもない何かを作ったんだろう。


「……」


その頃にリルも帰ってきて、俺の作った夜ご飯を食べていた。

そのあと皆お風呂に入って、シェムハザもリルもおやすみと言ってさっさと部屋に行ってしまって、俺は1人自分の部屋で眠れずにいた。


(俺……シェムのことが好きだ……)


昨日会ったばかりだ。

そしてシェムはただの実験体。

なのに俺は、シェムのことで頭がいっぱいだ。




俺とシェムハザの生活はしばらく続いた。


俺は朝、洗面台で顔を洗って、鏡の向こうの自分を見ては、げんなりする。


(何でこんなに不細工なんだろうか)


「おい、俺も顔を洗いてえんだよ。どけよ兄貴」


リルイットが俺を押しのけて顔を洗う。

鏡に映った弟の顔と自分の顔を見比べて、更にげんなりする。


(同じ兄弟でこうも違うのか…)


今更だけど。


俺らの母親はまあそれなりの美人で、父親はどちらかというと不細工だった。俺は父親に、リルイットは母親に似たに違いない。


まあそのことで嫌な思いをしたことも確かにあった。


両親は根暗で引きこもりのように勉強だけしている俺よりも、可愛くて明るくて皆の人気者のリルイットの方を明らかに可愛がっていた。


学生の頃、俺に話しかけてくる女の子がいて、俺のこと好きなのかなんてちょっと気になったりすると、ただリルイットを紹介してほしいというだけだったなんてこともよくあった。


まあでもリルイットは、俺のことをバカにしたことなんて一度もなかったし、何なら誰よりも俺を慕ってくれる。


「何だよ、人の顔じろじろ見やがって」

「いや、別に」


今じゃあ誇らしくて可愛らしい、大切な弟だ。




研究所に行くと、やることをやれとヒルカたちに追い返されて、中に入れてすらもらえない。


だけど俺は、言うなれば研究中毒だ。

何でもいいから研究をしていないと落ち着かない。


だから俺は家にある資料で、黙々と記録をまとめたりレポートを読んだり何かしらをしていた。


シェムは基本俺の家にいたが、俺があまりに研究ばかりしてシェムをかまわないので、ふらっと外に出かけに行っては帰ってきたり、俺の近くでだらだら寝転がったりしていた。


夜ご飯はいつも一緒に食べた。俺が作る料理を何でも美味しいと言ってくれて、嬉しかった。


まあ俺も、そこまで料理が得意だったわけじゃあないけど、シェムが喜んでくれるから、いつもは面倒で作らないようなものも色々作ってやった。


「これ、すごく美味しいさ!」

「ハンバーグと言うんだよ」


シェムは子供が好きそうな料理が好きだった。

あとは甘いもの、パンケーキや果物も好んだ。

そんなところも可愛らしくて、ますます好きになった。


いや、もうこの子が何をしても、俺は愛おしいと思うに違いないよ。


「フェンよ、デートにはもう行かないのか?」

「……」


俺は研究の手を止めてシェムを見る。シェムはにこにこした様子で俺と目を合わせた。


「デートしないと子作り出来ないのだろう!」

「……」


忘れていたのに、思い出した…。

いや、忘れちゃいけないんだけどさ…。


はぁ……駄目だよな、このままじゃ…。

ヒルカがそろそろキレて家に怒鳴り込んできてもおかしくねえし。

リルイットにも迷惑かけちまう。


「…」


だけど俺は、交配したくないわけじゃない。ただシェムと一緒に過ごせるこの時間を手放したくないなんて思ってしまっているんだ。


駄目だ…。どちらにせよ、このままでいられはしないんだ。


「どっか行くか…」

「おお! ついに2回目のデートだね!」

「……」


とは言ったものの、どこかいい場所なんてあっただろうか。


「私、フェンと行きたい場所があるんだが!」

「え?」


俺とシェムが向かったのは、隣町のマルキアだった。


シェムハザが、海に行きたいと言い出したのだ。


「おお〜! 誰もいないさ!」


季節は冬の始まり。海はガランとしている。


先日台風の被害にあったときいたマルキアだが、もう完全に復旧は完了しているようだ。


「こんな寒いのに海にきてどうする」

「見るだけだからいいのさ! どうせ私は泳げやしないからね」

「ふうん…」


俺とシェムは砂浜にシートを敷くと、そこに並んで座った。


その美しいライトブルーの海が波打つのを、じぃっと見ていた。


(綺麗だなあ……)


