植術師ラスコ・ペリオット(※)
「えっ?!」
仰向けに寝ていたリルイットは、目を覚ました。
(どこだここ……森……?)
空を隠すように生い茂る大木が、その目に入る。
森の中…で間違いはなさそうだ。
そしてそこは、非常に静寂としていた。
「痛たた……」
身体中が痛い。鎧は汚れているが、ケガをしたわけではなさそうだ…。なんというか、全身筋肉痛?のような痛みだ……。
えっと……俺何してたんだっけ……。
「起きたんですね!」
すると、ポンチョのような茶色のコートを纏った女の子が、こちらに向かってやってくる。
数本が金色に輝くその黄緑色の髪は、肩の辺りで外向きにハネていた。
眉毛はちょっと太めだ。黄色い瞳はまあ大きいが、なかなかのタレ目だ。
二重だったら可愛らしいかもしれないが、なるほど、残念なタイプの一重だ。
顔はちょっぴり面長で、目と目の間が気持ちばかり離れている。ブスとは言わねえけど。
ていうか誰だこいつ。
「え、えっと…」
「あなたがこの森で倒れていたのを、大木のリーフルさんが教えてくれたんです」
「た、大木? リーフルさん?」
「こちらですよ」
その女は、リルイットの真後ろにあったその大木を手で指した。
「やァ! どぅも!! リーフルです!」
大木はその幹を顔のように変えると、突然話し始めた。
「ぎゃあああああ!!!!!」
リルイットは驚いて、全力でその大木から離れた。
「そんなに驚かないでよぉ〜」
大木は、物凄くノロマでゆったりとした、低〜い声で話しかけてくる。幹が顔になるだけで気持ち悪いというのに、その木の模様のせいで、筋の入ったしわがれた魔物の顔のように恐ろしい。リーフルとやらは、こちらを見てその口を動かす。
「な、何で木が喋るんだよ!!」
「それが私の力ですから」
「はぁ?」
大木に害がなさそうなことがわかったリルイットは、何とか平静を取り戻すと、その女のところまで戻ってきた。
女はリルイットに会釈をして言った。
「はじめまして。植術師のラスコ・ペリオットです」
「しょ、植術師ィ?!」
「はい!」
ラスコと名乗ったその女は、ニッコリと微笑んだ。
「植術師なんているんだ…」
「はい。この近くの国で暮らす、数少ない一族です」
「そうなんだ…」
「でもそれももう、私だけになってしまいましたが」
「え…?」
ラスコは非常におっとりした調子で話をする。
優しく微笑んではいるものの、その目の奥からはなんというか、ゾッとする何かを感じた。
「身体は大丈夫ですか?」
「え? ああ、うん…筋肉痛なだけ…」
「そうでしたか。後でマッサージしてあげましょうか?」
「いや…遠慮しとく……」
「そうですか? 得意なんですけどねえ」
「……」
まあよくわかんねえが、植物を操る系の術師だな。ウルは木の精霊も呼び出せたはずから、まあ簡単に言えばウルの劣化版だろ?
「で、ラスコ…だっけ? ラスコが俺を助けてくれたんだよな。お礼がまだだった。ありがとう」
「いえいえ。植術で栄養を与えたくらいですよ」
そう言うと、地面から柔らかそうな木の枝がニュルニュルと生えてきた。どうやらあれで俺の身体に点滴まがいの栄養素を与えてくれたみたいだ。見た目的には何か嫌だけど、あれのおかげで助かった…のか…?
「ここから動かそうにも、あなたの身体に触れることが出来なかったのです」
「はあ?」
すると、突然ラスコはハっとした表情を浮かべた。すぐに地面から大きな黄色の花が咲いたかと思うと、2人を飲み込んだ。
(な、何なになに?!?!)
花の中は狭くなって、俺は不意にラスコと超密着して、この子を抱きしめるようなポーズになってしまった。
男なら多少はドキっとするシチュエーションに違いないけど、俺は微塵もそういうのは感じない。
それはこの女がもっと可愛子ちゃんだって同じことだ。なんて、失礼か。
それはそうとしてこの女、何だかウルに似てるんだ。もちろん顔は全然だぜ。だけど何か、他の女とは違うんだよな。
話し方が似てるからかなぁ。
ザザザザザ!
花に何かが刺さったような音と感じがした。
しかし思いの外、花びらは頑丈なようで、ぶにょんという弾力と共にその何かを周りに落とした。
カンカンと何かが地面に落ちる音がした。
どうやらこの花が、俺とラスコを守ってくれたらしい。
(何なの? どうなってんの?)
ラスコは花びらの隙間を開くと、その向こうをこそっと覗き見た。
「ポイゾナヒバチです」
「え? 魔族?」
蜂を大きくしたような姿の魔族だ。人間の顔くらいでかい。攻撃する時は、クナイくらいにデカイ毒針を連射してくる。なるほど、花びらに刺さったのはこいつの針か。弓矢ばりの威力があるし、毒は強力。ここは森の中、解毒剤も持ってはいない。かすったら終わりだ。
シピア帝国の周りにはポイゾナヒバチはいなかった。話で聞いたことがあるだけだ。
騎士団に入ると魔族との戦闘に備えて、その知識だけはやたらつけさせられたからな。結構詳しいぜ?
うん? ていうか俺、魔族と戦ってたんじゃなかった?
