オスタリア到着
「速い速い! すげえなこの荷台、馬車の倍は速えな!!」
リルイットとラスコは、シピア帝国に向かって、その奇妙な足の生えた荷台を走らせていた。
大木たちにもらった2日分くらいある多量の果実を、リルイットはバクバクと食べている。
「うめえなこれ。見た目キモいけど。なんて果実だ?」
「グラナディラというんですよ。美味しいですよね!」
ラスコもグラナディラをかじっていた。
外側はオレンジに似ているのだが、皮は予想以上に固い。中身は黄緑色の果実で、黒い種がたくさん連なっているのが見える。身の黄緑色と黒い種がぐちゅぐちゅと混ざっていて、見た目はかなりグロい。
しかし食べてみると、意外と爽やかな酸味が効いた美味しいフルーツなのだ。その種も実は食べることができて、ガリガリという食感は慣れてくると面白くてやみつきになる。
イスタールからシピア帝国までは、馬車で1週間はかかると言われていたのだが、このハイペースでいけば4日、あるいは3日でつけるかもしれない。
「この木の荷台にも名前をつけましょう!」
「さてはラスコ、名前つけんの好きだな」
「だって呼ぶときに困るじゃないですか!」
「誰が荷台のこと呼ぶんだよ」
リルイットの突っ込みも無視して、ラスコはうーんと考え始めた。
「ポニーはどうですか?」
「いや、馬じゃねえよ? いや、そもそも馬車じゃねえよ! ん? 何言ってんの?」
「何言ってるんですか?」
「……」
まあいいや。何でも。呼ばねえし。
「ポニーさん! 疲れたらすぐに言ってくださいね」
すると、ポニーは荷台からスルスルと木の枝を生やすと、人間の手のように枝分かれさせ、グッドの手の形を作ってみせた。
「うわ! 何こいつ! 意思あるじゃん!」
「当たり前ですよ! この子も木なんですから!」
「いやいや! さすがに木材に意思はないだろ?」
「ありますよ! その果実の入ったバスケットにだって、意思はあるんですよ!」
すると、そのラタンで出来たバスケットは、もち手の片側を自分で外すと、グラナディラを1つとって、リルイットに渡した。
「ええっ! 怖! 怖いわ!」
リルイットはグラナディラを受け取ると、持っていたバスケットをそっと横に置いた。
「この調子ならオスタリア国までたどり着けるかもしれませんね!」
ポニーは再びグッドのポーズをすると、更に足を速めた。
「オスタリア国か…」
イスタールとシピアの間には、2つの国がある。オスタリアと、ミデランだ。
ミデランは隣国ということもあって、俺達シピアの国民とも親睦も深かった。シピアほどの大きさはない国だが、私有地の鉱山は素材が豊富で、シピアの連中もミデランの素材屋を御用達にしていた。
規模も小さいが騎士団もあって、合同訓練なんてのもよくやったな。
シピアと同様、基本的に人間のみが住む国だ。
オスタリアは俺も行ったことがないが、確かいくつかの魔族と共生している国じゃなかっただろうか…?
