番外編・田舎町ダズール①
ベンガル・スワムは13歳の頃、その田舎町ダズールに引っ越してきた。城下街シアンテールで生まれたベンガルだったが、急に父親が仕事を辞め、田舎町に住むことになった。
詳しいことは知らない。とにかく引っ越すことになったと言われ、その町にやってきた。
そうそう、俺には母親がいない。生まれた時からいなかった。父親からは俺を生んだあと死んだと聞かされていた。小さい頃は、他の子にはお母さんがいるのに自分にはいないことが、辛い時もあったけど、今じゃあそれが当たり前になったし、もう何とも思ってない。
まあとにかく俺はダズールにやってきて、今日からその田舎町のダズール中学校とやらに転入することになったわけだ。田舎町だから、中学校はそこ1つしかない。都会で育った俺は田舎者の学校に通うなんてと思って、その町の奴らのことも皆バカにしていた。
中学1年生。入学式は1月。今は2月で、学校が始まってまだ1ヶ月だ。
「ベンガル・スワム君、ここがあなたの教室ですよ」
「はいはい」
黒髪眼鏡の地味そうな女教師に連れられて、俺は教室へ入った。
田舎町の学校、1学年にクラスは1つだけだ。あっちじゃ5クラスもあったってのにな。
「おい! 来たぞ! 転校生だ!」
「どんなやつだ? 男? 女?」
転校生、というやつが、非常に珍しいらしい。皆の注目を受けながら、ベンガルは教室に入った。
ベンガルは、その歳にしちゃガタイがよかった。クラスの中の誰よりも、背も身体も大きかった。ベンガルは席についているその10人くらいしかいないクラスの連中を、見下ろすように、いや、見下すようにして、一瞥した。
「男だ!」
「でっけえ〜!」
皆は目を輝かせてベンガルを見ていた。
(ふん! クソ田舎もん共が!)
しかしクラスの奴の顔を順に見ていくと、やたらと可愛い女の子を見つけた。銀髪の長い髪の女の子だ。
ベンガルはその子と目があった。するとその女の子は、ベンガルに向かってニコっと笑いかけた。
(か、可愛い〜……)
ベンガルがその少女に見とれていると、先生は言った。
「スワム君、自己紹介してください」
ベンガルはハっとして威厳を保った顔に戻すと言った。
「ベンガル・スワム。シアンテールから来ました」
ベンガルがそう言うと、皆はその都会の街の名前にびっくりしていた。
「すっげぇ〜! シアンテールだってよ」
「城下街かぁ! 行ってみたいなあ〜」
(ふん! やっぱり田舎もんだな!)
ベンガルは彼らをバカにしながら、しかしちょっと優越感に浸ってもいた。
「じゃあスワム君は、あの後ろの空いてる窓際の席に座ってください」
先生が言ったその席にベンガルは座った。
隣にはえんじ色の髪をした男の子が座っている。
何だ、やけにイケメンじゃねえか。クソうぜえ。
「よろしく転校生。俺はリルイット!」
「ふん!」
ベンガルは、リルイットを無視した。そっぽを向いて、窓の外を眺めた。
「あらま」
リルイットは苦笑するだけだった。
授業が終わって休み時間になった。
クラスの皆は、ベンガルにシアンテールの話を聞こうと群がってきたが、それがうざいベンガルは立ち上がると、彼らを無視して教室を出た。
「なにあれ〜」
「無愛想な奴だな〜!」
銀髪の可愛い女の子も、席に座ったままその様子を見ていた。
結局誰が話しかけに行っても俺が相手をしなかったので、クラスの皆は俺のところに来るのをやめた。
お前らみたいな田舎もんと、友達になんてなるもんか。
学校が終わって下校時間になると、クラスの女の子たちが隣の席のリルイットとかいう男のところに、わらわらと集まってきやがった。
「リル〜! 今日私の家で皆で遊ばない?」
「私、クッキー焼いてもっていこうかな〜」
「リル! 早く一緒に帰ろ〜!」
リルイットはヘラヘラしながら女の子たちと帰宅していった。
(くっそうぜ〜!)
ベンガルはそんなリルイットを睨みつけていた。
皆が帰っていくと、教室には俺とあの可愛い銀髪の女だけになった。
俺と目が合うと、その子はまたにっこりと笑った。
(か、可愛いな〜)
ベンガルは脳内でニヤニヤしながら、その子を見ていた。
「お前、名前はなんて言うんだ?」
俺が尋ねると、その子は言った。
「ウルドガーデ・ダルティネです」
口調も振る舞いもとてもおしとやかで、ベンガルはますますその子が気に入った。しかし外面は威厳を保った。
「ふうん。お前はいいのか。他の女の子たちと一緒に行かなくて」
「はい。今日は仕事があるので」
「仕事?」
(中学生なのに?)
