対戦・マッドゴーレム
リルイットとラスコは宿を出て、国の外に出ると、次の国ミデランを目指した。
「ポニーさん、お願いします!」
ラスコに呼ばれ、木の荷台が颯爽と地面から現れた。
(どういう仕組みだよ…ったく…。あれ…)
昨日とフォルムがなんだか違っている。
木でできた馬に似た顔に、尻尾までついている。
(ポニーに似せてきやがったな。ていうかお前は荷台。そもそも馬の方じゃねえけどな!)
「素敵なデザインですね、ポニーさん」
ポニーは再び枝を伸ばすとグッドポーズをした。
(馬はグッドポーズはしねえぞ〜…)
ポニーの機嫌を損ねても困るので、悪態をつくのは心の中だけにしておいた。
俺たちは1日かけてその国の周りを通り抜けた。魔族警戒中の国の中でポニーを使うのは変な目で見られそうだったからだ。周り道にはなるが、ポニーなら馬車で街中を走るより速い。全く優秀な荷台だ。
次の日、オスタリア国を出ると、長い山道に差し掛かった。この山を越えればミルガン国が見えてくるはずだ。その向こうには、俺の祖国、シピア帝国。
崩壊したときいたシピア帝国…。
行ってももう何もねえかもしれないが……。
この目で見ずにはいられない。
未だに信じられないんだ。俺の国が滅びたなんてさ…。
(リル……)
ラスコも、神妙な面持ちのリルイットを、心配そうに見ていた。
「そういやこの山道、ハーピィが住みついてんだよな」
「また襲ってきたりしますかね…」
「どうだろうか…」
どうもシピアが襲われたあの日から、魔族は人間に敵対心を抱いている。あの魔王って奴がそうさせたんだろうか…。
シェムはあのあとどうなったんだ…。
兄貴との子供は……。
「リル! 見てください!」
ラスコが叫んだのでハっとして、リルイットも顔を上げた。
ゴツゴツした山道の途中には、ハーピィの死骸があった。
「死んでる……」
「あっちもです」
ラスコが指さした逆側にも、ハーピィの死骸が散らばっていた。
人間の女の顔に鳥の手足と羽を持つ魔族、ハーピィ。
彼女たちは歌うことが大好きなのだが、その歌声はどんな騒音よりも酷く、近くで聞くと大変耳が痛くなると言われている。
そんなハーピィは、皆揃って心臓から出血していた。
その胸には矢が刺さっている。
(弓…か……?)
そう言えば、オスタリアを襲ったオークの群れを倒したのも、弓使いの女だと言っていた。
「キィィィイイイイイ!!!」
遠くから激しい奇声が聞こえたかと思うと、1匹のハーピィが突然こちらに向かって飛んできた。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
リルイットとラスコがハーピィの姿を見たその瞬間、リルイットの背後から、彼の顔の横スレスレを通るように、1本の矢が飛んできた。
バシュウンンンン!と歯切れのいい音を立てて、矢はハーピィの心臓を貫いた。
「キィィィイイイイ!!!」
ハーピィは悲痛な叫び声を上げ、その場に落ちた。
「!!」
リルイットとラスコが後ろを振り向くと、遠くで青髪の女が弓を構えていた。
(あ、あんなに遠くから射ったのか……)
2人は唖然とした様子でその女を見た。
「お前たち、こんなところで何をしている」
青髪の女は低めの声でそう言うと、弓を下ろしてリルイットたちに歩み寄った。非常に凛として顔立ちで、ツンとした鋭い瞳をしている。化粧気はまるでないのだが、必要ないほど肌もきれいで色白だ。衣服は茶色のベストにキュロットパンツ、弓使いの女の子の今年の流行りコーデだった気がする。
「俺たちはシピア帝国に行く途中なんだ…」
「何でそんなところに行く。あそこはもう壊滅しているんだろ」
青髪の女はなかなかの美人だったが、非常に無愛想だった。
背中には何本もの矢が背負われていて、その弓は非常に大きく、彼女の身長くらいある大弓だった。
(す、すごい美人……)
ラスコは近づいてくる美人弓使いを見て、顔をしかめたが、彼女のぺちゃんこの胸が目に入った。それと自分の胸を見比べ、ほっと安堵した。
(勝った……!! 顔が美人でもスタイルまで完璧とはいきませんよ…! 神様ありがとう…!)
