ケンタウロスの子
リルイットとラスコは、アデラを見てはあんぐりとしている。
「何だ、人のことじろじろ見て」
「いやいやいや! お前男なの? 何なの?! 女装が趣味なの?!?!」
「何の話だ?」
「はぁ?! だってその服、女もんだろ?!」
(それにその顔……)
リルイットがそう言うと、アデラは不思議そうな顔をしている。弓使いの女の子のための割と最新の装備だ。まだ履いているキュロットパンツの裾には、よく見たら可愛いフリルだってついている。男の裸体が履いたその姿は、何ともシュール、というか変態的だ。
「そうなのか?」
と、アデラはラスコに尋ねた。
「そうだと思いますよ…。デザイン的にも…」
「ふうむ」
リルイットは不愉快そうにアデラを見ている。
(何でラスコに聞き直すんだよ! 俺がそう言ってんのに!)
「前に魔族に襲われていた人間を助けたら、そいつが装備屋の主人でな。装備をくれるというから、それを着たまでだ」
「はぁ……お前、その身なりだから女に間違えられたんだよ…」
「ふうむ」
アデラは腰に手を当てては、首を傾げた。
(どう見ても女もんなのに、何で疑問に思わず着るんだよ…)
すると、アデラはへっくしゅんと再び盛大なくしゃみをした。
「リルイット」
「なんだよ」
「寒い。炎出せ」
「はあああ?!?!」
ラスコは2人のやりとりを、苦笑しながら見ていた。
「リル…お願いします…。私のせいなので……」
「ったく……」
女でもうぜえ物言いなのに、男だと? 余計うぜえ!!
しかしラスコにも頼まれ、仕方なくリルイットは剣を抜いた。
「何か斬らねえと……」
「さっき足から火出してたろ?」
「あれは…勝手に出たんだよ…」
「はあ?」
「それじゃあリル、これを」
ラスコはあっという間に木の人形を作り出した。人形はにっこりと笑って、リルイットに手を振っている。
「燃やしていいのかこれ…?」
「大丈夫です。土の中に埋まって腐敗していた枝たちを集めて作ったものですから!」
(…よおわからんけど、ラスコがいいならいいだろう)
「おらぁ!」
リルイットが人形を斬ると、激しい炎が燃え上がった。
「おお、温かい」
アデラは棒読みでそう言いながら、リルイットの出した炎に近づいて身体を温めた。あっという間に人形は燃えてしまい、炎は消えてしまった。
「おい、もう1回やれ」
「こんのぉぉ………!」
「リル…お願いします」
その後アデラが満足するまで、リルイットは次々に作られる人形を斬りまくった。
「ハァ……疲れた……」
リルイットは非常に息切れしていた。
「だらしないな。少し斬ったくらいで」
「てめえこら!!」
ラスコはその間にアデラの服を持って炎にかざしていたので、びしょ濡れだったその上着も乾いていた。
アデラはそれを受け取り、服を着た。
履いていたキュロットパンツは恐らくポリエステル素材。こちらも見事に乾いていた。
(女だ……まじで……)
「ふむ。全く便利な術だ」
「おいおい、礼もなしかよ」
「礼とはなんだ」
「はぁああ?!」
(こいつ、何か変だぞさっきから……)
「ありがとうとか、なんかあるだろ!」
「ありがとう……?」
アデラは顎に手をやると、うーんと悩みこんだ。
「聞いたことがあるが、使い方を知らなかった」
「はあ? お前何なの? 頭おかしいの?」
「いや、健康だけど」
「……」
リルイットとラスコは顔を見合わせる。
アデラはどうやらふざけているわけではなさそうだ。
「お前、人間だよな」
「当たり前だろう」
「その割には一般常識がねえけど…」
「お前らの常識など知らないが、まあ恐らく、俺を育てたのが魔族だからだな」
「はあああ??!」
「えええっ??!」
アデラがそう言ったので、リルイットとラスコは声をあげて驚いた
リルイットたちはポニーに乗ると、ミデランに向かって足を進めた。
アデラは腹が減ったと言い出して、荷台の果実を見つけると、これを食わせろと勝手にポニーに乗り込んだ。
アデラはムシャムシャとグラナディラを食べていた。
(本当に図々しい奴だな…。そういやこんな風に図々しい奴が他にもいたような……)
わかった……シェムハザだ……。
なるほどな、魔族って奴は皆こうなんだ。
魔族に育てられたこいつも一緒だ。
まあシェムとこいつだけかもしんねえが…。
「うまいなこれ」
