天才射手はいびきがうるさい
ある日、アデラがアデリアに乗って草原を駆けていると、人間の女を見つけた。金色の長い髪をした大人しそうな女だった。
草原にしゃがみこんでは、何かを探している。
「おい、こんなところで何してる」
アデラが後ろから声をかけると、女はハっとして振り返った。
「び、びっくりした……」
「ここは俺たちケンタウロスの縄張りだぞ」
アデラがそう言うと、女は顔をしかめた。
「ケンタウロスって……あなた人間じゃないの?」
「……」
アデラはその女を見て思った。
こいつは自分と同じ姿をしている。
自分以外にこの姿をしている奴を、この時初めて見た。
こいつも人間なんだろう。
「とにかく、ここは俺たちの縄張りなんだよ。何をしているんだ」
「ごめんなさい…。テリアの薬草を探していたんです。この草原にあると聞いたので…」
「ふうむ。それならこっちだ」
アデラは馬に乗ったまま、その女を先導し、テリアの薬草が咲いている場所に案内した。
「ここにたくさんあるが」
「わあ! こんなにたくさん! 持っていっていいんですか?」
「構わない。それを採ったら、早くここから出ていけよ」
「わ、わかりました」
女は薬草を摘み終えると、アデラに深く頭を下げた。
「ありがとうございました!」
「……?」
女はにっこりと笑ってそう言ったが、アデラはその言葉の意味がわからなかった。
「さっさと出ていけ」
「はい!」
女はその場所から離れていった。
それからしばらくしてからのこと、ケンタウロスたちの様子が突然おかしくなったのだ。
アデラがアデリアに乗って狩りから獲物を持って帰ってくると、何やら他のケンタウロスとアデラートがもめているのだ。
「アデラは俺たちの仲間じゃないか!」
「何が仲間だ。人間は殺す。魔王様の命令だ」
「そうだ。人間これから俺たちに酷いことする。される前に殺す」
「アデラがそんなことするものか!」
アデラートを囲うように押しかけてくる仲間のケンタウロスたちを見て、アデラも何事かと急いで戻った。
「帰ってきたぞ」
「さっさと殺せ」
「そうだ、殺せ」
すると、アデラを見つけるなり、ケンタウロスたちは自分に向かって弓を構え始めた。
「なっ……」
アデラは驚いて目を見開いた。
アデラに向かって一斉に矢が放たれた。
「やめろ! やめろおおお!!!」
アデラートはアデラの前に立ちはだかると、その多量の矢を全身で受けた。アデラートの身体にささった幾本もの矢の先から、彼の血が激しく吹き出した。
「ア…、アデラート!!!」
「アデラ……早く………逃げろ………」
「そ、そんなこと出来ない!!!」
他のケンタウロスたちは、仲間のアデラートが瀕死の状態になったというのに、淡々としている。彼らは無慈悲な魔族、ケンタウロスなのだ。
「何で………」
(何で仲間を……傷つけられるんだ………?)
ケンタウロスたちは再び弓を構えだした。
(何とも思わないのか……?)
アデラもまた、弓を構えた。
(それが、魔族なのか……?)
『ありがとうございました!!』
そう言って笑った人間の女の顔を思い出した。
こいつらがそんな風に俺に笑ったことなんて一度もない。人間の俺をいつだってのけものにして、魔王に命令されたら俺のこともそれを守るアデラートのことも、簡単に殺すことができるんだ…。
ケンタウロスたちが射つ前に、アデラは1本矢を放った。
バシュウウンと音を立てて、1匹のケンタウロスを殺した。
「こいつ…!」
「射て! 殺せ! 人間は殺せ!!!」
ケンタウロスたちは矢を放ち始めた。
アデラが自分の馬の横腹を蹴ると、アデリアはヒヒーンと声を上げて矢を避けた。
「何?!」
バシュウウン バシュウウンン!!
ケンタウロスたちが驚いているスキに2匹を仕留めた。
「足と腕は別の方がいい。避けることと、射つこと、それぞれに集中出来るから」
バシュウウンン!
そう言って、もう1匹を仕留めた。
「こいつ!」
「何やってんだ! たった1匹だぞ! 殺せ!!」
「うおおおあ!! 死ねぇ!!!」
ケンタウロスたちはアデラに向かって矢を放つが、アデリアは見事にそれを避けて走りだす。
「逃げるぞ!」
「追いかけろ!!!」
(誰が逃げるか……)
アデラは走行を馬に完全に任せ、後ろに向かって矢を次々に放った。
バシュウウン バシュウウン!!