と、アホなことを考えていた。
「俺の故郷なんだ。崩壊したって話は知ってるけど、自分の目で見ないと信じられなくってさ」
「ふうむ」
女は2人の乗っている荷台のポニーを見ると、呟いた。
「変わった馬だな」
「いや、馬に見えたのか?! 木材だぞ?!」
ポニーは女に向き直ると、ペコリとお辞儀をした。
「非常に礼儀正しい馬だ」
「ふふ。ポニーと言うんですよ」
「ふむ。もしかしてお前、植術師か?」
女はラスコを見ると言った。
「はい。私は植術師のラスコ……」
とラスコが名乗ろうとすると、女は弓を構えて矢を放った。
(は、速っ?!)
弓を構えてから矢を射ちだすまでのその速さに、2人共目をまるくした。
矢はバシュウンと音を立てて、遥か遠くのハーピィを射ち殺した。
(あんなに遠いハーピィを……)
(き、気付きもしませんでした……)
「ああ、で、何だっけ」
「えっと…ラスコです…。ラスコ・ペリオットです」
「ふむ。イスタールの植術師は皆死んだという噂を耳にしたが、嘘だったのか」
「あ、いや……でも私以外は、皆死んでしまいましたから……」
「そうか」
女は淡々とした表情で話し続ける。
その様子を見て、本当に無愛想な女だな…とリルイットは思った。
「んで、お前は?」
「尋ねるなら先にお前から名乗れよ」
「ええっ?!」
リルイットは顔を引きつらせた。
(いや、お前もラスコに先に名乗らせてたじゃねえかよ!)
まあ喧嘩をしてもしょうがない…。俺は女の子には寛容な男なのさ!
「リルイット・メリクだよ。んで、お前は?」
「アデラ」
「アデラね…。オスタリアのオークを倒したのはお前か?」
「そうだ」
「何で1人で魔族を殺してまわってんの?」
俺が聞くと、アデラは答えた。
「魔族が人間を襲うからだ」
「うん、まあそうだけど、何で女の子1人で…」
すると、アデラは再び弓を構え始めた。
「んだよ、またハーピィか…?」
とリルイットが後ろを振り向こうとした矢先、アデラの足元から、巨大な泥の手が彼女の足を掴み、地面に引きずり込んだ。
「なっ、何だ?!」
アデラも焦ったような声を上げた。
「魔族です! 泥の魔族、マッドゴーレムです!」
「っ!」
さすがのアデラも、地面に矢は放てない。あっという間に下半身は地面にのまれてしまった。
「アデラ!!」
リルイットはアデラの手を掴んだ。
「くっそ!」
必死で彼女を引っ張りあげようとするが、マッドゴーレムの力に敵わない。
「任せてください!!」
ラスコは地面に手をかざすと、地中に巨大なツルを生んでは、その勢いで地面を掘り起こした。
「うわっ!!」
地面の底からマッドゴーレムがその姿を現した。それは顔のない、泥でできた巨大なモンスターだ。そいつは見上げるほどに大きく、岩から手足が生えたような、不気味な装いだ。
「アデラ!!」
マッドゴーレムが起き上がる勢いで、アデラの手を離してしまった。
アデラはマッドゴーレムの右腕に足を掴まれたまま、宙吊りになった。
バシュウンン!とアデラは逆さのままマッドゴーレムに矢を放ったが、泥の身体にぐにょんと刺さるだけでまるで効果がない。アデラは舌打ちをして、マッドゴーレムを睨みつけた。
「んの野郎!!」
リルイットが剣を抜いてマッドゴーレムに襲いかかった。
「だ、駄目ですリル!」
「へっ?!」
ラスコが叫んだが、リルイットは身体を止められなかった。マッドゴーレムの腕に剣がぐにょんと食い込む。
(斬り落とすのは無理か!)
しかし剣から放たれた炎が、マッドゴーレムを襲った。
(剣から炎……?!)
アデラは逆さまの状態で、リルイットの剣先から現れた炎を見ては、驚いていた。
しかし炎はマッドゴーレムに吸収され、消えてしまった。
「も、燃やせない?!」
「マッドゴーレムは泥です!」
(そしてこの泥の性質…土粘土と同じもの! ゆえに燃やせば…)
マッドゴーレムの燃やされた箇所は、明らかに硬化している。
「硬くなっちまった!!」
「私に任せてください!!」
ラスコはマッドゴーレムに向かって両手のひらをかざすと、水のシャワーを吹き出した。
「まずは柔らかく!!」
マッドゴーレムはその全身を濡らされたが、動じはしない。
「うわっ!!」
アデラもまたそのシャワーでびしょ濡れになっていた。
「ただの水じゃないです! 栄養水です!!」
マッドゴーレムも黙ってはおらず、ラスコに向かってその巨体を動かし、襲いかかってきた。
「遅いですよ!」
ラスコは振り下ろされたマッドゴーレムの左腕をさっと避けると、マッドゴーレムに向かって種を撒いた。
(あとは咲くのを待つだけ!)
