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燃える山

(寒い………)


リルイットは、夢を見ていた。


これは夢なのか、それにしちゃあ鮮明だ。だったらこれは、記憶なのか。


だとしたら、一体……誰の……?


『なあフェンリル…子供が産まれたんだってね……』

『やあスルト……ああそうとも。2匹の可愛い狼さ』


スルトと呼ばれた真っ黒な姿の巨人は、美しいライトブルーの毛並みの、これまた大きな狼を見下ろしていた。狼は2匹の子供の狼を黒い巨人に見せた。1匹は白色、もう1匹は青色の毛並みだ。


『可愛いな……名前は何だ……?』

『スコルとハティさ』

『へぇ……』


平穏な場面は突如変わった。

世界は真っ黒になった。それは闇ではなかった。

それは、真っ黒い、炎だった。


『どけぇえええ!!!』


黒い巨人スルトは、彼の前に立ちはだかる豊穣の神の使いフレイに斬りかかった。灰色の髪をなびかせた美しきその神の使いは、大地の力で彼を迎え討つ。


『邪魔をするなああ!!』

『神は殺させません!!』

『邪魔するならお前も死ねええ!!』


その攻防の末、黒い巨人はその炎の剣を振るい、見事にフレイを斬り裂いた。


蒼き狼フェンリルは、スルトを止めようと彼に襲いかかる。


『スルト!! やめろ!!!』

『邪魔をするならお前も殺す!!!』


黒い巨人は蒼き狼に剣を振るう。フェンリルは氷を吐いて対抗する。


すると、真っ黒な鎧を着た騎士が現れて、その巨大な槍を振るっては、狼の行く手を食い止める。


『スルト様! 早く!!』

『オーディン! 頼む!!』


黒い巨人は炎に乗って、神の元へと駆け上がる。暗黒の騎士オーディンは、その蒼き狼と戦いを始めた。


『邪魔するやつは皆殺しだ!!!』


黒い巨人は声を荒げ、世界を覆い尽くす炎を生み出した。


【何だ……これ……】


リルイットは、その夢か記憶か曖昧な何かをじっと見ながら、顔をひきつらせる。


【戦争……?】


炎に覆われた世界は、まるで地獄のように黒く淀めく。

生きている者はほんの僅かだ。皆もう、燃えてしまったんだろうか。


【神を……殺したいのか……?】


黒い巨人はその炎を絶やさぬまま、空の果てまでやって来た。

しかしその空の果では、彼の炎は力をなさずに消えてしまうのだった。


『あ………』


黒い巨人が最期に見たものは、真っ白な光だった。

その先にあるものは死という絶望なんだと彼もわかっていたのに、彼はどうしてか、その光に手を伸ばした。


『あったかい………』


黒い巨人は涙を流して、命を落とした。




(あったかい………)


リルイットは、夢を見ていた。

ああ、もうすぐ夢から覚めるんだと、そんな気がしていた。


(あったかい……)


身体の芯が燃えている。

そんな気がした。


(そうか……俺は……)


凍るように固まっていた指先に、血がたぎる。

彼がゆっくりとその目を開いた時、その瞳は燃えるように真っ赤に彩られていた。


(炎だ)


「「何だ?!」」


スコルとハティはその冷気を脅かす強大な力に気づくと、目を見張った。


「「あ、あ、あ、熱いぃイイイ!!!」」


双頭の狼の巨人は悲痛な叫び声をあげ、のたうち回った。


氷山を覆った絶対零度は、どんどん温度を上げていった。

ラッツたちを固まらせた氷も、みるみる溶けていく。

氷から抜け出した3人は、地面に倒れ込んだ。


「っはぁ!」

「何? 何なんだわ?!」

「あ、あったかい……」

「いや……熱い……!」


高くそびえたっていた氷柱も、全て溶け出していく。


「リル!!!」


リルイットを突き刺していた氷柱も溶け、彼がそのまま仰向けに地面に落ちていくのが見える。


「……!」


リルイットは無意識のうちに翼を生やした。頭からは角が生え、その手は獣のように鋭い爪をたてていた。


「……っ!!」

「何?!」

「は、羽が……」


アデラだけは、その姿を一度見たことがある。


(リル……)


