対戦・カミリヤ
むっすー……とした様子で、リルイットはラスコを睨みながら、夕食を頬張っていた。彼の頬は赤く腫れていた。
「す、すみませんでした……」
ラスコは縮こまりながら、リルイットに謝った。
「まあいいけど。俺をそんな酷い男と一緒にすんなよ」
「すみません……」
ラスコはリルイットに、昔イケメンの男に酷い目に合わされたという話をした。酷い目に合わせ返したことは黙っていた。
そしてそれ以来、恋愛なんて怖くて出来なくなったのだということも話をした。
「昔のことだろ。もう忘れろよ」
「そんな簡単にはいきません…」
ラスコもすこーしずつ夕食を食べていた。
よく煮込まれたビーフシチューだった。バケットが添えられている。サラダもあるし、デザートに小さなケーキもついている。このシチューなんて、かなり美味だ。これがついて2人で1500ギルなんて、なかなか安いじゃあないか。まあ俺の金じゃねえけど…。
すると、何やら外が騒がしいことに気づいた。
「何だ?」
リルイットは窓を開けて外を見下ろした。
何やら騒然とした様子だった。
兵士たちが剣を構えて振り下ろしている。しかし敵の姿は見当たらない。
「リル!」
「ああ! 何かと戦ってるみたいだが…」
(何だ…? 何と戦ってるんだ……?!)
「私、行きます!」
「ちょ! ラスコ! 待てって! ああっ、俺パジャマだしぃっ」
ラスコは窓から飛び降りた。焦ったリルイットは窓から顔を覗かせ、彼女の飛んだあとを見た。そこは2階だったのだが、大きな黄色い花を着地点に咲かせ、それをクッション代わりにしたようだ。
ラスコは一足先に、兵士たちに合流する。
「皆さん! 一体何が?!」
「カミリヤが侵入したんだ!」
「か、カミリヤ…?」
「魔族だよ! カメレオンみたいに身体の色を自由に変えて、身を隠しながら獲物を狙う下等魔族さ!」
「ったく! どこに行きやがった?!?!」
兵士たちは姿を隠すカミリヤを、必死で探している。
街の住民たちは恐れをなして家に閉じこもり、外にいるのは兵士たちだけだ。
「ぎゃあああ!!」
すると、向こうの方で兵士が悲痛な叫び声を上げた。
「どうした!!」
ラスコに話をしてくれた兵士は声の方に駆けつけた。ラスコも後を追って、その様子を見に行く。
「や、やられた……」
そこには首を絞められて死んだ兵士の姿があった。
「カミリヤは舌を首に巻き付かせて、窒息を狙ってくるんだ!」
「!」
ラスコはそれを聞いて、顔を引きつらせた。
(どこ……どこにいるの…?!)
今襲われたばかり…。近くにいるはずだ…。
(透明になったわけじゃない。背景と同化しているんだ)
ラスコは目を凝らしてカミリヤを探した。
「うわああああ!!!」
「!」
すると、隣にいた兵士が首に手を当てて叫び始めた。
(いた!)
目を凝らすと、地面にカミリヤが4足で立っている。その姿はカメレオン、あるいはイグアナなんかに似ていたが、それらよりも明らかにでかい。そこから長い長い舌を伸ばして、兵士の首を絞めつけている。
「させません!」
ラスコは右手を前に出し、手のひらから葉の刃を飛ばすと、そのカミリヤの舌を斬り落とした。斬れた先からは激しく血が吹き出し、カミリヤの変色が解け、その緑色の身体を顕にした後、その場に倒れた。
(やった!)
「た、助かったよ……ハァ……ハァ……」
兵士は息を荒げながらお礼を言った。
「いえいえ! カミリヤを倒せてよかったです!」
しかし、ラスコが喜んだのもつかの間だった。
「あうぅっ!!!」
ラスコは突然首を絞められたのだ。
ぬるりとしたそいつの舌の感触がする。
(ま、まだいた?! 1匹じゃない?!)
