対戦・アルラウネ
「んで、アルラウネってのはどこにいんだ?」
「大木のリーフィさんによると、西側の森にいるみたいです」
「…お前、大木に全部名前つけてんの?」
「え? 当たり前ですよ!」
(一体この森に何本あんだよ……いや、ていうかどれが誰かわかんねえだろ!)
「アルラウネは巨大な桃色の花にその身を隠しています。敵が近づくのを察すると、ツルを伸ばして捕まえようとしてきます」
「そのツルごと本体燃やしてやるよ」
「で、出来るんですかそんなこと」
「余裕余裕!」
(ファイアードレイクに比べれば、そんな植物お化け、屁でもねえっての!)
謎の自信を持ったリルイットは、ラスコと共に颯爽と森の西側に向かって行った。
「植術師が皆やられたんですよ。油断しないでください」
「一体何人いたんだよ」
「17人です。私を含めて全部で18人いましたから!」
「……」
(そんなに植術師がいたのに負けたのか…? うーん、まあ何とかなるだろ)
「リル、止まって!」
ラスコの掛け声で、2人は足を止めた。
「なんだよ」
「この先にいます」
「……」
リルイットとラスコは、木々の隙間からアルラウネの姿を垣間見た。
(でっか……)
そこから見えたのは、超巨大な桃色の花だった。
人間の2倍の背はあるその花に、リルイットは一瞬顔をしかめた。
花はツボミのように閉じられていて、鋭利なトゲがたくさんついたツルが、うじゃうじゃとその花の周りの地面に漂っている。
「アルラウネってあんなにでかいのか」
「いえ…森で平和に暮らしていた頃は、あの半分もありませんでした」
「……成長したのか?」
「植術師の生気を吸い取って、巨大化したのでしょう」
ラスコもゴクリと息を呑んだ。
(まあいい。燃やしちまえば一緒だ)
リルイットは腰の剣を静かに抜いた。
「ほ、本当に大丈夫ですか? リル…」
「あったりめぇだ……」
(ここまで来てビビってられるかっての…)
「ラスコの仇は俺がとってやる」
リルイットはそう言ってラスコに笑いかけた。ラスコはほんの少しだけドキっとして、顔を赤らめた。
リルイットは右手に剣を構え、アルラウネに近づいた。
隠れていたつもりだったが、アルラウネもリルイットの接近に気づいてしまって、そのツボミから姿を現した。
中から現れたアルラウネの本体は、人間の女の子の姿に似ていた。頭には薔薇の花が髪飾りかのように生えていて、くりくりとした大きな紅い瞳は人間の目の2倍くらい大きかった。美しい金髪の髪は、洋風の人形のように波打ち、腰のあたりまで伸びている。
(見つかったか! まあいい! 斬り落とせば勝ちだ!!)
「この巨大植物お化け! 植術師たちの仇だァ!!」
リルイットは声を荒げながら、アルラウネに向かって行った。
アルラウネは非常に怒った様子で、その可愛らしい顔をこれ以上なく引きつらせると、無数のツルをリルイットに向かって襲わせた。
(斬りさえすれば、そこから燃やせるはずだ!! 行けぇええ!! 俺の炎の剣んん!!!)
リルイットはツルを斬ろうと剣を振り上げた瞬間、背後から忍び寄るツルに右腕を持っていかれた。
(ええ?!)
(リ、リル?!?!)
遠目から見ていたラスコも、あっさり捕まったリルイットに顔を引きつらせた。
ツルは物凄い速さでリルイットに巻きつきかかり、その剣を奪い去ると共に、全身をぐるぐると締め上げた。
「こ、このっ!! 離せよ!! 離せってぇ!!!」
(やばいやばいやばいやばい!! 剣とられたぁ!! 俺の炎の剣がぁぁ!!!)
「見慣れない顔だけど、よく見ると超かっこいいじゃぁん!!!」
アルラウネはその幼い少女の顔で笑みを浮かべると、捕らえたリルイットを見てはそんなことを言いだした。
つんざくような彼女の高い声は、人間の耳には非常に不快だった。
「離せよ! この植物お化けがぁぁ!!!」
「誰が植物お化けよ!! 世界一美しい森の魔族アルラウネちゃんに向かって、それはないわぁ!!」
アルラウネは可愛い顔でぶーぶー言わせながら、リルイットを締め付けるツルの力を強めた。
「痛てててててて!!!」
「やぁば〜い! 痛がるところも超かっこいい!! 私の恋人にしたいわぁ!!」
(こんのクソガキぃぃ!!!)
すると、細長い葉っぱがくるくると回ってブーメランのように飛んでくると、リルイットを掴んでいるそのツルの束に向かって襲いかかった。
しかしツルは強靭で、葉の刃はいとも簡単に弾かれてしまった。
「んあああ?? なぁに〜〜???」
アルラウネはうざそうに悪態をつきながら、葉っぱの飛んできた先を睨んだ。
「そこかぁぁ!!!」
アルラウネはその場所に向かってツルを伸ばした。
ラスコは植術を使って木のバリアを張ろうと試みたのだが、何故だが作動しない。
「ええ?!」
「あたしの森で好き勝手させないわよぉ!」
(アルラウネの周りの自然が……彼女に逆らえない?! 森の守り神アルラウネ! 植術師が歯がたたないはずよ!!)
