スコルとハティ
「ねーぇ〜スコル〜!! これ見ーてぇ〜!! 超可愛い〜!! ハティにぴったりィ〜!!」
ライトブルーの髪をしたハティは、自分のことをハティと呼ぶ。髪は肩より少し長いストレート。細い目つきは非常に釣り目で、その唇もまた真っ青だった。キラキラ輝く蒼色のネックレスを首から下げると、透けるように美しい氷のクリスタルを鏡代わりにして、そこに映った自分の姿をなめるように見ていた。
「はいはい。それにしても、人間の奴ら、随分減っちまったな。俺の力に恐れをなしたに違いねえ! がっはっはっは〜!!」
スコルと呼ばれた白髪のショートボブの彼は、身体を大きく反りあげて、高らかに笑っている。顔立ちはハティによく似ているが、どことなくスコルの方が男らしい。
スコルとハティ、2人共、頭には2つの三角の耳が生えていた。スコルは白、ハティは蒼色の耳だった。
「んもー! 人間が来ないとつまんなぁ〜い!! ハティ、もっともっとアクセサリーが欲しいんだも〜ん!」
「そうは言ってもさぁ、ハティ。ここ最近、誰1人やって来やしないぜ」
「スコルが殺しすぎるからでしょー?!」
「魔王様に言われちゃ殺すしかないだろ。お前も楽しそうに殺ってたじゃねえか」
「つまんないつまんなーい! 誰でもいいから連れてきてよぉ〜!」
「そんなことできるわけねえだろ! こっから出たら暑すぎて死んじまうっての!」
スコルとハティ、彼らは人間ではない。
ブルーバーグに棲む、狼人間の姿をした魔族だ。
顔は人間に似ているが、頭から生えている耳は狼のものだ。よって人間と同じところに、耳は存在しない。
顔より下は狼そのものだが、2本足で立っている。その毛並みの色は、スコルは真っ白、ハティは真っ青だ。
彼らが棲むのは、ブルーバーグの中だ。
その内部はまるで芸術的な氷の城のように造形されている。そして、人間がうかつには立ち寄れない寒さだ。
その壁際には、人間の死体が30体ほど。頭や腕など、かじり取られて一部足りないところがあるものも多く、どれも氷漬けにされている。
「うん?」
「うーん? どうしたのスコル?」
「人間の臭いだ……」
スコルは人並み外れた嗅覚を持つその鼻で、クンクンと匂いを嗅いだ。
「ふんふん……あっ! 本当だわ〜! またお宝持ってるかしら〜!!」
「さあな〜! まあとにかく行ってみようぜ!」
「は〜い!」
スコルとハティは4足歩行の体制になると、見事な身のこなしで、氷の壁を蹴り上げながら、意気揚々と氷山の入り口に向かって行った。
「すげぇ〜……これが氷山……」
ブルーバーグの目の前までやってきたリルイットたちは、その氷山のあまりの大きさに目を見開いた。
海に囲われたその氷山、その全貌のほとんどは海中に存在するという。
海上に出ている部分だけで、この山のようにそびえる大きさ……。一体どれだけ大きな氷がこの海中に埋まっているというのだろうか。
「綺麗ですね……」
そして更に驚くのは、その美しさだ。
様々なブルーが、その氷山の一角の面々を輝かせている。透き通る海を宝石に閉じ込めて、凍らせたみたいだ。
「いいからさっさと行くぞ」
アデラはその氷山に感動の『か』の字もあるはずもなく、先頭をきっていく。
氷山に入るには、船に乗る必要がある。
観光用の小舟が置かれているが、既にここも危険区域。人は誰もいなかった。
リルイットたちは小舟を用意すると、それに乗り込み、ブルーバーグへ向かった。
「そういや、一体どんな魔族なんです? 北軍の奴らが一度は来たんでしょう?」
「シルバの奴は、襲ってきたのは白い獣だと言っていたんだわ。見たこともない獣だったと。狼に似ていたそうなんだわ」
「ふうん…珍種か?」
「そうみたいなんだわよ」
魔族の中でもその数があまりに少なく、目撃情報がほとんど、あるいは全くない珍しい魔族のことを、珍種と呼んでいる。見たことがない魔族は、昔の人間たちが記した書物に載っている者を指している。シピア帝国を襲った巨人・ロキもその1人だ。
リルイットも100を超える魔族の知識を、シピア騎士団在中に学んだものだが、世界にはそれ以上の魔族が存在するのだ。
「何か対策はあんのか?」
「当たり前なんだわ。あたしはシルバのアホとは違うんだわよ!」
(シルバって奴、相当ラッツにバカにされてんな……)
だけどシルバって奴も、このエリート集団のトップの1人だ。術師あるいはそれ同等の実力者に違いないとは思うんだけどな。
というかラッツも、結界がすごい術だってのはわかるけど、本当に大丈夫なんだろうな。
「さあ、まもなく入り口に着くんだわ」
海を渡って数十分、あっという間にブルーバーグの入り口にたどり着いた。
元は観光地、自然の姿を保ってはいるが、入り口はわかりやすく整備されていた。
「行くんだわよ!」
リルイットたちは氷山に乗り込んだ。
「きたきた! 人間だ!!」
「スコル! 頼んだわよ〜!!」
あっという間に2匹は、入り口を入ってすぐの広い空間にたどり着いた。そこは一面氷だが、狼たちの足裏は、それに順応するように摩擦があって、どんなに速く駆けても滑ることなどない。
白い狼スコルは、ハティをおいて加速すると、人間たちに向かってその口から氷を吐いた。
「何だ?!」
「ひゃあっ!!」
人間たちは氷を避けるように逃げ回っていく。
しかし人間の足など、スコル達からすれば止まっているかのように遅い。吹雪のような細やかな粒の氷の技は、次々に襲いかかり、それに触れた人間たちを瞬時に凍らせる。
「きゃああ!!!」
「ラスコ!! ラッツ!!」
まもなくして、2人の女が氷漬けになった。
「一丁上がりぃ!!!」
スコルは得意気に氷の壁にジャンプしてターンしてみせると、再び氷を吐き出した。
「この野郎!!」
えんじ色の髪の男が剣を抜いてこちらに襲いかかる。
(そんなもの、届きやしねえぜ!!)
