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天使シェムハザ

「……」


フェンモルドは手術を終えて、目を覚ました。


目を開けると、研究者仲間のラミュウザとヒルカが顔を覗かせている。


「…終わったのか」

「ああ! 成功したよ!」

「くく…あとは魔族と交配するだけだぜ、フェン」

「わかってるよ…」


フェンは身体をゆっくりと起き上がらせた。


そう、俺達の研究、それは、人間の長寿計画だ。人間の10倍近い寿命を持つ魔族という生物。彼らとの子供を作れば、その子供の寿命も魔族に近いものになるのではないかと考え、この研究は始まった。


俺達の代は、その研究開始から数十年は経っていた。その長い年月をかけた度重なる実験の末、呪術師の作る呪人(人の形をした呪術師の言うことを聞く者のことらしい)、その中に自然と作られる核というやつを、生きた人間に埋め込むことが出来れば、その人間は魔族との子供を作れる特異体質となることがわかったのだ。


呪人の核は誰にでも埋め込めるというわけではない。適合しない人間に埋め込むと、その人間は死んでしまい、即座に腐敗する。

そして俺達の研究の末、適合するかどうかを事前に調べることがようやく可能になった。


そういうわけで、晴れて適合者だと発覚した俺は、呪人の核をその身に宿したのだ。


手術は終わったというが、身体に何の変化も感じない。

本当に俺は、呪人の核を身体に宿したというのだろうか。

そして俺は、本当に魔族との間に子供を作れるのだろうか。


「それじゃ、こっちだよ、フェン」


ラミュウザたちに連れられて、フェンモルドは別の一室の前まで連れていかれた。


「話はもうつけてある。今すぐにとは言わねえが、あとは2人で」


そう言われ、フェンモルドは部屋の中に入った。

中に待っていたのは、1人の天使族だった。


クリーム色の髪をした、真紅の瞳の可愛らしい天使だった。その猫っ毛の髪はくるんと乱雑にカールしていて、ちょっとボサボサとしている。色白で、背もまあまあ小さい。背中に真っ白な翼を生やしている。

名前はシェムハザ。


誰が見つけてきたのか知らないが、俺たちの研究に興味を持ってその身体を貸してくれるという、随分ご都合のいい魔族だ。


俺も名前だけは聞いていたが、会うのは初めてだった。


「やあ、君かね! 私との子供を作ってくれるという人間とは!」


シェムハザはにっこりと笑った。


見かけの割にひょうきんな口調で、やけに明るい。


天使族の風貌は非常に人間に似ていた。

変な獣みたいな魔族じゃなくて本当に良かった。


というか、かなり可愛いな。


それ故に申し訳ない気持ちだ。

相手がこの俺だというのが。


「おや? どうしたのかい? 名前は何だい人間君」

「…フェンモルドだ」

「フェンモルド! ふむ! なかなかに覚えづらい名前だね!」


シェムハザの口調はちょっと変わっている。天使は皆こうだ。種族間の言葉の違いというやつか。

まあ何を言っているかはわかるから、なんでもいいか。


「皆フェンと呼んでるから、フェンでいいよ…」


フェンモルドはぶつぶつと呟くようにそう言った。


魔族に性別はないというが、見るからに天使は女って感じなんだよな。

女とまともに話したことなんてないから、緊張してうまく話せない…。


「フェン! それなら言いやすい! なら早速始めようかね! 私は今日の日を楽しみにしていたのだ、フェンよ!」

「……」


シェムハザは笑ってそう言った。


(こいつ、正気か)


フェンモルド、21歳。もちろん人間の女とさえ、そういう行為をしたことはない。


……なんで俺なんだ。出来るのか? 俺に。

いや、やるしかない。俺たちが汗水垂らしたこれまでの実験の数々を無駄にするわけにはいかない。

そうさ、俺には人類の長寿という希望を背負った使命が……


「ところで、子供はどうやって作るのかね?」

「……」


フェンモルドは愕然とした。


(し、知らねえのか……そりゃそうか…魔族は単為生殖…交配する必要なんてないからな……)


そう、魔族は皆、単為生殖動物で、1匹だけで子供を作り出し、産むことができるのだ。寿命も短い魔族でも何百年とあり、その生態は未だに未知の部分も多い。そして魔族には、性別がない。


「まずは教えておくれよフェン!」


その部屋に1つだけあるベッドに座って、シェムハザは無邪気に足をバタバタとさせていた。


フェンは仕方がないと意気込んで、シェムハザをそのままベッドに押し倒した。


「おお?」


シェムハザはそれでも平然とした顔でフェンを見上げている。

まるで動じず、微動だにすらしない。抵抗もまるでない。


そんな様子のシェムハザを見て、フェンは思った。


(む、無理だ……無理! 無理無理!!)