アデラの矢は一撃でケンタウロスを仕留めていき、やがて全てのケンタウロスを射殺した。
「アデラート!!」
アデラは急いでアデラートのところへと戻った。
「……」
しかしアデラートは、もう息をしていなかった。
どんなに悔しい時も、1人のけものにされて辛い時も、涙なんて出なかったけど、その日アデラは初めて、涙を流した。
アデラは、生まれて初めて草原の外に出た。
そしてアデラは思った。
無慈悲な魔族を皆殺しにしようと。
世界中の魔族は、魔王の声を聞いて、人間を襲おうとしている。だったらその前に、こちらから殺してやる。
「俺は…人間だ…」
そしてアデラは、アデリアに乗って世界を駆け、その弓を使って魔族を狩り続けた。
「……」
リルイットとラスコはそんな彼の話を聞いて、同情せずにはいられなかった。
リルイットたちも魔族に襲われて、家族や仲間、その国さえも失った事を話した。
「なるほど。ならお前たちと俺の目的は同じということだな」
「アデラ、お前も俺達と一緒に魔族を討たねえか?」
「え…?」
「俺たちの仲間になってくれよ!」
「仲間……」
アデラはその表情を変えなかったが、その言葉に反応していた。
俺はケンタウロスの仲間にはなれなかった。
俺は人間だから。
人間のこいつらとなら……俺も……。
「一緒に戦いましょう、アデラさん!」
ラスコは両手を握りしめると、アデラを見つめた。
「いいよ」
アデラは顔色さえ変えなかったが、オッケーの返事をした。
「本当ですか?!」
「おい! お前さ! 何かラスコをひいきしすぎだろ!」
「そ、そんなことあるわけないじゃないですか。何でアデラさんが私なんか…」
ラスコがアデラをちらりと見ると、アデラはラスコをじーっと見ていた。彼と目があって、ラスコは何故だかドキっとした。
「ラスコは、可愛い」
「!!!」
ラスコは顔を真っ赤にした。
リルイットもあんぐりと口を開けた。
「そ、そう言えば、馬のアデリアはどうしたんですか?」
「ああ、もう高齢でな、旅の途中で死んだ」
「そ、そうなんですか……」
アデラは淡々と話していた。
馬の寿命は25年ほど。アデラが幼少期から乗っていたというなら、その馬も寿命だったのだろう。
「アデラは何歳なんだ?」
「何歳とは」
「生まれて何年経ったかって……はぁ、数えてねえか。ケンタウロスは」
「ふうむ」
「まあ私達と同じくらいではないでしょうか?」
「ていうかラスコはいくつなの?」
「私は21歳です」
「ええ!! 歳上?!?!」
「えええ?! 歳下なんですか?!?!」
リルイットとラスコは驚きあった。
リルイットは18歳。ラスコの方が3つ上のようだ。
「童顔かよ…」
「老けてますね」
2人はぼそっと罵りあった。アデラはよくわからないといった様子で、グラナディラを食べながら2人を見ていた。
「ておい! アデラ! もうフルーツねえじゃん!!」
バスケットにまんぱんに入っていたグラナディラは全てアデラの腹に収まっていた。バスケットは綺麗に空っぽだ。
「てか皮は?」
「うん? 全部食べたけど」
「か、固いだろ? 何で食うんだよ! アホなのかよ!」
「ふうむ…」
そうして俺たちは、ちょっと、いや、結構変わった青年アデラを仲間に加えた。
まあケンタウロスは結構アホだからな。アホに育てられたのだから仕方ない。と、リルイットは心の中で彼をアホ呼ばわりする。
1日かけて山道を超えた。その先に続く岩道を進んでいる途中で、夜になった。
オスタリアでもらったお礼金で買った簡易テントを、2つ設置した。
「俺のはないのか」
「当たり前だろ! アホ!」
もはやリルイットは、口に出して彼をアホ呼ばわりしていた。
ラスコにお休みを言ったあと、やむを得ずリルイットは、アデラを自分のテントに連れて入る。
「狭い」
「当たり前だろ! 1人用なんだよ!!」
リルイットはちょっとイラつきながら、テントの端に横になった。
「ふうむ…」
アデラもまた、リルイットの隣に横になった。
「しゃあねえな。ミルガンでもう1つテント買うか…」
「……」
「そいやお前、金持ってんの?」
「……」
リルイットはふと隣を見ると、アデラは既に眠りについていた。
(寝んの早っ!)
アデラの横顔はとてもきれいで、やっぱり女の子みたいだった。
「……ハァ」
リルイットはそっぽを向くと、目を閉じた。
(まあ何でもいいか。こいつ強そうだし、頼りになりそうだからな。アホだけど)
リルイットが寝入ろうとすると、事件は起こった。
ガーーーー グガーーーーーー
リルイットはハっとしてアデラの方を見た。
(こいつ……いびきうるさっっっ!!!!!)
その後もリルイットはアデラのイビキに悩まされ、なかなか眠りにつけなかった。




