イスタールにて
そうだ…わかった。
この女はあれだ、俺に媚びねえんだわ。
俺に初めて会った女はいつも、目をハートにして俺を見てきた。
会ったばかりで告白してきた女も結構いたな。
まあ悪い気はしないんだけどさ…なんだかな。
つまり所詮は顔なんだよ。
皆、俺の顔が好きなだけだ。
俺がブサイクだったら寄ってすら来ねえよ。
そんな女共の誰かを、俺が好きになるはずもなかった。
だけどウルだけは違った。
ウルは俺に媚びない。だから友達になれた。
でもそんなウルのことでさえ、俺は好きにはならなかった。
ウルも俺のことは、ただの友達だと思ってる。
まあとにかく、このラスコって女が他の女と違うのはそれだな。
ポイゾナヒバチを倒したあと、グーとリルイットのお腹が鳴った。
「ふふ。街まで一緒に行きましょう。こっちです」
「え? ああ、うん……」
なんとなくそのまま成り行きで、俺はラスコと一緒に街に行くことになった。しばらく森の中を歩いていくと、俺は驚きの光景を目にする。
「こ、これは……」
街は、見上げるほどの巨大な樹に守られるかのように覆われていた。
何本もの幹が螺旋状に絡まり合い、1本の木の姿をなしている。
その巨大樹は、どんな鋼鉄よりも硬くて強い。その葉1枚1枚は人間の顔くらいに大きい。幹からは生命の力をひしひしと感じる。
「街に入れてください」
ラスコがその幹に話しかけると、幹はスルスルと街への入り口を開けた。
(すげえ……これも、この子の術なのか…?!)
中に入ると、案の定その国の空は幹で覆われていた。
しかし巨大樹がその天井に生み出した白い花々は、まるで太陽のようにその国を照らしており、思いの外明るかった。
その街並は、シピア帝国の城下町に比べれば、田舎な雰囲気だ。2人は街中を歩いていき、レストランに入った。
「やべ。俺、金持ってなかった」
「いいですよ。奢ります」
「悪い……女の子に払わせるなんて…」
それを聞いたラスコは、目を丸くして驚いていた。
「うん? どうした?」
「いえ、女の子扱いなんて初めてされましたから」
「え? そうなの……」
(随分可哀想な奴だな……)
まあ女なんて、ブスでも美人でもどっちでもいい。
基本的にどっちも興味ないからな。
あ、前も言ったけど、別に男が好きとかじゃないぞ?
俺達はとりあえず注文を済ませた。山菜や木の実をふんだんに使ったそのやたらベジタリアンチックな料理を食べながら、俺はラスコに色々と尋ねた。
「えっと…ここはどこの国なの?」
「イスタールです」
イスタール…ああ、名前だけは聞いたことある。来たことはねえが。
確かシピア帝国からずっと南西に行ったところにある国だ。馬車なら1週間はかかる。何でそんな遠いところまで俺は……。
少しだけラスコから、この国の話を聞いた。
この国の周りは、森が全てを囲っている。森の名前をアルバダといった。
自然を愛護している国で、森の魔族たちとも親交が深く、共に森林の環境を保護している。
伐採するのは生えすぎた無駄な樹木のみ。植術師たちが森林の管理をし、環境を守っていた。
森の魔族たちは感謝の気持ちとして、森から採れる様々な薬草や木の実といった食べ物を、この国に供給してくれるらしい。
「えっと、植術師は皆いなくなったって……それに森の魔族のポイゾナヒバチ、もろ俺たちに襲ってきたけど?」
ラスコは深刻そうな表情を浮かべた。
「そうなんです。そのことが今、この国を脅かしているのです。2週間前、東のシピア帝国が魔族に滅ぼされたのはご存知ですか?」
「は?」
リルイットは、ラスコのその発言全てに耳を疑った。
「え? 2週間前? 滅亡? うん? どういうこと?」
「あら、知らなかったですか? でもそうですよね、だってリル、2週間も気絶していたんですもの」
「は?」
リルイットは一瞬、脳内がショートしていた。
「はぁあああああ?!?!」
彼が突然大きな声を上げたので、レストランにいたお客は一斉に睨みながら彼を見た。「す、すみません…」とばかりに恐縮しながらリルイットは縮こまった。
「に、2週間も気絶って、マジ?」
「マジですよ」
「え? 俺2週間あそこで寝てたの?」
「はい。街に連れてこようにも、あなたに触ると火傷したんで」
ラスコはそう言って、左手をリルイットに見せた。
なるほど…よく見ると確かに火傷の跡がある。
「何でそんなことに…」
「わかりません。ただ物凄く熱かったんです」
「な、なんかごめん……」
「いえいえ。もう痛みもありませんし」
何でかわからないけど、悪いことしたな……。
「あれ? でもさっき普通に触れなかったか?」
「そう言えば…。リルが起きてからは熱くなくなったみたいですね」
そう言ってラスコは、そのままリルの頬を触った。
「!」
俺はびっくりして彼女をただ見つめることしかできなかった。
「ふふ。大丈夫でしたね」
ラスコはにっこりと笑った。
(びっくりした……。じゃなかった)
「それで、シピア帝国が滅んだってのは本当か?」
「ああ、そうでした!」
ラスコは手をパンと叩くと、話を始めた。
2週間前、シピア帝国が魔族の集団に襲われた。
炎の巨人は城を破壊し、たくさんの魔族たちが全方位から帝国に押しかけた。
最後に橙色の翼を生やした青い身体の魔族が現れ、生き残った全ての人間を消し去ったという。
他国の呪術師たちが呪人や呪鳥に調査させたところ、街は燃えて城は倒壊し、帝国内に人間の生体反応はなし。
代わりにデスイーターの群れがうようよ集まっているようで、もはやまともに近づくこともできない。
帝国の終わりを語ったのは、その場で唯一運良く生き残って逃げ延びた1人の男だったという。
そしてそのことは、周囲の国々に次々に伝えられ、あっという間に大陸中に知れ渡った。
(そいつ以外……皆……死んだってのか……?)