リルイットは翼をはためかせて回転すると、アデラたちの方を見た。


「皆……」


リルイットは呟いた。彼の様子はいつもと同じだった。リルイットはそのまま皆の元へと飛んだ。


「掴まれ!!」


アデラを背負うラッツ、そしてラスコは、リルイットのその獣のような大きな腕にしがみつくと、彼に持ち上げられて空へ飛び上がった。


「リル……」

「大丈夫だったか……皆……」

「あんた……その姿……」

「手離すなよ…。ここはもう崩れる。逃げるぞ」

「えっ…!」


リルイットは壁に向かって炎を吐き出した。

あっという間に自分が通れるほどの風穴があき、そこを抜けると氷山から脱出した。


リルイットはその巨大な氷山を、キッと睨みつけた。


「燃えつきろ」


氷山は熱を帯びて焼け石のように真っ赤に染まった。


その山の中は、たぎるマグマの海のように、すべてを焼き尽くした。スコルとハティもまた、燃えさかる炎に身体を覆われ、溶けゆく氷のように多量の汗を吹き出し、その水もまたみるみるうちに蒸発していった。


「「グワアアァァアアア!!!!!!」」


狼の巨人は悲痛な叫び声を上げると共に、その熱に侵された。


ブルーバーグの氷はそのまま溶けてしまったが、中に存在した粘板岩の山だけは、その場にまだ残っていた。


(さよなら……スコル……ハティ………)


炎は更に温度を上げ、紅焔のごとく全てを飲み込み、狼たちは跡形もなくなり命を落とした。


リルイットは2匹の魔族の死を確信すると、エルスセクトまで飛び立った。上空からその凍った街を見下ろす。


「街が……」


エルスセクトは完全に凍りついていたが、住民たちは何とか逃げ切れたようだ。侵食していた冷気の進行は止まったようだが、氷の街と化したエルスセクトを見て、人々は呆然と立ち尽くしていた。


「リル……あんたの力で街を戻せないんだわ……?」

「無理だ……俺の力じゃ街ごと燃やし尽くしちまう……」

「そうなんだわね…」


ラッツは言った。


「アデラの傷が酷いんだわ…このままメリアンのところ……エーデル大国まで、戻れるんだわ?」

「大丈夫。向かってるよ」


リルイットはそのまま3人を連れて空を飛び、エーデル大国まで帰還した。




「う、うわぁ〜、また大ケガぁ〜?!!」

「いいから早く治すんだわよ! メリアン!」

「だったらさっさと治療室に運んでよぉ!」


アデラの下半身は、全体が低温火傷で、見るも無残となっていた。皮膚の色は完全に変わって、膿みたいな水膨れが多数出来ている。


「だ、大丈夫なのか……?」


リルイットは不安そうに運ばれていくアデラを見守った。


大国に着地するなり、その姿を元に戻したリルイット。何故だかうまく戻れたが、また同じように翼を生やすことはできそうになかった。



ここはエーデル城、兼、エーデルナイツ東軍アジトだ。

元々王族たちだけが住んでいたエーデル城だったが、エーデルナイツの立ち上げと共に、城を成すいくつかの塔を、そのアジトとして騎士たちに提供した。


城の東部に位置する塔は、東軍のアジトだ。その塔の内部にはいくつもの個室があって、騎士たちの住居として提供されている。

魔族出現の情報に従って、ここから魔族討伐に向かい、情報を集め、仲間のスカウトも行う。


また、エーデルナイツには予備軍が存在している。彼らはまた別の塔で寮生活をしながら待機しており、各軍から要請されれば一緒に魔族討伐に赴く。予備軍だけで派遣に行く場合もある。


東軍の騎士たちは皆、魔族討伐に出払っているようだ。

東軍アジトに残っているのはメリアンという男だった。彼は東軍に属してはいるが、エーデルナイツ全員のケガを治している。


「メリアンは天才療術師。治せないケガなどないんだわ」


ラッツは腕を組んでドヤ顔を浮かべる。


療術というのはケガしか治せないらしいが、メリアンは医療の知識も少なからず身につけているようだ。特に薬の知識が豊富で、療術で治せない毒なんかにも対応できる。

また、自身も研究熱心で、アデラが使った対魔族用の毒を作ったのもメリアンだ。


(それにしても、あれがメリアンか……)