あれ? ていうか、シピア帝国は?!
ザザザザザ!
ポイゾナヒバチは再びこちらに向かって毒針を撃ってくる。
ラスコの花は同じように俺たちの身を守った。
攻撃が止むと、俺も花びらを少し開いてチラッと様子を見た。
敵は毒針が効かないと理解して、何だか怒っているようだ。
大きく口を開き出した。
「危険です! 出ましょう!」
「へ?!」
ラスコは敵の眼前に樹木を生やして壁にすると、花びらを開き俺の手を引いては、その場所から逃げた。
敵はゴオオオオと激しい炎を吐き出した。
「火吹いた!」
「ヒバチですから」
炎は樹木を貫くと、先程までいた巨大な黄色の花を、あっという間に燃やし尽くした。
「危ねえ!」
「相性が悪いですね…」
(植物は炎で簡単に燃やされてしまいます…。毒花で毒を与えようにも、敵は毒耐性がありますし……)
ポイゾナヒバチの俊敏さは本物の虫と相違ない。目で追うのがやっとという速さで襲ってくる。
(クソ速えな!)
リルイットもようやく剣を抜いて構えたが、とてもじゃないけれど捉えきれない。
「剣士さんでしたか!」
「これでも騎士団所属だ!」
リルイットとラスコは死角を防ぐため、自然と背中合わせに立った。
ポイゾナヒバチは素早く俺たちの周りを飛び回り、どうやらスキを伺っているようだ。
(クソ…あんなハチ1匹倒せねえのかよ……)
いや、俺が弱いからか…。
この女は強そうだが、敵は炎を吐き出せる…。植物じゃ簡単に燃えちまうってか。
あれ…。そういや俺、ファイアードレイクと戦ってなかったっけ?
「私が動きを止めます! そのスキに斬り落としてください!」
「え? うん?」
ラスコはリルイットにそう呟くと、地面から多量のツタを生やしだした。
ツタは生きているように素早く動き出し、網のように巨大な壁になると、ポイゾナヒバチの行く手を阻んだ。
やがて敵の身体に巻き付くと、身動きを封じた。
「今です!」
「お、おお!」
ポイゾナヒバチは炎を吐き出し、ツタを燃やそうと試みる。
「早く! 燃やされないうちに!」
「わかってるって!」
リルイットはその剣を大きく振りかぶると、敵に斬りかかった。
(楽勝だぜ!)
完全に敵を捉えたと思った瞬間、別のところから炎が襲ってきた。
「えっ?!」
ラスコも慌てて植物で盾を作るが、あっという間に燃えきって貫かれてしまう。
別のポイゾナヒバチが現れ、リルイットに炎を撃ったのだ。
リルイットもその炎に気づいたが、勢いづけた身体をもう止められずに、そのまま振り切った。
ザクっといい切れ味がして、ツタに絡まったポイゾナヒバチを斬り殺すと共に、もう1体の敵が吐いた炎で完全に自身を覆われた。
「きゃああ!!」
ラスコは火炙りにされるリルイットを見て悲鳴を上げたが、リルイットは動じずに、襲ってきたポイゾナヒバチを見据えている。
(な…。む、無傷……?!)
ラスコは目を見開いて彼を見た。
そうだ…俺が、あのファイアードレイクを倒したんだ……。
思い出した……俺には……
「炎は効かねえ!!!」
リルイットは声を上げて、もう1匹のポイゾナヒバチに向かって駆け出した。
すると、森の向こうから、どこに隠れていたのかと言わんばかりの大量のポイゾナヒバチの群れが襲ってきた。
(こ、こんなにたくさん?!)
ラスコはそれを見ると顔を青ざめて、一瞬身体を退いた。
「ラスコ!! 網をはれぇ!!!」
「は、はい!!」
リルイットに命令され、ラスコは言われるがままにツタを生み出した。大量のツタが、ポイゾナヒバチの大軍に絡まりついた。
しかし敵は一斉に炎を吐き出してツルを焼き払おうとしている。
「だ、駄目です! この群れに炎を吐かれては…!」
「いや、充分だ!」
炎を吐き出す一瞬、そのスキがありゃあ、てめえらまとめて…
「燃やし斬る!!!」
リルイットはその剣を振り切ると、その斬った先から出た巨大な炎がツルを通して広がり、ポイゾナヒバチを全て燃やし尽くした。
(あ、あり得ない……炎属性の魔族を、火で倒すなんて…!!)
あっという間に敵は灰となり、その全てを駆逐した。
「あ、あなた一体……」
「いや、危機一髪だったな! ラスコがいなけりゃ、最初の毒針に刺されて死んでたよ!」
リルイットはパシパシと衣服についた灰を払うと、ラスコを見てにっこりと笑った。
「ただの騎士じゃないの……?」
「ただの騎士だよ。下っ端の」
「え……?」
ラスコは眉をひそめる。
「そんなわけないですよ…。それに炎の術師がいるなんて、聞いたことがないですし」
「俺もそんなの聞いたことねえよ」
リルイットが笑ってそう言うので、ラスコも顔をしかめながら笑った。
「そう言えばあなた…名前は……?」
「リルイット。リルイット・メリク」
「リルイット……」
「リルでいいよ!」
それが、俺と植術師ラスコ・ペリオットとの出会いだった。




