拳法の使い手
青と白の猛獣は、二手に分かれて駆け出した。
(は、速い……っ?!?!)
リルイットはその猛獣の速さに目を見張る。
速すぎる……残像しか残らねえ……全く目で追えない……っ!!
「うわっ!!」
敵のうった氷柱が飛んできた。速すぎて発射位置すら掴めない。
(や、やばいっ!!)
鋭利な氷柱がリルイットの目の前に襲いかかってきた時、それは突然と粉々に砕け散った。
(え……?!)
何が起こったのか、速すぎてリルイットの目には映らなかった。
「やっと自由に動けるんだわ」
ラスコとアデラは、そばにいたはずのラッツの姿がないことにハっとする。
(いつの間に……?!)
「ブスコちゃん……バカにしてごめんなんだわ…。アデラ……メリアンに治させるまで死ぬんじゃないんだわよ……」
「ラッツ…お前……」
「部下に守ってもらうなんて…、あたしもシルバのアホと変わらないんだわ…」
幼い少女の様子は、いつもと違っていて、鋭い目つきで敵を睨みつける。蒼白の猛獣は絶えず素早くとびまわっているが、ラッツの目には容易く追えている。
(ラッツ……なのか……?!)
「あとはあたしがやるんだわ。リルイット、下がるんだわよ」
「え……?」
ラッツは肘をおり、両手をぴしっと前に出し、身体を斜めに向けると、構えをとった。
(この構え……拳法?)
「超高速結界!!」
すると、ラッツは光のごとく加速して、蒼白の猛獣に突っ込んでいく。
(消えた……っ?!)
(エネルギーはあんまり残っていないんだわ……! さっさと終わりにするんだわよ!)
「強化結界!!」
ラッツは自分に結界を張る。それは自分だけを覆い強化する、限界まで狭い結界だ。
「おらぁっ!!!」
ラッツは青の猛獣ハティを捉えると、その顎に蹴りを食らわせた。その速さを誰も追うことができない。気づけばハティは、天井に向かって蹴り上げられていた。
「ぅぎゃっっ!!!」
「ハティ!!」
スコルはすかさずラッツの背後から襲いかかる。
「無駄なんだわ!」
ラッツは白の猛獣スコルに肘打ちを食らわせる。物凄い勢いでスコルも弾かれた。
(な、なんて速さだ……! それに、打力が強い…!)
スコルが弾かれだすその一瞬、リルイットが見えるのはそれだけだ。
「足場があればこっちのもんなんだわ!」
ラッツは再び姿を消した。
その速さ、まさに神速。
「はぁっ!!」
スコルは何発も蹴りを入れられる。
(お、重いっっ!!)
スコルはケホっと血を吐き出す。
自分の何回りも小さな少女、彼女の打撃は異常なほどのヘヴィ級だ。
「スコル! 近接は駄目!! 離れるのよ!!」
「ぐぅっっ!!」
スコルはふっと姿を消した。
(消えた…?!)
ラッツは突然空間に消えこんだスコルを見て驚いた。すぐに後ろを振り向き、もう1体の白い猛獣を探す。
(いない……っ?!)
「消えやがった…」
「ちぃっ! 仕留めそこねたんだわ!」
リルイットとラッツは周りを見渡す。ツタのフィールドは静まり返った。
「ラスコたちのところに集まるんだわ! 守護結界に入って警戒するんだわよ!」
「お、おう!」
ラスコたちのところへ向かうラッツをリルイットも追った。しかし、突然足元の水面から巨大な氷柱が飛び出すと、植術のツタをいとも簡単にぶち破り、巨大な壁のごとくそびえ立った。
「なっ!」
「リルイット!!」
リルイットはその氷柱によって、ラッツたちと分断された。
「っ!」
リルイットが後ろを振り向くと、蒼白の猛獣2匹は獲物を捕えたといった様子で、薄ら笑っている。
「「まずは1人」」
リルイットは剣を構えて敵を見据える。
(まじかよ……)
猛獣たちは二手に分かれて跳びはねると、あっという間に姿を消した。
(やっぱ見えねえ!)
「うう!!!」
リルイットは横から飛んできた氷柱に気づけず、簡単に吹っ飛ばされた。
「リル!!」
巨大な氷柱の絶壁の向こうから、ラスコが叫ぶ。
(駄目だ……壁で見えない…!!)
「ふざけんじゃないんだわ!!」
ラッツは絶壁に向かって蹴りを食らわせる。
「ぃぎっ!!!」
「ラ、ラッツさん?!?!」
「かったい!!」
(それにこの冷気! 足が凍るんだわよ!)
ラッツの蹴りでも砕けないほど、氷柱の壁は分厚く固い。
(くぅ……強化結界がうまく張れてない……。駄目だわ……もうエネルギーが切れる……)
氷柱の壁は、異常なほどの冷気に覆われている。
(こんなに強いなんて……!! シルバのアホも撤退するはずなんだわ…!)
撤退…できることならとっととしたいんだわよ…!
「ぐあっっ!!」
リルイットは起き上がる間もなく、猛獣に氷柱をヒットさせられる。
(駄目だ…こんなの……勝てるわけない…っ!!)
