ドワーフの復讐
「っ!!」
リルイットが目を覚ますと、そこは先ほどの宿屋の1室ではなかった。
どうやら地下のようで、その壁に吊るされたいくつかのランプが薄暗い部屋を照らしている。
木でできた棚には本が乱雑においてあって、小さなベッドの上にはしわくちゃの服が山積みだ。机の上には飲み掛けのミルクと食べかけのパンが置いてあった。
「アデラ?!」
一緒に眠らされたはずのアデラの姿はない。
(くっそ…何処だここ……)
リルイットは立ち上がってその部屋を見渡す。
部屋には木のドアが1つだけだ。ドアには大きなガラス窓がついていたので、部屋の外を覗こうとリルイットは近づいた。
すると、そのガラス窓の向こうから男の顔がにゅんと現れたので、リルイットはうわああ!と声を上げて尻もちをついた。
「起きたんですかぃ!」
「な、何だよいきなり! 誰だよおっさん!!」
そのドア越しにその男と話をする。
男はどうやら人間ではなさそうだ。やたらと鼻が大きくて、真っ黒な肌だ。顎からはもじゃもじゃとしたヒゲが生えている。人間の顔にしちゃアンバランスすぎる。おそらく魔族だ…。
男はガチャリとドアを開けて、部屋の中に入った。
その姿を見てリルイットは察した。
(ドワーフだ……)
リルイットの半分くらいの身長しかないそのオジサンは、地中でしか生きられないブラックドワーフに違いなかった。
ドワーフにはホワイトとブラックが存在する。地上で生きられるホワイトと、地下でしか生きられないブラックだ。その肌の色を見れば、どちらのドワーフかは一目瞭然であった。
「ったく、旦那を運ぶのに苦労しましたぜ! 見てくだせえよこの火傷!」
ブラックドワーフは真っ赤に腫れた自分の手を、リルイットに見せつけた。
(ラスコの時と同じ……)
というかなんで、敬語なんだ……?
「まあしかし、あっしの作った耐火性グローブをつけりゃあ、なんてこたぁありませんよ! 旦那がどんなに熱かろうとも問題ございやせん! がっはっは!!」
ブラックドワーフは自慢気にその耐火性グローブとやらを取り出しては、リルイットの前ではめると、手のひらと甲を交互に見せびらかした。
「何で俺をこんなところに連れてきたんだよ!」
「旦那の連れの青髪の弓使い! ホワイトの連中が、そいつに国を追い出されたと泣きわめいておりやして! 何人かは殺されたっていいやすし! しょうがねえからあっしらが、そいつを殺したろうと思いましてな。そしたら旦那が一緒にいるのを見つけたもんで、あっしはびっくりたまげましたぜ! まさかスルトの旦那がいらっしゃるなんてなあ!」
「はぁ…?」
(スルト……?)
「俺はリルイットだぞ…」
「何言ってんですかい。旦那の炎に触れた瞬間、あっしにはわかりやしたぜ。お前さんがスルトの旦那だってねぇ! あっしのこと覚えてねえですか? ドワーフ一族の頭、オルゾノですぜ?」
「はぁ? 知らねえよ…」
(わけわかんねえこと言いやがって……人違いだろ…。じゃなかった。なんだって? アデラを殺すって?)
「アデラはどこだ!」
「アデラって?」
「青髪の! 弓使いだよ!!」
リルイットがオルゾノと名乗るドワーフに掴みかかろうとしたので、彼は慌てて耐火性グローブでリルイットの手を抑えた。
「おおっとととと! 火傷しちまうってぇ! 触んねえでくれよ!」
「アデラはどこだ!!!」
「そいつならあっしらの仲間が、もう殺しちまってるかもしんねえですよ」
「アデラのところへ連れて行け!!」
「そ、そんなに怒んねえでくださいよ、スルトの旦那」
オルゾノはリルイットを堂々となだめると、こっちですぜ、と言って、アデラの場所まで案内した。
「もっと早く走れ! こののろまドワーフ!!」
「走ってやすよぉ! 失敬だなあ!!」
リルイットはオルゾノのあとを追っていく。
その地下通路は、思ったよりも大きく、長かった。
(アデラ……無事でいろ……!!)
