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エルスセクト観光

雪の降る街、エルスセクト。

穏やかな田舎町だが、氷山ブルーバーグへの観光客のための宿がいくつもあったので、宿探しには困らなかった。


「見るんだわ! かまくらがあるんだわよ!!」

「ちょ、ちょい待てって……」


ラッツはリルイットを引っ張って、道端の公園にある、誰かが作ったかまくらに向かって走り出した。


ラスコとアデラがそれを見ていると、急激に寒気が襲ってきた。


「さ、さ、さ、寒いですぅぅうう!!!!!」

「ぶえーっくしゅん!!」


すると、先に公園に行ったラッツが振り返ると、大きな声で言った。


「あんたたち、防寒結界からはみ出てるんだわよ」

「だったら先に行かないでください!!!」

「ぶわっくしゃーん!!」


ラスコとアデラは急いで公園まで走った。

滑り台やブランコといった遊具があって、カラフルなタイヤがいくつも並んでいる、なんの変哲もない公園だ。


「単体に結界はかけらんねえのか?」

「結界にも種類があるけど、状態を改善する付加結界に属する結界は、あたしの周りにしか張れないんだわさ」

「そうかよ…」


(結界にも色々あるんだな…。シピアに張ってる聖結界とやらは、また別物ってことか)


ラッツの防寒結界は半径10メートルほど。その中にいなければ、軽装の俺たちじゃあ凍えるほど寒い。というか死ぬな…。


「厚手のコートを買ったらいい」とアデラが言ったが、「そんな無駄遣い必要ないんだわ」とラッツに無視された。


リルイットはうすうす気づいていたが、ラッツは相当なケチだ。


「見るんだわよ、イケメンリル! 中に入れるんだわ!」

「本当だな…」

「一緒に入るんだわよ!」


ラッツはリルイットの腕を引いて、その小さいかまくらに入った。


(よくできてんな〜…)


ラッツはニヤニヤしながら、リルイットに密着してくる。


「うふふ! リルイット、20歳になったらあたしと結婚するんだわよ!」

「はあ? しねえよそんなもん」

「何でなんだわ?! こんなに可愛い女の子早々いないんだわよ?!」

「しねえよ。そもそも俺、お前のことよく知らねえし。お前も俺のこと知らねえだろ?」

「なんだそんなこと! ならこれからよく知るといいんだわ!」

「はぁ……」


カラフルなタイヤの遊具にラスコが座っていると、アデラが彼女の隣にやってきた。


「なあラスコ」

「どうしたんですか…?」


アデラはラスコと目を合わせた。


「……?」


ラスコは首を傾げた。


「リルイットは……何者だ……?」

「え?」


(何者……って……?)


「……いや、何でもない」

「……?」


そう言えば、リルはどうして気絶したんでしょうか…。

ドワーフと戦って気絶したと、アデラさんが言っていました。


「ねえ! 名物料理のグヤーシュってやつを食べたいんだわよ!」


ラッツとリルイットがかまくらから出てくると、こっちにやってきた。


「何ですか、それ」

「牛肉のシチューみたいなやつらしいんだわ。この街の家庭料理として食べられてる有名な料理で、観光客にも人気だと書いてあるんだわね」


ラッツはガイドブックのページを開いて、皆に見せた。

大きなお鍋で煮た赤色のシチューの絵が描かれている。


「ふうん。何でもいいけど行ってみるか」


そのあと俺たちは、グヤーシュとやらを扱っているお店に向かった。


「高い高い! 高いんだわよ!」


店に入ってメニューを見るなり、ラッツは声を荒げた。

店主のおばさんは困った様子だ。


「そうはいってもねぇ、お嬢ちゃん。ブルーバーグで魔族に襲われるようになって、観光客がめっきり減っちまってさ、こっちも商売にならないんだよ!」

「だから、あたしたちエーデルナイツ東軍が、その魔族を明日討伐してきてやるって言ってんだわ!」

「シルバさんたちでも無理だったんだよ? そもそもお嬢ちゃんみたいのがエーデルナイツってのも信じられないけどねぇ」

「むきー! なんて失礼なババアなんだわね!」

「ば、ババア…?!?!」


ラッツは人目もはばからずに騒いでいる。


(失礼なのはおめえだろ…)