スコルは瞬く間に氷を吐いては、その剣士の男を凍らせた。
(残るは1匹ぃ!! 余裕すぎィ!!!)
最後の1人は弓使いだ。弓を構えてこちらに放ってくる。
(届く前に凍らせりゃいい!)
スコルは氷を吐くと、向かってきた矢を凍らせた。
凍った矢は勢いを失って落ちていく。
弓使いは驚いた表情を浮かべた。
(バカが! それで俺を倒すつもりだったのかぁ?!)
スコルは弓使いをとらえると、残ったそいつも氷漬けにした。
「氷最強! 俺最強!! がーっはっはっはぁ!!!」
スコルは氷漬けになった4人の人間たちを垣間見ると、腰に手を当ててふんぞり返るように笑った。
しかしその時、スコルの背後から矢が飛んできた。
バシュウウウンンン!!!
「!!!」
スコルはハっとして身体をよじったが、背後から飛んできた1本の矢は、スコルの身体に刺さった。
「ぐあっぅ!!」
(何だ…?!)
後ろを振り返るが、そこにはもちろん誰もいない。
「ハァ……ハァ……」
傷は深いが致命傷ではない…。
(くそ……どうなってる……)
クンクン……
臭いを嗅ぐが、反応がない。
「……?」
スコルは辺りをキョロキョロと見回しながら、警戒を始める。
バシュウウウン!!
「!!」
スコルはかろうじてその矢を避けた。
バシュウンン!!
「っああ!!」
次から次へと矢は襲ってくる。
(なんだ?! どこなんだ?! どこにいる?!?!)
「っっ!!!!」
スコルは突然激しい苦しみに襲われた。
(これは……この痛みは………ど、毒………?!)
スコルはぶはぁっと血を吐き出すと、その場に倒れた。
「何だよ、あっけねえなあ〜!」
(……?!)
スコルは朦朧とした意識の中、目を開ける。
先ほど氷漬けにしたはずの人間たちが、どこからともなく姿を現す。
(何で……あいつらは…俺が凍らせたはず……)
そう思って、先ほど凍らせた氷の塊を横目で見る。
(………!!!)
氷漬けにされたその中身は、真っ赤な花に姿を変えていた。
(………?!)
「ふん。他愛もない」
「何言ってるんだわ。メリアンの作った対魔族用の毒が効いたんだわよ」
「そんなものなくても俺が仕留めていた」
「調子に乗るんじゃないんだわ! あんた私の透徹結界で完全に死角で乗り込んだってのに、奴の心臓外してんだわよ!」
「うるさい」
「まあまあ、いいじゃないですか。無事に倒せたんですから」
「それよりラスコ、すげえなあの花」
「幻覚性サルビアです。私達の匂いを存分につけておきましたから。サルビアを完全に人間だと思いこんで、向こうからやってきてくれましたね」
(幻覚……サルビア………何言ってんだ……)
駄目だ……もう……毒が………。
スコルはすっと目を閉じた。
リルイットは白い狼人間の前に立つと、しゃがみこんでそいつを見た。
(人間を襲った魔族だ……命はない……)
悪いが一切の同情はねえ。
殺られる前に殺る。
殺られた分は必ず返す。
魔族は皆殺し。それが俺たちのモットーだ。
「あーあー! やってくれるじゃな〜い!!」
「?!」
すると突然、地面の氷が激しく割れた。
「ひゃあっ!!」
「何だ?! 敵か?!」
「ラッツ! 透徹結界を!!」
「む、む、無理なんだわ! あれは事前から超集中力がいるんだわよ!」
「お、お、落ちるぅ〜!!!」
氷の割れた先は、氷山の地下へと続く、いや、落ちる、大きな穴だった。
「うわぁあああああ!!!!!!」
リルイットたちはその穴に吸い込まれるように、真っ逆さまに落ちていった。