やがて広い場所に出ると、アデラが磔にされているのを見つけた。彼の傍には白い肌と黒い肌のドワーフが群がっている。ドワーフたちは皆、その手に金槌を持っていた。
「っ!!!」
リルイットは喪失とした表情を浮かべた。
アデラの身体はボロボロだった。
身体中がアザだらけだった。
あの金槌で何度も叩かれたに違いない。
しかしアデラはまだ生きていた。
リルイットに気づくと、腫れ上がったその顔をゆっくりとあげた。
「ひ…酷い……」
「おや、まだ生きているとは、随分遊んだようで」
オルゾノはアデラを見ると呟いた。
すると、ドワーフたちが次々に話しだした。
「皆家族を殺られた分叩きましたぜ!」
「あっしは誰も殺られてねえが叩きましたぜ!」
「そういやあっしもだ! 3回叩いた!」
「あっしは5回だ! ガハハハハ!!」
ドワーフたちはケラケラ笑いながら、その手に持つ金槌を掲げては楽しそうにしていた。
リルイットはそんなドワーフたちを見て、愕然とした表情を浮かべた。
「何でこんなに酷いことを…」
「酷い? 何がですかぃ? 先に手を出したのはあいつですぜ」
「何言ってんだ…。先に人間を襲ったのは魔族だろ…?」
「ホワイトの奴らはオスタリアの人間に何もしてないと言ってやしたたぜ。それなのにあいつが、ホワイトたちを殺して追い出したんでさ」
「……」
アデラから話は聞いていた。オスタリアに住んでいた妖精とドワーフを追い出したと。
「まあでも、あっしらももう人間を許さねぇですぜ。魔王様の言った通りだ。人間はいずれあっしらを殺しにくる。だから魔王様は先手をうったんですぜ。あっしらは馬鹿でしたから、人間に騙されて皆死ぬところでしたや。殺られる前に殺る。そうしねえと、この世界で生きていくことはもうできねえんでさ」
「……っ!!」
リルイットはそう話すオルゾノを見据えた。
「魔王に何を言われた…」
「何でも、人間が魔族を実験体にしてるって聞きやした。魔族の身体を使って、人間との子を産ませて、人間は長寿になること目論んでいると。何でも本当に子供を孕んだ天使がいたそうで、堕天使におとされたそうですわ! 人間は本当おっかねえ! そしていずれこの世界を乗っ取るつもりだと、魔王様は言いやした。その前に人間を絶滅させるようにと、魔王様は魔族に命じたんでさ」
「……!!」
リルイットは驚きの表情を浮かべた。
(魔族がシピアを襲ったのは、シェムが子を作ったのが発端……?!)
魔族が人間を襲い始めたのは、魔王に命令されたから…。
「こいつ、やたら丈夫ですぜお頭! 身体を何回叩いても死にやしません!」
「ガハハハハ! 骨はたくさん折れてるみたいだぜ!」
「殺るときは頭だ! 頭を叩けば人間なんてすぐ殺せる!!」
「どれ! あっしが殺ろう!」
「いや、あっしが!」
「あっしだ!!」
ドワーフたちはわらわら群がりながら、喧嘩をし始めた。
「しょうがねえ奴らだな」
とオルゾノは呟いた。
「おい……やめさせろ!」
リルイットは隣にいるオルゾノに向かって声を荒げた。
「こらお前ら! 喧嘩はやめろ!!」
ドワーフたちは頭であるオルゾノの声を聞くと、ハっとして彼の方を向いた。
「喧嘩じゃねえ! アデラを解放しろっつってんだ!」
「何言ってんですかスルトの旦那。あいつはホワイトドワーフを何匹も殺して、街から追い出して……っぐ!!!」
リルイットはオルゾノの首をガッと掴んだ。
その手からは燃えるような炎があがり、オルゾノを焼きだした。
「だ、旦那! 何するんですかぃ! あっしはオルゾノですぜっ! あっ、あっ、アァアアア!!!!!」
リルイットの姿が、変貌していくのを、アデラは驚いた様子で見ている。
(リルイット……)
彼の顔は引きつり、角と翼が生え、その手は獣のように変わっていく。その姿は、魔族そのものだった。
グシュっ
燃やすより先に、オルゾノの首を握りつぶした。
「お頭ぁア!!」
「お頭がっっ!!」
「おのれぇ!!」
「殺せ! 殺せぇ!!!」
ドワーフたちは自分たちの頭を殺したリルイットに向かって、金槌を振り上げて襲いかかってきた。
リルイットは死んだような瞳でドワーフたちを見据えると、ニヤっと笑った。
「死にたがりだなァ……」
そう呟くと、襲ってくるドワーフたちを一掃するように、炎を舞い上がらせた。
「ギャアアアア!!!!」
ドワーフたちは悲痛な叫びをあげて、灰と化した。
アデラはその様子を、愕然とした様子で見ていた。
(何だあれ……)
リルイットはドワーフを殺しきったあと、アデラに向かって歩み寄ってきた。
彼の顔はもう、アデラの知るリルイットのものではなかった。
「……」
しかしリルイットは何も言わず、何もせず、アデラのことを見据えるだけだった。
アデラはその時殺されるんじゃないかと思ったものだが、リルイットは彼が生きていることに安堵した様子でふっと笑った。
そしてリルイットはクラっと気絶すると、その場に倒れた。リルイットの翼や角は消えていき、元の人間の姿に戻っていった。
「……」
アデラは呆然と、その様子を見ていた。