リルイットは愕然とした。
「そして今、この国イスタールにも、魔族が襲撃を行っているのです」
「え……?」
ラスコは深刻そうな顔を浮かべ、話を続けた。
イスタールを囲むアルバダの森、そこに住み着く魔族たちが、1週間ほど前から、突然人間を襲い始めたのだという。
「俺たちの時と一緒だ…」
「俺たち……?」
「俺、シピア帝国出身なんだ」
「え……?」
ラスコは驚いた様子だった。
「まさか、まだ生き残っていた方がいたなんて……」
「どうやってここまで来たのかは、その…記憶がないんだけど…」
「そうでしたか。いえ、でもよくご無事でした…。母国の壊滅、本当に残念でしたね。お気持ちお察しします……」
ラスコは深々と追悼した。
「イスタールも、魔族に襲われてるんだな…」
「森の守り神とも呼ばれていた魔族アルラウネは、森の魔族たちを率いて、人間を襲い始めました。植術師である私達は、国を守るために魔族たちと戦いました」
アルラウネ…確か花から人間が生まれたような姿の魔族だっけか。足のようにトゲの生えたツルを伸ばして巻き付くと、その者の生気を吸い取って干からびさせるという能力を持つ魔族だ。とはいえ、人間と友好的な奴だと聞いたことがあったんだが…。
「しかし、植術師たちはアルラウネに敵いませんでした。皆生気を吸い取られ、干からびて死んでしまいました」
「……」
「しかし植術師たちは、最後の力で新たに木々として自身の身体を君臨させ、この国を覆ったのです」
「それじゃ、あの巨大樹は…」
「はい。あれは植術師たちの最期の姿なのです」
ラスコはそう言ったあと、その目に涙を浮かべた。
「君は……生き残ったの……」
ラスコは涙を拭いながら、頷いた。
「あなたの看病をしていたところだったんです。私が気づいた時にはもう、植術師の皆は巨大樹と化していました」
「……俺の…せい…」
「リルのせいではありませんよ。むしろリルのおかげで生き残ったのです」
ラスコは笑いながらそう言った。
その場を動かせないリルイットの元を離れずに、襲い来る魔族から1週間、彼を守ってくれていたという。
「私は皆の仇をとります。絶対に……」
そう言ったラスコの瞳の奥には、怒りと哀しみが満ち溢れていた。
「俺も…一緒に行くよ」
「え…?」
「助けてくれたお礼だよ。女の子1人にそんな危険な真似させられねえしな!」
「まあ……」
ラスコは再び自分を女の子扱いすると共に、一緒に仇をとってくれると言い出したリルイットに、非常に驚いた様子だった。
(俺の剣は何故か知らねえが炎属性になっている…騎士の皆が持ってるお揃いの長剣だし、何でそんな力があるのかは正直不明だが、この際何でもいい。アルラウネは森の魔族、炎には弱いはずだ)
そうさ。俺はあのファイアードレイクだって倒したじゃないか!
これまで下っ端とバカにされていたが、俺には隠された才能があったに違いない!
俺は騎士だ。市民を守るのは、騎士の役目だしな…!
「ありがとうございます、リル」
「ま、お礼はアルラウネを倒してからな」
さてと…
リルイットは料理をバクバク食べて、力を蓄えた。
シピア帝国を滅ぼした魔族…。
皆はもう、死んでしまったに違いない…。
兄貴…ウル…ベンガル……皆……みんな死んじまったのか………。
正直信じられない。
実感すらない。
だけどとにかく……許せない。
襲ってきた理由も全くわからない。
突然過ぎてだからか、涙も出やしない。
ただ、人間を襲う魔族たちを野放しにはできない。
ラスコ、君は命の恩人だ。
お前の仇は必ずとってやるからな。