リルイットはハァとため息をついた。


「お姉さん、そう言わないで頼むよ〜! 俺たち持ち合わせが少なくってさぁ……」


リルイットはわざとらしく困ったような顔で、店主のおばさんを見上げた。

子犬のようにうるうるとしたリルイットに頼まれれば、おばさんも断れやしなかった。


「んまーお姉さんだなんて。しょうがないわねぇ〜! 今日だけだからねぇ?」

「ありがとうお姉さん! 絶対またお姉さんに会いに来るからさ!」

「まあ! そりゃ楽しみだねぇ〜!」


(北風と太陽ってな……)


リルイットはにんまりしながら、うんうんと頷いた。


「うふふ! さすがイケメンリルなんだわ! イケメンは正義なんだわ!」

「どこがですか! 本当に理不尽な世の中です!」

「イケメンだと安くなるのか…ふうむ…」


俺たちはその店で、あつあつのグヤーシュを食べた。本来相場の1.5倍の値段だったが、なぜかその半額で済んだ。

後で他の店を見てわかったが、物価が非常に高騰している。

厚手のコートを買う余裕もなさそうだ。


「美味しかったんだわ〜」

「なかなか美味かったな!」


俺が振り向いてラスコに言うと、ラスコはツーンとそっぽを向いた。


(ありゃ、なんで怒ってんだ?)


「あ! あんなところに雑貨屋があるんだわよ!」

「うわ! 可愛いですねぇ!!」

「ブスコには似合わないんだわよ!」

「いいじゃないですか、見るくらい!」


ラッツとラスコは女子が好きそうな雑貨屋を見つけると、駆け出した。

俺とアデラも防寒結界から出ないように、後からついていく。


俺はアデラにふと尋ねた。


「そういやお前さ、ラスコのこと可愛い可愛いって、好きなのか?」

「好きとはなんだ」

「またそれかよ〜……」


何かって言われると、わかんねえんだよ、俺にもさぁ…。


「で、何なんだ」

「うーん。俺もそればっかりはわかんないから、教えらんねえや」

「何だ。知らないくせに聞いたのか。頭のおかしい奴だ」

「お前には言われたくねえよ!」


人間と話してる気がしない…。

やっぱり魔族って、根本的に人間と違う感覚で生きてるんだろうなぁ……。


「まあでも、ラスコは可愛い」

「好きかどうかはさておき、ラスコはお前のタイプなんだな〜」

「この前死んだアデリアによく似てる」

「っっ!!!」


リルイットは思いっきり顔を引きつらせた。


(ア、アデリアって……馬だろ……?! う、馬顔ってことぉ………?! 確かに目と目の間がちょっと離れてる顔立ちだけど、そ、そこまで……)


「アデラ、お前絶対そのことラスコに言うなよ」

「そのこととは」

「馬に似てるってとこだよ!」

「何故だ」

「何故でもだぁ!!!」


俺たちもその雑貨屋に入った。

アクセサリーから日用インテリアまで品揃いが豊富だ。どうやら全て手作りらしい。


「イケメンリル! これを見るんだわよ!」


ラッツはブルーバーグのクリスタルを真似た、ガラスの飾りのついたネックレスを手に取ると、リルイットに見せた。雫の形に掘られたガラスにお店の照明に当たって、まるで本物の宝石みたいに光り輝いている。


「なんだよ…」

「すっごく可愛いんだわ! 買ってほしいんだわ〜!」

「はぁ〜?」


リルイットはそのネックレスを掴んで値札をチラ見する。


(2000ギルもすんのかよ…高えな…)


ラッツは目を輝かせてリルイットを見上げていた。


「これの方が無駄遣いだろうよ…」

「そんなことないんだわ。ここに観光にきた記念なんだわ!」


(観光って言っちゃってるし…仕事だっつうのに)