ラスコは再び葉の刃を飛ばそうと、その右手を上にあげようとしたが、その右手をも舌に掴まれた。
(もう1匹?!)
それもつかの間、左手、右足、左足の全てを舌に捉えられた。
ラスコが目を凝らすと、そこには何匹ものカミリヤの群れがいるのだ。
「くぅううっ」
ラスコは呼吸が出来なくなり、苦しそうな表情を浮かべた。
するとその時、颯爽と駆けつけたリルイットが、ラスコの首を絞めあげるそのカミリヤの舌を斬り落とした。
「っはぁ!」
ラスコはハァハァと呼吸を再開した。
瞬く間にリルイットは、ラスコの手と足を縛るその舌も瞬時に斬り落とした。
斬られた舌を這うように炎が巻き起こり、カミリヤを包んで灰になるまで燃やし尽くした。
「リル!」
ラスコは歓喜の声を上げた。
「遅くなって悪かったな。だけどまだ終わってねえぜ」
リルイットとラスコは、カミリヤの大群を見据えた。
身体は背景に同化しているが、目を凝らせばそこにいるのがよくわかる。
驚くことに、背景が波打って見えるほど、うようよと集まってきているではないか!
「こ、こんなに…?!」
「ラスコ、兵士たちを守れ!」
「へっ?」
リルイットはそう言って、カミリヤの群れに突っ込んでいった。
「ちょっ、リル!!」
リルイットはぐらつく背景に向かって剣を振るう。
ザッ ザッ
そのひとふりで斬られたカミリヤはあっという間に燃えていく。
(こ、この数を1人で?!)
ラスコは驚嘆しながらも、カミリヤがこちらに近づいて来るのを察して、その群れを囲うように巨大な木の網を貼った。
強靭な枝と枝が絡まるようにして出来たその網は、あっという間に円の形をなし、壁のように高く、空に向かってそびえていく。
カミリヤもこれを超えなければ突破できない。
「いいねぇ! 袋のネズミ共!」
リルイットはニっと笑うと、その円形の網の中でカミリヤを斬りまくった。
しかしカミリヤも黙っちゃいない。
リルイットを捕らえようと、その舌を伸ばして彼に巻き付こうとするが、それは致命的だった。
ボウウウウ!!と、リルイットに触れた先から点火して、燃え尽きていく。
(まただ! まるでリルの身体が、炎でできているみたい…!)
ラスコは網の向こう側から、無双するリルイットを垣間見た。
カミリヤたちは恐れをなして、リルイットから離れていくが、逃げ場はない。
「終わりだァァあ!!!」
リルイットは右手を後ろに大きく伸ばすと、回転するかのようにその剣を振るった。
剣先から生まれる炎は竜巻のように広がると、空高くまで燃え上がり、その円形の網の中を炎で埋め尽くした。
「……」
やがてカミリヤごとその網も燃え尽くし、炎が散って消えたあと、そこにはリルイットただ1人が残っていた。
(つ、強すぎる…!)
ラスコは呆然とその様子を見ていた。
「うおおおお!!!」
「カミリヤを倒したぁああ!!!」
傍観していた兵士たちも歓喜の声を上げた。
リルイットはラスコと目を合わせると、ニッと笑って右手の親指を突き立ててグッドのポーズをラスコにかかげてみせた。
ラスコもそれを見てニッコリと笑った。
兵士を筆頭に街の人からもお礼を言われ、2人はオスタリアを魔族から救ったとして、大量の金貨までいただいた。
リルイットは金貨の袋をポンポンと跳ねさせながら、ずいぶんご満悦だった。その暗がりの道の中、2人は宿に帰った。
「見たかよ、俺の実力!」
「見ました。本当にリルは強いんですね」
リルイットは宿の部屋の床の上であぐらをかいていた。
ラスコはたった1つのベッドに座ると、リルイットを見下ろした。
「俺も自分がこんなに強いなんて知らなかったよ〜! 秘められてた才能っての? それが開花したんだよ〜」
「ふふ。何ですかそれ」
リルイットはその床にごろんと転がった。
「しっかし戦ったあとはやたら疲れんだよな〜」
(俺って体力ねえのかな〜。はぁ〜。騎士団に入ったら満足しちまって、訓練怠けてたからな〜。もっと真面目にやって、体力つけとくんだったな〜)
それにしてもこんなに疲弊するもんだろうか。
もう何も出来ねえくらい身体が動かねえ。
やっぱ筋肉痛なんかぁ?
