番外編・田舎町ダズール②
リルイットとウルドガーデは、家も隣同士だったことから、非常に仲の良い幼馴染だということがわかった。
お互いの家でご飯を食べたり、お泊りしたこともしょっちゅう。何なら小さい頃は一緒に風呂も入ったことがあるという。
(くそうらやまし〜!!)
ていうか、すっげえ邪魔!!!
ウルドガーデの家で3人で遊んだその日から、俺はこの2人と毎日一緒に学校に行って帰ってくるようになった。
俺はウルドガーデと話がしたいだけなのだが、うざいことにこのリルイットもついてくる。
しかしウルドガーデもリルイットと仲がいいから、こいつを無下に扱って彼女に嫌われるのも避けなければならない。
だから俺は、仕方なーくリルイットに構ってやっている。
「ベンガル〜! 次の授業、体育だぜ! 一緒に行こうぜ〜!!」
俺の考えなど露知らず、リルイットは俺にクソ構ってくるようになった。
学校内でもずっと俺に構ってきて、クラスの奴らは俺らを仲良し2人組なんて呼びやがって、全くろくなことがない。
そしてある日、クラスの中で、とある噂が広まっていた。
どうやら帝国の外の南の森に、ユニコーンという珍しい魔族が現れたらしい。
ユニコーンは頭に角の生えた真っ白い馬で、その角が浸かった水は聖水になって、どんな病気も治るらしい。
「なあベンガル! 行ってみようぜ!」
「はあ? 何で俺がお前と…」
「ユニコーンなんて珍しいじゃん! 見てみたくね?」
「俺はいいよ別に…1人でいけよ」
「あ、そう? じゃあウルと2人で行ってみるかな〜」
俺はニッコリと笑って、リルイットの腕を掴んだ。
「やっぱり行くわ!」
「ほんと! 良かった! それじゃあ学校終わったら行こうぜ!」
そうして俺はリルイットと一緒に南の森に向かった。
森はもう帝国の外だ。危ないから子供だけで行ってはいけないと大人たちは言っているが、俺たちは無視して森に入った。
「ユニコーンいるかな〜」
「そう簡単に見つかるかよ」
まだ幼い俺たちは浅はかで、故に怖いもの知らずな面もあって、ぐんぐん森の奥へと進んでいった。
すると、リルイットは言った。
「なあ、ベンガルってウルのこと好きだろ?」
「はっ?!」
俺はびっくりして、声が裏返った。リルイットは俺を見て、にっこりと笑った。
「やっぱりな〜!」
「ち、違えよ……! 違えって!!」
「何で隠すんだよ。いいじゃねえか、俺達親友だろ?」
「お前と親友になった覚えはねえよ…」
「いいからいいから! この前ウルがベンガルのこと気になるって言ってたぞ?」
「え?! それ本当か?!?!」
ベンガルが目を輝かせてリルイットに言い寄ったので、リルイットはアハハと大笑いした。
「ごめん、嘘!」
「てんめぇええ!!!!」
ベンガルが怒るのを見て、リルイットは更に笑っていた。
「やっぱり好きなんじゃん」
「うるせえな…だってクソ可愛いだろ」
「だな! 街一番の美少女だ!」
リルイットがそう言ったので、ベンガルは焦って彼に尋ねた。
「ま、まさかお前も…?!」
「あ? 俺? まさか!」
「だ、だって…幼馴染なんだろ…? あんなに仲もいいし…」
「あー! だからベンガル俺のこと嫌ってるわけ?」
「そ、そういうわけじゃ……」
(いや、そうなんだけどさ……)
リルイットは笑って言った。
「俺、女の子のこと好きになったことないんだよね」
リルイットがそう言うのを聞いて、ベンガルは一瞬沈黙し、彼から退いた。
「お前、まさかゲイなのか…?!」
「いや! そうじゃなくて!!」
リルイットも焦りだした。
「誰かを好きになったこと、ないんだよ」
「……」