好きな子と並んで見る海はまた格別だ。

たまに吹く冷たい風が顔に当たるのだが、寒さなどもはや気になりはしない。


隣をふと見ると、シェムは体操座りをして、楽しそうに海を眺めている。


「海が好きなのか」

「いや、そういうわけではないが」

「…じゃあ何で来たんだよ」


フェンモルドがぼそぼそとそう言うと、シェムハザは笑って言った。


「私はずっとね、天界に近い天使の国に住んでいたのさ。だから海はね、いつも上から見下ろしていたんだよ」

「天使の国は本当に空の上にあんのか?」

「そうだよフェン。世界を上から見るとな、ものすごく大きな1つの大陸になっているんだよ。そしてその周りを海が囲っているのさ」

「へぇ……」


大陸がどれだけ広いか知らないが、遠くには名前も知らない国だってたくさんあるはずだ。

そこにも人間や魔族がたくさん住んでいるんだろうか。


マルキアが海に面しているということは、シピアは大陸の端に位置するということなんだろうな。


「だからこのように近くで、しかも横から海を見たことなんて初めてなのさ。だから見てみたかったのだ」

「ああ、そう……上から見るのと何か違うのか?」


俺がそう聞いたが、シェムはにっこりと笑うだけだった。


「シェムはいつから人間の国にきたんだ」

「つい最近さ。私もやっと成人となって自由に世界を行き来できるようになったからねえ!」

「成人て、今何歳…?」

「200歳さ!」

「に、にひゃく……」


そうだよな…。寿命は1000年近い。

だけど、そんなにずっと昔から、シェムは生きてるのか…。

そしてこれからも、ずっと長く…生き続ける…。


「フェンは何歳だ?」

「21だけど…」

「おお! まだまだ若いなあ!」

「……」


俺も寿命が長くなれば、ずっとシェムと一緒にいられるのかな……。


そうだ……人間の長寿………そのために俺は…。


「行こうフェン!」

「え? ちょっと!」


シェムは突然立ち上がって、海に向かって駆け出した。


「おい、待てって!」


ふわふわな白い砂浜に足が埋もれそうになりながらも、俺は足早に走るシェムを追いかけた。


(うわあ…恋愛小説に出てくるカップルみたい…)


シェムは海面にちょこんと足をつけた。


「冷たいぃぃっ!」

「当たり前だろ…冬だぞ」

「あはは!」


シェムは子供みたいに無邪気にはしゃいでいる。


「じゃ、行くよ!」


シェムは俺の左手を引っ張ると、海の中に向かって駆け出した。


「おいやめろ! こんな寒いのに! やめろって風邪引くぞ! うわっ!」


シェムは突然大きな白い翼を生やしたかと思うと、俺の手を引いたまま空に飛び上がった。


「ああ……っ!」


俺は目を見開いた。

何て身体が、軽いんだ……。


飛んでいる…。空を……!


「見せてあげよう! この世界を!」


シェムはにっこりと笑って、俺の手を引いたまま更に高くへと飛び上がった。


「うわあああ!!!」


高所恐怖症ってわけじゃないけど、さすがにビビった。

あっという間に陸は小さくなって、その大陸を囲う巨大な海を目に焼き付ける。

俺を支えているのはシェムの手だけだ。


「あははは! 寒いねぇ!」

「さ、寒いけどっ、それどころじゃっ!!」

「ほうら! 見てご覧よ!」


俺は初めて、その世界を目に焼き付けた。


「………」


シェムの手を強く握りしめた。

足元は広い広い海だ。


(こんなに…世界は大きいのか…)


たった1つの巨大な大陸が、その姿を現す。

大きすぎて、その全てを見ることはできない。

俺の国は、あんなに小さいのか…。

そして海は……


(青い……)


真っ青だ。


深い深い、青だ。

俺の見ていた、海とは違う。


そして、その広さ…


端が見えない……。


「どこまで続いているんだ……」


すると、シェムは言った。


「フェンよ、世界は丸いのだぞ」

「え……?」

「海は繋がっているのだよ。後ろにさ!」


忘れはしない、この景色。

そして空に浮かんだ天使の微笑みを。


いつの間にか俺は、飛んでいる恐怖なんて忘れて、ただ魅入っていたんだ。


シェムに。



辺りが暗くなるまで、俺とシェムの空中飛行は続いた。

俺の胸は今もずっと、高鳴っている。













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