フェンモルドはバっと起き上がって、シェムハザから離れると、その部屋を出た。


「おや、行ってしまったよ」


シェムハザは何食わぬ顔で、彼の行ったあとを見ていた。


研究者たちのところに走って戻ってきたフェンモルドは、ゼーゼーと息を荒げた。


「もう終わったのかフェン」


ラミュウザが言うと、ヒルカが言った。


「そんなわけあるか。いくらなんでも早すぎんだろ。ここにきてビビっちまったのか」


フェンモルドは泣き付くようにラミュウザにすがりついた。


「む、無理だよラミュウザ! あの天使、交配の仕方も知らないっていうし、何か全然恥じらいとかないし、そんな雰囲気ですらない!」


ラミュウザは苦笑いしていた。


「童貞だからビビってるだけだろ」とヒルカは悪態をついて呟いた。


「焦らなくていいよフェン。初対面だし、そんなすぐにはうまくいかないよ。まずはあの子と話をしてみたら?」

「人情湧いて、余計にできなくなるかもしんねえぞ。知らねえうちにさくっと済ましたほうがいいんじゃねえの?」

「フェンにはそういうのは無理だよ。冷血男の君とは違うから」

「んだよそれ」

「いいかいフェン、君の身体はこれまでのデータからすると、非常に完璧な身体だ! 行為さえうまく及べば、かなり高い確率で子供が作れるはずさ。ゆっくり焦らずに行こうじゃないか!」