「「終わりだ!」」
別の巨大な氷柱が水面から再び現れ、ツタを打ち破った。それはそのまま飛んできたリルイットの身体を串刺しにした。
「っっ……!!」
リルイットは血反吐を吐いたあと、クラっと目を閉じた。
それを見たスコルとハティは、うんと頷き合うと、氷柱が開けた穴から水中に潜り込んで、ラッツたちを殺しに向かった。
(……来るっ!!!)
ラッツは下から迫り来る影に気づいた。
「ひゃああああ!!!」
ラッツたちを狙うように足元から氷柱が飛び出した。ラッツは動けないアデラを抱えてそれを避けた。
(くぅ…! 結界がはれない…動きが鈍くなるっ!)
ラスコもまた、既のところで飛び退いた。
アデラはラッツを睨みつけた。
「おい。俺に構うな!」
「そうはいかないんだわ! あんたはあたしの部下なんだわよ!」
「お前の部下になった覚えはない!」
「うるさいんだわね! ひゃあっ!!」
再び水中から氷柱が飛び出す。ラッツはアデラを背負いなおして再び避けるが、勢い余って前から倒れ込んで顔を地面にぶつけた。
「守護結界はどうした」
「そんなの張れる力はもうないんだわよ……防寒結界を保つのが限界なんだわ!! ひゃっっ!!」
氷柱は連続してラッツを襲う。ラッツは必死で起き上がって逃げては、致命傷を防いだ。
「俺はもう駄目だ! 置いていけ! お前らだけでも逃げろ!」
「何言ってるんだわ! 私は仲間を見捨てたりしないんだわよ!!」
「…っ!!」
ラッツは歯を噛みしめながら立ち上がった。アデラは顔をしかめながら、彼女を見ている。
「リルイットは?!」
「「お前らの仲間はもう死んだ」」
猛獣の声がそう言ったのを聞いて、3人は絶望の表情を浮かべた。
(あたし……また守れなかった……)
ラッツの目には涙が浮かんだ。
「ラッツさん!! 後ろ!!」
ラスコの声が響いた。
「ひゃあっ!」
ラスコも足元からの氷柱の攻撃を避けるので精一杯だ。
先に水中から這い上がっていた青い猛獣ハティは、アデラを背負ったラッツにその牙を剥いて、背後から襲いかかった。
(しまった…!! 水中に気を取られたんだわ…!!)
ラッツは愕然とした表情で、その目を見開いた。
(お、終わる……っ!!)
バシュウンンン!!!
「!!!!」
ハティの大きく開けた口の中に、アデラのうった矢が勢いよく突き刺さる。
バシュウウンン バシュウンンン!!!!
ハティの動きが止まったスキに、更に連発して矢を射ち込む。
バシュウウンン! バシュウンンン!!!
間髪いれない矢の連発は、ハティの青い毛並みを赤く染めていく。
「アデラ、あんたその身体でよく射てるんだわね…」
「お前が避けてくれるからな」
「全く……あたしはあんたの馬じゃないんだわよ…!」
(こいつ…あたしを信頼して完全に身を委ねたんだわ…。射つ機会をずっと狙ってくれていたんだわね…)
バシュウウウンンン!!
「かはァっっ!!」
最後の1発を食らって、ハティは目を閉じてその場に倒れた。
「ハティ!!」
水面からすかさずスコルが顔を出す。
ハティの姿がすっと消えると、スコルの元に瞬間移動し、スコルの中にハティが入っていった。
「な、何なの…?!」
「あいつらは2匹で1匹…、片方を殺すだけじゃ死なねえみたいだ」
スコルとハティ。別々の狼だが、元は大きな猛獣のようだ。
離れていても、その意志で自在に互いの場所まで移動ができる。そんな不思議な力が働いているようだ。
「「人間は我らに敵わない」」
2匹はやがて融合を始めると、更に巨大な、狼の巨人に姿を変えた。
「な、何なんだわ……」
「……本当に最終形態ってやつか…」
「ひぃ……」
ラッツたちはその巨人を見上げた。
2足歩行となったそいつの首からは、2つの狼の顔が生えていた。真っ白な瞳でこちらを睨みつけている。身体は青と白の混ざりあった剛毛な毛並みで、そばにいるだけで凍えて死んでしまいそうな冷気を感じる。
「「ここは暑い……暑すぎる……」」
狼の巨人は急激に周囲の温度を下げていく。
「か、身体が…!」
ラスコは自分の身体が凍っていくのを感じる。
「ちぃ……」
ラッツとアデラも、足元からピシピシと音を立てて凍りついていく。
(防寒結界をもってしても到底防げないんだわ……!!)
「「お前たち人間には、この寒さ、耐えられまい」」
地面を覆っていたツタは完全に凍り、その下の水中も見事に凍りついた。
(駄目だ……身体が……動かない………!!)
ラッツ、アデラ、ラスコの3人も、あっという間に氷漬けになった。
氷山ブルーバーグは、強烈な冷気に覆われていく。
氷山を囲む海もまた、だんだん凍りついていった。
「な、何だ……?」
「う、海が……!!!」
エルスセクトに住む人間たちは、海を超えて襲ってくる氷に悲鳴を上げた。
「うわぁぁああ!!!!」
海を凍らせた冷気は街までたどり着き、ゆっくりと陸を凍らせていく。
「きゃあああああ!!!」
激しい悲鳴をあげながら、人間たちは街から逃げ出した。
冷気は止まることなく、街を凍らせながら進み続けている。