思春期の男子のくせに、変わってんな。
あんなに女の子が寄ってくるのに、誰も好きじゃねえなんて。
そういや最初から、あんまり興味なさそうって感じだったもんな。
「いいなぁ〜…」
「は? 何がだよ」
「俺も誰かに恋とかしてみたいんだよ〜」
「……」
どうやらリルイットはガチで言ってるらしい。
「好みの女の子がいたら、すぐ好きになるだろ」
「好みとか言われてもなあ〜。ないよそんなの」
「何なんだよお前…。変わってんな…」
本気で悩んでいる様子のリルイットを見て、ちょっと彼に対する印象が変わった。
「んま、まだ出会ってねえだけなんじゃねえの。運命の相手ってやつにさ」
「そうかな〜? そうだといいんだけど!」
「ま、お前は顔だけはいいからな、女を落とすのなんて簡単そうだ」
「だろだろ〜!」
「うざ! あんまりナルシストすぎると嫌われっから気をつけろよ」
「あはは! 冗談だって!」
「その顔じゃ冗談になんねえんだよ…」
そんな話をしながら森を歩いていると、何やらガサガサと物音が聞こえた。
「ユニコーンか?!」
「しっ!」
2人は息をひそめて様子を伺う。
「ん? 何もいねえな…」
「べ、ベンガル! う、後ろ…っ!!」
「えっ?!」
俺が後ろを振り向くと、そこにいたのはユニコーンではなく、角の生えた虎の魔族、スレイグタイガーだった。
「ガルルルァァァ!!!」
スレイグタイガーは大きな吠え声を上げると、獲物を見つけたという顔で、2人に襲いかかってきた。
「うわああああ!!!」
叫ぶリルイットの前にベンガルは立ちはだかると、その牙を左腕で受け止めた。
「べ、ベンガルっ?!?!」
「んの野郎……!」
彼の左腕は、スレイグタイガーの歯では噛み切れないほど硬化していた。
ベンガルは更に右手の甲を硬化させると、スレイグタイガーに殴りかかった。
スレイグタイガーはふっ飛ばされて木にぶつかったが、体制を立て直すと再びベンガルに体当たりをしてきた。
ベンガルは身体を硬化したが、まだまだ彼の術も発展途上、耐えられずにふっ飛ばされてしまった。
「ベンガル!!」
ベンガルは地面にゴロゴロと転がって、木に身体を打ち付けた。
「大丈夫だ…。全身を硬化してるからな…」
ベンガルは立ち上がったが、息があがっている。
(能力を使うのはエネルギーがいると、ウルドガーデが言っていたっけ…)
リルイットは何もできずに、ただベンガルが戦うのを見ていることしかできない。
スレイグタイガーは再びベンガルに爪をたてるが、ベンガルは石のように固いその手でスレイグタイガーの手とかち合わせた。力は五分、押し合っている。
「んのぉ…!!」
(た、助けないと……)
リルイットは太い木の枝を拾うと、後ろからスレイグタイガーにその枝で殴りかかった。
しかしスレイグタイガーはそれに気づくと、ベンガルから手を放し横に跳んで、リルイットの攻撃を避けた。
スレイグタイガーはリルイットに狙いを変えて、彼に襲いかかる。
「うわああ!!」
リルイットは恐怖で足がすくんだ。
「んのバカ!!」
ベンガルは急いで駆けて行き、リルイットをかばうように覆いかぶさると、その勢いで2人は地面に倒れた。
スレイグタイガーはベンガルの背中に噛み付こうとしたが、彼の固い身体で歯がやられた。
怒ったスレイグタイガーは、その巨体でベンガルの上に乗っかった。爪で何度も引っ掻いてくる。
(くそっ! もう! 力の使いすぎだ…! やべえ! 硬化がきれる……!!)
「べ、ベンガル…」
リルイットは、辛そうにしているベンガルを見ていた。
「んの……こんなところで……」
(こんなところで死んでたまるか……!)