「グラナディラと言うんですよ」
「ふうむ」
ミデランに向かうその山道で、俺たちはアデラの話を聞いた。
アデラはここよりももっともっと西の、テルーヴ草原というところで育ったらしい。
アデラを育てたのは、ケンタウロスという魔族だった。
ケンタウロスは、上半身が人間の男で、下半身が馬の姿の魔族だ。上は麻布で編んだ簡易的な衣服を身に纏っている。
彼らは人間の言葉を話せるので、アデラも会話はできるのだが、無慈悲なケンタウロスたちはお礼なんてしたことがなく、感謝をするという概念がない。また男女の区別のない彼らと生活していたので、アデラもまたその違いに疎いようだ。
弓を使うのが得意な種族で、アデラもケンタウロスに弓を習ったのだという。
何でケンタウロスに育てられたのかを聞くと、おくるみにくるまれて草原に捨てられていたのを、1匹のケンタウロスが拾ったのだそうだ。
そのケンタウロスは、他のケンタウロスたちとちょっと違っていた。だから他のケンタウロスから変わり者だと罵られることも多かった。
そのケンタウロスの名前は、アデラートといった。
「アデラート、何だそれ」
アデラートは泣いている赤子を抱きかかえると言った。
「人間の赤ちゃんだ」
無慈悲なケンタウロスたちは泣いているその赤子を見て、ふーんといった様子だった。だけどアデラートだけは、その赤子に興味を示した。
「俺、この子育てようかな」
「人間なんて育ててどうする」
「そうだ。そんなもの捨てておけ」
赤子はオギャアオギャアと泣きわめいている。
「そんなうるさいものいらないよ」
「そうだ。捨てておけアデラート」
他のケンタウロスたちは口々に言ったが、アデラートは大切そうにその赤子を抱えてはなだめた。他のケンタウロスたちはハァと呆れた様子で、アデラートを置いて獲物を狩りに行った。
「オギャアアア!」
「よしよし。大丈夫さ。俺が育ててやるからな」
アデラートに揺らされて、赤子は泣くのをやめると、ニコ〜っと笑ってみせた。
「何と可愛い。よし、この子は今日から俺の子供にしよう。そうだ、名前をつけないと」
アデラートはうーんと考えたが、名前なんてつけたことがなかったので思いつかなかった。
「そうだ、俺の名前を半分やろう。よしよし、お前はアデラだ。うむ、なかなかいい響きだ」
こうして変わり者のケンタウロスに運良く拾われた赤子は、アデラと名付けられて、そのテルーヴ草原で成長していった。
アデラートは本当の親のようにアデラを育てたので、アデラもアデラートを本当の親のように慕っていた。
アデラートはアデラに弓を教えた。
アデラは弓の才能があって、めきめきと上達した。
「見ろよ、俺の子供、こんなに弓うちが得意なんだ」
アデラートは他のケンタウロスに息子自慢をするのだが、ケンタウロスたちは言った。
「確かにすごいが、足が2本しかない」
「そうだ。そいつは人間、俺達とは違う」
「ふうむ…」
他のケンタウロスたちは、アデラに危害を加えることはなかったが、それは彼に無関心だからだ。そしてアデラのことを、絶対に仲間だとは認めようとしなかった。
アデラも自分が人間という、ケンタウロスとはまた違う生き物なんだということは、子供ながらに理解していた。
「ほうらアデラ。この馬をお前にやろう」
ある日、アデラートはどこからともなく馬を連れてきた。
その茶色い馬に乗るようにとアデラに言った。
しかしアデラが馬に跨ると、ヒヒーン!と暴れだし、アデラを地面に叩き落とした。アデラはその馬をキッと睨みつけた。
「何て行儀の悪い暴れ馬だ……」
その馬を懐かせるにはアデラも苦労した。
どうやって懐かせたのかはもう忘れたが、とにかく苦労したものだ。
まあでも、ようやくその馬に跨がれるようになった。
時間が経てば経つほどその馬もアデラに懐いて、2人は最高のパートナーになった。
「ヒヒーン!!」
「そうだ。お前にも俺の名前を半分やろう。お前の名前は…」
アデラは足元に咲いているテリアの薬草を見つけると、ピンときて言った。
「そうだ。アデリアにしよう」
「ヒヒーン!!」
馬は嬉しそうに嘶いた。
アデラはそれからはアデリアに乗って、自由にその草原を駆けまわった。自分もケンタウロスになれたような気がして、アデラは少しばかり嬉しい気持ちだった。