「じゃあ自分で買えよ」

「リルにプレゼントしてもらいたいんだわ! 未来の婚約者として!」

「だから婚約者じゃねえから…」


ラッツは未だににっこり笑って彼を見ている。なるほど、諦めは悪そうだ…。


「しょうがねえなあ…」

「やったー! 嬉しいんだわ! ありがとうなんだわ!!」

「今回だけだかんな…」


ラッツはバンザイして浮かれていた。

ラスコはその様子を不満気に見ていた。


ある程度店も見終わって、4人は宿に戻った。

ラッツは鍵をもらうと、皆を先導した。


「部屋はここなんだわ!」

「4人部屋かよ…」

「当たり前なんだわ! 1円でも多く費用を浮かせるんだわよ!」

「はいはい」


俺たちは順にシャワーを浴びると、それぞれのベッドに寝転がった。明日は早朝からブルーバーグに向かうらしく、さっさと就寝体制をとる。


グー……ガー……


「………」


アデラのうるさいイビキが部屋中に響いていた。


グー………ンガ、ガガーっ………


(やっぱ寝られん!!)


リルイットはバっと起き上がった。

薄明かりの常夜灯がその部屋をぼんやり照らしている。

皆はスヤスヤと眠りについていた。


(よく寝れんなこいつらも……。ていうか駄目だ、眠くねえや)


「リル…?」

「うん?」


すると、ラスコも起き上がって、リルを見つめた。


「何だ、起きてたのか」

「はい……」

「アデラのイビキ、うるせーもんなぁ…」

「それは別にいいんですけど…」

「うん……?」


ラスコは何だか口を尖らせている。


「ラスコ、何か怒ってない?」

「別に怒ってないですけど」

「そうかねぇ〜」


呑気な様子のリルイットを見て、ラスコは言った。


「リルは、ロリコンなんですね!」

「はぁ?!」

「ラッツさんにベタベタされてずっとニヤついてるんですもん!」

「別にニヤついてねえだろ…」

「ずっとデレデレしてます! 不愉快です!」

「はぃい? もしそうだとして、ラスコに何の文句があるってんだよ」

「イケメンは女ったらしの極みです! お店のお金まで割り引いて!」

「いいじゃねえか、お前らも安くすんだんだから!」


(何だよラスコの奴……機嫌悪いなぁ…)


ああ、そうだ!


「ほらラスコ、これやるから機嫌直せよ」

「え?」


リルイットは小さな袋をラスコに放り投げた。


「何ですかこれ」

「まあ開けてみろって」


ラスコは不審がりながらも袋を開ける。

中にはガラスで出来た花のイヤリングが入っていた。


(可愛い……!!)


「さ、さっきの店の…? 何で私にも?」

「んあ? そりゃラッツだけに買ってやるなんて不公平だろ。女の子には平等でなくっちゃあ!」

「………」


ラスコは顔を赤くして、そのイヤリングを握りしめた。


「男の人に、何かをもらったことなんて初めてです……」

「そうなの? まあそんないいもんじゃねえけど」

「いえ……えっと、その…リル……」

「ん……?」


ラスコは柔らかい微笑みを浮かべた。


「ありがとうございます!」

「……!」


リルイットは彼女の笑顔にほんの少し照れて、そっぽを向いた。


「別に!」


リルイットは布団にゴロンと寝転がった。


グー……ンゴゴっ、……ガガー……


「はぁ……寝付けねぇ〜…」

「リル、お礼にいいものあげますよ」


ラスコはリルイットに歩み寄ると、真っ白い花のツボミを渡した。


「何これ」

「眠り花のツボミです。眠り花の咲いた花の花粉を吸うと半日眠ってしまうと言われていますが、ツボミの香りは、嗅ぐとリラックスして眠気を誘う程度です。寝つきを良くするのにもってこいです」

「んだよ! そんなのがあるなら早く教えろよ!」

「うふふ!」


リルイットはツボミの香りを嗅いだ。


(なんだこの香り……これまでに嗅いだことのないような……甘くて……優しい……)


リルイットはそのまま、すっと眠りについてしまった。

それを見たラスコも布団に潜った。


布団の中で、リルイットにもらった花のイヤリングをしばらくじっと見ていた。


(ふふ!)


それを嬉しそうにベッドの横のカバンにしまうと、ラスコも眠り花のツボミの香りを嗅いで、幸せな気持ちで眠りについた。















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