ベンガルは歯を食いしばりながら、スレイグタイガーの攻撃を耐えた。
「そこで何をしてる!!」
見知らぬ男の声が聞こえた。2人がハっとしてその方向を見ると、シピア帝国の騎士が見回りにきているところだった。
騎士の男は剣を抜くと、スレイグタイガーに駆け寄っては、見事にそいつを仕留めた。
(た、助かった……)
ベンガルは安堵のため息をついた。
「す、すげえ……」
リルイットはその騎士を見て、感極まっていた。
そのあと俺たちは騎士の男に叱られ、学校に連れて行かれると、先生にもこっぴどく怒鳴られた。
あの地味なセンコー、怒るとめちゃめちゃ怖いじゃねえか……。
更に罰として、プール掃除までやらされた。
そういやもうすぐ夏だからな。まだ全く手をつけてねえようだ。クソ汚れてやがる。
「てめえのせいだぞリルイット…」
「わりいわりい!」
「ったく…死にかけたんだからな…」
「だから悪かったって!!」
リルイットはブラシでごしごしとそのプールの床を磨いた。
「ユニコーン見たかったな〜!」
「てめえまだそんなこと言ってんのかよ! 頭おかしいんじゃねえの!」
「はは! 冗談だっての!」
リルイットは笑っていた。
ったく…スレイグタイガーの前じゃ、あんなにビビってやがったくせによ。調子のいい奴だ。
「ベンガル……」
リルイットはブラシを動かす手を止めた。
「んだよ…」
ベンガルも手を止めて、彼の方を見た。
「ありがとな。助けてくれて」
「……」
ベンガルはハァとため息をついた。
「別に! お前が死んでウルが泣いたら嫌だからな!」
「やっぱウルかよ! ていうか俺が死んだらお前も泣けよな!」
「誰が泣くかよ! お前のことなんてどうでもいんだよ!」
「ひっでー!」
リルイット・メリク。ウルの幼馴染でくそ邪魔なやつだと思っていたが、どうやらウルのことが好きというわけではないらしい。
田舎もんのくせに、イケメンで、お調子者で、女ったらしで
だけど……
「なあベンガル、俺、騎士になるわ!」
「は? なんだよいきなり…」
「今日の騎士の兄ちゃん、めっちゃかっこよかったじゃん! 俺もあんな風になりたいんだよ!」
「無理だよお前には。スレイグタイガーにくそビビってたじゃねえかよ」
「び、ビビってねえから!!」
「いや、ビビってたって!」
ベンガルはケラケラと笑った。リルイットはムスっとしていたが、最後には笑った。
「なあ! 俺の剣の特訓付き合ってくれよ!」
「はあ?! 何で俺が!」
リルイットはブラシを剣のように構えると、ベンガルに向かって振りかぶった。
ベンガルはハっとして自分の持ったブラシでそれを受け止めた。
「おお! やるぅ」
「ふざけんな! 真面目に掃除しろよ!」
「おら! これはどうだ〜!!」
リルイットはふざけながら、再びベンガルに遊びで攻撃を仕掛ける。ベンガルもそれを受けていく。
カン! カン! とブラシのかち合う音が響いた。
ベンガルは最初嫌がっていたのだが、だんだん面白くなって、リルイットの相手をした。
2人共、すごく楽しんでいた。
「こらぁああ! 何遊んでんだてめぇらぁああ!!!」
地味だと思っていたその黒髪眼鏡の先生は、怒ると鬼のようにドスの聞いた怒鳴り声をあげるのだった。
「やべ! センコーだ!」
「リル! てめえのせいだぞ!!」
「2人共プール掃除が終わったらグラウンドの整備もじゃああ!!」
「ひぃいいい!!!」
だけど……まあ友達にくらいはなってやるか……。
2人はひいひい言いながら、夜遅くまで掃除を続けたのであった。




