帝国の最期
「いらない。この子は……」
シェムハザは魔王が落とした短剣を拾った。
その剣をお腹にさそうと刃を向けた。
そのまま刺そうとした瞬間、その手は自分の影に引っ張られて、動かせなくなった。
「やめろ、シェム」
シェムハザはハっとして声の方を見た。
「カルベラ……」
「何する気だ…シェム」
「この子はもう要らない。だから殺すんだ」
シェムハザは狂ったように笑って、カルベラを見た。
「剣を捨てろ」
「嫌だ……この影を解け」
「捨てろ」
「嫌だぁぁ!!!」
カルベラは、断固として剣を離さないシェムハザから、短剣を奪い取った。
「返せ! 返せカルベラぁ!!」
カルベラは黒い衝撃波をその手に込めて、短剣をボロボロに打ち砕いた。
「くそ……しかし無駄さ……そんなものなくたって、赤子は殺せる。そこの崖から飛び降りて強打でもすればいいだけさ」
シェムハザは湿原地帯の先に見える崖に指をやった。
「だったらそう出来ないように、俺は君をずっとこの影で縛るよ」
カルベラはシェムハザの影を自在に操ると、その身動きを封じた。
まるで石にでもなったように、身体が動かせなくなる。
「何で邪魔するんだ…君は最初から反対していたじゃないか」
「最初はな。でもシェムは産みたいと言っていた。喜んでいた。だってこの男を愛しているんだろう。そう言っていたじゃないか」
「うう……」
地面に倒れたフェンモルドの死体を見て、シェムハザは激しく涙を流した。
「だって…もうフェンはこの世にいないんだ……もう死んじゃったんだ……うう……ぅぅ……ぐすっ……ううう……」
カルベラはゆっくりとシェムハザに近づいた。
「この男が死んでも、この男との子供はまだ生きている。ここに」
カルベラはその真っ黒い手でシェムハザの手をとると、シェムハザのお腹にあてた。
ピクっ
再び胎動を感じて、シェムハザは歯を噛み締めて更に泣き出した。
「元気じゃないか」
「うぅ……ぐすっ……ひっく……ひっくぅ……」
生きている…。フェンの血が……まだ……
私の中に……
シェムハザの心の憎悪が、すうっと引いていくのを感じる。
「産め。シェム」
「うう……っく……ぐす……」
シェムハザは泣きながら頷いた。
カルベラはシェムハザの頭を優しく撫でた。
「死んだ人間が天国に行けるように、残った人間は埋葬ってやつをするらしいよ」
「土に埋めるのか…」
「そうらしい。俺たちは魔族だけど……やってみるかい…?」
「うん……」
そして2人はフェンモルドの死体を、その湿原地帯の崖の手前に埋めた。
「ど、どうなってんだ…これ……」
ベンガルたち騎士団が城下に駆けつけた頃には、もう誰も生きてはいなかった。
「街の皆が…」
死体の山を前にして、ベンガルは愕然とした。
「見ろよこの巨人…」
「伝説の巨人ロキにそっくりだ…」
「こいつがやったのか…?!」
騎士たちは倒壊した城にもたれかかって倒れているロキを見上げた。
「もう死んでるぜ…」
「誰が殺ったんだ」
ベンガルも息をゴクリと飲んで、死んだ巨人を見上げていた。
(ウルが殺ったのか…? しかし姿が見当たらない…)
「ど、どうなってんだこりゃ」
「ひ、ひでえ…」
東区から戻ってきた騎士たちもその城下を前にして、悲壮な表情を浮かべる。
「アハハハハ! 無能な騎士のお帰りだ!」
「な、何だ?!」
高らかな笑い声が空から聞こえ、皆はその方向に振り返った。
そこには美しい天使が、その6枚の橙がかった羽をはためかせて、空に浮かんでいる。
「天使……?」
「アハハハハ! どれ、最後に私が相手をしてやろう」
天使は狂気的な笑みを浮かべると、炎の球を騎士団たちに向かって放出した。
「ぐわあああっ!!」
「んの野郎!! うあァっ!!!」
逃げ場もないほど散乱して吐き出されるその多量な炎の球に、騎士団たちは殺されていく。盾で身を守ろうにも、その盾さえも炎に全て覆われ、持つことが叶わない。
「弱いな。あまりにも。マシなやつはいないのか」
天使はつまらなそうに呟いては、あっという間に生き残った騎士たちを焼き殺していった。
「くそぉ!!」
唯一生き残った術師のベンガルは、炎の球を硬化させて自分のところに来るまでに落としていた。
しかしこの数だ、自分を守るのが精一杯…。
(こんなあっさりと…騎士たちが……っ!!)
「ふむ。これを耐えるやつがいたか。そうこなくては」
「てめぇ……!! ぶっ殺す!!」
ベンガルは空に浮かぶ天使を睨みつけた。
「ふふ! 少しは私を楽しませてくれるのかい?」
「何でいきなり人間を襲いやがる!!」
「先に喧嘩を売ったのは人間さ。魔族との子供を作ろうと、私たち魔族を実験体にして、好き勝手していたんだろう? これはその報復なのさ!」
「っ!!」
(まさか…リルイットの兄貴たちの行っていた、長寿計画が発端……?!)
