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ノア・クリスタル

その深い夜、辺りが暗闇に包まれた頃、木の枝に座ってぼーっとしている悪魔のところに、1人の天使は颯爽とやって来る。


全身真っ黒な二足歩行の獣で、赤い目が2つだけついていて、背中にはコウモリのような黒い翼が生えている。彼はもう、この世に1匹しか生きていないと言われている悪魔と呼ばれる魔族。名前は、カルベラ。


「カルベラ、やっと見つけたよ。それより聞いとくれよ!」

「何だいこんな夜中に。俺はお前の話など、聞きたくないのだが」

「ほうほうそんなに聞きたいか! 私ねぇ、今日初めてカレーというものを食べたのさ」

「人間が好きなやつだろ。見たことはあるが、ドロドロしていてまずそうだ。食べる気はしないよ」

「なんてことを言うんだね! 君にもあげようと持ってきたと言うのにさ!」


そう言って、シェムハザは、タッパーに入ったカレーをカルベラに差し出した。


「……変わった匂いだな」

「美味しそうだろう! 食欲がわくだろう!」

「いや、全く」

「まあいいから、騙されたと思って食べとくれよ」

「まあせっかくだから…だけど、どうやって食べるんだ」


シェムハザは、ハっとした様子でカルベラを見た。


「しまった! スプーンを持ってくるのを忘れていた」

「……まあいいさ。手で食べよう」


そう言って、カルベラはその真っ黒な手でカレーをすくって、むしゃむしゃと食べた。


「すまないねカルベラ。手を汚してさ」

「二度と持ってくるんじゃないよ、こんなもの」


そう言いながら、カルベラはタッパーを平らげ、シェムハザに返した。

手も口の周りも、カレーでぐしゃぐしゃだ。


「あはは。随分汚したもんだ」

「お前のせいさ、シェム」

「まあでも全部食べたところを見ると、よほど美味かったに違いなさそうだ」

「ものすごくまずかったよ。二度と食べたくないさ」

「そうかい、それは良かった」


そう言いながら、シェムハザは自分の白いワンピースの裾を持ち上げると、カルベラの顔と手を拭いた。

カルベラはじっと動かずに、彼女に従った。


「綺麗になったぞカルベラよ」

「お前の服が代わりに汚れただけさ」

「そんなの大したことじゃあないよ」


そしてシェムハザは、このカレーを作った人間の家に住まわせてもらうことになったと、カルベラに話した。


これまでもその面白い研究をしているフェンたちの話を、カルベラにしていたのだが、彼はシェムハザがその人間たちに手を貸すことを反対していた。


その人間達(そいつら)からは手を引けと言ったろう。話を聞かない奴だな」

「そう頑なに否定するな、カルベラよ。このおかげで君もカレーを食べられたのだぞ?」

「ふうむ…」


カルベラはだんまりした。


(おお! よほどカレーが美味しかったに違いないな!)