ラミュウザは明るく笑って、フェンモルドをなだめた。

フェンモルドは泣く泣く頷いた。


「ったく……適合者がフェンだと聞いて、こうなると思ったよなぁ…」


ヒルカはハァとため息をついて、フェンモルドを呆れた目で見ていた。




「君の家はどこなんだいフェン」

「……本当についてくるのか?」

「だってそのようにラミュウザ君に頼まれたのさ! 君と仲良くならないと、子供は作れないとね! そのためには、毎日一緒に過ごすことが早道だとよ、フェンモルド!」

「そうかよ……」


シェムハザはその日、フェンモルドの家に住み着くために、研究所を出た彼の後をついてきた。

シェムハザはその羽をしまうことができた。そうすればもう彼女は人間にしか見えない。

この国には魔族はほとんどいなくて、そうしていないとやたらと目立つからだ。


フェンモルドは、弟のリルイットと2人で暮らしていた。


元々フェンモルドが1人暮らしをしていたのだが、騎士団として働き始めた弟のリルイットが、実家よりも通いやすいからなんて言って、勝手に俺の家に居座るようになった。


まあ家賃は折半しているし、元々仲のいい兄弟だし、何も思うところはなかった。


だが、今日だけは、弟がいるのがすこぶる憂鬱だ。


「ああ、おかえり兄貴! 今日は思ったより早い……うん? 誰だそいつ?!」

「やあ! 弟君! 今日から私もこの家に住むこととなったのさ! 天使のシェムハザだよ! シェムと呼んでおくれ!」

「は、はぁぁあ?!?!」


リルイットは驚きの声を上げた。


「住むって、何? 同居? 何? 彼女? え? 天使って?」

「落ち着けリル…」

「名前はリルイット君だったかね、さっき少しばかり話を聞かせてもらったのだよ。騎士団に所属している3つ下の弟がいるのだと!」

「……」


リルイットは顔を引きつらせて、その天使を見ていた。


「では上がらせてもらうよ」

「おい! 俺はまだ何にも言ってな…」


シェムハザはにこやかな笑顔を浮かべたまま、ずかずかとフェンモルドの家に上がり込んだ。


「ふむ、これが人間の家というやつか! 随分物が乱雑に置かれているのだね」

「それは兄貴が研究資料や機材を持ち込んでは片付けないから……」

「まあいいだろう。それより、何か食べるものなどあるのかね?」

「はぁあ?!」


図々しい天使に、リルイットは更に顔を引きつらせていた。


「昨日の残り物のカレーなら…」

「おお! 人間の好きな食べ物カレーか! 聞いたことがあるぞ! しかし食べるのは初めてさ!」

「初めてのカレーがこんな残り物で申し訳ないね…」

「構わないよ!」


シェムハザはリビングの椅子に堂々と座り込んで、早く準備しろと言わんばかりに、手伝うどころか動く素振りもない。


リルイットはそれを見て更にイラついた。


「勝手に人の家に上がり込んで、その態度はなんだ! 俺は許さねえぞ! 兄貴の彼女だろうと、家に住まわせるなんて許さねえ!」

「リルイット…ここは元々俺の家だ。それにこの子は彼女じゃない。大切な実験体なんだよ…」

「そうさ。私は実験体さ! フェンと仲良くなって、子供を作るのだ!」

「は、は、はぁぁああああああ?!?!?!」


リルイットは言葉を失って、シェムハザとフェンモルドを交互に見回した。


フェンモンドは、言ってしまったかというような気まずそうな様子でため息をついて、シェムハザは変わらず屈託のない笑顔を浮かべていた。


「ほら、カレーだ」

「うむ! ありがとうフェンモルド。この棒は何かね!」

「…スプーンだよ。それですくって食べるんだ」

「ほう! そりゃ便利だ!」


シェムハザはあんぐりとしている弟君を放って、カレーを食べ始めた。


「おお! なんと美味しい! 人間はこんな美味しいものを食べているのか!!」

「それは良かったよ……」


フェンモンドは、幸せそうにカレーを頬張るシェムハザを見て、安堵のため息をついた。


食べ終わったあと、シェムハザは言った。


「なあフェンよ、このカレー、友達にも食べさせてあげたいのさ」

「いいけど、そんなに美味いもんでもないだろ…」

「いや、ものすごく美味しいから言っているのだよ! 何か入れ物によそっておくれよ」


シェムハザはカレーをタッパーにいれると、それを持って何処かへ飛び立っていった。


「すぐに帰るさ。私の布団も敷いておいておくれよ」

「わかったよ。部屋がないからリビング(ここ)に敷くよ。それじゃ気をつけて」


フェンモルドは手を振ってシェムハザを見送った。


リルイットが、酷く細く睨んだ目つきでこちらを見ている。


「どういうことか、話してくれんだろうな」

「わかってるよ……」


フェンモルドは、リルイットに事のいきさつを話した。


「人間と魔族の子供ぉ?!」

「前に話をしただろう。人間の長寿計画がついに軌道に乗り始めたのさ」

「そいで? あの天使と子作りしろって? 兄貴が?」

「そうだ。俺の身体は今、魔族と子供を作れるようになったんだ」

「はぁ……本当に恐ろしい研究だよ…」

「まあ子作りのことはさておき、人間が何百年も長生きできるようになったら、すごいと思わないか? お前も長く生きていたいだろう?」

「べっつに〜。何百年ってちょっと長すぎだろ。80年くらいがちょうどいいんだよ。何百年も騎士団の訓練するなんて、ちょっと萎えるだろ」

「そうか…。俺はずっと、この身が朽ちるまで研究をしていたいよ。何百年あっても足りないくらいさ」

「兄貴は本当に研究が好きだな〜! そんなに打ち込めるものがあって、俺は羨ましいよ。だけどそこが兄貴のいいところで、尊敬してるところだからな! まあいいや! シェムハザ…だっけ? しょうがねえから一緒に住むか」

「別に出ていって1人暮らししてもいいんだぞ」

「えー?! なんでそんな酷いこと言うんだよ! やめてやめて! 俺は兄貴と一緒がいいんだって!」

「ブラコンかよ、気持ち悪い」

「うっせ!」


まあなんだかんだ言って、可愛い弟である。

シェムハザが迷惑をかけるのは申し訳ないが、実験を終えるまでの辛抱だ。我慢してもらおう…。


そのあと、フェンモルドとリルイットもカレーをつまんで、鍋をようやく空にした。



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