「まあ私は何でもいいんだよ。強いやつと戦いたいだけだからさ!」
天使は地上に降り立ち、黒い剣を生み出すと、ベンガルに向かって突進していった。
「んの野郎ぅううう!!!!」
天使はベンガルに剣を振るったが、ベンガルはその身で剣を弾き返した。
(硬いな…)
「効くかよ! この俺にそんなものがぁあ!!」
天使はニヤッと笑った。
(なるほど、こいつが硬化師。物を硬化するだけでなく自身も硬化し強度をあげられるのか!)
「面白い。やっぱり人間は面白いよ! 楽しくなってきたじゃないか!」
「うおおおあああ!!!」
ベンガルはその硬化したし自身の身体を使って、天使に殴りかかった。天使はそれを避けると、炎の球を多量に生んでは近距離から投げつける。
(くそがっ!!)
ベンガルはすぐさまその炎を硬化して地面に落とそうと試みるが、すべてを硬化できず、何発か食らってしまった。
「ぐぅあっ!!!」
身体を硬化しているとはいえ、防げるのは物理的なものに限る。炎の熱は防げない。
「くそぉ…!!」
しかし負けじと立ち上がって、天使に襲いかかった。
(こいつを硬化できれば…!!)
生きた者を硬化するには、数秒は触れていなければならない。
戦闘中の相手を硬化するのは難しい。それにこいつ、ものすごくいい動きをしやがる…。さすがに至難の業か…。
「はぁ!!」
天使は炎の球を打ち込んで追加でダメージを与える。
「くっそぉぉ!!」
(この距離からじゃ避けきれねえ! だが遠距離じゃ俺には攻撃手段がねえ! くそ……)
天使は余裕の笑みを浮かべている。
(勝てねえのか……俺じゃこの魔族に…!!)
ベンガルは歯を噛み締めて、天使を睨みつけた。
「じゃあ、そろそろ終わろうか。もう飽きてきたからさ」
そう言って、天使は巨大な黒光りの球を創り出した。
(あ、あれは…やべえ……)
ベンガルは、見るだけでその球の威力を察した。
「これはとっておきさ。エネルギーがいるから連発は出来ないし。だけど君を倒すにはちょうどいい。当たった瞬間に全てが消し飛ぶよ。硬化も無意味さ」
ベンガルはどんどん大きくなるその球から、目を離せない。
(よ、避けられるのか…?! 俺に…?!)
天使はニッコリと笑った。
「そうだ。冥土の土産に教えておいてやろう。私は天使ではない。魔王様に力をもらった堕天使! 堕天使アルテマだ!!」
アルテマはそう言うと、その巨大な球をベンガルに向かって放出した。
物凄い速さで球はベンガルに向かっていく。
(死んでたまるかぁ!!)
ベンガルは撃ち出された球の方向を把握すると、横に向かって全力で加速し、駆け出した。
(え……?)
ベンガルはその避けた先に、もう1つの小さな黒光りの球がコチラに飛んでくるのを見つけた。
「も、もう1発…?!」
「アハハ! 連発は出来ないが、先に生んでおいたのさ! 巨大な球に目が行って気づかなかったのかい!」
「!!」
その一瞬で、球はベンガルに直撃し、彼の身体は弾けとんだ。
「まあ、暇つぶしにはなったよ」
その後アルテマは、何千もの炎の球で帝国中を焼き払った。
「あははは!! 人間と魔族、戦争の幕開けだ!!」
建物は全て跡形もなく倒壊し、古くからその秩序を保っていた人間たちの大帝国シピアは、その歴史に終わりを告げた。
「おや…?」
すると、空から大鎌を持った骸骨の顔の魔族たちが、幽霊のようにふわふわと飛んでやってくる。彼らはデスイーター。死んだ人間の魂は、彼らにとって極上の餌である。
その中でも一際大きな鎌を持ったデスイーターは、誰よりも早くその場に駆けつけた。
「ぎゃはははは! こりゃすごい! ご馳走だァ!!」
「何だ。グリダか」
アルテマは、そのデスイーターに向かってそう言った。
「ぎゃはは! アルテマよ、随分派手にやったのだな!! 念願の夢が叶いそうじゃないかァ! かつてのラグナロクを超える大戦争を、自分もやってみたいってさァ!」
「ふん……ただ後始末をしただけさ」
「そうかよ。まあいい。せっかくのご馳走だ。俺達でいただくぜェ」
「好きにしな」
デスイーターたちは帝国に漂う無数の死者の魂を、根こそぎ食らっていった。
「やっぱりまだ、つまらないなぁ…」
アルテマはそう呟いては、全滅したシピア帝国を見据え、その場を飛び立った。
序章終了です。
第1章に入る前に番外編が始まります。
飛ばして本編に進んでも問題ございません!