「それじゃあ私はそろそろ彼の家に戻るとするよ」

「そうかい。二度と俺のところに来るなよシェム」

「また来るよ。おやすみ、カルベラ」


シェムハザは手を振って、カルベラの元を立ち去った。




「な? あり得ねえだろ?」


リルイットは興奮した様子で、昨日の出来事をウルドガーデに話した。


「その研究、物凄い発想ですね!」

「いや、そこ?! うん、そこもなんだけどさ、兄貴が天使と子作りだぞぉ?!?! 嫌だよ俺は…あんなわけわかんねえ天使に兄貴が…」

「リルさんて、お兄さんのこと本当に好きですね」

「いや、ちげーよ? 兄弟愛だよ? 勘違いすんなよ?」

「していませんよ。仲良い兄弟で羨ましいです。私は1人っ子ですから」

「そういやそうだな」


2人が話していると、騎士団長のレグリーが、リルイットの元にやって来る。


「見つけたぞリルイット!」

「げ! レグリーさん!」

「お前昨日も勝手に訓練サボりやがって!」

「違うんですよ! 隣街の復旧作業の手伝いに…」

「誰もお前にそんな仕事頼んじゃいない! さあ、さっさと来い!」

「はい〜…」


レグリーに引っ張られて、リルイットは訓練場に連れていかれた。ウルドガーデはその様子を見ながら、手を振って彼を見送った。




「フェン、君はシェムハザと仲良くなるために、今日は2人でデートにでも行ってきな!」


ラミュウザはそう言って、フェンモルドを研究所から追い出した。


「子供が生まれねえと研究が先に進まねえだろうが」


ヒルカはそう言い放った。


まあ他にも研究することはたくさんあるのだが、試験体となる子供が何よりも早く欲しいというのが本音だ。

フェンモルドも同じ研究者だ。だからヒルカの気持ちもよくわかっているつもりだったが、いざ自分がその立場に立たされると、なかなかうまいことはいかなかった。


まあでもまだ2日目だ。

焦る時じゃあない。


そんなシェムハザはというと、俺の貸したトレーナーを着ていた。俺も細い方だったが、シェムハザは更に細くて小さいから、それでもブカブカだった。

下はフリーサイズのズボンを履かせた。

羽をしまったシェムハザの見た目は、完全に人間と同じだ。


なぜかというと、昨日の夜に帰ってきたこいつの着ていた白いワンピースが、カレーだらけだったからだ。


「なあフェンよ!」


シェムハザは何も知らずに、フェンモルドについてくる。


「どうしたシェム」

「デートとはなんだね!」

「ああ…2人で出かけることをそう言うんだ」

「おお! 楽しそうじゃあないか! それで、今日はどこへ行くのだね?」

「え? えっと…その…」


女の子とデートなんて、したことがないから、どこに行ったらいいのかわからない…。

なんて恥ずかしくて言えもしない。


シェムハザは目をパチパチさせて、期待するようにこちらを見ている。


「じゃ、じゃあ、俺がよく行くところに…」


と、俺が連れて行ったのは、街の博物館だった。


客もあまり入っていない、ちょっと廃れた博物館だ。

連れて行ってから失敗したかもなんて思ったけれど、ここくらいしか案内できそうな場所がない。


「おお! なんだねここは!」

「博物館だよ。古い化石とか、生物の標本とか、鉱石とかが飾ってあるんだ」


シェムハザは天使という魔族で、本来天界に近い空の国で生まれて暮らしているのだという。天界というのは神様がいる場所なんて言われていて、天使だけがそこに行けるという話だ。まあ俺たち人間は天界はおろか、天使たちの国にすら行けるはずもないから、全部噂話さ。神様の存在だって、宗教の信者でもない俺は、信じちゃいないよ。


シェムハザは人間界に興味があって、人間のたくさん住むこの国にやってきたという。


この国は、世界でも有名な、人間による人間のための巨大帝国で、名をシピアといった。シピアと揉め事になって絶滅させられた魔族は大勢いると言われている。


魔族禁制、とまではうたっていないけれど、魔族はこの国にはなかなか足を踏み入れない。人間界にやってくる天使はもちろんいるが、シピア帝国にノコノコとやってくるのはシェムハザくらいだ。


俺も世界の全ての国を把握しているわけではないが、シピア帝国はかなり発展していっている国じゃないかと俺は思う。

この博物館のような大きな建物もたくさんあって、お店や住宅地も綺麗だし、国の命令で常に開拓を続けている。


「おお! 綺麗な石ころがいっぱいあるのだね!」


ショーケースに飾られた鉱石の山を、シェムハザは珍しそうに眺めている。


「この赤いのは何だね!」

「ルベルパールだよ」


鉱石の下にはプレートで石の名前が書かれているが、シェムハザは言葉は話せるが文字を読むことはできないのであった。


「これは何だね」

「銀水晶だ」

「これは何だね」

「チタニウムクォーツだ」

「これは何だね」


シェムハザは100を超える鉱石を順番に1つ1つ眺めては、その名前を俺に尋ねた。俺はその1つ1つの名前を読み上げていく。まあ読まなくても、もう覚えているけどな。


「物知りだねえフェンは! さすが研究者といったところだよ」

「まあそこに書いてあるからな」

「そうなのかい! でも私は文字すら読めやしないよ! だからフェンは凄いさ! それで、これは何だね!」

「あはは…キリがないよ、シェム。そのくらいにしたらどうだ」

「そうかい。じゃあ最後にこの綺麗なやつの名前だけ教えとくれよ」


そう言ってシェムハザは、ひときわ美しく輝いた薄緑色の大きな水晶を指さした。


「これはノア・クリスタルだ」

「ほほう!」


(何だか思ったよりも楽しんでくれてるみたいでよかった…)