「マッサージ、してあげましょうか?」
この前断った全身マッサージか…。
ラスコの素性も知れたし、お願いすっかな〜!
「じゃあお願い!」
「それじゃ、ベッドにどうぞ」
ラスコはベッドに手を差し出した。
「え? いいの? ラスコが寝る布団でイケメンが寝ちゃっていい?」
「自分でイケメンって言わないでくださいよ。恥ずかしい」
「うるせえよ。しょうがねーじゃん! イケメンなんだから」
「だから嫌いなんですよ。イケメンは!」
と言いながら、ベッドにうつ伏せた俺の身体をラスコは揉んでいった。
(やっべぇ〜めっちゃ気持ちいい〜)
まじ幸せ〜! こいつプロじゃん!
いや、プロのマッサージなんて受けたことねえんだけどさ!
まあそのくらい……気持ちいいというわけだな〜。
リルイットはその極楽な時間にうっとりしながら、目を閉じて顔を枕に落とした。
ラスコもそんな彼の様子を見て、手を動かしながらニッコリと笑った。
「美人の女の子にされたら、もっと気持ちいいんでしょうけどねぇ」
「なーにいってんの…充分気持ちいいって〜」
「まあ、変な気を起こされて襲われでもしたら困りますからね! そういう点ではブスは安全です」
「お前、自虐酷えな〜」
「すみません! もともとこういう性格なんです。特に憎きイケメンの前だと!」
「憎いとかいうな……俺何もしてねえじゃん……」
リルイットは眠くなってきて、ウトウトとしてきた。
ラスコは彼の肩に手をやって、力を入れて揉んでいった。
「なぁ…ラスコ……」
「何ですか?」
「俺、お前のことブスだなんて、思ってないけど」
「え…? だって私の顔なんて好みじゃないって……」
「だから、好みじゃないけど、ブスなんて言ってねえじゃん……」
「アルラウネの前で言ってたじゃないですか」
「それはあのクソ花お化けからラスコを守るためだって…」
「んもう…」
ラスコは複雑な気持ちになって、その手を止めた。
「ラスコは可愛いよ……」
リルイットはうっすらと目を開けて、横目でラスコを見ながらそう言った。
ラスコは顔を真っ赤にしていた。
「な、何言ってるんですか! そうやって心にもないことをすぐ口にして、女の子をいい気にさせようとするのも、イケメンの悪いところですよ!」
「……」
「ちょっと! 聞いてるんですか?!」
リルイットの反応がなくなったので、ラスコは彼の顔を覗き込んだ。
(寝てるし……)
幸せそうに寝ているリルイットの顔を見ながら、ラスコもハァっとため息をついたあと、ふっと微笑んだ。
(どうせお世辞でしょう)
しかしラスコは以前よりも、リルイットに心を開いていた。
(あ、床で寝るって言ったのに…)
ラスコはリルイットの隣にそっと寝転ぶと、彼と同じ布団を被った。
(まあいいか…リルも疲れているみたいだから…)
ラスコは彼の寝顔を目にしては、顔を赤くして、すぐに反対側を向いた。
(やっぱりかっこいいわ……)
だめだめ。私なんてブスだし。
ていうか、私はもう恋なんてしないの。
特にイケメンとは、絶対にね!
だってもうあんな思い、したくないんだもん!
ラスコもまた、そのまま眠りについた。