「私、精術師なんです」
ウルドガーデは笑顔で言った。
それを聞いた俺は、思わず「えっ?!」と声を出した。
「俺も! 俺も術師なんだよ!」
「あら、そうなんですね! 何の術師なんですか?」
「硬化師ってんだ。ほら、何でも石みたいに固くできんだよ」
「まあ、それはすごいですね!」
同じ術師だと知って、運命的なものを感じた。
彼女と少し、話をした。
「そろそろ行かなくてはいけません」
「ああ、そっか。ごめん、引き止めて」
「いえいえ。またお話しましょうね、ベンガルさん」
「っ!」
名前を呼ばれて俺はドキっとした。
「ま、またな…」
ウルドガーデはにっこりと笑ってお辞儀をすると、先に教室を出ていった。
おしとやかで、可愛くって、性格もめちゃくそいい!!!
今日会ったばかりだったけど、俺は完全に、その子に惚れた。
(友達はいらねえけど、あの子とは仲良くなりてえな〜)
ベンガルは1人、ニヤニヤしながら帰路にたった。
「あれ! ベンガル・スワム!」
「はぁ?」
馴れ馴れしくフルネームを呼ばれて振り返ると、あのくそうざいイケメン少年リルイットが、にこにこしながらこっちに向かって手を振っている。
「女共と遊びにいったんじゃなかったのよ」
「ああ、面倒くせーからバックれた!」
「はぁ〜?」
リルイットは俺のところまでやってきて、隣を歩き始めた。
「ついてくんなよクソ」
「いや、俺も家こっちなんだって!」
ベンガルはうざそうに、自分より背の低いリルイットを見下ろした。
「なあ! シアンテールってどんなとこ? やっぱりこの町とは全然違うのか?」
ベンガルは無視してスタスタと歩いていく。
「おいおい待てよ! 席も隣なんだし仲良くしようぜ!」
「誰がするか! お前みたいな田舎もんの女ったらしと!」
「酷えな! 女たらしじゃねえし! 女の子たちが勝手に寄ってくるだけだし」
「うっぜ! お前まじうっぜえ!」
「お前じゃなくて、リルイットだって!」
俺がこんなにもいらついているというのに、リルイットはヘラヘラとして笑っていた。それもまたうざい。
しばらく歩いていくと、自分の家が近づいてきた。
「とにかく、俺に関わんじゃねえよ!」
と俺がリルイットを追い払おうとすると、リルイットは別の方を向いていた。
「おい! ウル〜!」
「リルさん!」
すると、向こうからあの美少女ウルドガーデがこっちにやって来るではないか。
「えっ?!」
ベンガルもウルドガーデを見つけるとハっとした。
「あれ? 仕事じゃねえの?」
「もう終わりましたよ!」
リルイットとウルドガーデは、やたら仲良さそうに話をしている。美少年と美少女の2人が笑い合ってある姿は、なんというか、めちゃくちゃお似合いだった。
「……」
ベンガルは不満そうにその2人を見ていた。
「あれ? ベンガルさん!」
ウルドガーデがベンガルを見つけると、にっこりと笑いながら手を振った。
ベンガルもやむなく彼女に会釈をした。
それを見たリルイットは目を丸くした。
「あれ? ウルいつの間にベンガルと仲良くなったわけ?」
「うふふ。学校から帰る前に少しお話したんです。ね、ベンガルさん!」
「え? あ…うん……」
(やっばー…クソ可愛い)
「何だよそれ! ずりぃよ! なあベンガル! 俺とも仲良くしようぜ!」
「だ、誰がお前なんかと……」
「そうだ! このあと私の家でお茶しませんか?」
「ああ! 行く行く!」
(くっそ〜…こいつら互いの家で遊ぶ仲かよ…)
「ベンガルさんも来ませんか? すぐそこですし」
「…まあいいけど」
(リルイットが邪魔すぎるが、仕方ねえ! しょっぱなからこの子の家にあがれるとは、俺ってツイてるな!)
そうしてベンガルはウルドガーデたちについていった。
と思ったら、彼女の家は自分の家の2つ隣なのだった。
「お、お前の家、ここなのか?」
「そうですよ」
ウルドガーデはニコッと笑った。
「お、俺の家、そこなんだ」
「そうなんですか! すっごく近いんですね!」
(家もこんなに近くだと?! 絶対運命だ!)
「へえ! そうなんだ! 俺の家の隣じゃん!」
「は?」
リルイットが指さした自分の家は、俺とウルドガーデの家の真ん中の家なのであった。
(な、何ぃいいいいいいい?!?!?)
「席も家も隣なんて、運命的じゃん! 俺たち絶対親友になれるよ!」
ベンガルは非常に顔をしかめていたが、リルイットは何も気にせずにっこりと笑ってそう言った。