まるで子供のように楽しそうにしているシェムハザを、フェンモルドは安心した様子で眺めていた。


俺たちはそのあともたっぷりと博物館を堪能した。


「化石ができるまでに、長いと100万年もかかるやつもいるらしい。ということは、100万年以上前に生きていた生物がいるってことだ。今は絶滅したようだが、恐竜っていう生物が、昔この世界を支配していたらしい。残された骨や歯なんかから、DNAを見つけ出そうって研究をしたことがあるんだ」

「そうなのかい! そいつはすごいね!」


俺は調子に乗って、いつの間にか自分の研究自慢をだらだら話していたのだが、シェムハザは真剣に聞いてくれた。何を言ってるかわからなかったに違いないが。


「ごめん、つまんない話して…」

「いや! すごく楽しいが! 人間は本当に頭が良くって驚くよ!」


すると、フェンモルドの腹がぐーっと音を立てた。


「何か食べに行くか…」

「おお! またカレーかね!」

「いや、カレーはもういいだろ。何か別のものにしよう…」

「うんうん! ならフェンの好きな食べ物を教えておくれよ! 今日はそれを食べるとしよう!」

「別にいいけど…」


博物館を出た俺が彼女を連れて行ったのは、俺がよく行く食堂だった。


店主の兄さんが、シェムを見て驚いていた。


「何だフェン! 珍しく誰か連れてきたと思ったら、こんなに可愛い子!」

「いつものやつを2つくれ。俺とこいつの分だ」

「いつものね! じゃあ好きなところに座って待ってな」


そう言われて、俺はいつも座っている端っこのテーブル席に行って、背もたれのないその丸イスに腰掛けた。

俺が前の席を手で指すと、シェムハザはそこに座った。


「いつものとは何だね!」

「ナポリタン」

「何だねそれは!」

「すぐ出来るよ」


店主の兄さんが、できたてのナポリタンを2つ作ってやってきた。


「お待ちどうさま!」

「おおお! これがナポリタンというのかい!」

「おや、食べたことないのかい姉ちゃん! うちのは美味いよ! さあ、温かいうちにお上がりよ!」


目の前に置かれた初めて見るその料理に、シェムハザは目を輝かせた。


「味付けは血の塊なのかね」

「ケチャップだよ。トマトさ」

「ほう」


しかし食べ方がわからないようで、俺が食べる様子をじっと見ている。

俺はフォークにグルグルと麺を巻き付けて、それを食べた。


「そのように食べるのかね!」

「それが1番食べやすいからな」

「ほほう!」


シェムハザも真似しようとしていたが、うまく巻けずにするんと麺が抜けていた。


「ふふ……」

「笑うなよフェン!」

「不器用だなシェムは」

「仕方ないだろう! スプーンだって昨日初めて使ったのさ!」

「ふふ…ゆっくりでいいよ。頑張れシェム」

「ふむ!」


ようやく2本ほど巻けたようで、それを口に入れた。


「んんん! 美味しいぃ!!」

「そうだろう。ここのナポリタンは絶品なんだよ」

「人間の食べ物って本当に美味しいのだなぁ!」


シェムハザは喜びながら、それを食べていた。

巻くのは諦めたようで、フォークに引っ掛けて口まで運ぶと、ズルズルとパスタをすって食べた。


「天使はいつも何を食べるんだ」

「マナだよ! パンに似てるのさ! でも別に食べなくても生きていけるよ」

「そうなんだな」


食べ終わった頃にはシェムハザの顔はケチャップまみれだった。


俺がその顔を見て大笑いすると、シェムハザは膨れっ面をしていた。


「だから、笑うなよフェン!」

「ごめんごめん。じゃあじっとして」


と言って、フェンはハンカチを出すと、シェムハザの口まわりを綺麗に拭いてあげた。


「何だねそれは」

「ハンカチだよ」

「ほほう」


支払いを済ませて、俺たちはその店をあとにした。







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