「他の国の様子も気になりますね…」
「そうだな。特にオスタリアは……」
「はい……」
草原と山道を超えて夜になった頃、オスタリアが見えてきた。
そういや、ここに着くまで魔族を1匹も見なかったな…。
「あれか…」
「遠目から見る限りでは、特に何の被害もなさそうですね」
「だな…」
「さて、もう遅いですから、入ったところの街の宿屋で休みましょう」
「おっけー!」
リルイットとラスコが国の入り口にやって来ると、そこにはズラリと兵士が並んで、こちらに向かって武器を構えた。
「え?!」
「な、何だよ!」
しかし2人の姿を確認した兵士たちは、その武器を取り下げた。
「何だ、人間か」
「な、何なんだよいきなり…」
「魔族の侵入を防いでいる」
兵士の1人はそう言った。
リルイットとラスコは顔を見合わせた。
「その奇妙な乗り物はなんだ。魔族じゃあるまいな」
「いえ、これは違います! 私は植術師です。この子はただの木材です!」
「植術師……イスタール国に住んでる自然を操る一族か」
「はい!」
(隣国のオスタリアは植術師の存在を知っていたか)
「まあいいだろう」
兵士たちは納得したようだった。
「オスタリア国へようこそ! ゆっくりしていってくれ! 旅の者たち!」
「は、はぁ……」
何だかわからないが、リルイットとラスコは無事にその国へと入ることが出来た。
「魔族を警戒しているようですね。怖がらせるといけませんから、ポニーは隠しておきましょう」
リルイットとラスコは、街に入る前に、荷台のポニーから降りた。
すると、ポニーは、地面の中へと飲み込まれていくように消えてしまった。
「ええ?! 消えたけど?!」
「土に返って休んでいるのです。私が呼べば、土がある場所ならどこでも、またポニーの姿になってくれますよ」
「はぁ…」
(なるほど、名前をつけた意味はありそうだ。まあ俺は呼ばないけど)
その静まった夜の街の中を、2人は歩いていく。別の兵士たちが数人、入口に向かっていったかと思うと、先程の兵士たちが街に下がってきた。どうやら入れ替えを行っているようだ。
「ずっと見張りをおいているんですね。シピア帝国の襲撃を知っての対応でしょうか」
「ああ。それに……」
「はい…」
2人が街を見回す限り、共生しているという話だった魔族が、1匹たりとも見当たらない。
「宿があったぜ」
「宿のご主人に話を聞いてみましょう」
リルイットとラスコはその宿に入った。
宿屋の主人の男は、2人を見ると声をかけた。
「おや、旅の人かい」
「はい」
「外は魔族がいて危険だったろう。良く無事だったね」
「そ、そのことなんですけど…」
2人は主人から話を聞いた。
どうやらこのオスタリアも同様に、魔族の襲撃にあったらしい。
しかしどうやら、襲ってきたのは外からやってきた魔族のようだ。巨大なオークの群れが、隣山から降りてきては、オスタリアにお仕掛けてきたのだという。
「お、オークですか…」
鬼の姿に似た、角が生えた巨体の魔族。人間の言葉も話せず、普段は群れを成して、山におとなしく住んでいるが、怒ると非常に凶暴だと言われている。
しかし1週間ほど前、棍棒や斧の武器を持って、山から降りてきたのだ。その数は30体ほどだったという。
「そ、そんなに?!」
「大丈夫だったんですか?」
オスタリアの兵士たちはそんなに強えのか? この辺一帯の術師はシピア帝国が管理しているから術師だっていないだろうし……。さっきの兵士たちだけで30体ものオークを追い払ったのか…?
「それが、たまたま旅をしていて、この宿に止まっていた凄腕の弓使いの女の子がいてね、その子があっという間にオークの群れをやっつけてくれたのさ!」
「弓使い…」
「女の子…」
リルイットとラスコは目を見合わせて、首をひねった。
「それでえっと…元々この国にいた魔族たちは…?」
「元々オスタリアには、妖精やドワーフが住んでいたんだ。だけどその子が、皆追い払ったよ。魔族は皆殺しだ〜なんて言って弓を差し向けた」
「ええ! と、止めなかったんですか?!」
「王族の奴らもそれを許可した。国民の安全が第一だからね。まあでもあんまりたくさんいたもんだから、ほとんどは逃げられたがね。どこに行ったか知らないが、この国からは完全に姿を消したよ」
「なるほど…」
「で、でも、妖精やドワーフたちが襲ってきたわけではないんですよね…?」