「ひゃああ!!」
「ラスコ?!」
ラスコもあっという間にツルに捕らえられると、その姿をアルラウネの前に晒された。
「てめぇかぁあっ!!」
「リルを離して!!」
「この私に命令するな! このブス!! ドブス!!」
アルラウネはラスコに向かって罵声を浴びせた。
「私は醜い奴が大嫌いなんだよ!! てめぇ、その顔でいつも私の森に出入りしやがって! 目障りだったんだよ!! ブスのくせに!!」
「〜〜!!」
ラスコは泣きそうになりながらアルラウネを睨みつけた。
「その顔! その顔超ブスだからねぇ?! わかってんの? 鏡見たことあんのぉ? このドブスぅぅ!」
(ひ、酷え女……いや、魔族……)
アルラウネの罵りにリルイットは引きながらも、ツルの痛みに顔をしかめた。
「知ってます……! 私がブスだってことは……」
「ほお? じゃあま、さっさと私の生気になって死んだらいいわ!」
アルラウネはそう言って、ラスコにツルの先を突き刺すと、生気を吸い取り始めた。
「あうう!!!」
ラスコはその苦しみに顔を引きつらせた。
(し、死ぬ……ごめんなさい…皆……仇……とれなかった……)
ラスコは完全に死を悟っていた。
「待て待て待て待て待て!!」
リルイットは思わず声を上げた。
「なあに? イケメン君」
アルラウネはリルイットの方をちらっと見た。
「いやぁ、アルラウネ、お前よく見たらめちゃめちゃ美人じゃねえか!」
「え? そ、そーお?」
アルラウネは照れた様子で、嬉しそうに笑った。
「だけどよ、そんなブスの生気を吸い取ったら、お前の美しさも汚れちまうんじゃねえか?」
リルイットがそう言うと、アルラウネはうーんと考えた素振りをしては「確かにそうねぇ」と納得し始めた。
「こんなに美しくって綺麗な女、見たことねえよ。ああ、まじで超可愛い……」
リルイットに褒められて、アルラウネはぽわーんと目をハートにし、ラスコの生気を吸い取るのをやめた。ラスコはその場にぽーんと捨てられた。
「イケメン君、名前はなあに?」
「リルイットだよ。リルって呼んでくれよ」
「リル! う〜ん素敵! あんた超私のタイプよぉ! ねぇ、私の恋人になってくれる?」
「当たり前じゃねえか。誰がこんな美人をほっとくってんだよ。なあ、ここじゃ遠いからさ、もっと近くで君の顔見せてよ…」
(リル……)
ラスコもリルイットがアルラウネの心を掴んでいく様子を呆然と見ていた。
アルラウネは完全にリルイットに惚れると、そのツルから彼を解放した。
「こっちに来てぇ! リル!」
アルラウネに呼ばれると、リルイットはさわやかな笑顔でその花に駆け寄った。
(何とか解放してもらえた…えっと……これからどうしようかな……)
「ほら! もっと近くに!」
「お、おう…」
見上げるほどのアルラウネは、上半身を曲げて下ろすと、リルイットを抱きしめた。リルイットも流れるままに彼女を抱きしめた。
「あ、熱ぅうううううう!!!!!!!!」
リルイットに触れたアルラウネは、その燃えるような熱さに悲痛な叫び声をあげた。
(え?)
リルイットもまたそれに驚いたが、彼女を抱きしめる手を離しはしなかった。
「ぎゃあああああ!!!!!! 離れろ! 離れろぉおおおお!!!!!!!」
ラスコも目を丸くして、その様子を見ていた。
リルイットに抱きしめられたアルラウネの身体にあっという間に火がつくと、その全身を燃やし始めた。
(何じゃこりゃ!!)
リルイット自体は何の熱さも感じていない。ただ彼に密着しているアルラウネは、ゴオオと燃え盛る炎に完全に覆われている。
「離れろ! 離れろってぇえええ!!!」
アルラウネはやっとのことで、リルイットを引き剥がした。
「痛って!」
リルイットは地面に身体を打ち付けた。そのままアルラウネを見上げた。
(どうなってんだ……)
アルラウネを覆ったその炎は勢いをまして、もう消えることはない。花びらからツルまで、全てを焼き尽くす勢いで激しく燃え上がった。
リルイットもそんなアルラウネを、あんぐりとして見ていた。
「ぎゃあああああああああ!!!!!!」
アルラウネはその炎に燃やされ、灰になってしまった。
それと同時に、その巨大な炎もすぅっと消えてしまった。
「や、やった…」
(何かわかんねえけど倒した!)
すると、森に住んでいた虫や鳥の魔族たちが、物凄い勢いで森から逃げていった。
「え?!」
どこに隠れていたのか、動物の姿の魔族も、一目散に森を飛び出した。
「……」
リルとラスコは呆然と、その様子を見ていた。