メリアンは、白髪のさらさらのショートヘアをした、背の低い男だった。歳は俺と同じくらいだろうか。大人しそうな顔つきだが、口調は割と明るくて、エメラルドグリーンの瞳がやたら印象的だった。


(療術……あいつも術師ってわけか…)


「リル…あなたはケガはないんですか?」とラスコ。

「あれ。そういや何とも…」


リルイットは襟を引っ張って自分のお腹を覗いた。傷1つない。


(確かに氷柱にぶっ刺さった気がするんだけどなぁ……)


「そういや、イケメンリル! さっきの姿はなんなんだわ!」

「えっ!」


ラッツはつま先立ちをして、リルイットに顔を近づけると、言い寄ってきた。ラスコも心配そうにリルイットを見つめている。


「いや、それが俺にも何のことやら……」

「うんん〜〜??」

「いや、だから……」


リルイットはラッツから距離をとろうと、彼女との間に両手を置く。


「ラッツ〜!! 無事だったんだ〜!!」


すると、見慣れない背の高い男が、ラッツの元に駆け寄ってきた。


「げっ! アホシルバ!!」

「その呼び方やめてよ〜……」


(シルバ……? 確か北軍のリーダーとか言ってなかったか…?)


「ラッツはすごいね〜! 僕が倒せなかったあの狼、倒しちゃったんでしょう〜! いや、本当にすごいよ〜! ありがとう〜!!」


何だかやたら、なよなよとした男だ。名前に似合った銀色の髪がパーマがかっている。顔は常にニコニコと笑っていて、何とも覇気がない。


こいつもリーダーなのかよ…。見るからに頼りなさそうだ。さっさと氷山から撤退したってのも頷ける。こりゃ、ボスにするならラッツの方がましだな…。


というか、ラッツのやつ、めちゃめちゃ強くなかったか…?

結界の力を使っているんだとしても、あの動きは相当な訓練をしないと無理だろう…。


「何しにきたんだわよ! ここはあたしのアジトなんだわよ! ケガもしてないくせに入ってくるんじゃないんだわ!」

「え〜? そんなこと言わないでよ〜! ラッツが討伐を終えて帰ってきたっていうから、お礼をしにきたんだよ! いや、やっぱりラッツは最強だ! よ! 無敵の結界師!」

「んもう! うるさいんだわ! うざいんだわ! ていうか、倒したのはあたしじゃないんだわよ」

「え? ラッツじゃないの?」

「ふふ! この子よ!」


ラッツはここぞとばかりにリルイットを連れてくると、彼の腕をぎゅっと抱きしめて言った。


「リルイット・メリク! この子はあたしの婚約者なんだわ!」

「は?」

「ちょ、ちょっと……」


リルイットは顔をしかめ、ラスコもまた顔を引きつらせた。

シルバも一瞬固まったが、またにっこりと笑うと言った。


「そうなんだ! すっごくかっこいい彼氏だね! 僕はシルバ・ダドシアン。よろしく。それにしても、良かったね! おめでとうラッツ!」

「……」


ラッツはそんなシルバを見ては、何だか不満げに彼を睨んでいる。


「ふん! あんたの100倍強くて1000倍かっこいいんだわよ!」

「うんうん! リルイット君ってそんなに強いんだ〜! そりゃそうだよね! 僕が倒せなかったあの狼を倒したんだもんね!」


シルバはずっと笑っている。

リーダーのくせに新入りに力が及ばないことを知っても、何の負い目もないようだ。プライドの欠片もなさそう。


「リルイット君! これからラッツをよろしくね〜!」

「いや、だから別に俺は……」

「アホシルバ! あたしたちは疲れてるんだわ! ていうか、さっさと休まないと、シピア帝国の聖結界が今にも解けそうなんだわよ!」

「ええ〜? そりゃ大変だね。ごめんごめん! ほらこれ、君のいない間、大陸東部の魔族討伐の依頼をこなしておいたよ!」


そう言って、シルバは討伐した魔族と地域のリストをまとめた報告書なるものを、ラッツに手渡した。ラッツはちらっとそれに目を通す。


(げ! くっそ倒してやがるんだわ!!)


「それじゃあね! ラッツ!」


シルバは小刻みに手をバイバイと振って、東軍アジトから去っていった。


ラッツはふぅと息をついては、終始彼のことを睨んでいた。






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