「まあそうだけど、いつ襲い始めるかわからないじゃないか。実際にオークが襲ってきたんだからね。国民の安全を守ることが王族の義務とも言えるしね、国民も納得したよ。妖精やドワーフには悪いけど、私もその方が安心だからなぁ」
「……」
宿屋の主人からそんな話を聞いた。
どうやらオスタリアにはもう魔族はいないらしい。
謎の弓使いの女のおかげでオークの襲撃にも耐えたということだ。
その女はもうこの国を出ていってしまったそうだが、兵士たちはその日以来、国の入り口で魔族の侵入を阻止し続けているという。
「まあ、話はわかったよ。教えてくれてありがとう。んじゃ、俺たちもここに泊まっていいかい?」
「もちろんさ。それで、部屋は1つ? 2つ? 1部屋1500ギル。夕食はサービスするよ」
と主人が聞いたので、ラスコが2つ…と言おうとしたところ、リルイットが「1部屋で!」と即答した。
「リ、リル?!」
「うん? 何で驚いてんの? 金ねえんだから節約しねえと」
「そ、そうですよね……」
リルイットは主人から部屋の鍵を受け取った。
「19時になったら夕食を部屋に持っていくよ」
「わかりました。ありがとうございます」
リルイットはそのカギについた紐に指を入れてくるくる回しながら、部屋へと向かっていく。
ラスコは渋々リルイットの後を追った。
部屋に入ると、ベッドが1つしかない。
「リル、ベッドが1つしかありませんけど…」
「うん? いいよ、俺は床で寝るから」
「そ、そういうわけにはいきませんよ…」
「だってラスコの金だし…。無駄遣いしたくないし。俺別にどこでも寝れるタイプだし〜」
そう言ってリルイットは、ふわぁと欠伸をした。
ラスコはそんなリルイットを、白けた様子で見ていた。
「俺夕飯食う前にもう寝ちゃいそうだわ。先にシャワー浴びてきていい?」
「ど、どうぞ……」
リルイットが備え付けの浴室に行ったのを確認すると、ラスコは気が抜けて、ゴロンとベッドに横になった。
(き、緊張するぅ〜……)
ラスコはバクバクする心臓を何とかおさめようと、深呼吸を繰り返した。
男の人と2人きりで泊まるなんて、初めて…。
いや、そもそもこれから一緒に旅をするんだもの、これからずっと彼と寝泊まりしないといけないのよね。あ〜…そこまで考えてなかった…。何で彼についてきちゃったんだろう。
ラスコ・ペリオット、21歳。
彼氏がいない歴イコール年齢、ですけど何か?
『お前ちゃんと鏡見たことある? お前みたいなブスと付き合うわけねえじゃん!』
初めての告白は12歳。同じクラスのイケメン君に勇気を出して気持ちを伝えるも、無残に失恋する。
『お前みたいなのに告白されるだけで迷惑なんだよ。黙って植物に水やってろよ、植術師。あ、何なら植物と結婚すれば? リーフル君だっけ? そこの大木! あはははっ!』
『……リフルトです』
まだ若きラスコは、大木リフルトに命令し、その少年を襲わせた。
少年の叫び声を聞くのはなかなか爽快だった。
にんまりと笑って、大木に羽交い締めにされる少年を見て、うんうんと頷いた。
それからラスコはブスだと馬鹿にされることはなくなったが、怒らせたらやばい奴だと思われて、男たちは皆遠ざかっていった。
まあそんなことはどうでもいい。むしろ好都合だ。
なぜならラスコは、自分に誓ったのだ。
もう二度と男を好きになどなるまいと。
特にイケメンは。
「やっべ〜パジャマ持ってくんの忘れたし」
「?!?!?!」
リルイットは腰に巻いたバスタオル1枚で、浴室から出てきた。
彼の美しい上半身を見ては、ラスコは顔を赤くする。
「ちょっ、何やってんですか!! 何で裸なんですか!!」
「え? だからパジャマがそこの棚にあって……わぶっ!!」
リルイットは顔面に枕を投げつけられた。
「何すんだよ!」
「女の子の前で裸にならないでください!」
「何顔赤くしてんだよ。んあ? ラスコお前、やっぱり俺のこと好きなの…」
「んなわけないでしょう! イケメンだからって調子に乗らないでくださいいいい!!!」
「えええええ!!」
ラスコは余っていたグラナディラを、次々にリルイットに投げつけた。
「痛い痛い! 固いんだよその果実! やめろぉ! 冗談だっての! うおおい!! ラスコ、落ち着けぇえ!!」
ラスコの猛襲の勢いで、リルイットの腰に巻き付いていたタオルがポロッと落ちた。
「げっ!!」
「〜〜〜〜!!!!」
ラスコは顔を真っ赤にしながら、ワナワナと身体を震えさせた。
リルイットは慌ててバスタオルを拾ったが、時すでに遅し。ラスコに直接思いっきりぶん殴られて、ノックアウトした。