マッドゴーレムはラスコに攻撃を仕掛けるが、その動きは遅く、ラスコはそれをなんなく避ける。
「キィィィイイイイイ!!」
すると、恐らく先ほどアデラが狙おうとしていたハーピィが、その鍵爪をたてて、こちらに向かって飛んできたところだった。
「お前の相手は俺だァァ!!!」
リルイットは剣を構え、ハーピィに斬りかかろうと地面を蹴った。
(無理だろ…! 飛行魔族だぞ?! 剣が届くわけない!!)
アデラはハーピィを射ち抜こうと弓を構えるのだが、ハーピィの前にリルイットがいて矢を放てない。
「どけ! リルイット! 邪魔だ!」
「うるせえ!! 俺にもいいとこ見せさせろっての!!!」
(と思ったけど、さすがに届かなかった〜!!)
すると、リルイットの足から炎を放射され、その勢いで飛び上がった。
(な、何だあれは……?!)
(うおあ!!)
リルイットはハーピィの高さまで届くと、剣を振り切った。
ハーピィはさっと飛んでその振りを避けるのだが、リルイットは、そのまま身体をよじってハーピィに斬りかかった。
(何だ…?! 空中であの動き…)
(身体が……勝手に……何だかわかんねえけど、いける!!!)
「燃えろぉおお!!!」
リルイットはその剣で見事にハーピィを捕らえると、その身体を燃やし尽くした。
(も、燃えた……)
アデラはあんぐりと口を開けて、逆さ吊りのままその様子を見ていた。
しかしリルイットはそのまま地面に落下していく。
(やっべえ! あとのこと考えてなかったぁ!!)
するとリルイットの着地点に巨大な黄色い花が咲き、クッションのように彼を受け止めては、跳ね上がった彼を花びらが包み込んだ。
「ラスコ!」
ラスコはマッドゴーレムの攻撃を避けると、リルイットににっこりと微笑んだ。
「さあ、そろそろ咲きますよ!!」
すると、マッドゴーレムの体内に撒かれた種は芽を出すと、みるみるうちにツルを多量に伸ばし、その身体を包み込んだ。
マッドゴーレムはそのツルに身動きを封じられ、アデラを握っていた手も離した。
アデラはぐるっと1回転すると、地面に着地した。
そしてまもなく、ツルの先からマッドゴーレムよりも巨大な紫色の花が咲いた。
「おお! 何か咲いたぞ!!」
「巨大トリカブトです!!」
マッドゴーレムはトリカブトに身体を蝕まれると、みるみるうちに小さくなっていった。
「最強の毒花です! そしてその有毒が最も強いのは、その根っこ!!」
トリカブトはあっという間にマッドゴーレムを侵食し、その猛毒を取り込んだマッドゴーレムは、見事に朽ち果てた。
(こいつら……)
アデラは呆然と、彼らの戦いを見ていた。
「やりました!」
「やったなラスコ!!」
リルイットは歓喜の表情で彼女に駆け寄った。
「リル!!」
ラスコもにっこりと笑うと、右手をパーにしてリルに向けた。
リルも右手を広げると、ラスコの右手とハイタッチを交わした。
「へっ、へっくしゅん!!」
するとアデラは濡れた身体を震わせながら、くしゃみをし始めた。
「へっぶしっっ!!!」
似合わぬくしゃみを繰り出すアデラを見て、リルイットはぶっと吹き出した。
「す、すみませんアデラさん…!」
ラスコはおろおろしながら彼女に駆け寄った。
「へっ、へっ、へっくしゃああんん!!!」
「ぶわーっはっはっはっは!!」
リルイットは目から涙を流しながら大爆笑をし始めた。
アデラはリルイットを見ては、ちっと舌打ちをした。
「ちょっと、リル!!」
「ごめん! ごめんって!」
アデラは不愉快そうな顔でリルイットを睨みながら、おもむろにその上半身の服を脱ぎだした。
「ちょっ! なになになに!!」
「あっ、アデラさん?!?!」
2人は顔の前に手をやって隠す振りをしながら、指の隙間からアデラを覗く。
「え……?!」
リルイットとラスコは、服を脱ぎ捨てたアデラを見ては目を丸くした。
「お、男ぉぉおおお?!?!」
アデラは2人を睨みながら、細身にも鍛えられたその身体を晒しては、再びへっくしゅんと大きなくしゃみをした。




